異世界ツアーコンダクター
意味が解らない作品ですが、勢いで読んで頂けたら嬉しいです。
仲の良いも悪いも集まって。
教授一人を引率に、私たちは二泊三日予定の研究旅行に出かけた。
取ってる講義は郷土史に関係するもので。
私たちは史跡や関連施設をゆる~く回りながら、観光半分にあちこちへ行く。
最後にレポートを出せば単位も取れる、楽な三日間の予定だった。
…けど。
何でこんなことになったのか、わからないものはわかりません。
順を追って回想します。
説明するのは、現在脳内混乱中の、この私。
自分の頭を整理するためにも、最初から振り返ってみましょう。
まず最初、私たちは出発地である大学に集まりました。
主に単位取得に不安の多い、お気楽大学生が多い印象。
それでも皆で旅行という気安い雰囲気に、大勢が浮かれていました。
集まった全員で貸し切りバスに乗って、さあ出発という興奮最高潮。
そのときに、なって。
何故か今にも出発しようとするバスの下。
いえ、バスを中心に。
半径30m位の、光の円が地面に出現したのです。
不思議な文様が複雑に絡まり合った、どこか幾何学的なそれ。
誰もが唐突で不思議な光景に言葉を失い、呆然と見守ってしまいました。
何が起こっているのかわからなくて、脳内で情報が処理しきれなくて。
静まりかえるバスの中、誰かが「…魔法陣?」と呟く声が響きました。
………魔法陣?
現代っ子の現役大学生には、聞き覚えのある人もちらほらいたみたいで。
何人かが過剰に反応したり、急いでバスから脱出しようとしたり。
果てにはルーズリーフに慌てて魔法陣?を模写しようとしたり。
何が始まるのか予想のついた何人かが、切羽詰まった顔で荷物を確認したり。
…皆さん、順応性高すぎませんか?
まずは疑問に思ったことですが、その答えは後ほどもたらされました。
ええ、本当に。
皆さん、順応性ありすぎですから。
そして光が強まり、視界は真っ白に染まり。
光が収束して…皆がおそるおそる閉じていた瞼を開くと、そこは別世界でした。
まさに、文字通り。
ええ、文字通り、別世界でした。
さっきまで大学の校門前にいたはずなのに。
気づいてみれば巨大な建物内部って、どういうことですか?
優美な曲線を多用した建築様式は初めて見るもので。
甘く香ってくる焼けた果物のような匂いが、印象強くて。
どことなく懐かしさすら感じる、「異国情緒全開」の景色。
いきなりの場面転換に、バスガイドが眼を回して倒れました。
誰か一人がパニックを起こすと、逆に周囲は落ち着くって言いますよね。
そのせいでしょうか…狼狽え騒ぐ教授と、卒倒したバスガイドを除いて、誰も取り乱しません。
本当に、なにこの順応性。
ただ固唾をのんで、ことの成り行きを静観しようというのか。
皆さん、何故かとても冷静で。
少ない情報を収集しようと、食い入るように窓から外を観察していました。
急いで閉めた、カーテンの隙間から。
…新手の車窓の窓からって、感じですか?
そう言いながら、私もまた、外の様子ばかりを気にしているんですけど。
でも、ここに閉じこもっていても埒はあかないし。
皆さん緊張が凄いのか、誰も動かない。
というか、誰かが行動を起こすのを待っているかのような空気。
これは中々動かないなと判断して。
誰かが動き出すのを待っているのなら。
それなら私が動くかと、無謀にも判断してしまったのです。
そして現在。
私は運転手さんにお願いしてドアを開き…意味不明な別世界に足をおろしたのです。
バスから降りると、甘い匂いが強まりました。
思わず顔をしかめて、ハンカチで鼻を押さえます。
周囲を見回すと、バスを取り囲むように大勢の白い人・人・人………ひと?
ちょっと人かどうか判別のつかないのもいましたけど、おおむねひとです。
その全員が、何故かおそろいの白ローブ。
全員が同じ格好、同じ髪型、同じ化粧…隈取り?
異様な全員おそろいの姿に、ひるみそうになりました。
一体、何人いるんでしょう。
この広い建物内を、床が見えないくらい埋め尽くしています。
明らかにバスの中にいる大学生よりも多いです。
数で迫られたら、勝てないな。きっと。
抗うことのできない数の暴力を眼で確認して、私は逃げ帰りたくなりました。
しかし外に出るという選択をしたのは、私自身です。
バスの中にいる皆さんの為にも、少なからず情報を集めなくては。
具体的に言うなれば、現地民とコンタクトを取らないと、駄目ですよね?
私は殉教者になりきるような気持ちで、まずは一歩、進み出ました。
…波を引くように、現地民の皆さんが一歩下がりました。
え。なんで?
