紅影:潜入、紅魔館
薄い内容でスイマセン…
紅魔館の中は薄暗い。それは、太陽の光を嫌う吸血鬼が住まう館で窓が限られた数しかないからだ。唯一の光源は燭台にぼそりと灯る小さな蝋燭の光だけ。
紅魔館はその名が冠する通り、紅い。それは外の煉瓦造りの壁だけでなく、中の廊下の壁やカーペット、はては花瓶まで紅い。この館の主の趣味だとしても、それは決していい趣味とは言えなかった。
「赤、赤赤赤赤赤赤……考えるのも馬鹿らしくなってくるよな」
人間は自然と赤色を忌避する傾向があると思う。
それは、赤色はいやでも血を連想してしまうから。怪我をしたり傷ついたりすると、生命の源が流れ出て消えてしまう恐怖を感じ取ってしまうから。
きっと血そのものが怖いわけじゃない。血に宿る命が肉体から離れてしまうことに得も言われぬ恐怖を感じてしまうのだ。
母親から見捨てられた子供が感じる孤独感と疎外感に、それは似ている。
紅魔館の廊下は、所々荒れ果てていた。壁の一部が損壊していたり、床が抉れていたりなど戦いのあとが垣間見える。
しかし、敵勢力である黒い異形の姿は紅魔館に潜入して以後見られない。まさか敵は内部には侵入していないのではと一瞬希望を持ったが即座にそれを自ら否定する。
「紅魔館自体少し壊れてたし、何よりこんなに廊下がボロボロなのが説明つかないしな……」
間違いなく黒い異形はこの館に侵入しているはずだ。あいつらが暴れたなら、この惨状も納得がいく。
「いや、でも、フランがやった可能性も……」
ないわけないのか、と俺はどこか納得する。
フラン。フランドール・スカーレット。紅魔館当主であるレミリア・スカーレットの妹で、ちょっと狂気な女の子。紅霧異変をきっかけに幽閉状態を解かれて少しずつ外に出始めた魔法少女。色々あって閉じ込められていたけど、本質はとっても可愛い女の子だ。
若干、というかかなり戦闘狂な一面があるので、今回のこの惨状も彼女がやった可能性もあるが、門の様子を見る限りその可能性は潰してもいいだろう。
しかし、この光景、妙に映る……。
「……静かだな」
門付近には敵がうじゃうじゃと群がっていたのに、ここには敵影一体も見かけない。背筋が凍るようなおぞましい気配の片鱗すら感じ取れない。
戦う術を持たない俺からすればラッキーなことこの上ないのだが、逆に静かすぎて気持ち悪い。
何もないから、そこに何かあると想像してしまう。あの突き当りの角を曲がれば、そこにはあの黒い異形が待ち構えているのかもしれない。
何もないことがこれほどまでに恐怖だったとは知らなかった。
「これが嵐の前の静けさっていうのかな……」
俺は自嘲気味にそうつぶやく。戦場に出たことのない俺だが今回のそれはもはや間違いないと言ってもいいのではないか。
今にも張り裂けそうな心臓。
いつ現われるやもしれぬ緊張感。
この先に何があるのか知らなければと焦る心。
…焦燥? そうだ……
「そうだ…俺は、知らなければダメなんだ……」
喉から無理やり絞り出したような、義務の声。
この先。紅魔館の皆の状況。あの黒い異形の正体。
幻想郷に起きたこと―――
「……っ!」
そう考えると、俺の恐怖心はどこか遠い彼方のものとなった。
俺には、やることがある! こんなところでビビッてたまるかよ―――!
ダッ、と俺は廊下を駆ける。腕を振り、脚を踏み出し、風を感じながら、ひたすら前だけを見て走っていく。
かっかっかっ、と床を鳴らす靴の音。息を乱して口から漏れる息遣い。もはやそれらも耳をすり抜ける雑音と化してしまい、俺の瞳に映るのはただただ目の前の廊下のみ。
ドンッッッ!!
立ち止まり、目の前の光景に傾けていた意識を周りに移す。紅魔館全体を揺らすような衝撃音。天井からパラパラと砂埃が舞い落ちて、俺の視界から消える。
気にも留めない場所へと、落ちていく。
「今のは……!?」
音源は、俺が今いる長い廊下の先。紅魔館の中心からだった。
その先に何があるのか、何がいるのか。
おそらくあそこには紅魔館の―――
結論にたどり着くや否や、俺は再び足に動けと命令した。俺の忠実な足は命令を聞いてすぐに行動に移す。
「向こうには、レミリアたちが……!」
思い浮かぶのは黒い異形どもに対峙するスカーレット姉妹。彼女たちの強さを知っているからか、不思議とやられている考えは浮かばない。
その想像が、どうか想像通りであってくれ―――!
廊下の先、重厚な木製の扉の前に立つ。先程の静けさとは打って変わってここは爆発音や衝撃音が響いていて、嫌でも戦場を彷彿させる。
普段博麗神社で見る弾幕ごっこでもこのような音が聞こえてはいるのに。状況が違うと、こうまで受け取る印象が変わるものなのか。
笑いながらも懸命さが滲み出る弾幕ごっこ。色鮮やかで美しい弾幕が空を飾る。
殺しに殺しでもって返す戦場。血で血を洗い、殺しが正当化される。
「っ! 変なことを、考えるな……今は、前に行くだけだ」
嫌な想像を頭を振って追い出し、キッと毅然ぶった顔に整える。
ぎぎぎ、と扉を押し返し、戦場と成り果てているだろうホールへと俺は顔を覗かせた。
その光景に、俺は驚かされることになる。




