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東方現幻録  作者: カヤ
1章 紅の館と得た力~Fight time after time
12/29

古さびた洋館。

 現在急な山道を登っている。

 一応舗装はされているものの、所々ひび割れており、その亀裂からは雑草が高い生命力を誇示している。長年使われていないことは明白だった。


 麓の県道から脇にそれたのがこの道だ。

 看板も何もなく、ただひたすらこの荒れかけた道が続くだけである。


 何故こんな誰も使っていないような道を行くのか。

 近くの村でそれは妙な噂を耳にしたからだ。



 ───村の外れの廃洋館は人を喰う



 家が人を食べる訳ないだろうと思って詳細を尋ねると案の定違った。

 何でも、廃洋館に近づいていった者が行方不明になる事件があったらしい。

 所謂神隠しと呼ばれるものだが、不可解なことに一件だけでなく、他にも何件もあるらしい。


 最初は村人が被害者だった。

 だが、それは一週間ほどして戻ってきた。

 その村人に事情を聞いても、何も覚えていない様子らしかった。


 その後の事件の被害者は全て部外者だ。

 どこから聞きつけたか知らないが、村人が失踪したという噂を耳にしたらしい。

 それのほとんどは興味本位とのこと。

 村に立ち寄り、噂を聞きつけ、洋館に行って行方不明になる。

 数人戻ってきたが、大抵は行ったきり戻ってこなかったらしい。


 ……藪をつついて蛇を出すというか何というか、自業自得だと思うのだが……


 まあそれはさておき。

 俺はその噂を聞いてピンとインスピレーションが働いた。


 その失踪事件は幻想入りだ。それしかあるまい。

 幻想入りは現象は神隠しそのものである。外の世界から見れば人がいなくなるのだから。


 更に、戻ってきた人がいるのといないのも説明がつく。

 戻ってきた人は、運良く幻想郷から無事帰還出来た人物だ。

 戻ってこれなかった人は、幻想郷に定住したか、残念ながら獣または妖怪の餌食になってしまった人物だ。

 大抵は妖怪の餌食になってしまうことが多いけど。


 戻ってきた人に幻想郷の記憶がないのは……おそらく紫が何かしらやっているのだろう。

 それに関して言うことはない。


 結局のところ何がしたいのかというと、廃洋館に行けば幻想郷に行ける可能性があるかもしれない───そういうことだ。

 あくまで可能性、だが。







 暫く行くと舗装道路すらも無くなり、轍の痕跡のみが残る荒れた道路となった。

 鏡が割れたカーブミラーや苔だらけの道路標識が目立つようになった。

 歴史から消え去ってしまった古代遺跡のように、人のいない道は静かで儚かった。


 俺は一度立ち止まり、静かに朽ちていく人工物を見回した。



「…………」



 忘れ去られた物。

 今ここにあるそれらは嘗ては使われていた物だろう。

 人々を乗せた車が少ないながらも行き来をし、安全面を考慮するために後にカーブミラーとガードレールが取り付けられた。

 今では必要が無くなったために、こうして撤去される事もなく、放置されたままであるのだ。

 まあ、全ては憶測でしかないが……



「忘れ去られた過去の遺物、か…」



 果たしてこれが遺物と成りうる程の価値があるかどうかは謎だが、少なくとも人々の頭からは消えていく。


 幻想のように。

 誰の目にも憚る事無く失っていく。


 俺は僅かな木漏れ日が射し込む森をどんどん歩いていく。



「ん……光が…」



 昼間にもかかわらず薄暗かった道路に、光が射し始めた。

 森の出口だ。

 図らずも早足になるのを自制しつつも、俺は今か今かと外の景色に目を凝らす。暗所から明所へ、明順応が働き、次第に目が光量に馴染んでいく。



「…………これは…」



 森を抜け出し、目の前に飛び込んできた景色は壮観だった。


 まず視界に飛び込むのは赤鉄色の門。

 背の高い雑草が繁茂しているものの、大きく聳え立つ門はまず来訪者に威風堂々という感を抱かせる。錆びた鉄の門も、寧ろどこかある種の趣を感じさせ、一部が倒壊した赤レンガが続く塀は嘗ては更に輝いて見えたのだろう。赤レンガ塀は幻想郷でもそう拝めないから俺はそれにしばし見惚れてしまった。