もう一歩出てみると、やはり一歩下がります。
警戒されているのか、怯えられているのか。その両方なのか。
私が彼らを恐れると同様、彼らも私という「未知」を恐れている。
それが説明されずとも、わかりました。
案外、チョロいかも知れない。
そう思い始めた矢先、向こうから状況の変化が訪れたのです。
初めて、白ローブ以外の人を見ました。
その人は、一目見てローブ集団とは違う人種だと分かりました。
ローブ集団と同じ格好じゃなかったし、同じ髪型でもないし、同じ化粧もしていませんでした。
爽やかな風合いの、新緑色の詰め襟。汚れやすそうな白いマント。
おっと、よく見たら白いマントには銀色の糸で刺繍が…すっごく、高そう。
颯爽と歩いてくる体は細身ながらもしっかりした印象を受けます。
あれは…服の下、凄そうだなあと呑気な感想をまずは一つ。
顔立ちは気品があるっていうんでしょうか?
優しげながらも厳しそうな眼差しで、緊張気味にこちらを見てきます。
白い集団の中、金色の髪をさらさらさせて。
王子様がやってきました。
それが、私の全体的な感想でした。
結果的に言うと、私の感想は当たっていました。
王子らしいですよ、このお兄さん。名前は長ったらしいから省略します。
代表者として前面に押し出された王子様は、こちらを窺いつつ、丁重な態度で接してくれました。
よかった。慎重な人で。用心深い人は長生きしますよ。
彼の説明に寄りますと、どうやらこの国の人達はある特殊な「人材」を求めて、「召喚?」と呼ばれる儀式を執り行ったそうです。
それって、拉致じゃないですか? こっちの都合も考えてください。
私たちの周囲を取り囲む白ローブ集団は、儀式を執り行った祭司だそうで。
ちょっと人数多すぎない?
理由を聞いたら、消費魔力が激しいのでこのくらいの人数が必要だと言われました。
伝統的ですが、リスクの高い召喚儀式。
大がかりすぎて数百年に一回執り行えれば良い方らしいです。
でも大がかりなだけあって、「召喚」はとても性能が良いらしく。
その儀式の効力で言葉が通じると言われ、そう言えば言語が違うよねと納得しました。
凄いね、召喚。
「それでこの国の人たちは、どんな人材を求めてこんなことを?」
一通りの説明を受けて、本題を尋ねたら。
歯切れ悪くも王子からこのような返答をいただきました。
王子も後ろめたい思いがあるのか、中々言葉が続かなかったのですが…。
「あ、ああ…その、なんというか」
「はい」
「北の果てに蘇った…えぇと、雪の魔王を倒すべく」
「倒すべく?」
なにやら、話が不穏な方向に…
「た、倒すべく、異界から『勇者』の召喚を…」
な ん た る 中 二 病 発 言 !!
私は急いでバスへととって返し、焦って滑りそうになりながら突撃します。
勢いのまま乱暴にドアを開け放つと、バス内に向かって叫ぶように呼びかけました。
「勇者様! お客様の中に勇者様はおいでになりませんか!?」
この際、元がついても構いません。
まさか本気でいるとも思っていませんでしたが、私は混乱していました。
それに気を紛らわせたい気持ちが強くって…半分、冗談のつもりだったんです。
「………って、マジですか?」
ですが、なんと言うことでしょう。
なんででせうか。本当に。
なんでか、バスの中でばらばらと手が上がったのです。
「なんでだーっ!?」
誰かが、私の心の叫びを代弁してくれました。ありがとう。
「ええと自称・自認、ゲーム内での勇者を除いて、我こそは勇者だという方はおられますか?」
そんな奴いねぇだろと、思いはしましたが。
一応、尋ねてみましたところ。
それでもやっぱり、何故かばらばらと手が上がる。
しかも、むしろ先よりも増えた。
「だ か ら、なんでだっ!?」
またもやありがとう、私の心の代弁者。
しかし上がった手は下がらない。
これはと思いつつ、情報をより深く伝えてみました。
「北の地で復活した雪の魔王を屠ってやろうという、侠気あふれる勇者様はおいでですか…?」
………上がっていた手が、一本に厳選されました。
それでもなお、まっすぐに上がり続ける一本の手。
雪の魔王とガチで闘ってやろうという、限定一人。
乗客たちに見せつけるよう、ゆっくりと立ち上がったのは…
……長い前髪。眼鏡。隠れて見えない目。
見事な長身だけど猫背も見事な、陰気な佇まい。
どこからどう見ても、「根暗くん」としか呼びようのない青年が、そこにいました。
「日原くん!? そんな、無茶しないで!」
「無理だろ、日原!!」
心配した、お友達の方々の声。
どうやら日原君と仰るらしい根暗な青年は、のんびりと周囲を睥睨し…
意外なバリトンボイスで言ったのです。
「俺は二年前、とある世界に召喚され、勇者をしていた」
彼の告白に、驚愕の顔で固まるお友達。
誰もがしんと静まりかえり、日原君の動向を窺います。
私たちが見守る中、日原君が眼鏡を外すと…
ああ、なんと言うことでしょう!
