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東方現幻録  作者: カヤ
1章 紅の館と得た力~Fight time after time
10/29

旅程2週間

一章の始まりです。



 眼前に広がる田園風景。

 両脇に山が控えるこの土地に、初夏の穏やかな風が吹く。

 微風になびく苗床。

 整然と植えられた苗の緑色と濁った水の茶色が、見る者の心を和ませる。


 水田に囲まれた、直線を走る道路上にポツンと佇む庵。脇にはバス停が立っている。


 そこに設置されたベンチに俺は腰かけている。

 ザックを隣に置き、途中で汲んだ天然水入りのペットボトルを呷る。

 名水百選、と銘打たれたこの水は、幻想郷の井戸で汲んだ水と比べると不味い。

 どこか人工的な風味がするのだ。

 どこが、と問われても返答に困るが、そう感じるのである。

 まあ、渇いた喉を潤すには十分だから文句はないが。


 暫くバス停で休憩をとっていると、道路の向こう側から大きな巨体が迫ってきているのが見えた。

 閑古鳥が鳴いているような何も通らないこの道路に、一台のバス。

 それはガタガタと巨体を揺らしながら、やがてバス停の前でプシューッと停車した。ガコンと扉が開く。


 しかし、俺はバスに乗る気はない。

 本当に休憩のためだけにここに居座っているだけだ。


 俺は運転席の方に向かって両腕で大きく×を作り、乗車しない旨を伝えた。

 すると、運転席の窓が開き、運転手が顔を覗かせた。



「やあ、田舎旅行かい?」



 長旅用のザックを持ち、服装も登山服を着ていれば、自ずと答えは導き出されるだろう。田舎だけではないが、概ね正解だ。



「はい、そのようなものです」

「一人?」

「ええ」



 バスの中に乗客はいない。

 誰も乗ってないバスを走らせるのは退屈なのだろう、だからこうして俺に接触したと考えるのが妥当だ。

 ま、だからといってどうもしないが。



「そっか、若いのにエラいね。……よい旅路を!」



 運転手さんは紺色の制帽をかぶり直し、前後を見てバスを走らせた。

 サイドから手が伸び、さよならと手を振っていた。

 俺も運転手さんが手を中に戻すまで手を振り続けた。



「………」



 数十秒ほどの出会い。

 だが、それがまた旅の醍醐味である。

 いつかまたどこかで再会するかもしれない。

 逆にもう二度と会わないかもしれない。

 旅は一期一会とはよく言ったものだ。


 バスが行ってしまった後は、来る前と同じような静寂に包まれた。

 これがもし夏ならば、蝉の鳴き声でやかましかったのだろうが、生憎夏はまだ先だ。


 俺は残りの水を胃に放り込み、残ったペットボトルはザックのサイドポケットに差し込んだ。捨てるには、ペットボトルの利便性は惜しい。

 ザックを担ぎ、地図を広げて方向を確認。間違いがない事を確認し、再び歩を進めた。


 僅かに残った、火照る体を実感しながら、次の町を目指した。



 秋庭圭吾、ここまでの旅程2週間である。







 夕暮れも程近く、西日が空を鮮やかにオレンジ色に染め上げる。

 山の裾は、燃えるような緋色のコートが広がっている様子を映し出しているようで特に美しい。

 山々が連なるここの地域一帯は夕暮れが多少早いようだ。



「んー、今日はこれくらいか……」



 普段俺は夕日が沈むより少し前くらいに徒歩をストップし、野営の準備をする。真っ暗になってしまえば薪を見つけるのも苦労するし、料理も出来ない。


 俺は荒く舗装された道路の道を外れ、木々を分け入る。適当に下草が少ない所を見繕いザックを下ろす。

 その辺に落ちている比較的大きな乾いた枯れ木を拾い集め、ザックの中からマッチと着火材を取り出し、火を点ける。

 マッチの炎が瞬間に弱々しく燃え上がり、独特の異臭が鼻腔を突き刺す。枯れ木と着火材にマッチ棒を投下、じわじわと点火しやがて立派な炎となる。


 普通幻想郷ではこんな風に焚き火をおこして野道で野営などやってはならない。


 妖怪は獣と違い、火を怖がらない。

 寧ろ火を見かけたらそこに人間がいると思い、嬉々として近づいてくる。


 しかしここでは妖怪は存在しない。妖怪のような異形は迷信化され、存在そのものが否定されている。


 だから俺もここでは安心して野営して過ごせるのだ。逆に獣には注意しなければならないが、妖怪に比べれば可愛いものだ。



「んー、今日の俺もご苦労さん!……幻想郷の入り口は全く見つからないけど」



 こうやって日中歩き続け、夜になると野営して寝る生活を続けて2週間を過ぎる。


 俺がここにやってきた場所はかなりの都市だったため、幻想郷に風景が似ていると思われる田舎の方へ進路を取った。田舎の方がもしかしたら、と思ったからだ。


 休憩も程々に挟みながらかなりの距離を歩いてきた。

 幻想郷の入り口を探しながら歩くので意外と進む速度が遅い。

 が、その寄り道の恩恵か、この世界についての情報もかなりのものになったと俺は思っている。もはやこの世界の住民といっても過言では無い────わけないか。。



「知識が増えるのはいいことだけど、肝心の目的が達成されないんじゃあなあ……」



 そもそも、俺はこの世界からどのようにして幻想郷を見つけだすのかよく理解していない。

 紫は幻想入りと同じだと言ったが、そもそも幻想入りの仕組みは詳しくは知らない。

 ましてや、幻想入りする身のことなど知る由もない。

 俺は幻想郷の住人なのだから。



「……ま、考えてもムダか。その時になったらなるようになるだろ、多分」



 どちらかというと俺は頭で考えるよりも体が先に動くタイプだ。

 考える事よりも体を動かす事の方が多いから仕方のない事なのかもしれない。

 紫のように、頭がいいわけじゃない。

 俺は感覚派なのだ。



「…言い訳しても虚しいだけだし、飯作るか……」



 いつも通り飯を作って、

 いつも通り一人で食べて、

 いつも通り片付けて、

 いつも通り眠る。


 朝起きたらいつも通り歩き始めて、

 いつも通り幻想郷を探して、

 いつも通り昼飯を食べて、

 夕方になればいつも通り野営の準備をして、

 いつも通り夕飯作って、

 また眠る。


 これが、現在の俺の日常だ。

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