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やまねこ銀行

作者: 高橋広和

 野原君は大学生で、家から50分ほどかけて自転車で通学しています。大学の行き帰りに小さな森の中を通るのですが、その森の真ん中辺りに、何やら妖しい横道があって、それは森の奥へと続いているのでした。


 その横道は舗装されていないのですが、道幅はけっこう広く、まるで自然公園かなにかの散歩道のようでした。私道らしく、道の入口には木製の小さな柵があってとおせんぼしています。でも横はがら空きなので車でなければ入っていけるのです。

 この横道のことを、野原君は大学へ通い始めた去年から知っていました。それ以来ずっと気になっているのです。道はまっすぐなのですが、樹々の緑が邪魔をしていて、この先を行くと何があるのかわからないのです。いつかは探索してみたいと思っていたのですが、いつも何かしらの用事があって時間がなく、今までは素通りしていたのでした。


 そんな不思議で好奇心をかき立てる、その道に足を踏み入れたのは、今年の冬になったある日のことでした。その日は少し曇った金曜日のお昼過ぎで、予想外に早く終わった授業のために、野原君はのんびりと自転車をこいで家に帰るところでした。

 横道の前を通りかかった野原君は、自転車をとめました。紅葉していた葉っぱは、この頃の雨でほとんど落っこち、道はうんと遠くまで見通せました。それでもその奥に何があるかまでは、樹々の幹や枝が寄り集まって邪魔をしているため見えません。


 これはかなり遠くまで続いているなと思いながら、野原君は意を決して自転車で横道に入っていきました。今日は別に急ぐ用事もありません。ついにこの道がどんなものなのか確かめられます。

 森の中とは言え、枝から葉っぱがほとんどなくなっていますので、視界はすこぶる良いです。これでもう少し暖かかったならと、野原君はきれいな枯葉のジュータンの上を、自転車でゆっくり進んでいきました。

 野原君は春の若芽が出始めたころの森や、夏のうっそうと茂った森、秋の色づいた森も好きでしたが、冬の葉の落ちた森も好きでした。生命力は他の季節のように強く感じられませんが、それでいてどこか暖かい不思議な感じのする雰囲気が心を軽くしてくれるのです。


 道はけっこう長く続きました。途中で左に傾き、そうかと思えば右へ傾きます。遠くまで見通せなかったのはこれのためだったのです。

「けっこうあるな……」

 野原君は後ろを振り返ってみました。もはや入口が見えません。少々心細くなりましたが、それでも進みました。


 そのうちに道が細くなってきました。野原君は自転車を降りて、押して歩きましたが、すぐに億劫になってきて、自転車をその場に置いて歩き出しました。自転車には鍵をかけませんでした。自転車を持って行ってしまうような人間が、通りかかるとは思えなかったからです。自転車を手放して身軽になったので、森を歩く感触もさっきとは違います。野原君はのんびりと歩きました。


 ところが十歩ほども歩くと、唐突に木造平屋の西洋風建築物が目の前に現れました。野原君は驚いて身体を固くします。

「なんだこりゃ」

 つい口走ってしまいましたが、それほどこの建物の出現は突然だったのです。

 建物は壁も屋根も塗装されておらず、暖か味のある優しい木の色をしています。建物全体は地面より少し高くなっていて、周りは木の回廊となっています。二段の階段を上がって、二、三歩奥が扉です。扉を中心に左右対称で二つずつの四角いガラス窓。屋根は外側に大きく張り出していて、風さえ吹かなければ雨から回廊を守っています。屋根の中央、扉の上辺りには長方形をした緑色の木の看板があって、白いペンキで『やまねこ銀行』と書かれています。細くて不思議な感じのする書体です。

「銀行? なんでこんな所に?」

 扉には『営業中』の札がかけられていて、扉と向かって右側の窓の間には『従業員募集・経験者優遇』の貼り紙がしてありました。

 

 しばらく銀行を見ていた野原君でしたが、暖か味のある雰囲気と、営業中に誘われて中に入ってみる気になりました。こんなすてきで不思議な銀行です。新規で預金口座を作ったっていいじゃないですか。幸い野原君のポケットにはお財布が入っていて、折りたたまれた千円札が一枚あるのです。

 野原君はゆっくりと進んで階段を二段上がり、それから木の床を二歩進んで扉の前に立ちました。金色をしたドアノブを回して扉を引きます。内側に付いていた呼び鈴がカラカラと鳴って、人が入ってきたことを知らせました。