王道の、「眼鏡を外すと美形」だったとは…!!
今までの猫背は何だったのかと言いたくなりますが、背筋を伸ばし、姿勢を変えた日原君はとても様変わりして見えました。確かに「勇者様」と呼びたくなるような、そんな立派な男です。
彼が勇者であった過去の証明とばかり、右手を一振りすると…
掌の上に、ぼぼっと音を立てて、火の玉が出現しました。
まるで針金でつっているかのごとく、日原君の掌の上で固定され、動きません。
「勇者だった頃、俺は炎の聖霊と契約した。相手が雪の魔王だというのなら、俺が最も適任だ」
クールに決めた横顔でそう言って。
日原君は静まりかえるバスの中をゆっくりと歩き…
やがて自分に集まる注目を振り払うように、バスから降りていきました。
…彼は、自分に酔っているんでしょうか…?
一応、ファーストコンタクトを取った身です。
何か言いようのない責任感を感じて、私も再びバスを降りました。
そこで沈黙を貫く日原君と王子を引き合わせ、簡単に自己紹介をさせてみます。
「王子、こちらは炎の聖霊?の力を使う『勇者様』で日原君」
「お、おお…! 貴方が!」
「日原君、こちらは勇者様に助けて欲しい、この国の王子」
「…よろしく」
なんだか、引率の先生にでもなった気分でした。
簡単な引き合わせの後、日原君は正式に勇者としての任命を受けるため、謁見の間とやらに行くことになりました。
どうやらここ、この国の王城みたいですね(←今更)。
白ローブの案内で足を踏み出しかけた日原君が、思い出したように言いました。
「多分、俺は自力で地球に帰れる。あんたらはこの人たちに頼んで、先に帰っていてくれ」
「帰れるものならね!」
「ああ、大丈夫だ。安心してくれ、ちゃんと帰すから」
居たたまれなさそうにしつつ、王子がそう言ってくれてなんだかんだ安心しました。
やっぱり保証の有る無しは重要です。余裕が生まれます。
そんな余裕の出た私に、王子が言ったのです。
「そうだ、ずっと気になっていたんだ。この、箱形の家は、一体…?」
「これは家じゃなくてバスです。私たちの国の一般的な乗り物の一つです」
「…! 乗り物なのか!?」
王子様、興味津々。
そのまま話の流れで、会話は弾み…
何故か日本に帰してもらう前に一度、王子をバスに乗せてあげることになりました。
とは言っても、移動しては問題があるので本当に中に入るだけですけど。
王子様は好奇心を抑えきれない様子で、頬を赤く染めてワクワク。
嬉しそうに彼がバスの中に足を踏み入れた、その瞬間でした。
バスの下に、再度大きく光る不思議な円が…魔法陣が、展開したのは。
私たち、ポカーン。
バスの外、騒然。
こちらを見上げる日原君も、唖然。
そして王子、「え」と事態が飲み込めない様子で硬直。
いや、こうしている間にもバスから降りた方が良いんじゃ…?
私がそう提案する間さえなく。
何かしら準備も移動も動揺も、そんなことする暇なんてなく。
え、と皆が硬直したバスの中。
最初の魔法陣よりもずっとずっと素早く。
バスを中心に魔法陣が広がり…そして、ぴかっと光ったのでした。
そうしてその後、私たちは別段日本に帰れた訳でもなく。
何故か更に違う別世界に召喚される、を繰り返し。
様々な世界、色々な世界、不思議な世界。
そんな見たことも聞いたこともないような、自分たちの知らない世界を。
時に乗客を減らし、時に増やしつつ。
困ったことに落ち着く暇もないままに。
バスに乗ったまま、たくさんの国や世界を転々とすることになったのです。
バスの乗客:現在46名。内、教授1名。
他:運転手1名、バスガイド1名。
追加乗員:王子1名。
ここまで読んで頂き、有難う御座います!
お疲れ様です!
私:いつの間にか添乗員の代役を務める大学生。
色々なことに驚きつつ、実は一番順応性が高い。
王子:どじっ子疑惑。好奇心が強くて流されやすい(物理的に)。
日原君:元勇者。炎の聖霊に力を借りることができる。
雪の魔王と戦う為、途中下車。後に自力で帰還。
※訂正 バスの乗客23名 →46名