「へえ……こりゃ圧巻の一言だな」



 ここが人々が次々に行方不明となっている神隠しスポットとこの場で言われたら、思わず否定してしまうだろう。それくらい圧倒的であった。


 そして何より凄いのは、その門の奧にその門なんかとは比べものにもならないくらいのスケールの洋館が、玉座に座る王のように待ち構えていることだ。

 思わず雰囲気に呑まれそうになる。

 これで蔦が生えていなければ、尚一層壮大に写ったことだろう。


 一体何故これほど立派な洋館がこんな山奥にあるのだろうと疑問に思わないではないが、今この場で深く考える意味は無い。

 また今度機会があれば考えよう。


 そして暫く門界隈をウロウロしてみた。しかし、特に変化はなかった。


 ので、敷地内に入ることにした。

 眼前の門扉は鋼鉄製であったが、長い時を経たせいか赤茶色に錆びついており、太い木の棒で思いっきり殴れば砕けそうだった。

 お誂え向きにも太くて長い棒には事欠かなかった。



「おらあっ!」



 グシャ!とあまり気持ちのいい音はしなかったが、鋼鉄製の門は呆気なく砕けた。

 人が通れるサイズにまで門を砕き、俺は敷地内へと足を踏み入れた。



「うおっ、雑草だらけ」



 当然だが、手入れの為されていない敷地内は雑草が支配していた。

 緑も緑。むしろ緑じゃないところを探す方が大変そうだ。

 背の高い雑草を踏みつけて道を作り、 大きな洋館の正面玄関を目指す。


 広いとはいえ所詮は一個人の家でしかないので、あっという間に正面玄関に辿り着いた。正面玄関付近の地面は石畳で、剥き出しの地面よりはかなりマシであり、雑草群が幾ばくか少ない。

 そして玄関から20メートル程離れた所から洋館の全貌を一望した。



「うわ……すげぇ……」



 風雨に晒されながらも力強く時代の趨勢を生き抜き、町中のコンクリート様式の建物とは違う、猛々しくも厳かな趣でそれは聳え立っていた。

 まるで時代を逆流させたような、そこだけが時間が停止しているような、そんな疑問さえ浮かぶ。


 一体最盛期はどれほどの面構えだったのだろうか。


 過去のこの建物を見たいと思っても、それは叶わないと、俺は少し残念に思う。



「何かにこの光景を残せたらなあ。……あ、そういやあのブン屋がカメラとかいうもの持ってたな」



 確か、あの烏天狗が持っていたものは目の前の景色をそっくりそのまま写し取る絡繰りだった筈だ。

 幻想郷では馴染みがないが、技術の進んだこの世界なら、あれと同じものがあっても不思議じゃない。


 あれ、今度町で探してみるか~、と密かに心に決めた。

 そしてまた一歩、廃洋館に近づく。



 ───フッ、



「………ん?」



 何だ?

 今景色が一瞬光ったような…

 俺は辺りをキョロキョロと見回す。しかし、何も変わったところはなかった。



「…気のせいか」



 俺は肩をすくめ、踵を返そうとした。



 ───フッ、



「っ!……また?」



 刹那のうちに白く染まる視界。

 今度は間違いない。疑いようもなく、一瞬光った。

 いや……光ったというより歪んだ、ような……



───フッ、



 …まただ。しかもまたもはっきりと感じられた。

 目の前が一瞬間瞬き、その後また元の景色に戻る。

 何も変わったところは無い。

 目の前に映し出されているのは古さびた洋館だけだ。



──フッ、



「うっ」



 また。今度は尚激しい。

 太陽を直視したように、視界がカッと閃いた。



 何だ……この閃光は?



