魔法
※説明回ということで会話が中心です
「―魔法とは私たちの生活とは切り離せない程深く結びついたものです」
目の前の小岩にピンと背筋を伸ばして座っている金髪の少女が静かに口を開く。これから始まる説明の一言一句聞き漏らさないよう俺も真正面に座りその翡翠の双眸に意識を集中させる。
「まず魔法についてご説明しましょう。”魔力”はわかりますか?」
「すまない…」
さも申し訳なさそうに小さく頭を下げる俺にそいつはあたふたと手を振り配慮が足りませんでしたと謝る。それを見ると記憶がないという嘘をついている事と情報を引き出そうとしている事について本気で申し訳なく思ってしまう。
小さく咳払いをして再び姿勢を正すと改めて話し始める。
「では”魔力”についてご説明します。この世には”マナ”というものがあります。」
「マナ?」
「はい。私たちの目には見えないほどの魔力の粒子が大気中に混在しています。それが”マナ”です。そしてマナは私たち生物を構成しているものでもあるのです」
「つまり生物の肉体は骨や臓器諸々マナで構成されている、ということか?」
俺の考え方が間違っていないことにほっと安堵している。
「”マナ”には種類があります。火水風地音光闇の7種です。私たちの肉体はこれらのマナのランダムな組み合わせの上で成り立っているので、その人の持つ素養に大きく関係してきます。そして自らを構成している”マナ”を体内で変換したものを”魔力”といいます」
「質問いいか?」
「どうぞ」
「自らを構成するマナを魔力に変換するって言ったよな?けどそれじゃおかしくないか?マナを変換するってことは肉体を構成するマナを消費して身を削るってことじゃないのか?」
「確かにマナの過剰変換及び魔力の多大消費によっては肉体を構成するマナの一部が破壊されて最悪肉体の損傷の危険性も含まれているでしょう。しかし基本的に魔力に変換する自らを構成している同種類のマナを大気中から取り入れるのです。私たちは大気中に含まれるマナを一時的に取り込み魔力に変換して魔法として放出。これが魔法の発動過程であり、このようなマナを”レム”といいます。又物質を構成しているマナを”ラクト”といい、二つの総称を”マナ”と呼ぶのです。…ご理解頂けたでしょうか?」
心配するようにこちらの反応を窺ってくる。正直今のところこれといって疑問に思うところはない。小さく頷くと説明を再開する。
「では魔法について。先ほどご説明した通り魔力を具現化して放出したものを魔法といいます。使用する魔力が大きいほどより強力な魔法を発動することは理論上確立されているのですが魔力には内包量があります。いわば変換した魔力を収めるうつわのことですね。その器の大きさによって使用できる魔力の上限が定められ個人差がうまれるのです。…こればかりは先天的なものなのでどうしようもないのですが」
やや自嘲気味に付け加えられた最後の言葉に引っかかったが今は置いておこう。
「先ほどマナには7つの種類があると言いましたよね。それと同じように魔法にも階級というものが存在します。まず”下位魔法”で火水風地音の5つの種類が該当します。これらは同種のラクトを持つ個体ならばどれもが使用できる汎用性の高い魔法です。次に”上位魔法”です。これは下位魔法の昇華したものと考えてください。それぞれ炎氷雷嵐震とよばれています。下位魔法同様、同種のラクトを持っていることもちろんなのですが加えてある一定以上の魔力を必要とするので内包量の小さな個体による発動はまず不可能といわれています。それにそれなりの魔力精度が必要なことから以上の二点をクリアしていたとしても使用できないものもいるのです」
ふむ、内包量にここまで大きく左右されるのか…
「更に上位の上には”超位魔法”があります。これに光闇が当てはまります。何故この二種が超位に分類されるのかというと、単純に”超位魔法”を扱う素養を持つ個体が圧倒的に少ないからです。それでも上位魔法以上の威力を持つものもありますが。ちなみにただ光のレムを集め、照らす器具もありあちこちに照明として普及しています」
電球みたいなもんか?けど俺らのは科学的に解明されて必要なものを詰めてそこに電力を通すことで発光するっていうプロセスがあるけどそこまで手間はかかっていないように聞こえるな。
