終わる日常
PM1:57
俺たちは只今寒空の下サッカーをやっています。これがまたしんどいんだよ。
中途半端に温まった体を強引に動かしてプレイしている奴はまだいいが、俺みたいに初っ端からやる気ゼロの人間にとっちゃこの気温は拷問に等しい。
「…おぉ、さっみぃ」
ひゅう~、と風の切る音が俺の耳に届くと同時に俺の体には冷たい空気の塊をぶつけてくるから思わず身震いしてしまう。ついでに雲行きもさらに怪しくなってきやがった…
こりゃ降ってくるなぁ。
「おいおい、こんくらい涼しいくらいだろ?」
真面目にはしゃいでいる?奴の邪魔をしないようにとコートの端で縮こまっていると半袖の体操服(12月…だよな?)をきて鼻を寒気で真っ赤にした舞が俺のところへやってくる。
そんな親友の姿を見て溜息をつかずにはいられないのは俺だけか?
「はぁ~、舞は元気だな」
「ああ!やっぱみんなと一緒に騒ぐのは楽しいな!」
「…そう、だな」
その言葉に思わず微笑む。そっか、舞にとってはこういう『当たり前』が『当たり前』じゃなかったもんな…
昔の舞からすれば今は毎日が楽しいんだろうけど。
「…ほら、悠も行くぞ?」
「俺はいいよ、寒いしメンドイ」
「相変わらずはっきりものを言うやつだな」
当然。じゃなきゃお前みたいな奴とは付き合ってられないからな。
ガシッ
不意に俺の手首を舞につかまれた。うわ、手冷たっ!
「…何だよ」
「ほら、行くぞ」
「!ちょ、待てって!」
力強く引っ張られ、まったく抵抗できなかった。俺は慌てて体制を立て直し諦めて引っ張られていると、頬に何か冷たいものが当たり立ち止まった。急についてこなくなった俺をつかんだままだった舞も強制的に動きが止まる。
「どうしたんだ?」
「…降ってきたか」
“?”といった顔をした舞は何のことかわかっていなさそうだ。けど、すぐにわかる。
ポツ、ポツポツ、サァァァー
ザアアァァァァァァァァーーーーー――――
曇天の空から吐き出すように降り出した大雨。そろそろとは思っていたがここまでの大雨とはなぁ・・・
『サッカーは中止だ!急いで戻って着替えなさい!』
既に校舎の入り口まで退避している体育教師が俺たちに向かって叫ぶ。
っていうか、真っ先に雨から避けるって教師としてどうなんだろう?
ま、いいや。俺も急いで着替えよう。ちょっと雨に打たれて冷えたし。
―――ゾクッ…
「!!」
校舎に入る為階段に足をかけた時だ。
とても口では言い表せない嫌な感じが背後から俺に向けられている。
バッ!
という音が聞こえる勢いで雨によってぐずぐずになり始めているグラウンドを振り返るが、
何もいないし、既に先の気配は完全に断たれていた。
む、こんなことなら”気”を辿る修行をもっとやっとけばよかったな。
「そんなことできるようになるわけないだろ」
舞、何で俺の思考がわかる?
「…口に出てんだよ」
「な!…んんっ」
ま、まさか舞にあんな可哀想な子を見る目を向けられるとは…しょっきんぐ!
「ま、行き成り変なこと言う暇があったら早く上がるぞ?風邪ひいちまう」
「真冬に半袖おまえがかぜひくわけないだろ」
そんなやり取りをしているうちに先ほどの嫌な感じは一切の跡を残さずにこの雨の中に霧散していることに気付いた。
俺は未だ雨に打たれていることすら忘れてこう思った。
――”この退屈な現実が終わろうとしているのでは”――と
PM4:45
帰りのSHRも終わり俺は舞とともに靴箱へと移動していると、俺たちを待っていた和姉とサナと合流して4人でいつものように帰途についた。
俺は雨が降ると天気予報を見ていたことから傘を用意しているため問題なし。もちろん俺とともにその予報を見ていた和姉はもちろん持っていたが、この白木兄妹は朝からニュース番組をみるような高尚な心を持ち合わせていないため傘なんて持ち合わせているわけがなく何故か和姉は二人に傘を貸して俺と同じ傘に入ろうとしたため、傘を和姉に渡し常に鞄にいれてある折りたたみ傘を取り出し、一人で歩きだすと後ろから『悠君が反抗期に~!』と嘆いていたが気にしません。
しかしどういうことかさっきまでの大雨が次第に弱まってきて、遂には止んできた。
その事に気付いたのは商店街と住宅街の境界線のように存在する交差点で信号を待っている途中だった。
「あれ、雨止んできたね?」
「ん、そうみたいですね」
和姉とサナも気付いたようで、傘をたたみ始める。俺も傘を畳みながら空を見上げると雲が薄くなっており先ほどまでまったく透過してこなかった太陽がその輪郭をぼんやりと雲に投射している。
そんなこととは裏腹に信号も変わり俺たちが横断歩道を渡り切った時だ、
―――ッ!!
