ルーミアと。
東方紅魔郷、一面ステージ曲を流すといい感じになるかもしれません。
俺はルーミアと共に紅魔館を目指し、薄く霧がかった森の中を歩いていた。ここの霧は年中こんな感じで、よく晴れた日でも霧が完全に晴れることがない。
紫は地表の熱が逃げて温度が云々言っていたが、全く理解できなかった。本人曰く霧の発生原因らしかったけど、知ってどうなるというのだろう。
霧の影響か、初夏の森はひんやりとして気持ちよかった。霧のかかった森の景色も、何度か見たとはいえ、幻想的できれいだと思った。
紅魔館。
俺たちが向かっている場所だ。
西洋の物語でいくつも取り上げられるほどの有名な吸血鬼が支配する館だ。
人間の血を吸い、吸った輩を己の眷属にしてしまい、永年生き続ける怪異。太陽の光やニンニク、流水など弱点も多く存在するけど、それを抜きにしても恐ろしい力を有する妖怪だ。
以前彼ら一味はこの幻想郷に紅霧異変と呼ばれる異変を起こし、そして撃退された。それ以来この幻想郷に住み着いている。
悪魔と称される吸血鬼だが、彼女たちの実態はアットホームな感じだった。異変が解決されてお邪魔したときも、全然殺伐としてなかったし。
もはやあれは家族と呼んでもおかしくないくらいだった。だから俺も馴染むことができた。
まあ、俺の場合紫という盾があったというのも理由に含まれるんだろうけど。
「霧の湖と紅魔館はそんなに離れてなかったよな」
「うん。この森を抜けた先にあるよ。大体三十分くらいかな」
三十分か。少しかかるな。
今も周りを警戒しながら歩いているため、実際はもう少しかかると覚悟しておいた方がいいだろう。
その間も暇だ。警戒しながらでも、多少話はできるだろう。
「それにしても」
話をしようと思ったが、ルーミアから話を切り出されてしまった。まあどっちから話してもいいんだけどね。
「えらいことになったよね、幻想郷」
「……ああ」
ルーミアが表情を変えずにそう言う。視線はあくまで正面を向いたままだ。
俺もチラッとルーミアの横顔を見るだけにした。
「こんな規模で異変を起こせる妖怪がいるなんてね……」
「……そういえば、そうだな」
確かに。幻想郷を壊す、そんな大規模で異変を起こせる輩がいるなんて、今更だが驚きの事実だ。
「何かを壊すということは、何かを生み出すのと同等の力が必要になるもんな」
「それは違うよ」
「え」
俺はルーミアの反論に驚き、思わずルーミアを見る。ルーミアは諭すような眼差しでこちら見ていた。
「同じ力じゃ拮抗するだけ。破壊する力は創造する力に勝てないよ。上回るにはそれ以上の力が必要。創造を凌駕する破壊がね」
「…それってこの異変を起こしたやつは、この幻想郷を作った紫よりも強いってことか……?」
単純に考えればそうなる。
けどそう物事は単純じゃないはずで、ルーミアもそれについては難色を示した。
「一概にそうは言えない」
「だ、だよなあ……」
「けど、何者かがこの幻想郷を破壊したのは事実なんでしょ。それなら、その可能性もゼロじゃない」
「………」
楽観視するのは危険だ。けど、分からない敵をいくら皮算用したって意味のないことにはちがいない。
俺は俺のできることをするしかないのだから。
「けど……それにしても幻想郷を破壊した奴って一体誰なんだろう?」
「そりゃ、あの黒いやつじゃないの」
確かにそれの可能性が今のところ最も高い。
けど奴は紫よりも遥かに弱い妖精プラス妖怪に退治されている。先程までの理論を当てはめてみると明らかに矛盾してしまう。
とはいっても、それ以外の選択肢も見つからないわけで。結局黒い異形が犯人ということに落ち着くわけだが…。
「…なーんか判然としないんだよなあ」
流石に矛盾しすぎている。俺じゃなくても違和感を覚えるのは当然だろう。
ルーミアも訝しがっている様子だ。
「気持ちは分からないでもないけど…」
「だろ?」
「…だけど、どうも言えないよ。私たちじゃ解決しないよ。スキマ妖怪は何か言わなかったの?」
「いや、紫は特に何も」
紫も何が何だか分からない状態だった。俺一人幻想郷から現代に呼び寄せるのに全精力を費やしたほどだ。
紫も何も知らないのだろう。
「……本当に何も知らないのか、知ってて隠してるのか。どっちなんだろうね」
「……おいおい、そりゃないだろ」
「圭吾は身内だからどう思っているのか分からないけどね。私たちから見ればスキマ妖怪は得体のしれない奴なんだよ?」
圭吾が来てから大分マシになったけどね、とルーミアは言う。
実際他妖怪からの紫の評価は概ねそんな感じだった。
何を考えているのか分からない、胡散臭い妖怪。
それが紫の評価だった。
俺はそれが気に入らなかった。けど、同時にそれを少しは理解もしていたし、紫に口止めされているのもあって俺は何も言わなかった。
『いいの圭吾。悪役は必要だもの。皆の不満を引き受ける汚れ役がね』
『圭吾だけでもそれを理解してくれるなら、私は大丈夫よ』
「………」
紫の言うことはもっともで、合理的で、理に適っていた。紫自身なんとも思っていないなら、俺が口出しする権利などありはしない。
けど、俺は納得いかない。身内がこんな評価をもらって我慢できるはずがない。
「…ごめん、圭吾。嫌な気分になったよね、謝るよ」
「…いいよ、ルーミアが気にすることじゃない」
実際にそう思っているのはルーミアだけではない。ルーミアだけに謝られても何も解決しない。