「これは一例に過ぎません。他にも私たちの生活を支えるマナを利用した器具、『レム・アート』は多く存在しますがここでの説明は省略させてください」
「ああ、続けてくれ」
「はい。では最後に”無詠唱”について。名前からもわかるように詠唱なしで魔法を発動させる技術の一つです。通常は魔力を発動するのに必要な量を練り上げ、魔法の明確なイメージを固定させるために詠唱を必要とします。逆に魔力を練り瞬時に魔法を発動するものが”無詠唱”です。しかしこれにはリスクがあります。まず魔法の明確なイメージが出来てない状態で発動するため威力の調整が曖昧です。そのためいざという時に威力が低く死んでしまう例も少なくありません。そして魔法の階級が高いほど扱いの難度があがり、暴発の危険性もありますけど熟練者なら下位魔法の無詠唱は完璧にマスターしています。…ふぅ、一先ず説明は以上です。何かご質問は?」
魔法、マナ、魔力、レム、ラクト、レム・アート、無詠唱
改めて考えてみるととんでもなく現実からかけ離れたものがここでは常識なんだなと自分でも驚くほどに今の状況を客観視している。つーか何これ?どっかのゲームとかじゃないよな?俺もそれなりにゲーム好きだし、何より魔法とか使えるもんなら使ってみたいわ!位に思ったこともある。…とりあえずここは地球じゃない。変わりようのない事実だから割り切れ。ならここは何処だ。魔法が常識に存在する世界。ならば、
「それなら俺にも魔法を扱うことができるのか」
今の俺は記憶を失くした”この世界の住人”と認識させている。それなら魔法を扱わせること自体に抵抗はないはずだ。無理だと言われてもどこかで魔法を見る機会はあるだろうからその時にでも真似てみればいい。目の前の女は少しだけ眉を寄せて思案顔になったが直ぐに首を縦に振った。
「わかりました。それではまず私が手本をお見せします。『焦がせ爆丸、ファイアボール!』」
掌を俺たちから10mほど離れた岩に向け詠唱を始めた瞬間空気が、いやこの場合はマナが揺らぎ女に向かって収束していくのがわかった。そのマナは練り上げられ唯の鉄塊が匠によって製錬され研ぎ澄まされた刃のように鋭いものになったと思ったら拳大の火の玉が現れた。それは見るからに熱そうで反対に座っている俺ですら熱気を感じるほどだ。女の腕がピンとまっすぐ伸びるのに呼応して火の玉も岩に向かって飛んでいき岩に直撃した。小爆発のあと岩を見ると岩の3分の2以上が崩れており辺りには若干焦げ付いた破片がぱらぱらと転がった。
「これが火の初級魔法『ファイアボール』です。大抵の人は火属性の素養を持っているそうなのでこれを試してみましょう」
俺はこくりと頷き掌をさっきの岩からもう3m離れたやや大きめの岩に向けた。女は俺に何か言おうとしたけど制す。今の一回でどうやったら魔法を使えるのかが理解できた気がするからだ。目を閉じて意識を空気中のマナに集中させる。するとマナが渦巻くのが手に取るようにわかりそれが一気に俺の中に流れ込んでくる。まだ余裕があるから体の許容量が許す限り流れ込むのを止めない。
「――――――ッ!!」
女が何か言っているのがわかるが今は無視だ。あれ、何かマナを取り込む時間が女のに比べると長くないか?それじゃそろそろ。流れ込んでくるマナの奔流をせき止めて魔力の精錬を始める。イメージは鉄塊から鋭く研ぎ澄まされた一振りの刀。漠然と蠢くマナを一点に集中させ製錬させる。…よし、最後に発動させる魔法をイメージさせるために詠唱をする。若干のオリジナルで
『業火よ爆ぜろ、猛追!ファイアボール!!』
魔力が掌から放たれる感覚が全身を駆け巡る。刹那、凄まじい轟音と共に女の悲鳴と強烈な熱風が襲いかかってきたが俺は平然と手を突き出したまま立ち尽くす。しばらくするとそれは止んだのでゆっくり目を開けるとさっきまでの光景がなくなっていた。岩どころか周りの木々や草花に川までもがなくなっている。その光景に呆然としていると女が恐る恐る声をかけてきた。
「い、今のは、一体…?」
「あんたが見せてくれた魔法と同じだと思うんだけど。ま、イメージ固めるために若干詠唱を変えたけど」
「詠唱を、変える…?そんな常識はずれなことが…」
「さっき言ってたじゃないか。詠唱を行うのは発動する魔法を明確にイメージするためだって。だったら自分が一番思い描きやすい言葉を紡ぐのは別段おかしいとはおもわないんだけど」
