朝
……つまらない。
――学校はそこそこ楽しい。親友と呼べる奴もいるし、女子はちょっと苦手だけど仲良く過ごせている。勉強も特に苦にならないし、運動も得意だ。…だけど…
――唯一ずっと続けている武術も強くなりすぎてしまった。強くなりすぎて、相手がいなくなってしまった。誰も対等に戦えない。弱い。でも、鍛練はする。もっと強くなるために。自分に誇りを持って。…ナのに…
――趣味もある。料理を作るのが好きだ。色んな料理を作ってみる。ただ作る。姉には『美味しい』という評価をもらえるほどの腕になった。昔は『美味しい』という言葉を聞くことだけが料理をする楽しみだった。今はかつてのそんな小さな楽しみすら薄れてきた。
…だカラ…
……つマらナイ。
平凡ナ日常ガ退屈ダ。
たダ、生キていル。
…いイノか、コレデ…
コンナイキカタデ、イイノカ…
――ワカラナイ
………ツマラナイ………
AM5:30
広々とした道場の中心には二振りの日本刀を置いてある。まずは気持ちを集中させるために座禅を組み、ゆっくりと三度深呼吸をする。取り込んだ酸素が脳に行き渡り段々と意識がよりクリアなものに切り替わっていく。俺は立ち上がり、一振りの刀を鞘から勢いよく抜いた。
シャリイィィン!
気持ちのいい金属音が誰もいない道場に響き渡る。鞘を床に置き、構える。左足を前に出して半身になり、やや重心を落とし刀を右手一本で下段に構え、一気に振り出す。
「せあぁッ!」
俺は仮想の相手をイメージして刀を振るう。何処を斬った。次はこう避ける。ここはカウンター。…まぁ俺のやり方を知らない人間が見たらただ単に変な動きで刀を振り回す素人にみえるだろうなぁ、と思いながらも止めずに振るう。十分ほど経ち、俺はもう一本の日本刀を左手に持ち、それを鞘ごと振るって抜刀する。二刀を構えて更なる連撃を仮想の相手に叩き込む、ということを二十分ほど繰り返して刀を納める。
AM6:05
次は体術の鍛練だ。一口に体術といっても空手やらテコンドーやら柔道やらたくさんあるわけだが俺のは違う。ただ殴り、抉り、蹴り、へし折るという武道の風上にも置けないような護身術、悪く言えばただの喧嘩殺法だ。鍛えすぎたせいかそこらの不良など束でかかってきても余裕で倒せるようになってしまった。
「はッ!やぁ!…せいッ!!」
右正拳突き、左のアッパーカットからの上段後ろ回し蹴りの三連撃を繰り出す。俺はその連撃をすべて避けられたと《仮定》し、小さくステップして約2歩分くらい動き仮想の相手の中心に掌底を打ち込む。一撃だけでなく逆の手で追撃の掌底を打ち込んで強く押し込み、バックステップで距離を空ける。一呼吸おき構えを解く。それからはひたすら我流の型を繰り返し精度を高めていく。
大体30分ほど続けて締めの座禅をくんでいると道場の引き戸が何の前触れなく勢いよく開く。これはいつものことだから慣れている。何故なら、開けた本人が誰だかわかっているから。先に挨拶をしようと立ち上がりながらそちらに顔を向けると目の前が真っ暗になった。
「おはよう」
…声がすぐ上からきこえるし、何だか甘い香りもするし、柔らかい何かに包まれてるしで戸惑っていると、
「朝ごはんできてるよ」
ようやく今の俺の状況を理解できた。俺は恥ずかしさ半分呆れ半分で溜息を吐き、やんわりと抱きついていた人物をはがし向き合う。
「…おはよう、和姉」
抱きついてきた人物は俺の姉――桜葉 和葉である。
和姉はうんうん、と笑顔で頷くと俺にタオルと水を渡してくれた。俺は素直に「ありがとう」と言って素直に受け取ると水を二口飲む。渇いた喉にじんわりと潤いが広がっていくのがわかる。その感覚を味わっていると和姉ぇはおもむろに立ち上がって開け放っていた引き戸のほうへ小走りで駆けていき、出ていく間際にくるりとまわりこちらを見る。回った瞬間、綺麗に整えられた長髪がなびく。
「朝ごはん、冷めちゃうから早くしてね♪」
「了解、和姉ぇ」
和姉ぇが去ると同時に俺は小さく息を吐き、立ち上がる。
外からは小鳥のさえずりが聞こえる。そんなことに気が付かない程鍛練に没頭していたのかと自分に呆れる。いつも通りの一日の始まり。それが―――
―――それが、俺、桜葉 悠里 の日常の始まりだ。