 中も外と同じ、暖か味のある不思議な雰囲気の所でした。横に細長い造りで、目の前にカウンターがあります。右側はお客が待つ間に座っているソファーがあり、左側の奥には銀行の人と相談ができるようにテーブルとイスがあって、ついたてでもって個室みたいになっています。ドアのすぐ左には大きな振子時計。インテリアと呼べる物はこれだけで、あとは何も置かれていませんでした。どうもできてから日が浅いようです。

「いらっしゃいませ、お客様ですか?」

 カウンターの奥から、シブイ男性の声がしました。

「え、はい、まあそうです」

 野原君はつい曖昧な返事をして、辺りをもう一度見まわしました。カウンターの奥で、背中を向けてなにやらゴソゴソやってる黒い背広に黒い山高帽の紳士を見つけます。

「ちょっと今、手がはなせないんです。すいませんが、向かって左側にありますテーブルの所にかけてお待ちください」

 はいと返事をして、野原君はしばらく山高帽を珍しそうに見てからテーブルに向かいました。テーブルはこの建物にピッタリの木目調。イスは籐製。座ってみると喫茶店のようです。


「はい、お待たせしました」

 先程の紳士がこちらにやって来ました。野原君はひょこりと頭を下げて挨拶をし、またひょこりと頭を上げて驚愕しました。うわっと声を出してイスにしがみつきます。紳士の顔、いえ頭はなんと猫だったのです。猫紳士も驚いて身を固くしますが、最初に気を取り直したのは彼の方でした。

「これは驚きました。人間のお客様がこの店にやって来るとは」

 猫紳士は野原君の向かいの席に腰かけると、目を細めて野原君の顔をマジマジと見ました。

「失礼ですが、どうやってここを見つけたのですか」

「……さ、散歩してて、学校の帰りで、森に道があって、行ってみたいなーって、それで歩いて……」

 野原君は自分が何を言っているのか解らなくなってしまいました。ともかく猫紳士から目を離せません。目を離したら、捕って喰われるんじゃないかと気が気じゃありません。

「ふーむ、純粋に散歩を楽しむ人間が、我々の領域に入り込んできてしまうという学説が、野鼠の博士から出されていましたが、やはり正しかったのですなぁ」

 猫紳士は目を閉じて、あごを撫でながら感慨深げにつぶやきます。

 野原君はと言うと、ようやく落ち着いてきまして、これはなにかのイタズラではないかと考え始めていました。今にもカウンターの影あたりから、テレビカメラを持った人間が出てきて『びっくりしたでしょう、テレビに出ますよ』なんて言うんじゃないでしょうか。でもそんな気配はありません。猫紳士の顔も、お面や特殊メイクにも見えません。

(本物なんだろうか…… だとしたら)

 野原君は自分が人間の世界とは違う所に入り込んでしまったと、直観的に理解しました。はたして自分はここから元の世界に還れるのでしょうか。


「トポさん、お茶をお願いしますよ」

猫紳士はカウンターの奥に声をかけました。

「そんなに身体を固くしないでください。捕って喰いやしませんよ」

 猫紳士は野原君の形相を見て、クックと笑いました。

「失礼。ああ、お茶が来ましたよ」

 カウンターの奥から、黒い蝶ネクタイを付けて品の良い黒いベストを着た、体長百六十センチはあろうかという巨大なハムスターが、人間みたいに二足歩行で、木の枝を編んで作ったお盆を持って出てきます。

「はっはっは……」

 野原君はあまりに現実離れした光景のために、乾いた笑い声を出しました。

「キュッキュッ」

 ハムスターは野原君と猫紳士の前にティーカップを置き、二人の真ん中にビスケットを載せたお皿を置いて、カウンターの奥に帰って行きました。


「はっはっは……」

 野原君はまだ笑っています。なんだか目が虚ろです。

「さあ、落ち着いてください。さあ、お茶を飲めば落ち着きますよ。アッサムのストレートです。ビスケットもおいしいですよ。私の妻が焼いた物なんです」

 猫紳士は紅茶を一口飲むと、ビスケットを口に運びました。野原君も震える手でカップを取ると、ソーサーから持ち上げて、勇気を出して飲んでみました。

「おいしい……」

 一口飲んで、野原君は不思議と落ち着いてしまいました。カップを覗き込むと、紅茶の澄んだ赤色に野原君の顔が写っています。そこから立ち登ってくる、紅茶の香りがなんとも言えません。