「………」
そんな無茶苦茶な、って顔されてもなぁ。同じ言葉でも人によってイメージするものが違うのは常識だと思うし。例えば”剣”という単語からどんな”剣”を想像するかは人それぞれだ。ゲームに出てくるようなかっこいい装飾の剣だったり突くことに特化したレイピアだったり、皆がみんな同じものを思い描くと思うのは傲慢だろう。未だ呆けている女に説明してみるかな。
「…俺の考えでは、詠唱とは魔法を発動させるために必要なキーワードに過ぎない。あんたの説明通りなら詠唱は魔法のイメージを固定するために用いるんだよな。けどな、他人とまったく同じ詠唱でもイメージする魔法まで同じだとおもうか?」
「…私たちは詠唱を覚え、その意味を理解しその理解度が深まるほど魔法の精度は上がると習いましたが各々がまったく同じイメージを持つとは思いません」
これは驚いた。人によって同じイメージを描くことはない、ということをこうも簡単に理解してもらえるとは。
「詠唱を理解すれば理解するほど精度が高まるって言ったな。それはきっと魔法の反復使用によってイメージがより具体的に固定されてきて最終的には思い描いた魔法をそのまま発動させることが出来るようになるってことだろうな。つまるところだ、魔法を発動させるための詠唱は適当でいいんだ。要はどれだけはっきりしたイメージが出来るかだ」
「…ではあなたの詠唱は何を意味しているのですか?」
「まず『業火』。これには火や炎なんかぬるい位の灼熱を意味している。『猛追』は読んで字の如く超速の弾丸を一直線に打ち込む感じかな。簡単にすると『灼熱の炎は着弾と同時に爆発』ってトコか」
言い切った後に思うがよくもまぁここまではっきりと言えたもんだ。自分で自分にびっくりするよ、ホント。
「…あなた、何者?」
「何者って、最初に説明した通り記憶喪失の人間だけど」
俺がそういった瞬間女は頭突きでも入れてくるんじゃないかってくらいの勢いで詰め寄ってきた為、俺の視界には女の顔がいっぱいに広がっている。…あ、まつ毛なげー。
「あなたは今この何百年、いやもっと古くから培われてきた魔法の歴史を覆したのよ!古の書物にも自分だけの詠唱を持っていたなんて賢人は誰一人として記述されていないわ!そんな魔法の常識をこうもあっさりと塗り替えるような人がただの記憶喪失な訳ないじゃない!」
…さてどうしようか。こうも強く言われたら隠し通すのも無理があるかもな。いっそバラすか?いやいや、見た感じこいつはかなりイイとこのお嬢様だ。下手したら俺の命はない。ここは慎重にいくか。
「そんなこといきなり言われてもな。こっちはこっちでまだ混乱してるんだぞ、昨晩のこととか」
ビクッ!!と不自然に体を膠着させて目を見開いたことから今朝の惨状を思い出したのだろう。悪いけど今はその状況を利用させてもらった。
「…ごめん」
目に見えて落ち込み俺から離れる。…ちょっと言い過ぎたかな?まぁいい、これでこの話は一旦終われるから話題を変えよう。そういえば名前を聞いてなかったな。
「名前」
「へ?」
「あなた、名前は憶えてるんでしょう。教えてよ」
ラッキー!向こうの方から聞いてくれるとは思ってもいなかったから切り出しやすくなった。
「ああ、けど人に名前を尋ねるときは自分からだろ?」
少々皮肉っぽくなってしまったがこうでもしないと名前の名乗り方がわからない。だって見るからにこの子外人じゃん。日本の名乗り方が通じるのかが甚だ疑問なんだよ。女はふむ、と小さく唸って俺の目をまっすぐに見てきた。
「確かにその通りね。私の名前はレスティーア・フィル・レーガンス。あなたは?」
「俺はユウリ。ユウリ・サクラバってとこかな」
「ユーリ、ね。覚えたわ」
「ああ、よろしくレティア」
「れてぃあ?レティア、レティア…うん、よろしくねユーリ!!」
何かちょっとだけ上機嫌になったぞこのお嬢様。ま、いいか。それよりも
「腹減ったな」
「あ、そうね。でも食料が…」
「ああ、それならさっき捕った魚があそこに…」
と、置いておいたバケツを見ると例の魔法の爆発に巻き込まれ中身の魚ごと跡形もなく消し飛んでいた。
「…とりあえず食料、確保しましょ?」
「……ハイ」
なんとも格好のつかないスタートだな…