「!!」
まただ…体育の時に感じた言葉で形容しがたい”嫌な感じ”を背後から感じた俺は一分前まで俺たちが立っていた場所を振り返ると、―――居た。
「――――」
全身を真っ黒いローブで覆い顔もフードを深く被せているためかろうじて口だけがみえた。
何か言っているようにも見えたが俺は”そいつ”の異質さに唖然とした。
「でさぁ、2組の北村だけど―――」
「えぇ~、うそ~―――」
「――はい、それではこちらから―――」
「今からゲーセンでも―――」
「お、いいけど―――」
この街並みに一切溶け込めていない”そいつ”の近くを通る人の誰もが気に留めない、いや、端からそこには”何もない”といったように通り過ぎていく。この景色の中にポツンと放りこまれた”異物”に誰一人として興味、まして視界にすら留まらないことに俺は驚愕した。
だが俺が驚いたことはこれだけではない。俺は幼いころから武術の心得がある故に独自に様々な技術を身に着けた。その中に”気”という命あるものは必ず身にまとっている――まぁ、オーラと表現した方がわかりやすいか?――ものが多かれ少なかれ存在するということに気付いた俺は、これを視認または肌で感じることが出来るよう研鑽と修行をし、今ではすべての生物から”気”を感じ取ることができる。
――なのに今俺の視線の先にいる”そいつ”からは何も感じ取れない。こんなことは初めてだ。
“気”を纏っていないということは無機物、もしくは既に生命活動を終えているということなんだが、
これは一体…
色々なことが頭の中を駆け巡ったが実際2秒とかかっていない。そのおかげか俺から一切視線を外すことはなかったから何かを言い終えた”そいつ”の口が閉じられた後僅かに口角が持ち上がったのを見逃さなかった。俺は我に返り一歩踏み出そうとした瞬間、回送バスが俺と奴の間を通過していった。
そして、
「…いない」
一瞬にして”そいつ”はその場からいなくなった、というより消えたと表現した方が正しいだろう。まるで初めからそこにいなかったかのように。
「悠里兄、どうしたんですか?」
サナの声で俺は現実に引き戻される。俺が付いてきていないことに気付いたのか態々少し戻ってきてくれたようだ。…正直先の黒ローブのことは気になるけど心配かけるのもよくないな。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事しちゃってさ」
だから笑顔で誤魔化しておく。
「そっか~、なら心配ないですね。早く行きましょ?」
俺の嘘に対して笑顔を向けてくれる。そのことに俺は罪悪感を感じたが見たままを伝えたとしても何一つ解決しないと分かっていたから、この自己嫌悪によって生じた不快感を飲み込み、サナの隣を歩くことにした。
PM8:57
あの後俺たちは我が桜葉家で今日の課題を終わらせそのまま晩飯を食べた。
晩飯は一人一品ということで俺はから揚げ、舞はナスの味噌炒め、和姉は煮物、サナは野菜のスープだ。実はここにいる全員は料理ができる。俺と和姉は当番制で飯を作るから割と当たり前、サナもテキパキとこなしているところをそれなりにできるようだ。しかも、意外なことに舞の料理の腕は悪くない。包丁使いや炒め方、下処理などきっちりできている。しかもいざ食べてみるとかなりうまい。正直、今日の4品の中で一番のできだった。
腹も膨れ俺とサナで後片付けをし、みんなでUNOをしていた。
時間は気付いたらもう9時前だった為勝負にケリをつけて俺と和姉は二人を見送る為途中までついていくことにした。
時間が遅いこともあってかなり冷え込んでいたため俺と和姉はコートを、二人には俺のクローゼットの中にあった上着を適当に貸している。
「いやぁ、今日は楽しかったな、うん」
「そうね。みんなでご飯つくるのも久々だったし」
舞が自己完結気味に言ったのを和姉は柔らかな笑みをこぼしつつ同意した。
…けど舞と俺が料理作るたびに和姉とサナは落ち込むのだろう。
「「女としてのプライドの問題です!」」
おっと口に出てたか?
