俺と舞
PM1:06
学食から全力で走ってきた俺は今体育館裏の小さなスペースに来ている。
大抵一人になりたいときは屋上に向かうのだが今回は別だ。余計なのが付いてきている。
「舞、よくもやってくれたな!」
「何言ってるんだよ悠。俺のおかげで静かなところに来る理由ができたんだからさ」
俺の後をつけてきたのは舞だ。こいつの所為で大変な目にあったってのに何でか憎めない。
こいつもいつも通り、不思議な奴だ。
「―ま、いっか…あ、」
「どうした?」
空を見上げた俺に疑問を持った舞が聞いてきた。
俺の目に映るのは今にも雨が降ってきそうな曇天の暗い空だった。
「…そういえば俺たちが今みたいに笑いあえる関係になったのも今日みたいな天気だった
な、ってさ」
「…そうだな」
そう、あれは今から2年前。
当時中学3年だった俺は初めて本気の喧嘩をした――
『おらぁ!』
バキィ!
白木舞斗の拳が一学年上の不良の顔面に突き刺さる。鋭いうえに威力を持ったその一撃は軽々不良を吹き飛ばし意識を刈り取った。
『ふん、俺にケンカ売るからだ』
そう言い残して白木はふらりとどこかへ行ってしまった。
それを偶然見かけたのが当時の俺――桜葉悠里、15歳だ。
俺と白木は全く面識のない赤の他人であったが、何故か同じ中学で同じクラスに所属していた。しかし舞は不良として学校中に名を馳せていたから生徒はおろか、教師ですら彼に近寄る者はいなかった。
確かに白木は不良というカテゴリに分類されていたが別に授業をさぼって喧嘩をしたり、自分から喧嘩を吹っ掛けるようなことをする奴ではなかった。
その上喧嘩相手は決まって大したけがを負っておらず全治1,2日の打撲ですんでいた。
このことを知った俺は白木舞斗という人間に対する考えが変わり始めた。
―――そして事件が起きた
12月某日
この日は見事に青空が真っ黒な雲にシャットアウトされて嫌な天気だった。
俺は今と変わらず部活に所属していなかった。いつもは和姉とともに帰宅していたのだが昨年卒業してしまっているから一人で帰り道を歩いていた。
「今日の晩飯、何作ろうか…」
そんなことを考えながら歩いているとドンッ!と後ろから誰かがぶつかってきた。
「っ!…白木?」
「…!…ちぃ!」
「あ…」
ぶつかってきたのは白木だった。けど何か様子がおかしいな。
見た感じ体調が悪そうってわけじゃなさそうだが…なんだ?
何だか――焦っているように見える。しかも、普通じゃない。
いつもの白木からは想像もつかない状態を目の前に俺は一瞬だけ我を忘れてしまった。
白木は俺が呆けている間に再び走り出していった。
残された俺はただその背中を見届けることしかできなかった。
夜、食事も終えて風呂に入ろうかと思ったが和姉からシャンプーがきれてたから買っておいてと頼まれていたことを夕方の買い物の時にすっかり忘れていたからちょっと遠いとこにある大型スーパーへと出かけた。
「ふぅー、閉店ギリギリだったな」
ったく、何だってあんなデカいスーパーの閉店時間が9時なんだよ。早ぇよなぁ、ったく。
「おぉ!?さ、寒!」
流石に12月の夜中は冷えるなぁ。さっきまで温かい店内にいたから尚更だ。
俺が悪態をつきながら帰っていると見覚えのある顔が数人の不良に囲まれながら住宅街とは正反対の町はずれに向かっていた。
「…白木」
俺は夕方の白木の様子を思い出した。
何かに焦っている様子―――何だか嫌な予感がした俺はこっそり後をつけ始めた。
「…ここは確か」
白木たちが向かった先にはこのまま完成させるか建設を中止して取り壊すかで街のお偉いさん方が議論している建設途中のデパートだった。
―――これは明らかに何かあるな…
物陰に隠れながら様子を窺っていると白木たちはその中へと進んでいったのを俺も続こうとしたが、そのままつけるのはまずいと判断し、少し回り込んでスカスカの骨組みの合間から中に入り支柱に隠れて白木たちを見ると何かを話し出した。
「―――を返せっ!」
白木が吠えた。
吠えられたのは高校生ぐらいの男だ。耳にはピアスをつけ、ジャラジャラとゴツイネックレスまでつけていた。これだけ聞くとただのチャラ男にしか聞こえないが、座っているため分かり辛いがかなりガタイがいい。あの体のつくりは何らかのスポーツか武術をやっているに違いないな…
「おまえが調子に乗っているからだろぅ?ここ最近よくきくぜぇ、たかがけつの青い中坊が喧嘩で負けなしだってなぁ。そんで、ちぃとばかしお仕置きをな」
「てめぇ!!それなら俺を狙えばいいだろっ!どうして沙苗を攫った!?」
――何!?
