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東方現幻録  作者: カヤ
1章 紅の館と得た力~Fight time after time
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紅影:無力な俺

 背中に生える蝙蝠のような一対の翼をはためかせ、レミリアは空中に浮いていた。いわゆるホバリングとかいうやつだろう。空中停止するという感じのものだったはずだ。

 レミリアはひどく楽しそうな表情で俺を見ていた。それはそれは、楽しくて仕方ないといった子供のように。



「ふふ、そんなボーっとしてると、バカのように映るわよ」



 自身の特大の一撃で抉れた回廊にレミリアは降り立つ。降り立つ動作一挙一足が淀みというかぎこちなさを感じられず、自然体そのものであった。

 俺はレミリアの嫌味な言葉に一言も返せず、ただ言葉通り呆然とレミリアがこちらに歩み寄るのを見ていた。



「何も言い返さないなんて、貴方らしくないわね」

「……驚いて、声が出ないだけさ」

「あら、正直ね」



 実際、驚いて何が何やら分からない状態であるのだ。まあ、徐々に分かりつつはあるけれども。

 分かることは、レミリアが俺を助けてくれたことだ。今にも襲われそうになっていた俺を間一髪のところでスペルカードを使って撃退してくれた。

 神槍「スピア・ザ・グングニル」、レミリアはそう言った。確かこのスペルカードはレミリアのお気に入りのカードだったはず。以前ここを訪れたときにそういう風に漏らしていた気がする。

 とにかく俺は硬直していた体を解きほぐし、なんとかレミリアに向き直る。



「…ありがとう、おかげで助かった」

「別に。私は、ただ運命に従って行動しただけよ」

「運命…出てたのか?」

「ええ、圭吾が()に襲われるところね。なんとも滑稽な場面が見えたものだわ」



 滑稽って……こっちは本気で死を覚悟したんだが。そりゃあスペカも使えて戦闘なんてお茶の子さいさいなお前からしたら、さっきの俺はただ呆然と死を迎え入れていた大馬鹿者かもしれないけどさ。ちょっとはこっちの事情も汲んではくれないかね。まあ、言っても無駄だと分かっているから言わないけど。



「……ん? そう言えばさっきの()って何だ?」

「影? さっき圭吾の目の前にいた奴よ」

「へぇ?」

「見た目と、そうね……あの独特な雰囲気かしら。気配が極限まで薄い隠密性と最初からそこにいたように思わせる奇妙な感覚……まさに影、でしょう?」



 確かに、言われてみればそう思えなくもない。体色とか同じ黒色だし、あの気配の薄さには俺もレミリアの意見に同感だ。



「影……面白い名前だな」

「でしょ?」



 くくく、と意味ありげに笑う。レミリアはこう意味深に笑うことが多いのだが、それは結構何の意味もないことが多い。

 多分…アレだ。無駄に背伸びしたくなる年頃なんだろう。大人ぶりたくなる、アレ。って、子供かよ。

いや、まあ、俺より遥かに年上だけど。



「お姉さまー! もう、待ってよーって、アレ、圭吾?」

「お、フラン」



 階段を駆け上って来たのはレミリアの妹、フランだった。色鮮やかな光る宝石のような翼を走って揺らし、俺が見てキョトンとした表情をとる。レミリアと違い、感情表現が豊かで見た目相応の子供らしい挙動だった。

 俺は階下で二人が戦っていたことは声で分かっていたけど、当然フランは俺の存在など知る由も無いからな。突然の俺の登場にびっくりしている。



「なんで圭吾ここにいるの?」

「フラン。圭吾がここにいるのは運命よ。圭吾がここに現れるのは予め定められていたものなのよ」

「ふーん。あ、だからさっき滑稽なことって」

「正解」

「話についていけねぇぞ……」



 こいつらは何の話をしているんだ? 俺が知らない内容なんだろうけど、俺の目の前で話されちゃなんかぐちゃぐちゃになっちまう。ただでさえ、頭がいっぱいいっぱいで整理する必要が出てきているというのに。