「いや、驚きました。その顔はお面じゃないんですよね? こんな所に銀行があったのも驚きですが、猫がやっているなんて」

 落ち着いた野原君は大胆にも猫紳士の顔をジロジロと見ました。

「どうやら落ち着いてくれたようですね、良かった。驚きましたでしょう、人間の常識を超えてますからね。しかし私も驚いたのですよ、ここには人間は来られないはずだったんですから」

 猫紳士はコクコクとうなずいていましたが、ハッと気付いて名乗りました。

「そうでした、まだ名前を言ってませんでしたね、私は猫村と申します。どうぞよろしくお願いします」

 猫紳士の猫村さんが深々と頭を下げたので、野原君も慌てて頭を下げました。

「いえ、こちらこそ。僕は野原、大学生です」

 猫村さんは目を細めました。

「野原さん。そうですか、学生さんですか。せっかくいらしたんですから、ゆっくりしていってください。さあ、ビスケットをどうぞ、まだ沢山あります」

 野原君は少しお腹が空いていたので、言われるままにお茶を飲み、ビスケットを食べました。サクサクした歯ごたえで、ほのかな甘みが口の中に広がります。これもおいしいと心から思えました。


「でも、動物が人間と同じような感じで生きてたなんて知りませんでした。マンガならともかく」

 猫村さんはそれを聴いて、またクックと笑いました。

「いやいや、人間の中にも、私達のことをご存知の方はいらっしゃるのですよ。物語に出てくる擬人化された動物なんかは、大抵私達がモデルなんです」

 それを聴いて野原君は、何人かのマンガ家や童話作家、絵描きさんの名前を頭に思い浮かべました。猫村さんの話は続きます。

「私達の領域と、あなた方人間の領域は、微妙にズレているんです。ですから、人間はこちらに入って来られないんですけれど、ごく稀にこっちに入って来てしまう人がいるのですよ、あたなのように」

「この世界の人は、人間の世界に行けるんですか?」

 野原君は猫村さんが自分達のことを言わなかったので、尋ねてみました。

「私達は魔法の道具や呪文なんかを使うことによって、そちらに行ったりできるんですよ」

 野原君は魔法と聞いてもちっとも不思議に思いませんでした。それどころかなるほどと納得してしまいました。この世界にはあってもおかしくないと思ったのです。

「魔法…… すてきな所ですね、ここは……」

 野原君はちょっと上を向いてつぶやきましたが、もう一つ疑問が浮かんだので聴いてみました。

「でも、そんな世界でも、こんな森の中に銀行を作ったって、お客さんが来ないんじゃないですか?」

「大丈夫なんですよ。この森や周辺には、意外と多くの住人が住んでいるんです。それでこの場所にした理由なんですけどね、ちょっとお話ししましょうか」

 猫村さんがいたずらっぽく笑うので、野原君は次のビスケットに手を伸ばしつつ、お願いしますと言いました。


猫村さんの話はこうでした。

ある国のスパイ組織だか大企業だか犯罪組織だかが、何かの悪い目的のために、銀行を作ったことにしてしまったのだそうです。本当はそんなものは無いのに、役所に提出する書類にだけ、銀行がありますと書いたのです。こういうのをペーパーカンパニーと言いますが、その書類に書かれていた銀行の名前は『ワイルドキャット・バンク』となっていました。ワイルドキャットとは山猫のことです。きっと、こんな所に銀行があったって、来るのは山猫くらいだろうと、シャレでそんな名前を付けたのでしょう。そのでっちあげた書類の住所は、もちろんここになっていたのでした。人間の書類だけですが、ここが銀行となり、しかも名前が『山猫銀行』なのですから、銀行をやらない手はないと猫村さんは考えたのでした。


「ここって犯罪組織の銀行なんですか!?」

 野原君は驚いて声をあげました。

「いやいや、それは人間の領域の話です。さっきもお話した通り、ここと向こうはちょっとズレてますから。いや、重なっていると言った方がいいのかな? まあ、そんな訳でして、シャレみたいなものですが、せっかくだからと銀行を建てたのです。開業は昨日なんですよ」