ま、落ち込む理由は分かったがどういう意味なのかは俺にはさっぱりだ。
「二人とも上手すぎなのよ…」
「悔しいけどまだまだです…」
あ、さらに落ち込んだ。
「俺は二人の料理好きだけどな…」
何て面と向かって言うのは恥ずかしいため小声で呟いておこう。と、思ったら隣で舞がニヤニヤしながら俺たちを見ていた。
「何だよ」
「いや、頑張れよってな」
「は?どうい――」
「悠君!」
「悠里兄!」
急に和姉とサナが俺に詰め寄ってきた。しかもかなり近いから困る。
「「どっちの方が好きですか!?」」
…いきなりどっちの方が好みか選べと?
正直和姉はいつも慣れているから好みっていうよりは素直に優しい感じがして落ち着くというかなんというか。サナも悪くはないし寧ろいい方だ。和姉とは違った感じもあるし。
「俺はどっちも好きだよ」
「「え///」」
何で驚きながらも赤くなる。だって、
「――二人の料理は美味いもんな」
「「あーーー」」
あからさまに落ち込みだした。何でだよ。
くそぅ、結構恥ずいんだぞこういう事面と向かって言うのは。
「くく、それでこそ悠だな」
…とりあえず無性に舞に対して腹が立ったから軽く小突く。それでも痛そうなリアクションをしながらも笑顔だったから呆れたもんだ。
「ん、何か臭わないか?」
不意に舞がそんなことを言う。
…確かに木材が焦げるような臭いだな。でも、おかしい。こんな住宅街の中で隣家に影響を与えるようなことは普通はしないはずだ。もしここでそんなことになるとしたら、
「火事だな」
そう確信したときだった。
ドォン!
小さな爆発音が俺たちの耳に飛び込んできたと同時に前方で炎が立ち上った。
「っ!!」
俺達はそこに向かって走り出す。距離にして100mあるかないかだったから直ぐについたがほんの数秒で炎は大きく拡大していた。次第にやじうま達が集まりだしその場は喧騒に包まれだす中俺は見た。玄関から一人の男性が出てきたから話を聞く。
「あんた、これはどういうことだ」
「あ、ああ。爆発が起きたから恐らくガス漏れに対して何かの電気器具からとんだ火花が
着火したもんだと」
「中にはあんただけか」
「いや、キッチンに妻と息子が。二階には娘達がいるはずだ」
「じゃあ何であなただけここにいるんですか?」
「そ、それは…」
「大方急な爆発に対して自分の中での優先順位が家族より命をとったんだろ」
「そんなっ!」
「いや、仕方がないといえばその通りだ。怒るのは間違ってる」
俺の推測にサナは悲痛な声を上げておっさんを糾弾しようとしたが舞の言葉で留まる。けど舞も和姉の表情にも僅かに怒りが表れている。
「あんた、残っている人がいるのはキッチンと二階のどこかだな?」
「そ、そうだが…いったい何を」
俺は着ていたコートをおっさんに掛け、未だ燃え盛っている一軒の家に目を向ける。
「まさか…!ダメよ悠君!」
「あの中に行くつもり!?」
後ろで和姉とサナの声が聞こえるが無視をする。
「和姉、サナ。先にキッチンにいる二人を外に連れ出すから介抱してくれ。舞、そのあとに二階に行って女の子二人をベランダから放るからしっかり受け止めてくれ」
「悠は?」
「…俺はお前に二人を任せた後この家の支柱を壊して内側に倒壊させる。幸いこの家は木造だ。柱をへし折るくらい問題ないさ。隣家に飛び火するのは避けたいからな」
俺はそれだけ言うと後ろを振り返る。そこには今にも泣きだしそうな和姉とサナに、やたら怖い顔した舞の表情があった。何とか安心させるために精一杯の笑みを向ける。
「大丈夫。危なくなったらみんな助けた後にちゃんと離脱するからさ」
そうしてまた前を向く。
それじゃ、行きますか!!
