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東方現幻録  作者: カヤ
プロローグ 世界を越えて~Beyond the world
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日常。

これは以前投稿した「東方現幻録」をリメイクしたものです。設定が大幅に変わってますマジで。

 5月の水は体にはまだ少し厳しい。

 山の雪解け水は今頃下流へと旅立っているだろうから、この冷たさはきっと、本来の川の水の冷たさなのだろう。

 頭上を照らす太陽は夏ではないにしろ、頭をじりじりと焦がして地味に暑い。まあ、もう慣れたが。

 ぬるりと足にまとわりつく奇妙な感覚を味わいながら、泥水を歩く。足に重りを付けたようで、泥の中にずぶずぶ沈む足。下手すれば泥に足がはまって抜けなくなることがあるが、親しんだ泥だ。そのような愚は侵さない。

 辺りは新緑色の苗が等間隔で植えられている風景。

 5月中旬。

 田植えの最盛期。


 脇に抱えた小ざるから苗を一房掴み、泥水の中に植える。一歩一歩、それを等間隔に整然と植えていく。

 この単純な作業を何時間続けているだろうか。測ってないからわからないが、ようやく一段落つきそうだ。



「ふー…」



 背を伸ばそうと、腕をぐーっと伸ばす。バキバキと背骨が鳴り、「ふぅー」と弛緩。

 再び元の態勢に戻り、泥水から上がった。



「終わったか?それなら今日はもう上がっていいぞー」



 少し離れた所から手拭いを巻きつけた筋肉質のおっちゃんが話しかける。

 あの人はまだ苗を植えつけるらしい。

 ここはお言葉に甘えさせてもらおう。



「わかりました!先に上がらせてもらいますね」



 泥が付着した手足を用水路でキレイに落としつつ、そう返事をした。

 透き通った水を手で掬い、顔にかける。ひんやりと冷たい。

 手足と顔の水滴を肩に架けていた手拭いで拭き取りながら、畦道に脱ぎ捨てていた草履を履き、捲り上げていた袖口を下ろす。

 おっちゃんに手を振りながら、帰途に着く。


 畦道を少し歩くと主道に出る。主道といっても周りは田園だらけでちょっと道幅が広いだけの畦道と何ら変わらないのだが。

 微妙に曲がっている道の先には多数の家々が建ち並ぶ村がある。

 そこは、名前はないが、誰も彼もが「人里」と呼ぶ。

 俺が住んでいる場所でもある。


 ちらり、と頭上を仰ぐ。

 お天道様は天辺、午後1時くらいか。



「帰るか」



 烏は鳴いていないが、一度家に帰ろう。歩調を速めながら道を歩いていった。



 青葉が茂る、新緑の日々の事だった。







 活気のある人里の大通りを傍目でスルーして脇道へと逸れる。

 大通りから少し離れると途端に空気が変わる。家々が所狭しと建ち並び圧迫感を与えるというのに、人通りが少なく閑静とは違った雰囲気を出している。

 

 人でごった返す人里の大通り。実はここ裏手こそが人里に住む人々の居住区である。長屋づくりとでも言うべきか。


 ただ大通りに比べると人口比は一目瞭然。途端に人気がなくなる。

 決して人がいない訳ではない。大通りや、この通りを南に下った先にある高級住宅地と比べると比較的経済的に貧しいというか。


 まあ住む家がないとか、1日の飯さえ危うい乞食とかは流石にいない。差別迫害されている訳では断じてない。寧ろここの人達はいい人ばかりだ。


 そんな所に俺の家がある。


 人里の北、ほぼ中央を分かつ大通りの西側の小さな土地に俺の家が周りの家に飲まれるかのようにひっそりと建つ。

 裏通りをくねくね右折左折して着いた。

 人一人が住むのに最低限の備え、無駄を削ぎ落とした小さな家だ。すぐ近くに井戸、ちょっと離れて厠がある。掃除も行き届いて比較的快適といえる。


 俺は井戸の前に立ち、滑車を回して底の桶を引き揚げる。十秒程で桶は上がり、その中にはたっぷり水を蓄える。それを柄杓で掬って呷る。


 「ぷはっ」と一息。程良く疲れた体と乾いた喉を潤した。何杯かまた喉へと運び、残りは再び井戸の中にバシャリ。


 我が家の前に立つ。小さいながらも細部まで細やかに整備され、少し周りの家とは違った貫禄がある。少し訳があるのだが、別に言う必要はない。


 俺はそのまま扉に手をかけ、横に引いた───


「ん?」



───と、後ろから突然気配が。その気配の独特さに俺は納得感を得た。


 (また、か)


 俺はこの気配を知っている。というか、慣れ親しんだものだ。迷いもせずに、俺は振り向く。



「やっほ~♪」



 気配の主は、やはりという人物だった。


 本来なら腰まで届くであろう流れるような長い金髪が結われて帽子の中に収められている。髪の長さに比例するかのように背が高く、俺より少しだけ高い。

 すらりと長い足。

 透き通る宝石のような紫色ヴァイオレットの瞳。

 絶世の美女と呼ばれても何の疑いもないその美貌。



「紫」

「はーい、紫ちゃんでーす♪」



手をぴしっ、と高く上げ、子供っぽく笑う紫。

 正しくは、八雲紫。

 ここ、幻想郷に住まう者なら知らない人はいない、傑物である。


 俺は彼女を横目で流し、そのまま玄関の戸を開いて中に入った。



「ち、ちょっとお!無視しないでよぉ~」



 間の抜けたような声を出しながらも紫も家に上がり込む。「おじゃまします」の一言もなく、ずかずかと。

 絶世の美女だろうと、幻想郷で知らぬ者はない人物だろうと、紫は所詮これである。

 俺は「はあ、」と息を漏らし、紫に向き直る。



「なあ、紫。昨日も遅くまでうちにいただろ?一昨日だってその前だって。そんなので大丈夫なのか?」

「何が?」



キョトン。言葉の意味がわからないわ、と言った風である。



「幻想郷だよ幻想郷!仮にも管理者なら職分を果たせよ。こんな所で昼間から油売ってていい訳ないだろ」

「大丈夫。面倒な事務的処理は藍に一任しているの」



 「一任というより押しつけだろ」と俺はまたも溜め息は漏らす。だらしない主人だと大変だな、と藍に同情。

 まあ何故こうも仕事をサボろうとするのか。管理者という自覚はあるのだろうが、行動が全く伴わっていない。



「だって、しょうがないじゃない」



 うっとりと頬に手を当て、俺を見る。



「我が子を見守るのは親の責務、でしょう?」



 紫の言葉は嘘偽りなく、我が子への愛情がこもっていた。故に俺も強く言い張れないのがつらいところである。



「……はあ」



 溜め息を吐く以外、なかった。

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