攫った、って?
俺はその男から視線を外し、その近くでこの寒い中半裸で縛られている女の子が気を失っていた。もしかして白木の彼女か?
…それはいいとしてこいつ。喧嘩に他人を巻き込んだか…屑だな。
そう思いつつも向こうの様子を窺っていると男が白木の問いに答える。
「何故かってぇ?…んなの決まってんだろ。てめぇを誘き出すためのエサであると同時にてめぇの目の前で犯っちまうためだぁ」
―――ブチィ!
あー、もう無理だわ。あいつらの注意が別に向いたところで奇襲に入ろうと思ったがやめた。あいつをぶっ殺す。
そう思って向こうへ行こうとすると何やら男が不敵に笑った。
…何だ?
「――がっ!?」
白木のやられる声がした。
男に殴りかかろうとした白木は後頭部を抑えて倒れこんでいる。その後ろには7,8人の不良が居て、その内の一人が鉄パイプをもっていたからそれで殴ったのだろう。
倒れこんだ白木を他所に男は沙苗ちゃんと呼ばれる女の子の方へと歩いていく。
男は沙苗ちゃんを担ぎ上げると白木の前へと連れてきてそのまま地面に落とした。
「う!うぅ…」
沙苗ちゃんは今の衝撃で薄らと意識を取り戻す。僅かに見えた彼女の瞳はやや虚ろだった。
…!あいつら、まさか!?
「おーっと!ご心配なく、この子の純潔はまだ無事だから。ま、この後お前の目の前で奪ってやるんだけどなぁ!」
「ぐっ!」
頭を踏まれて呻く白木。それを見た沙苗ちゃんははっきりしない意識に中で手を伸ばして
呟く。
「――に、いさ、ん…」
それを聞いた瞬間俺は駆けだしていた。
男がこっちを見て驚いていたがその表情の変化すら遅く感じた。
「誰だてめぇは―――」
「―――通りすがりの中坊だ」
顔面めがけて一蹴。男の横っ面に俺の飛び回し蹴りがめり込み、数m吹き飛ばし先にあった廃材に突っ込んだ。足元では白木と沙苗ちゃんがこちらを見上げていたことに気付いた俺は着ていたコートをほぼ裸に近い形でいた沙苗ちゃんに着せてやる。
突然のことに驚いているのは男たちだけでなく白木もその一人だった。
「お、おまえは…」
正直俺はこいつに言いたいことがあるが今は後回しだ。
我に返った男の手下っぽい不良どもが一斉に向かってくる。
「――はぁ!」
まずは先頭にいる奴の中心点に掌底を叩き込む。一瞬呼吸困難になったそいつの腹に追撃の蹴りを放ち吹き飛ばす。そのとき数人を巻き添えにしているから次にかかってくるのは2人だ。
「このヤロォ!」
「らあぁぁ!」
そいつらは同時に持っていた鉄パイプを振り下ろしてきた。俺はそれを敢えて片方の懐に潜り込むことで一つの鉄パイプをかわし、もう一つを腕の根元を押さえつけて攻撃を中断させた。そのまま空いた手でそいつの顎にアッパーカットをくらわし、脳震盪を引き起こす。意識が飛んだそいつの手から鉄パイプを奪いもう一人の胴に叩き付け、再びアッパーを繰り出し気絶させると同時にその手から鉄パイプを奪い二刀流となる。
「ひ、怯むなぁ!相手はたかが中坊一人だぞ!?」
「――そのたかが中坊に負けてんのは誰だよ」
「ひぃ!」
威勢よく叫んだサブリーダー的存在の前まで一気に移動。
右手の鉄パイプで勢いよく殴りつけ一撃で意識を沈め、残りの不良どもも同様に倒した。
…さて、そろそろ起きてくるだろ。
ガラガラと廃材の中から出てきたリーダーの男は俺に対してもの凄い目で睨みつけてくる。
「てめぇ、ただで済むと思ってじゃねぇだろうなぁ!」
「あんたこそたかが中坊シめんのにやりすぎなんだよ、屑が」