家の中はもの凄い熱気だ。深呼吸でもしようものなら肺が即効火傷するな。
それでもまずはキッチンへと向かわなきゃな。
リビングに到達。周囲を確認すると奥に冷蔵庫が見えたことからそこがキッチンなのだろう。ここは思ったほど火の回りが酷くなかったことを考えると爆発箇所は恐らく家の裏手にあるだろうガスタンクの近くだな。
俺がキッチンに着くと小さな少年を抱えている女性が身を固めて座り込んでいた。
近くまでよりまだ意識があることを確認して語りかける。
「無事だな。あんた、立てるか?」
「え?は、はい…」
「よし、それならどこからでもいい。直ぐに外へ出ろ。そこで二人の女の子がいるはずだからこれから二階に向かうと伝えてくれ」
「あ、あなたは…」
「悪いが話す時間も惜しいんだ。立って歩けるなら早く行ってくれ」
「は、はい!」
女性は少年を抱えながら小走りで今俺が来たルートへ去って行った。
「次は、二階だな」
声に出して次の行動を確認する。
俺は直ぐにリビングから出て二階への階段を目指す。
二階には三つほど部屋があったがどの部屋にいるのか聞き忘れていた俺は一つずつ確認していくことにしたが、幸運にも一つ目でいきなりあたりだった。
十歳前後の女の子二人がどうしてよいかわからずに泣きわめいていた。というか、これだけ泣きわめいていたのに聞こえなかったのは火の回りが加速してきたからだろう。
直ぐに二人に近づいて無事を確認する。
「ほら、もう泣くな。助けに来たぞ」
「ひっく、お、お兄ちゃん、誰…」
「パパと、ママ、わぁ?」
「心配すんな。君のパパとママはもう助けたよ。あとは君たちだけだ」
俺はそう言って二人の頭をちょっと乱暴に撫でた。
それで安心してくれたのか泣き止んだ二人にこの後のことを話す。
「いいか、今から君たちをパパとママのところまで送るけど約束がある」
「やくそく?」
「ああ。今から二人を外に出すけどやり方がちょっと乱暴だからパパとママの声が聞こえるまで絶対に目を開けないでくれ」
「…うん、わかった」
「わたしも」
「いい子だ。それじゃ行くぞ、目瞑れ」
二人してギュッと固く目を閉じたのを確認して二人を抱えて窓の方へと歩き、外を見ると舞とサナと和姉におっさんの四人が大きな掛布団を持っているのがわかった。たぶんあそこに落とせってことだろうな。窓をあけベランダへでる。俺の姿を確認した四人は布団を大きく広げる。
「せー…のっ!」
俺はベランダの塀に片足をかけ二人を宙に放った。二人は二秒間の滞空時間を経て無事布団に着地した。それを見て俺は安堵したのがいけなかった。
ドオォォン!!
最初に聞いた爆発よりも大きな音が俺のすぐ後ろから聞こえると同時に俺の体は塀に叩き付けられた。
「ぐ、あぁ」
肺の中にあった酸素が一気に放出され苦しくなった俺は大きく息を吸い込もうとするが何とか止めた。今大量に空気を吸い込めば肺を火傷する上に一酸化炭素によって意識をもっていかれる。立ち上がってゆっくりと息を吸う。その際は大きく吸い込まず少しずつ体内に取り入れていく。
「…よし」
次で仕上げだ。
この家の支柱をぶっ壊す。
一階に戻った俺は北側、西側、南側の支柱に致命的なダメージを入れた。何故一つ一つ壊さないのかというとこの家を内側に倒すためだ。一つずつだと傾いて倒れていくから周りに被害が出る。だからすべてをほぼ同時に壊さなければならない。
「後は東側だけだな…!」
あと少しで東側の支柱にたどり着くときだった。突然上の階の床が抜けて俺の上に降ってきた。何とか前に飛び込むことで回避できたからそのまま最後の支柱に一撃を加える。
これで全ての支柱にどこか一本でも壊れると上の階を支えられなくなるほどのダメージを与えることが出来た。
「これで、終わりだ!」
目の前にある支柱をへし折る。そして俺も外に出ようとし後ろを振り返ると、
「お前…」
例の黒ローブの奴だ。しかし妙なことに今回は今まで感じた”嫌な感じ”を察知できなかった。
「―――同調確認」
「え?」
そいつの口が動き、男とも女とも取れない音声が聞こえた。
「次元転送術式の発動条件を達成。これより詠唱開始」
俺には奴が何を言っているのかさっぱりわからなかった。必死に奴の言っていることを理解しようとしたがそれは叶わなかった。何故なら、もうタイムアップだから。
「しまっ…!!」
崩れ落ちてくる天井、それに混ざって落ちてくる様々な家具と燃え移った炎。それらが降り注ぐ中俺ははっきりと聞いた。
「――――――ようこそ、『ユナイティア』へ」
そこで俺の意識は途絶えた。
『本日のニュースです。昨夜未明〇〇県□□市の住宅街にて火災が発生しました。
発火の原因はガス漏れに対して何らかの方法で引火したのではないかと考えられています。
たまたま通りかかった△△高校二年生の桜葉悠里君(17)が救助に向かったため幸い”死傷者は0”でした。救助された住人も軽度のけがを負っていましたが命に別状はないとのことです。消防隊により火は消し止められたのは火災から約1時間30分後です。しかし、救助に向かった”桜葉悠里君(17)の姿は確認できず”倒壊した住居からも”遺体は発見できなかった”ため彼の行方は分からなくなってしまいました。次のニュースです―――――――』