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東方現幻録  作者: カヤ
1章 紅の館と得た力~Fight time after time
13/29

青と緑、時々金色。

 幻想郷。

 俺が過ごした14年間の軌跡がここにある。楽しかったことも、苦しかったことも全部全部。

 思い出が泡沫のように、ポコポコと現れては消えていく。

 海の底の深海から、水面に向かって。


 岸辺に寄る波はとめどなく、また砕ける。

 生命を感じさせるような波の鼓動。

 霧の湖の湖岸は霧のせいか、少しひんやりとしている。



「……戻って、きたんだな」



 湖に吹き下ろす柔らかい風が俺の頬を優しく愛撫する。

 まるで肉親のように優しく、優しく。

 お帰り、と耳元で囁くようであった。


 ただいま、と呟きかけて、止めた。

 まだ何も解決していない。ただただ幻想郷を発見したに過ぎない。


 俺の仕事はまだ何も終わっちゃいない。


 言うなれば、ここには立ち寄っただけなのだ。あくまで中継地点だ。

 ただいまを言うには、まだ早い。


 俺は溜め息一つ吐き、徐に空を見上げた。



「……随分と変わっちまったな」



 空を仰げば、そこには乱雑に走る亀裂が確認出来る。空は濁った青色をしており、亀裂の入ったそれは、氷塊に亀裂が走っているのと酷似している。

 あれは、最後に幻想郷にいたときに見た物と同じものだ。


 そして、気になる事が一つ。


 雲が一寸たりとも動いていないのだ。

 僅かに流れていく雲の生成消滅が行われていない。

 まるで時が止まっているかのように、不自然であった。



「…間違いないな。ここは幻想郷だ」



 周りの景色は変わり映えは無い。

 けれど、日常の中に埋没し、そこにあるのが当たり前だった空だけは依然と全く異なった姿を晒し、日常を非日常に変貌させている。

 そしてよく注視してみると、亀裂が走っている空の向こう側(そうとしか表現できない)に、薄い膜のような物が覆っているのが判る。多分、あれが紫が幻想郷崩壊時に張った簡易結界だろう。

 あの結界が、今の幻想郷の生命線なのだ。

 そして、紫を寝たきりにさせている主原因。


 そう考えると、一刻も早く“宝珠”を見つけ、起動させる必要がある。

 幻想郷のためにも、紫のためにも。



「んじゃ、まあ、とりあえず“宝珠”を探しますか…………と言っても、どこをどう探せば良いのやら」



 幻想郷はバラバラになって“次元の狭間”に漂っているという。

 紫が教えてくれた時はイマイチピンとこなかったが、実物を見てようやく理解した。


 俺は後ろを振り向く。

 霧の湖の湖岸のすぐそばには深い森がある。魔法の森と違って普通の森だが。

 その森は、白い壁のようなもので途切れていた。その壁は遥か上空まで続き、亀裂が走る空をも突き抜けている。

 その壁は、霧の湖を大きく囲うように広がっている。


 つまり、この壁がバラバラになるという意味なのだ。

 紙面に描いた地図をビリビリにした、その断裂面がこの壁を意味する。

 そのイメージでようやく俺は完全に理解したのだった。


 紫の言う通りならば、“宝珠”はバラバラになった幻想郷の、そこに支配者や管理者等に渡したらしい。

 ならば、そこの支配者や管理者に事情を説明して“宝珠”を見せてもらう必要がある訳だ。



「んで、ここの支配者は……」



 霧の湖と言えば……



「…………………」



 えっと。

 ちょっと氷精が頭に浮かんだけど、それは即座に却下した。


 だって有り得ないし。


 それならいつも一緒にいる大妖精の方がまだ信憑性がある。

 …とは言っても、それでも幻想郷にとっての生命線を妖精に託さないと思うから、おそらく違う人物なのだろう。


 はてさてそれは誰だ、と考えを絞ろうと思ったその時───



「あれ? 圭吾じゃない!」

「ん?」



 目の前の湖から声が聞こえた。正しくは湖の上空三メートルほどだけど。

 俺は声の発生源の方に首を動かす。

 そこには噂をすれば何とやら、さっき話題に出てきた妖精たちの姿があった。



「こんなところで会うなんて、キグーね!」

「お久しぶりです、圭吾さんっ」



 近づく青色と緑色のシルエット。

 片方は全体的に青色の装飾が為され、勝ち気そうな表情に、吊り上がった瞳は元気いっぱいの年相応の少女に見える。

 もう一人も同じような服を身につけているが、こちらは頭のサイドをポニーテールで一つにまとめた緑髪の少女だ。おとなしそうな印象を与え、隣の少女とは全く異なっており、ある意味でお似合いの二人ではある。