 猫村さんはティーカップに口を付けました。

「どうやって人間の世界の、領域ですか? その事を知ったんですか?」

 野原君は疑問に思って身体を前に傾けました。

「人間が何人か、地図を持って下見に来たんですよ。それで打ち合わせをしているのを、多くの人が聞いたんです。人と言っても鳥とかですけどね」

 猫村さんは紅茶を飲み干しました。

「どうです野原さん、紅茶をもう一杯?」

 野原君はよろこんでうなずいたので、猫村さんはさっきのハムスター、トポを呼びました。

「トポさん、お茶のおかわりをお願いします」


 すぐにカウンターの奥からトポが出てきました。

「キュウキュウ」

 トポは猫村さんの隣に来ると、首を左右に振って見せました。

「ははは、そうでしたね。ごめんごめん。じゃあ私がやりますから、トポさんは野原さんのお相手をお願いします。ちょっと失礼」

 猫村さんは立ち上がると、カウンターの奥に入っていきました。代わりにトポが猫村さんの居た席にチョコンと座ります。

「キュッキュッ」

 挨拶なんでしょうか、そう鳴いて(言って?)首をコクコクと縦に振ります。

「ああ、どうも野原です」

「キュ」

 トポはまん丸できれいな黒い瞳でもって、野原君のことをジッと見てきます。野原君はなにか言わなければならないような気がしてきて、口を開きました。

「あー、君はオ……」

 オスと言いかけて、あわてて口を閉じました。目の前のジャンボ・ハムスターの性別が解らなかったので聞いてみようと思ったのですが、オスかメスかと口にするのはさすがに失礼なんじゃないかと思ったからです。でも初対面で性別を聞くのも十分に失礼でしょう。でも口に出しかけたのですから、野原君は開き直って聞いてみることにしました。

「お、男ですか? それとも女なんですか?」

 野原君の問いかけに、トポは自分の黒いベストと黒い蝶ネクタイを指差しました。どうやら恰好から察してほしいようです。さてどちらでしょう。

「男?」

「キュー」

 トポはにっこり笑いました。野原君がほっとすると、トポはベストのポケットから、なにやら取り出しました。それはきちんとたたまれた紙のチラシでした。これをテーブルにそっと広げて見せます。チラシには看板と同じ不思議な書体で、いくつかの商品名とおぼしきものが書かれていました。トポはそのうちの一つを指差しました。野原君がトポの指先をのぞきこむと、指はその下の文をなぞっていきました。

「え? 『金融商品各種』…… 金融商品ってなんだろう? 『新春、抽選付き定期預金、発売。12月までに……』へー、定期預金に宝くじをくっつけたものなんてあるんですね。」

「キュ」

 トポはうれしそうに目を細めました。なんでも、12月までに新しく定期預金をすると、番号がもらえるんだそうです。そして来年1月に抽選をして、当たり番号を決めて、当たったら豪華賞品がもらえるとあります。人間の銀行でもこのような事をしている場合があるのですが、野原君はそれほど銀行に用がある生活をしている訳でもありませんし、世間知らずと言うほどでもありませんが、あんまり世間を知っている訳でもありませんでしたから、定期預金でなにかが当たるなんて話を聞いたことがありませんでした。ですから、とても珍しいと思いました。トポは次の文字を指差します。

「こっち? これはお金を借りるプランなんですね。『月の銀雫』ですか?」

「キュ」

「えっと『どなたでもお気軽にご利用……』 へえ、利息は2分なんですか」

「キュ」

「ローリスク、ローリターンで、安心なんですか」

「キュ」

「ははあ、『オススメ』なんですね」

「キュッ!」

 トポはまん丸な目を閉じて、にっこり笑いました。言葉が通じなくても意思の疎通ができたので、うれしかったのでしょう。野原君もなんだかうれしくなって微笑みました。


でも残念。定期預金で預けられるほどお金は持っていませんし、だからと言って借りたいほどお金が無いわけでも、使いたいわけでもありません。オススメされてもちょっと困ります。


そこに白いティーポットとティーカップを一つ載せたお盆を持って、猫村さんが帰ってきました。

「そうです、お勧めですよ。ああ、トポさんはそこでいいですよ、私がイスを持ってきますから」

 どこうとするトポに声をかけて、猫村さんは野原君のカップにお茶を注ぎました。

「トポさんに言われてしまいましたよ」

 次に新しく持ってきたカップにお茶を注いで、これをトポの前に置きました。

「『僕はお茶汲みの仕事をしに来たんじゃない』って」

 最後に自分のカップに注いでテーブルの端に置くと、イスを取りに行きました。

 野原君にはさっきの『キュウキュウ』が、そんなに長い言葉になるとは思えませんでした。たぶん意訳して教えてくれたんだろうと考えました。イスを持ってきて二人の横に座った猫村さんは、お茶の香りを確かめてから説明を続けました。

