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王都ヴァーンの東
アグライの森
通称 初心者の森
男にとっては、初心者をエスコートするだけの慣れた仕事のはずだった。
森の案内をしながら、同行人を魔物との戦闘に慣れさせるためだけの、
本当に簡単な仕事のはずだったのだ。
「おーい、そこの君~」
高い金属音が連続して木霊する。
風を切る音と同時に、刃が何度も交差する。
「・・・やめてくれ。一体何が楽しいんだ」
悲壮感に満ちた声で嘆く痩せ形の男。
どうしてこうなった・・・。
唐突に声をかけられたことから、痩せの悪夢は始まる。
人懐っこい笑顔の大男は突如悪鬼のようになり、隣にいた同行人の戦士に一撃で致命傷を与えた。
対人しかり、対魔物しかり、
パーティーの前線が一度崩れれば、そこに待っているのは蹂躙だ。
たとえレベルが全く違おうとも。
「あっはっは、弱いやつをぐちゃぐちゃに潰してくのが俺の楽しみなんだよぉ。楽しみに付き合ってくれよぅ」
心の底から楽しそうで、それでいてどこか狂っている言葉が大男の口から吐き出される。
身の丈はあるほどの大剣を軽々と振るっては、とても愉快そうに獲物をなぶっていく。
恐怖の表情に歪む痩せの男の隣には、傷ついて意識が飛んでいる同行人が地に伏し、
後ろには突然の凶行についていけずうずくまって震える女性プレイヤーが一人いた。
本当に簡単に終わる任務のはずだった、それが一体なぜこんなことになってしまったのか。
痩せは苦悩する。
それでもこういう状況にある程度の経験がある痩せは、
残りの同行人をどうにか逃がせないかと思考を止めない。
捌ける軌道の剣線はかろうじてという体で逸らしている痩せの男だが、
状況的にも、いかんともしがたい不利は覆せそうもない。
「どうしたぁ~?お前が頑張らないと後ろのやつ死んじゃうぞぉぉぉぉ」
金切り声のような剣がかち合う甲高い音とともに痩せの剣が宙を舞う。
「ちぃっ・・・」
下からの力任せの切り上げで長剣を弾き飛ばした大男の剣は、そのまま頭上を通り太陽を遮る。
今にも落ちてきそうな死神の鎌に痩せは顔を歪ませる。
一瞬死を覚悟した痩せの耳に、
スパンッ
という聞きなれない破裂音が飛び込む。
恐る恐る目を開けた瞬間、眼前の大剣男の首から上が、空に高く飛んでいる光景が見えた。
「あががっっっっ!?てめえヴォルトオォォォォォォォォォォォォォォ」
大剣の大男は、飛んだ頭の口から叫びをあげながら体を光の粒子へと変える。
数瞬のうちに、上空に飛んでいた頭も粒子と変わるのが見えた。
「え・・・?」
痩せの目の前では、退屈そうに長髪の男が頭を掻きながら欠伸をしていた。
「うるせーなぁ、人が寝てるのに邪魔するんじゃねぇよ」
「ヴォルト?」
大男を一瞬で葬り去ったであろう目の前の男は、
眠そうな目を一度こすってから誰ともなくそうつぶやく。
長髪を頭の上でちょんまげに結っていて、
背の丈は今しがた消えた男よりさらに頭一つ大きく、
内から出でたる風格はさながら、戦国武将を連想させた。
「ああん、名前知ってるって、知り合いじゃねーよな?ま、いーか。最近は森も危ねーから、お前らも気を付けろよ。んじゃあな」
片手に持った黒塗りの刀をヒラヒラと振りながら、少し気だるそうに森の出口へと歩いていった。
いつの間にか顔を上げていた同行人の女が声を漏らす。
「英雄・・・ヴォルト」
「あれが・・・」
その言葉に半ば放心して、痩せ男が納得する。
現在攻略最前線、
最強と名高いギルド英雄のリーダー。
ヴォルト。
その二つ名は竜殺し。
数刻の後 同森
「くそったれが、なんでこんな場所にクソ英雄がいやがんだ。あーーー、くそっ」
先ほどヴォルトに瞬殺された大男。
グェタンという名の、絶賛売り出し中の人斬りは自らの鬱憤を晴らすべく、新たな獲物を探していた。
「今日はもう全殺だ、遊びはやめてドーピング時間全部虐殺だ」
悪鬼のような形相で森の道を彷徨い歩くグェタンは目の前から歩いて来る男に気が付く。
「おーい、そこの君ぃ」
目を輝かせ瞬時にニンマリとした粘着質な笑顔になるグェタン。
不意打ちをしてキル数を稼ぐのが人斬りとしては手っ取り早い手段であるからして、
妙な特技を得たものだ。
手を振りながら人懐っこい笑顔を見せるグェタンの表情が、
男に近づいた瞬間、顔面を蒼白にしたまま張り付かせた。
瞬間、グェタンの頭が飛ぶ。
問答無用に、目の前の男が腰から長剣を放って斬り飛ばしたのだ。
ただ普通に。
近寄ってきた羽虫を無意識のうちに手で払うかのように。
赤いロングコートに両の腰に挿した長剣。
逆立つ黒の髪は後ろに流れるようにして、獣の王を想像させる。
一目で分かる絶対的強者。
グェタンは空中を舞う頭で思考し、祈るのだった。
自らの存在をかの者がすぐに忘れてくれることを。
「・・・ヴォルトの気配がしたんだがな」
眼光は鋭いままに周囲を見渡す。
そして歩みを進める。
何事もなかったように。
かの存在にとっては、グェタンなどは塵芥に過ぎないのだ。
求めるのは強者のみであり、
自らの血を滾らせることのできる存在だけ。
男が歩いた道はこれより少しの間、男の殺気に当てられ森の魔物が近寄らなくなった。
対人対魔最強を看板に掲げるギルド
神魔の団長
グラン・ドラコーン
二つ名は絶対強者。
最強と称される二人が激突する日は、
そう遠くない。