…少し暗い雰囲気になっちゃったし、空気を換えなきゃな。
「そ、それよりさ。俺の外の世界での話があるんだよ」
「外の?」
「そそ、外外」
現代という言葉にひかれ、ルーミアが顔色を変える。うまい具合に話題を逸らせたようだ。
「俺が外の世界で旅していたってのはさっき話しただろ。だからこっちにはない、向こうのいろんなものを見てきたんだよ」
「へー…たとえばどんな?」
「そうだな……」
それから俺はルーミアに外の世界について色々なことを教えた。
初めて見るもの、今も残っているもの、俺が感じたこと、分からないこと、向こうで出会った人々のこと。
全て話している暇はないけど、できるだけ多くルーミアに教えた。ルーミアにも興味の有無はあるようで、目をキラキラさせながら聞いている話もあれば、無表情で聞いている話もあった。
そして最後の総括は。
「なんか、めんどくさそうだね」
との談。
身もふたもない言い方だな。
まあ、実際その通りだと俺も思うし、何かと制限されて自由にできないというのは正直面倒だ。
便利なことは便利だったが、それを覚えるのも大変だし、なによりも……。
「向こうは煩くてかなわないからなあ」
昼間働き夜は寝るというのが幻想郷に住む人、いや人間の基本動作のはずだ。だが、向こうの人間は昼夜構わず行動してるから完全に寝静まるということがない。
勿論都会から離れた辺境に行けばそれなりだったが。
街中の繁華街に行くと建物の明かりやネオンサインで常に明るい。
外の世界は闇が衰退して光が世界を照らしている。
それは神々が照らす暖かい太陽の恩恵ではなく、人間が作った冷たい光だった。
闇の存在に耐えかねた人間の恐怖心が生み出した、闇をはねのける希望の退魔の光。
人間は、夜の闇は怖いものと思わなくなり、太陽が落ちて暗くなっただけのもと認識した。しかしそれは同時に、闇と共に生きる妖怪の存在を遠いものにしてしまった。
妖怪の生きるための影は、もはや向こうの世界にない。
幻想。
幻を想うだけのものになった。
……そう、紫が哀しそうに言っていた。
人間の俺にはそのとき何も言うことはできなかった。
「…本当、変わり果てた世界だったよ」
闇を捨てた人間の行く先が、あの発展した街の姿なのだ。
「やっぱり、幻想郷が落ち着くよ。いくら生活が便利になっても俺はこの自然が多い幻想郷が好きだな」
失ってから失ったものの真の価値が見えてくるという。まさにその通りで、俺は初めて幻想郷の未来を考えるようになった。
未来なんてたいそれたものじゃないけど、ただこれからどうしようかと思うようになったのだ。
自分の周りだけを見ていた世界から、その外に目を向けるように。
「…そのためには、まず」
「“宝珠”ってやつを探さないとね!」
「きっと紅魔館にあるだろうな。説明して出してもらわなきゃな!」
ちょっと元気が出てきた。若干ナイーブになってたから丁度いい。拳をぎゅっと握り、気持ちを鼓舞させた。
それはそうと、そろそろ到着してもいい頃あいだと思うんだが。
「そろそろか?」
俺はルーミアに聞く。
「そうだね、もうじきかな」
「あと五分ってところか?」
「まあそれくらい」
ルーミアはそう淡々と答える。
あともうちょっとか。そう考えると自然と気持ちもそわそわして足早になる。時間ももったいないし、もうちょっと雑談でもするか。
「それでさ、この前人里でさ―――」
ドオォォォォォォン……!
「何だ!?」
森の向こうから爆音のような音が響き渡る。その余波で木々に留まっていた鳥たちがバサバサと一斉に飛び去り、俺たちの頭上を飛び去っていく。
「今の音は!?」
「紅魔館の方からだよ!」
俺はルーミアの言葉をすべて聞き終える前に駆け出す。低木をものともしないで無視して走り出す。
「あっ、ちょっと圭吾! 先走らないでもう!」
ルーミアがそうぼやくが気にしない。どうせ飛んだらルーミアの方が速いんだしいいじゃないか。
案の定ルーミアは飛んでいた。森の木々を器用に避けつつ俺に併走する形で飛翔している。
森を疾駆する人間と木々の間を縫うように飛ぶ妖怪。
広葉樹やら針葉樹やらが次々と景色の端々に消えていき、代わり映えのない景色が続いていった。
けど元々紅魔館まで五分程度だった道のりだ。走っていけばたいして距離じゃない。ちょっと低木が鬱陶しいけど。
ほどなく小道にでた。土が表面にでただけだが、それでも森の終わりをつげるものだった。
「これは……」
広い外壁で囲まれた敷地の中に、深紅色の紅魔館は佇む。西洋造の洋館はその当主の趣味が投入されており、気味が悪いほどに真っ赤だ。じっと見ていると若干気が変になってくる。
紅魔館の庭園には美しい色とりどりの花々が咲き誇っており、当主やそれの世話をしている者の気品が知れる。それはもう大層美しいのだ。
だから森を抜けたときすぐに紅魔館の紅色は目に入った。圧倒的存在感を放つ紅い館は俺の眼前に迫ってくるようだった。
だが―――
「紅魔館が…襲撃されてる!?」
敷地を取り囲む外壁は一部が半壊し、門は無残に破壊されて鉄柵がへしゃげている。もはやあれは門として機能していないだろう。
そして本来ならそこに立っているはずの門番の姿はなく、俺の目に映っているのは有り得ないやつらだった。
「あいつは―――!?」
そこにいたのは。
湖で見かけた黒い異形の姿だった。
次は紅魔館。
紅魔館に現れた黒い異形。戦えない圭吾は一体どうなる!?
→つづく