「他のローンですと利息は三分五厘なんですが、これですと二分なんです。ところで、野原さんは学生さんとのことですが、なにを勉強されていますか?」

 それほど勉強家でもない野原君は、少し恥ずかしそうに経済学部ですと答えました。

「そうでしたか。では『金融商品』なんて言葉も勉強されてますか?」

 野原君は焦りました。『金融論』の授業を受けたのは今年になってからなのです。確か授業で先生が説明してくれたのですが、馴染の無い言葉だったので頭に入らず、記憶が曖昧です。一年生の時から金融関係の授業を受けておけば良かったと後悔しました。


 素直に『習いましたが忘れました』と言えば良かったのですが、それはあまりにカッコ悪いですし、入学金や授業料を出してくれている両親に申し訳ないと思えましたので、野原君はウソをつきました。

「実は、まだ勉強してないんです」

銀行は、お金を持っているけれども、すぐに使う予定の無い人からお金を預かります。預かったお金は、お金が必要だけれどもお金を持っていない人に貸し出します。そして貸したお金を返してもらう時に、貸した金額と期間の分だけ利子を取るのです。この利子の分が銀行の儲けになります。だから預けてた人がお金を引き出すと、預けていた金額と期間の分だけ利子が付いて返される訳です。

それくらいなら野原君でも知っていますが、さて『金融』とはお金を貸したり借りたりすることでしょうけれども、『商品』と付くとなるとなんでしょう。

「『商品』と言っても、お菓子屋さんや服屋さんにある、チョコレートやセーターのような、『物』ではないんですよ」

 猫村さんは、んーと考えてから、かなり簡単にして説明をしました。

「普通の預金は、不特定多数のお客様からお預かりしたお金を、不特定多数の、いろいろな目的のためにお金を必要とされている方にお貸しする仕組みなんですけど、お客様からお預かりしたお金を、ある特定の目的のために使って、増やして、お返しする仕組みが金融商品なんです。株式とか国債とかも金融商品になりますね」

 例えばこれと、猫村さんはチラシの一カ所を指差しました。

「この『月の銀雫』はお預かりしたお金を、月光採集をしている魔法使い達に一年間貸し出すんです。彼らはこのお金で道具をそろえて、月光を集めるんですね。こっちの『冬眠貯金箱』は冬眠する動物たちに冬季限定で貸し出します。『豊作一番』は農家の方々向けで一年間ですね」

 『冬季限定』なんて言葉を銀行で聞くなんて思ってもみなかった野原君は目を丸くしました。

「春になると返ってくるんですよ」

 猫村さんはそう言ってお茶を一口飲んで言葉を区切り、また口を開きました。

「ところで、野原さんがこの領域に入り込んでしまったのは、偶然にしましても、この銀行にいらっしゃったのは野原さんのご意思でしょう? 当銀行にどのようなご用でしょうか?」

 そうでした。野原君はここが、へんな場所にあるけれど、普通の銀行だと思って扉を開けたのでした。

「とてもすてきな銀行を見つけたんで、新規で口座を作ろうかと思ったんです。とりあえず千円しかないんですけど、口座って作れますか?」

 猫村さんはちょっと上を見てから答えました。

「新規で口座をご開設になられたいのですね、かしこまりました。ですが…… ここでは人間の通貨は取り扱っていないのです。『銀行』ですから『銀貨』を扱ってるんです」

 猫村さんは音をたてないようにティーカップをソーサーに置きました。

「そうですか、銀貨ですか」

 野原君は銀貨と言われても、別に驚きませんでした。猫やハムスターが銀行をやっている世界なのです。その方が自然な感じがします。

「まあ金貨や銅貨、宝石なんかも扱いますが、やはり主流は銀貨ですね」

 野原君は腕組みをしました。銀貨など持っていません。財布の中にある百円玉や五十円玉が銀貨だったらなぁと思ってしまいます。

「そうですか、すいません、銀貨は持ってないんです」

 猫村さんは優しく微笑んで首を横に振りました。

「いやいや、銀貨は、誰でも持っている物なんですよ」

「ウキュウキュ」

 トポもその言葉を肯定するようにうなずきます。そしてビスケットに手を伸ばしました。

「銀貨という物は、人の心の中にあるのです。思い出とか優しさとか夢とか、そういった心の結晶なんです。人は自分でそれを取り出すことができるのです。銀貨はもちろん通貨としての働きをしますが、それ以外にも自分の体の中に入れることによって、心を豊かにすることもできるんです」

