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東方現幻録  作者: カヤ
1章 紅の館と得た力~Fight time after time
19/29

紅影:襲撃者

 常なら荘厳な趣を見せる紅魔館。

 だが、今日だけは様相が180度違っていた。



「………っ」



 ここに訪れるたびに感じていた強烈な威圧感は消えうせ、楼閣のように高く、牙城のように堅固であっただろう紅魔館という異名が簡単に崩れ去っている。


 紅魔館という名は。

 こんなにも脆いものだっただろうか?


 紅魔館を襲撃しているのは、湖で会った異形。名前はまだない。つけてない。

 影の攻撃だろうか。長く続いている外壁の一部が完全倒壊、または部分的に破壊されている。

 その異形は群を成していた。俺たちが湖で見たのは一匹だけだったが、こちらが本隊だったのだろうか。

 隊といってもあちらこちらに散開してるからただ単に集まっているだけだが。それでも得体のしれない敵が複数いるとうのは、十分脅威であった。

 奴らは敷地内にいるようで、門の付近には数える程度しかいない。

 だが、中にいるということが既に大問題なのだ。

 それは、敵の侵入を許しているということだから。



「けど、どうして…? 異形は、そんなに強かったか?」



 そんなはずはない、はずだ。なぜなら奴はチルノたちでも倒せたからだ。

 吸血鬼と妖精。彼我の力の差はもはや語るまでもない。

 妖精であるチルノたちが倒せた奴を吸血鬼が倒せないはずがない。


 …が、現実はこうである。

 


「そんなこと、ないはず。私は別に全力をだしたわけじゃない、けどあの黒いのは倒せたよ? けど……」

「現実はこう、だもんな」



 ルーミアは腕を組むようにして自身のシャツをギュッと握る。有り得ない光景に戸惑いを隠せないのだろう。

 俺と同じだ。

 俺も、どう反応すればいいかわからない。歪んだ空想、矛盾する現実。想像と相反する現実が目の前に広がって一歩が進めない。

 あの黒い異形が現れてからのもの、嫌な予感はしていた。俺の常識を超える何かが進行していると、言葉にはでないものの漠然と感じ取っていたのだ。


―――そもそも。


 この事態になったのは何故だ? 異形の出現ではない。もっと根源的な、幻想郷が壊れたことだ。

 いや、壊れたではない。壊された(・・・・)、だ。

 決して自然に起きたことではない。そうだ、紫も言ってたじゃないか。



『何者かがこの幻想郷を―――』



 この一連の異変は誰かによって引き起こされた人災なのだ。何故だか紫はそのことを俺に詳しく言わなかったが、まあいい。

 ともかくだ。つまりこの黒い異形どもは、誰かが裏で手を引いていてその黒幕が操っている可能性があるわけだ。無論、こいつら自身が黒幕という可能性も捨てきれないが、それにしてはこいつらは奇妙過ぎる。ルーミアでさえ倒せた奴が幻想郷の結界を破壊できうるのか?

 もしできるとしたならば、それはこの異形が紫を上回る力を有しているということになる。


 おかしい。明らかに変だ。

 結界を破壊できるのに、ルーミアたちにやられる? そうかと思えば紅魔館を圧倒している?

 いや、紅魔館を圧倒しているかどうかはこの目で見たわけでも聞いたわけでもないから分からないけど。ただの憶測にすぎない。



「……ご、…けいごっ、圭吾ってば!」

「いてて!」


 そこまで思考が沈み込んだところで俺ははっと現実に戻った。ルーミアがふよふよ浮かびながら器用に俺の頬をつねっていたのだ。結構痛い。



「もー! 聞いてるの!」

「はいはい聞いてますって痛いから離してお願い痛い痛い痛い!」



 ルーミアはびよんびよんと俺の頬を上下左右右回転左回転と猛烈につねりだした。

 こ、このやろ…、妖怪の無駄に強い力のせいで痛いことこの上ないだろうが! こちとらひ弱な人間なんだぞ!