「この、ガキがあぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ!」
男が殴りかかってくる。…遅ぇなぁ、遅すぎる。
既に何十発もの拳や蹴りを叩き込もうと俺に繰り出すがその全てを俺は敢えて紙一重で避ける。そうすることでそれなりの強さの人間は実力差を理解して負けを認めるがこいつは更に攻撃を続けてくるただの雑魚だ。このまま続けても埒が明かないので拳を躱した勢いで腹に蹴りを入れ距離を取る為吹き飛ばす。
「く、くそっ!どうして、あたらねぇ!?」
「…気は済んだか?」
息を切らしてそう漏らす男に俺は静かに告げる。
「…自分たちの威厳を保つためにたかが中坊を誘き出すためにその家族を人質にとるなんてな、終わってるな」
「て、てめぇに俺の何がわかる!!」
「おまえらみたいな奴の矮小なプライドを知るなんか反吐が出るな」
俺は鉄パイプを投げ捨てるとその男に向かって歩き出す。俺が一歩、また一歩と近づくにつれ男の本能が体に逃げるよう伝えるため後ずさらせるが馬鹿なこいつはまだ俺に向かって殴りかかろうとしている。
「…俺は、俺はこの町のボスだ!!こんなガキに負けてたまるかぁぁ!」
「――夢は、眠ってみろよっ!」
俺と男の拳が交錯して互いの顔面を捉える。
段々俺の視界の左半分が赤く染まっていく。ちっ、瞼でも切ったか?
残った右目で男を見ると目の前にいなかったので足元を見ると気を失って倒れている。
「あ、あの!」
声をかけてきたのは沙苗ちゃんだ。彼女は俺の顔を見るなりひどく慌てだした。
「あ、ち、血が…」
「大丈夫。かすり傷だから」
俺は問題ないことを伝えるために微笑み、白木を見る。
白木は俯いていたためその顔色を窺うことはできなかった。
「…もうすぐ警察がここに来る。それまでここを動くなよ」
「………」
何処か腑に落ちない様子だったが気にしない。
それから5分後、到着した警察に俺は事情を説明して男たちは沙苗ちゃんを誘拐したとして現行犯逮捕。俺たちは事情聴取のため署に連れてかれたが3人ともバラバラに終わり、俺が最後だった。帰り際に白木の担当をしていたらしい警官が俺に言伝があった。
『明日の放課後、屋上にきてくれ』
白木は俺にそう伝えるよう頼んだらしい。
翌日、突然眼帯をして登校した俺をみたクラスメイト(何故か女子が多かったが)は驚きと戸惑いを露わにした。いろいろ質問されたがありのままを話すわけにはいかないので適当にはぐらかした。
――ちなみに和姉にこの怪我を見せたときは泣きながら俺に抱きついてきたかと思うと道場から真剣を持ってきて『悠君、私ちょっと逝かせてくるわ』とか言って出ていこうとするのを必死に止めたりで大変だった。
そうして放課後。
白木との約束がある為屋上へと向かった。
昨日と相も変わらず空の色は灰色の曇り空だ。
半開きのまま風に揺れているドアを開き外に出るとそこには白木がいた。
「授業さぼってんのに学校にはいるんだな、白木」
「どうして…」
「ん?」
「どうして助けた!?」
いきなり言われるもんだからびっくりした。
しかし、白木の顔にはしっかりと憎悪の色が見て取れた。
「何だよ。自分一人であいつら倒して正義のヒーローにでもなりたかったのか?」
「違う!あんな奴ら何か俺だけで十分だった!それにお前がサツを呼ぶからあいつらを殺し損ねた!」
必死に俺へと怒声を浴びせる白木。そんな中俺は敢えて口を開く。
「…例えばの話をしよう」
「なにぃ?」
「例えば、俺があの場に居合わせなかったとしたら?