 レミリアとフランはお互いが納得してクスクスと笑っていた。



「さて…」



 少し笑い、レミリアは俺に背を向ける。そこには、先程の無邪気で楽しそうな雰囲気はなく。



「こいつら、どうしようかしら」



 そこにいた、異形に対峙する。



「何!?」



 気がつけば周りは先程と同じように黒い異形―――影に囲まれていた。数は全く同じ。奴らの平らな顔面には何の表情も浮かんでおらず、さながら操り糸に手繰られた人形のようだと俺は直感した。

 けど、何故? いつの間にこいつらは―――とそこまで考えたとき、俺は先程と同じじゃないかと既視感を覚えた。気配も音もなく現れる。夜の闇のように……。



「別段驚くことでもないわ」

「……何?」

「さっきからこの調子だから、こいつら。倒したらその分だけまた現れる。補充される。何度消し炭にしても倒したという感覚は湧かないし、つまんないし、なんだか虚しくなっちゃうわ。雑兵をいくら潰しても、本命にはたどり着けないしね」

「本命は、分かってるのか…?」

「いいえ。悔しいけど、さっぱりだわ。運命も雑音(のいず)がかかったように見えないから、手掛かりはゼロよ」



 本当に癪だけど、とレミリアは苦々しくぼやく。それとは対照的にフランは赤い瞳を爛々と輝かせながらはしゃぐ。



「え~私は楽しいよ、お姉様! だってこんなにお人形さんがいるんだもの! 壊してもいいお人形さんが!」



 アハハ、と笑いながらフランは手元に炎を生み出し、それを投げつけるのではなく炎の塊を手に込めてそれを影にぶつけるような形で敵を燃やし尽くしていく。音声器官を持っていないのか、影は断末魔をあげることなく煉獄の中で形を失っていく。時には限界まで膨らませた紙風船のように、内側が破裂していく個体もいる。その違いは攻撃方法の違いだろうか。素人の俺には見た目で憶測するしかない。

 ボン! ボン! と内部破裂を起こしていく個体と、外側が炎上していく個体。どれもかれも俺が普段見る日常とはかけ離れていた。弾幕ごっこだってこんなに生々しいものではない。あれは戦闘であって殺し合いじゃない―――いわば遊戯なのだ。己の矜持と尊厳をかけた遊戯。生命を担保にして戦う殺し合いではないのだ。

 俺はこの光景にどこか現実離れした思いを抱いた。俺の現実と違い過ぎて、これが現実と認識できない。まだ血で血を洗う殺戮の現場にならなかった分だけましと言えばましなのだろうが……。



「これが……」



 戦場。その言葉は喉元で引っかかって外には出なかった。無意識でセーブがかかっていたのかもしれない。



「………」



 そんな俺を、レミリアは静かに見つめていた。破壊と暴虐が繰り返される中で、彼女はそんなものは些末なことだと言わんばかりに、ただただ俺を計り知れない無表情と共に見つめていたのだ。

 やがてレミリアは俺から目線を離し、未だに戦闘を続けるフランに向かって一言放つ。



「フラン、移動するわよ」

「えーっ? どうしてぇ?」



 心底残念そうに、問いを返すフラン。そりゃあ、あんだけ楽しそうにやってて横槍入れられたら誰でも怒るだろう。俺だってきっと怒る。

 ブーブー文句を垂れるフランにレミリアは、規定事項決定は覆さないと言わんばかりの堂々ぶりで言った。



「ここに、足手まとい(・・・・・)がいるからね」



 そうやって、俺を指さす。



「な……っ」

「戦う力もない圭吾がどうしてここにいるのかは知らないけど、万が一でもこいつに死なれたらこちらが色々迷惑を被る。この影がどういう敵か分からない以上、圭吾を百パーセント守り切れる保証はないからね」



 レミリアは俺を僅かにも見ずにそう述べる。淡々と述べる抑揚のない声には、少しの躊躇いも後ろめたさもない。当たり前のことを言っているだけだと、暗に主張しているようだった。