 トポは猫村さんが話し始めてから、ずっとビスケットをポリポリとかじっていたのですが、野原君は幻想的な話にすっかり引き込まれて、一言も聞き漏らすまいと息を止めていましたから、そんなことは気にもしませんでした。

「さっきの『冬眠貯金箱』ですが、あれは冬眠する人達に銀貨を貸すんです。冬眠中はずっと夢を見てる訳ですが、どうせ見るなら悪夢なんかよりも楽しい夢の方が良いに決まってます。銀貨を使えば、良い夢が見られるんですね。こうして、春になる頃にはたくさんの楽しい夢を見て心を豊かにし、使った以上の銀貨を心から取り出すことができるんです。これで借りた分に利子をつけて返す訳ですね」

 猫村さんが話し終えると、野原君はため息をついてイスの背もたれに体をまかせました。

「すごいんですね」

 野原君はやっとそれだけ言うと、目を閉じました。トポがビスケットをかじり続ける音と、猫村さんが微笑む気配が伝わってきます。


振子時計が静かに二回鳴って時を告げました。

「ふむ、午後二時ですね」

 ここの位置からですと振子時計が見えませんので、猫村さんは三つ揃えの背広のベストから銀の鎖が付いた銀の大きな懐中時計を取り出して、時計のフタを開けて時間を確かめました。ついでにネジも回します。

「そろそろ帰りたいと思います」

 野原君はゆっくりと立ち上がりました。家には洗濯物が干してあるのです。そろそろ取り込む時間です。

「またここに来られるでしょうか?」

 猫村さんとトポも立ち上がりました。

「さあ、どうでしょうか? 難しいと思います。偶然でここに来たんですから、来ようと思って森に入っても、たぶんダメなんじゃないでしょうか。もっとも貴方がご自分の心の中から銀貨を取り出せたなら、あるいは、もしくは」

 野原君はゆっくりと扉を開けました。鳥の鳴き声が聞こえます。

「ごちそうさまでした。お忙しいのに冷やかしなんかしちゃって、すいませんでした」

「いやいや、有意義な時間でした。気を付けてお帰りください、野原さん」

「キュッキュッ!」

 猫村さんは微笑み、トポは手を振ります。

 野原さんも微笑み返して手を振ると、前を向いて歩き出しました。小さな階段を降りて一歩二歩三歩。そこで立ち止まってそっと振り返ってみました。


 そこに建物は無く、森の中のただの開けた場所でした。野原君はやっぱりと心の中でつぶやきます。ひょっとしたらこうなるんじゃないかと予想はしていたのですが、さっきまでの風景が見えないのは寂しいものです。それがもう二度と見られない風景となれば、尚更です。

 風にゆられて落ちてくる枯葉達が、まるで雨音のような音を立てます。それは静まり返った森の中で、野原君の心に大きく響きました。そうしてしばらく立ち尽くしたあと、きっとまた行けるさと、諦めとも納得ともつかない気持ちになって、だんだんと心を落ち着けていきました。

「さて、帰りますか」

 野原君はクスリと笑うと、心なしか暖かい気分で森から立ち去りました。


 のんびりと自転車をこいで帰宅した野原君は、洗濯物を取り込むと自分の部屋の畳の上に寝転がって深呼吸しました。そのまま静かにして、森の中での信じられないような出来事を思い返します。普通だったらまず体験できないような貴重な経験。きっと誰に話しても信じてもらえないでしょうけれど、それでも良いと思いました。しっかりと自分の胸の中に入れて、一生大切に保管しておくつもりです。

「そうか、猫村さんが言ってた銀貨って、こんな気持ちからできるんだろうな」

 自分にもできないかな? そんなことを考えながら胸に手を当ててみましたら、何か固い物がありました。

「あれ、なんだろう?」

 野原君は不思議に思いながらシャツの胸ポケットを探りました。上半身を起こしながら、その何かを握って取り出します。

 そっと手を開いてみます。

 手の平には輝く銀貨が一枚、のっていました。



おしまい

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章のテンポが良く、使われる言葉も考え込まれている印象でした。読みやすかったです。さらさらと読むことが出来ました。 ストーリーも、とても練られているように感じました。全体的には、人間大の…
2014/01/26 02:36 退会済み
管理
[良い点] 何て夢のあるお話なんでしょう! とても暖かい気持ちになるお話ですね。 もふもふした猫村さんや、くりくりしたトポさんを想像して頬が緩みっぱなしになりました。 こんな素敵な銀行に、私もいつか行…
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