 閃いて、戻って。

 閃いて、戻って。


 これの繰り返しだ。しかも段々と間隔が狭まっているような気がする。



─フッ、



「くそっ、何だよこの光、目が痛い……!」



 度々続く閃光のせいで目がチカチカする。もう、まともに目を開けることも叶わない。

 そして、



 カッッッ!



「う、くっ!?」



 特別強い光が瞬き、その光が俺を包み込んだ。


 今までのような断続的な、点滅信号のような弱い光ではない。太陽が爆発したとでも表現すればいいのか……ともかく激しい光量だ。


 そして、俺は僅かに開いた瞳孔で、俺に異常が起きているのを見た。



「………!刻印が!?」



 紫に施された刻印が青白く、刻まれた印に沿うように発光している。

 刻まれた印は読めない。漢字のように見えるが、微妙に異なっている。

 その印から、紫の力が僅かに発せられているのを感じた。



「何かに、反応している!?」



 今の今まで何も感じなかった刻印が俺の体内で暴れるように反応している。

 暴れるといっても、微弱な妖力だったので、人間の俺でも楽に耐える事が出来たが。

 そして、景色の閃光と同期して印の青白い光も爆発的に輝きだした。


 光と光の大発光。

 恒星と恒星の大爆発。


 2つの光は容赦なく俺の飲み込んでいった。



「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 莫大な光の津波が俺を飲み込み。

 やがて、



「ぁぁぁ………………………」



 消えた。







「…………っ」



 膨大な光の奔流はやがてなりを潜め。

 朧気ながらも、徐々に視界はクリアになり出した。

 白い世界から、やがて色のある世界へ───




「……ん?」



 ───と思ったが、何故かなかなか白い世界から抜け出さない。

 白い世界が続いている。


 いや、先ほどよりは幾分か色がついているのは確かなのだが、それでも依然として白い景色が視界を席巻している。

 白いヴェールをかぶせたように。

 世界は白い。



「あ……これ、霧だ」



 どことなくひんやりと冷たいそれは、よく思案してみれば霧であった。

 霧ならば視界が白いのは頷ける。頷けるのだが……



「……霧なんて出てなかったよなあ?」



 少し前までは景色は完全に色づいていた。時間も昼前であったし、いくら山奥であってもそんなに突然霧が発生するものだろうか。

 霧が発生する要因が見当たらない。



「うーん。ま、考えても仕方ないことだな。分からないものは分からない」



 途中で思考を中断し、目を凝らして辺りをキョロキョロする。



「……え?」



 そして、驚愕の事態を目の当たりにする。



「洋館が……無い?」



 無い。

 辺りをウロウロしても、洋館がキレイさっぱり無くなっているのだ。



「えっ、え……?」



 ………。

 いやいやいや。

 そんなまさか。

 そんな馬鹿な事があってたまるか。

 洋館が消えるなんて、いくら何でもムチャクチャだ。


 けれど、現にこのように無くなっている。

 あるのはくるぶしほどの小さな雑草ばかり……ってあれ?



「雑草も、こんなに短かったっけ?」



 確か俺の記憶が正しければ、洋館の敷地内に生えた雑草は少なくとも俺の膝上くらいはあった筈だ。

 流石にそんなにウザったい雑草を忘れる訳はない。


 と、なれば───



「ま、まさか……」



 俺はある結論にたどり着いた。

 嘘だろと思う反面、確かに認める自分もいる。

 可能性としては考えていたのだから。


 その結論に行き着くと同時に、霧が薄くなりだした。

 見えるのは広大な青。

 海というには広すぎ、池というには規模が小さい。


 湖だ。


 霧が薄くかかる湖。

 霧に湖、その組み合わせに俺は確かな確信を得た。



「ここは……」



 年中濃密な霧に覆われ続ける湖。

 名を、霧の湖という。


 そこが存在するのは───



「幻想郷だ!」



 俺の幻想郷こきょうだ。

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