「私とフランならこの程度の敵、造作もないことだけど、圭吾はただの人間だから」

「そっか! 私たちが守らないといけないんだね!」

「そうよ、フラン。か弱いお姫様をちゃあんと守るのが騎士(ないと)の役割なのよ」

「分かった! じゃあ最後にこいつらを殺すね♪」



 俺が呆然としている間に話はあれよあれよとまとまっていく。フランが両腕から巨大な炎剣を生み出して横薙ぎに振るい、俺は意識を覚醒する。



「レーヴァテイン! ええぇーいっ!」



 可愛らしい掛け声とは裏腹に、離れたここからでも炎の温度が伝わってくる巨大な炎剣を横薙ぎする。十メートルはあるだろう火柱が周囲に陽炎を生み出しつつ高熱で黄色く輝きながら振るわれる。ゴオッ! と凄まじい爆炎が辺りに広がり、壁を焦がしながら影を一網打尽にする。灼熱地獄を彷彿とさせる熱量はあまりに激しく、影は燃えたり破裂する暇もなしに跡形もなく焼き尽くされてしまった。



「………」



 俺は返す言葉もなしにフランがやった光景をマジマジと見入った。残されたのは僅かに火を残す二階の欄干。空中での戦闘だからまだ良かったものの、あれが地上で行われていたらどうなっていたか…考えたくもなかった。

 すたっと二階の俺たちのもとに降り立つフラン。タタタッとという擬音語が相応しいような動作が俺には逆に矛盾して見えるようだった。



「ただいまっ、お姉様!」

「お帰りなさいフラン。さて、行くわよ、圭吾」

「あ、ああ……」



 レミリアの声に慌てて返す俺。色々な衝撃が大きくて、なんだかボーっとしてばかりだ。

 レミリアは先程俺が開けた扉を開いて廊下に出る。そこで俺が中に侵入してきた通路とは違う道を通る。ここの屋敷に来たことがある俺には分かる、このルートは大図書館に繋がるルートだ。どうやらレミリアはこのままパチュリーに会いに行くつもりらしい。

 駆け足で進む一行。吸血鬼の二人ならこんな遅いスピードじゃなくてもっと速く走れるだろうに。俺は、自分が気遣われていることに今更ながら気づいた。

 俺は真実が知りたくて、ここに来た。紅魔館を助けたいから、ここに来た。何故幻想郷が崩壊してしまったのか、そのヒントがここにあるような気がしたのだ。それが本当かどうかは今のところ不明だけどレミリアに聞けば何か分かるかもしれない、そう思った。

 でも結果はこれだ。真実を知るどころか、皆の足枷にしかなっていない。ルーミアにあれほど豪語しておきながら、結局のところ誰かに守られなければ前にさえ進めなかったのだ。



「圭吾の性格を知ってる上で言わせてもらうけど―――」



 レミリアが後ろを振り向かず言葉を紡ぐ。



「私たちを助けるのが目的なら、迷惑だからとっとと出ていきなさい」

「……!」

「圭吾って分かりやすい正義ぶら下げてるけど、弱者がそんなこと言っても戯言にしか聞こえないわ。口だけの正義、いい響きね。簡単で、誰にでもできて、どんな責任逃れでもできる」



 レミリアの辛辣な言葉がグサグサと突き刺さる。心が揺れ動いてしまうのは図星だから。否定しようのない事実だから。

 この世界は強くなければ生き残れない。弱い存在が生き残るにはあまりに酷な世の中なのだ。だから人間は徒党を組み、決して一人にならないで存在を確かめ合う。一人だとあまりに儚すぎる存在だからだ。

 今の俺は、まさにそれ。たった一人で突っ込もうとしているバカ。紫のためだとか大層な使命を燃やして視界を曇らせていた。見えないように両手で塞いでいた。これまではそれで通っていたから。



「……っ」



 反論もできずに立ち尽くす俺。何も言えない俺が悔しい。否定の材料を何一つ用意できない自分の能力が堪らなく悔しい。

 ギリッと歯を軋ませる。俺の顔は今、どんな風になっているのだろう。悔しさに塗れた顔をしているのだろうか。

 そんな息の詰まった雰囲気に終止符を打ったのは、良くも悪くも純粋で無垢なフランだった。



「別に圭吾がいようといまいと関係ないし。私たちだけで平気じゃない、お姉様!」

「……それもそうね。ここでまごつくわけにはいかないし、さっさと皆と合流しましょう」

「うん!」



 話を終えて再び駆け足になる。俺は二人に置いて行かれないように、ぐちゃぐちゃになった心を抱えて駆け出す。整理のつかない心を抱えては足取りも覚束ない。悔しさと虚しさを抱えたまま、俺は切に願う。




 強くなりたい―――

 心の底から―――





前後の温度差が違い過ぎる……

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