 俺の悲痛な叫び声を聞いた否やルーミアはあっさりと手を俺の頬から手を離す。俺の頬から柔らかくなりすぎてなんか餅みたいになっているがルーミアは気にせずのたまう。



「圭吾ちゃんと話を聞いてよ! ずっと物思いに耽って! こっちが一生懸命に話してるっていうのに!」

「そ、それにしても加減っていうものをだな……」

「口答え禁止!」

「む、ムチャクチャな……」



 俺はルーミアの剣幕にそれ以上言葉を出すことを阻まれてしまった。具体的にはおでことおでこがくっつくかと思うくらい。

 流石に俺も口をつぐまずにはいられず、完全にルーミアに主導権を奪われていた。ルーミアはしばらくしてから顔を引き離して自ら落ち着かせるように言う。



「……とにかく、これからどうするか考えなくちゃ。ずっとここでじっとしているわけにもいかないし」

「そうだ、な……」



 俺も気持ちを落ち着かせるようと息を吸う。

 それからこれからすべきことを考える。しかし俺の頭に思いつくことはたった一つしかなかった。



「…俺は、紫から受けた使命を果たそうと思う」

「ということは…」

「ああ、紅魔館に行く」

「…!!」



 ルーミアが、信じられないものを見るような目で俺を見る。まあ、当然だろう。俺が今からやろうとしていることは自殺行為そのものなのだから。



「ふ、ふざけたこと言わないでよ! 今紅魔館がどういう状況か分かってるの!?」

「分からないで言うはずがないだろ」

「危険すぎる!」



 ルーミアはもの凄い剣幕で俺に詰め寄る。その勢いに俺も少し驚いたが、俺は毅然とした姿勢を崩さない。



「今中はどんな風になっているのか分からない状況だよ!? 少なくとも安全とは到底言えない!」

「けど、このまま放置するわけにもいかないだろ! 何が起きているのか分からないなら確認しなきゃだめだろ? 状況が分からないなら動きようがない」

「そもそも、今動くということがおかしいんだよっ」



 しかしルーミアも負けず劣らず強情だ。



「紅魔館にはあの黒いのがうろついてる。相手は得体のしれない謎の敵。敵の数も不明。そんな中に飛び込むなんて自殺志願者のすることだよ!」



 確かに理屈ではそうだ。それは俺も理解していないではないのだ。寧ろ、誰よりもそのことは痛感しているつもりだ。

 中で何が起きているのか分からないが、先程の爆発音といい、穏やかな事態ではないのは分かっている。あの黒い異形の姿が垣間見える時点でもはや間違いはない。


 だが、だからといってこのまま黙って見ていろと? 

 決着がつくまでここで大人しくしていろと?

 そんなのは、なんか、嫌だ。



「……確かに無謀かもしれないけど、俺は真実が知りたいんだ」

「真、実?」

「ああ。俺は紫に幻想郷の未来を託された。俺は、今起こっている出来事の成り行きを知る必要がある。知って、どう対処するのかもな」



 俺はキッと紅魔館を、いや、その中の異形を睨みつける。

 どっちにしろ俺はあそこに行かなければならないんだ。あそこにはこの異変について何か手がかりがあるかもしれないし。



「それに、実際に紅魔館が襲撃されてるんなら、俺は助けに行きたい」



 正直なところ、異形とか紫に託されたとか、確かにそれらも理由の一つだけど、最も大きな理由はそれだ。誰かが困っているのに傍観するなんて俺にはできない。

 俺がそう口にすると、ルーミアがボソッと言う。



「……弾幕ごっこもできない人間風情が、何を言ってるのさ」

「!」



 その事実は俺の胸の深いところを抉る。目を逸らしていた、いやそんなの関係ないとばかりに無視していた問題をルーミアは俺に引き合わせる。

 俺は反射的にルーミアを見るが…そこにいたルーミアは、周りに冷たい怒りを滲ませていた。



「何の力もない圭吾が、何を偉そうなこと言ってるの! 助ける!? 自分の立場を理解してるの!? 何よりも守られる存在のくせに!」



 今のルーミアの怒りはこの短い間にルーミアが怒った中で最も凄まじく、その上冷たい、そんな怒りだった。

 俺は痛いところを指摘されて何も言えなかった。



「圭吾はもっと自分の立場を理解してるものと思ってた! 妖怪のもとで暮らしてた圭吾はそれぐらいちゃんと分かってると思ってたのに、とんだ勘違いだった! 何にも分かってない! 力もないくせに誰かを助けたいとか、傲慢もいいとこだよ」



 ルーミアの指摘は至極当然のものだ。

 辛辣で、実にもっともらしい。


 俺はただの人間。特別な力など何一つない普通の人間。

 空を飛ぶこともできないし、魔法を使うことだってできない。

 誰かの庇護が無ければ太陽のもとで歩くことさえかなわない弱い存在だ。実際、俺は紫に出会っていなければ今ここに俺はいない。どこかで野垂れ死んでいたことだろう。

 そして、ここには俺を守ってくれる人はいない。紫は当然のこと、ルーミアだって悪く言えば他人で本来無関係なのである。俺を切り離しても何も文句は言えない。自分の身は自分で守らなきゃいけない。