 そして、飛翔してくる二人には、それぞれ形は微妙に違えど、妖精の象徴である小さな翅を生やしていた。


 元気いっぱいの少女───チルノは氷精の印である氷の翅を。

 おとなしそうな少女───大ちゃんは昆虫のような白色透明の翅を。


 湖上を浮遊していた二人は、やがてふわりと俺の近くに降り立つ。

 体格は七歳前後の子供。俺の肩程度の身長しかなく、まさしく妖精然とした風貌だ。



「チルノ、大ちゃん、二人とも久しぶり」



 俺と彼らの関係はたまに遊ぶ間柄だ。ここ最近会う機会に恵まれなかったから、久しく会っていなかったのだ。

 彼ら二人の他、もう三人知り合いがいるのだが、今日はいないらしい。



「何で最近来なかったのよ!」

「春は田植えで忙しいんだよ。春と秋、このあたりは特に忙しいの」

「…人間ってのは、メンドーな生き物ね」

「それが人間ってもんなんだよ。働かざるもの食うべからず、ってね」

「チルノちゃん、圭吾さんも忙しいんだから、我慢しないと…」



 ぷりぷり怒るチルノに対して宥める大ちゃん。その姿は怒る子供を宥める親のよう───



 って、大ちゃんはお守り役かよ。

 ……その通りか。


 そんな二人の姿を想像して、俺は心の中で苦笑した。



「そういえば圭吾さんのその服……何ですかそれ? 背中に大きな荷物も背負っているようですけど……」

「ああこれ? これは外の世界で買ってきた登山服と、ザックだよ」



 外の世界?と首を傾げる二人。

 確かに、言ってしまえばこんな奇抜な服を着ていきなり現れたとなれば、チルノでなくとも疑問は必須だ。



「ちょっと訳ありで外の世界に行く羽目になってね。諸々の事情で外の世界を旅する事になって、外の世界の旅用の服を買い揃えたんだ」

「旅って…一体何故?」

「そうだな。説明すると長くなるから割愛するけど、一言で言えば『幻想郷を救うため』かな」

「幻想郷を、救う…?」



 更に曇り顔になる二人。

 元々知能レベルがあまり高くないのが妖精だ、考える事は苦手なのだろう。

 チルノは言うまでもなく、普段はチルノのセーブ役の大ちゃんも困り果てた顔をしている。



「あれだよ、あれ……」



 俺は人差し指を真上に突き出す。つられて二人も上空を見上げた。



「“あれ”をどうにかするために旅してるんだよ。紫の代行でね」

「なるほど…」



 二人は亀裂の入った空を見上げて納得顔で頷いた。

 やはり非日常のものには素早く反応するらしい。それは周囲の環境に左右されやすい妖精という種族故なのか、自ら考えた推理故なのかは不明だけれど。



「幻想郷に特大の“異変”が発生した。霊夢も巻き込まれて動けないし、紫も倒れたから代わって俺がその解決に当たってるんだ」

「今、ここでもその“異変”は起こってるんですか?」

「ああ。下手をすれば、幻想郷は崩壊して大勢の命が亡くなる。人間も、妖怪も───」



 質問を重ねた大ちゃんも、頭の整理に奔走していたチルノでさえも、俺の発した言葉に固唾をのんだ。

 説明不足かもしれなかったが、俺の真面目な雰囲気に二人はのまれたのかもしれない。二人は少しばかり青い顔をしていた。


 ───暗い雰囲気になっちゃったな。この場は、和ませよう。


 俺はそう決めると、二人の頭を少し乱暴に撫でた。



「ま、大丈夫さ。俺が何とかしてやるから、二人はいつものように過ごしてくれればいいよ」



 力のない俺が言っても説得力ないけど、それでも気休めくらいにはなると思う。誰かに安心しろと言われると、存外安心するものだから。

 …嘗て俺もそうやって、慰められたからな。


 俺がワシワシ撫でると、チルノは見るからに不機嫌そうな顔をした。



「ふ、ふん! 弾幕ごっこも出来ない圭吾に守られてたまるもんか!」

「それを言われると立つ瀬がないなあ」



 撫でるのを止めて、ポリポリ頬をかく。隣では大ちゃんが「はは…」苦笑いをしていた。

 まあ確かに俺は何にも力らしい力を持っていないけど。でも一応この異変を解決出来るのは現時点では俺だけな訳で。

 そう思うと密かに優越感が湧いてくる。

 まあ、それを態度に表すほど嫌みなやつじゃないつもりだけど。


 ……とまあ、長話が過ぎたな。

 俺の目的はどこかに保管されている“宝珠”の管理者に出会い、刻印を使って起動する事だ。

 とりあえず、ここ湖近くにどんな人たちがいるのかを知る必要がある。