お前は奴らにやられ、妹さんは心に一生残る傷を負っていただろう。仮にお前があいつらを殺したとしても結果は同じだろう。目の前で兄が人を殺せば、な」
「!!」
そんなことも考えられないのかこいつは。
案外人の痛みとかを知っているからそういうところまでわかっているのだとおもったんだが、違ったか。
「この際だから言ってやる。…たかが一人の人間にできることなんて知れてるんだ。それを理解できないからお前は――弱いんだ」
「うるせぇ!」
突如白木が動いたと思った時には遅かった。
ゴッ!俺の顔面に白木の拳が炸裂する。よろめきそうになるのを踏みとどまり仕返しにまったく同じ場所を殴り返した。
「ぐ!」
「…確かにお前はあんな屑なんかより強いさ、全然強い。けどな…」
俺の一撃で後退した白木に向かって更に強く握った拳を振るう。
「――人の一生背負えるほどの強さじゃないんだよ!」
ガスッ!
先の一撃より手ごたえがあった。だが白木は踏みとどまり、殴り返してくる。
「わかってるさ!!俺一人で出来ることなんか知れてるって!―――だけどな!誰にだって譲れないモンがあるんだよぉ!!」
更に殴られる。1発、2発と捌ききれなかったが3発目でその拳をつかみ白木を睨む。
「――譲れない?おまえのその程度のプライドで妹さんの一生を守ろうとしたのか?
ふざけるなよ!」
俺の大喝にビクッと白木の体が強張り、俺を見る目に若干の恐れが見えた。その瞬間空いた手で胸倉をつかみ一気に引き寄せ眉間に頭突きをくらわす。
「それにお前はいったよな!あいつらを殺すって!」
俺は胸倉を両手でつかみもう一発頭突きをくらわした。
「ぐぅ…」
「人の一生を背負うほどの覚悟を持って言った言葉か!?違うだろ!自分の憎しみを晴らすためだけに殺そうとしたんだろ!そんな奴が簡単に殺すとか言うな!」
右手をはなし、白木の顔面に打ち込み振りぬく。
完璧に入ったからもう立ち上がらないだろ、そう思ったのが間違いだった。
倒れこんだのを見て油断した俺に白木は一瞬で起き上がり、まったく同じ形で殴った。
突然の不意打ちにまったく対応できなかったからモロにくらってしまった。蹈鞴を踏んだ俺に白木は更に殴りかかってくる。
―――そこからのことは何も覚えていない。唯一覚えていたことは俺も白木も全力で戦ったということだけだった。
気が付くと俺たちは曇天の曇り空を仰いでいた。
どっちも何も話さない。いや、言うべきことはさっき拳とともに伝わったのかもしれない。
だけどこれだけはちゃんと言葉にして伝えたい。
「―――なぁ、白木」
先に口を開いたのは俺だ。
隣にいる白木は黙って空を見ている。
「辛いことや苦しいことがあってまた一人で背負い込みそうなときは俺を頼れ」
「…」
「わかってるよ、お前がホントは人の痛みがわかる優しい奴なんだって」
「…!!」
目を丸く見開いて俺をみる。
…くくっ、面白い顔だ。
「――俺がお前の友達になってどんな時でもお前を助けてやる」
だからさ、
俺は体を起こして白木をみると目から涙が静かに流れていた。
立ち上がり、手を差し出す。
「今日から友達だ――舞」
白木――舞は戸惑いながらも俺の手を握り返してくれた。
「お、俺からもよろしく、えっと」
「悠里。桜葉悠里だ」
舞は俺の名前を小さく復唱すると笑顔で顔をあげてしっかりと手に力を込める。
「よろしく、悠。俺の相棒!」
「ああ!」
こうして俺たちは互いを信じ信じられる『相棒』となった―――
―――そして現在。
「…い!ゆ…!」
舞が誰かに呼びかける声が聞こえる。
「おい、悠!」
「んぁ?…何だよ」
「それはこっちのセリフだよ。急に昔のことを思い出したかと思ったらいくら呼んでもまったく反応しねぇから焦るだろ」
「…悪かったよ、舞」
かなり長いこと呆けていた気がする。
携帯を取り出して時間を見ると既に昼休みが終わりかけていた。
「ヤバ…もう終わるじゃん!次体育だったな、急いで着替えに行くぞ」
「え、ちょ、待てよ、おい!」
…心のどこかで思っていた。
舞やサナ、和姉と暮らす日常が何処か物足りなく感じ始めていたことを忘れたいって…