 だけど、違うんだ。驕ってるわけじゃない。…いや、他人からすれば驕っているのかもしれないけど、そうじゃない。



「……俺は、目の前で泣いている人がいて、それを己が理由でほっとけるほど、冷酷じゃない」

「それは冷酷なんじゃなくて、身の程知らずって言うんだよ」

「そうかもしれない。俺は身の程知らずなんだろな」



 普通一般の人間から見て、俺が妖怪と懇意にしているという時点で俺は身の程知らずのバカだろう。それは妖怪が身近にいたという理由からだが。



「けど、俺はかつて救われた。暗い絶望の中で手を差し伸べてくれた人がいたから、俺はここにいる」



 温かみに触れて、生を感じ取った。生きたいという渇望に溢れた。差し伸べてもらったあの温かな手を俺は生涯忘れはしない。

 救われて温かみに触れたから、今度は俺が手を伸ばしてやる。助けてやる。



「困っている人たちの支えになってやりたいんだ」



 こればかりは譲歩しない。この信条だけは覆す気はない。

 俺は凛とした表情を、決意のこもった眼差しをルーミアに投げかける。俺の瞳は一歩でも譲らない、そんな気概に溢れている。

 しばしルーミアと視線が交錯する。一瞬火花が飛び散った気がした。

 そして、先に折れたのはルーミアだった。



「…………はぁ、全く、頑固なんだから。ホント、決めたらてこでも動かない」

「諦めたらそこで試合終了だぜ? 諦めなけりゃいつか活路は見いだせる」

「……ホント、度し難いバカだ」



 難儀な人間と友人になったもんだ、とルーミアは半ば呆れ顔だった。だが、その顔はどこか清々しさを感じるものだった。

 その表情に、俺は少しばかり罪悪感を感じた。


「…悪いな」

「悪いと思ってるなら、少しは改善してほしい」

「そりゃ無理」

「断言されても…」



 ルーミアも折れたことだし、まあ冗談はこれぐらいにして……。

 紅魔館に入る方法を探らなければならない。何にするにせよ、俺は紅魔館の当主、レミリア・スカーレットに会う必要があるからだ。

 レミリアに会って現在の状況、影についての情報、そして宝珠の有無を聞く。

 あの黒い異形がここに現れている以上、危険は承知だ。いや、何一つ奴についての情報がないのだから危険なのかすら判断ができない。


 …本当に奴は何者なんだ?


 考えれば考えるほど分からなくなる。俺はかぶりを振って一度奴に関して頭の中から追い出す。ドツボにはまっちゃいけない。

 とにもかくにもまずは紅魔館に入る方法だ。

門はあいつらがたむろしているから却下するとして、それ以外に紅魔館に入る方法があっただろうか?

 俺は空を飛ぶことができないから、紅魔館の高い外壁を越えることはできない。よじ登ることもできなくはないだろうが、その間に黒い異形に攻撃される可能性もゼロじゃないし、なにより目立つ。

 ……なかなかいい案が見つからない。俺が悩んでいるとルーミアが俺の袖をくいと引っ張る。



「あれ…」

「ん?」



 壁伝いに視線を泳がせていくと、それは門から随分と離れた外壁の端にあった。そこに大きな穴が開いているのだ。

 自然にできたものでは間違いなくないだろうから、黒い異形が破壊したものなのかもしれない。



「あの穴から…」

「中に入れそうだな」



 周辺には奴らはいない。全員門周辺に集まっているのかもしれない。


「……行くなら今、か。ルーミア」

「ん」

「俺は行くけど、ルーミアは?」



 正直な話、ここからは俺一人で行きたい。一人の方がなにかと行動しやすいし、ルーミアと紅魔館の人たちは別に知り合いというわけでもない。知らない妖怪に無断で入られてレミリアはいい顔をしないだろう。

 ルーミアはしばらく考える。



「……私は、ここに残るよ」

「そうか」

「圭吾一人にするのは危険だけど、紅魔館に無断で入る勇気もないし。せめてでも、黒いのを引き付けておくよ」

「!? 平気なのか!?」

「無茶だけはしない」



 ルーミアはそう言うと門に向かって歩き出す。



「私だって命は惜しいから。引き際は考える」

「ルーミア……」

「早く行って。そしてとっとと終わらせてよ」

「!」

「力のない救世主さん?」



 不敵に笑い、そう言ってルーミアは妖力をまとわせながら駆けだす。その動きに迷いはなく、俺を信頼していてくれているのがありありと分かった。



「……へっ、上等だ」



 俺は不謹慎にも口元を歪ませて笑った。笑わずにはいられなかった。



「そこまで言われちゃあな……やるしかねえだろ!」



 俺は穴に向かって駆け出した。もちろん見つからないようにこっそりとだが。

 後方では早くも戦闘音が響き出した。俺は後ろ髪を引かれる思いでまっすぐ進んだ。

 役に立たない自分が歯がゆい。俺にも力があったら……。

 そんな夢を抱きながら、俺は進んでいった。


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