 人員を把握しなければ、闇雲に探す羽目になってしまう。はっきり言ってそれはあまりにタイムロスが過ぎる。



「なあ二人とも」



 俺は二人に聞くことにした。



「この辺り…そうだな、あの白い壁のような物の内側にどんな人が今いるか分かるか?」

「どんなって?」

「“異変”を解決するのに必要な要素なんだよ。出来れば大物がベスト」



 それこそ紫クラスの、所謂大妖怪と呼ばれるような輩は間違いなくセレクトされているだろう。

 強い力を持った者たちはそうそう死なないし、互いに牽制しあう意味も含めてだ。

 チルノと大ちゃんはうーんと十秒ほど思考した後、答えを得たらしく口を開いた。



「「そりゃモチロン───」」

「おー、なんか久々の顔ぶれなのだー」



 答えを言おうとした途端、外野からの割り込みで言うタイミングを逸したチルノと大ちゃん。酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせている姿が少し可愛い。

 唖然とする二人を余所見に、俺は声の主の方を向いた。



「久しぶりルーミア。大体半年ぶりか?」



 目の前にはショートカットの金髪に大きな赤いリボンを付けた、チルノたちと背丈の変わらない少女。

 白色のシャツに黒色のジャンパースカート。金の髪に赤いリボンとネクタイと瞳。

 地味だけど、その素朴さが彼女の可愛らしさを引き立てていると言っても過言ではないだろう。

 ルーミアと呼ばれた少女はふわふわと宙に浮いたまま答えた。



「さー? そんな細かい事、覚えてない」

「相変わらず適当に生きてるなあ……」

「妖怪ってそんなものだしー」



 ま、確かに。

 自由気ままに生きる、それが妖怪の行動原理だ。一部例外があったりするが、概ね妖怪は感覚的に生きる。人間のように理性で感情を抑制する事はほとんどしない。


 ───という事を考慮しても、ルーミアは特にのほほんと生きているような気がしないでもないが……

 口に出すのは野暮ってものか。



「って、アタイを無視して会話に割り込まないでよ!」



 妖怪の定義について思索を広げていたところにチルノの妨害が入った。

 いや、妨害というならどちらかと言えばルーミアの方になるのか。先に話してたのはチルノと大ちゃんだし。



「んー、お話してたの?」

「まあな。ちょっと真面目な話」

「どんな?」



 可愛らしく小首を傾げるルーミア。

 こういう姿を見ていると、普通の子供にしか見えない。

 実態は妖怪だけどさ。



「実は今“異変”が起こっててな。それを解決しないと大勢の命が消えるかもしれないんだ」

「その“異変”は、あれに関係すること?」



 ルーミアはピッと俺の背後の森の上空を指差した。

 指差した先は天空を貫く、白壁のような結界の断裂面。

 今までの幻想郷には存在しなかったモノ。


 幻想郷には“異変”と呼ばれる出来事が稀に起こる。


 異なる変化───


 それは日常とかけ離れたものであり、幻想郷に驚愕をもたらすものである。

 人害を為す場合もあれば、単に事件が起こっただけの場合もある。


 俺が知っているだけでも、過去にも事例はある。

 幻想郷一帯が紅色の霧に染まった紅霧異変。

 春が訪れず、冬が続いた春雪異変。

 夜が舞い降り続けた永夜異変。

 その他の異変……俺が生きている間にも様々な異変が起きたものだ。


 ルーミアが言ったことは正しいようで間違っていた。



「関係はある。ただ、あれは“異変”を最小限に食い止めようとした結果生じたものだから、あれ自体に害はないよ」

「ふーん」

「詳しい説明、いるか? 一応現状を教える事は出来るけど」



 幻想郷に住む者として、現在の幻想郷の状態を知る権利はある筈だ。

 何も知らないまま巻き込まれたのだから尚更である。


 ルーミアはチルノと大ちゃんをチラッと見てそして返事をした。



「じゃあ教えて。今のままじゃ何が起こってるのかイマイチ理解できないし、今後どういった行動をとればいいのかも分からないし」

「分かった。まずは結論からだけど───」



 こうして俺は三人に詳しい幻想郷の現状を教えることとなったのだった。

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