第1話:危ない感じの家
リーゼ。
ボクはサーシャに地獄に連れて行かれることになったよ。
普通は死んだ人が行くところだと聞いたけど,サーシャ曰く。
「それは人間共の勝手な解釈だぜ」
だそうだ。
それにしてもサーシャは空を飛んでいる。
飛翔魔法を使ってるんだろうか。
ボクは必死にサーシャの胸にしがみついている。
だって,そうしないと落ちてしまうし。
「お,おい,あんま…くぅ…う…強く…あぅ……揉むな…」
無理だ。
だって落ちるから。
それにゴムのような柔らかさだからボクの指がよくめり込んでくる。
リーゼの胸は掴んだら壊れそうな感じだったから。
「くぅ…一刻も…早く…行かねえと…うぁ…もたねえ…」
体に覆う空気の流れがますます速くなっている。
かなり早く飛んでるんだ。
このままだと振り落とされてしまう。
いくら死なない体でも痛いのは嫌だ。
絶対に落ちてたまるもんか。
ボクもますます強く胸にしがみついた。
ゴムの胸に指が食い込んでいく。
「あはっ…あああぁ……っ!」
サーシャが何か叫んでる。
ボクが胸を強く掴んだから痛かったんだろうか。
だったら,後で謝らないといけない。
ボクとサーシャはこの調子で地獄に向かっていった。
地獄の空気は思った以上に美味しかった。
ひょっとしたらボクが住んでいた世界よりも綺麗なのかもしれない。
これがボクが立つ新しい大地なんだ。
草木が生い茂ったかのような瑞々しい自然の匂い。
体に心地よい空気。
全てが新鮮だった。
「はあ…はあ…はぁ……」
サーシャは息切れしてるようだ。
無理もない。
ボクを振り落とそうとするぐらい早く飛んでたんだから。
「エ,エテルナ…,俺を…はぁ…はぁ…ここまで…はぁはぁ…追い詰める…お前が…初めてだぜ…」
何を追い詰めたんだろうか。
それにしても胸を強く揉みすぎたことを謝らないと。
「はぁ…良いってことよ!それよりも…」
サーシャの息切れが止まる。
「地獄へようこそ!歓迎するぜ!エテルナ!」
リーゼ。
ボクはとりあえず地獄を回っていくよ。
ボクは地獄の大地を歩いていく。
本当だったら,そのままサーシャに掴まって空をもっと飛んでいきたかったけど。
「次やられたら今度こそ悶絶してしまうから勘弁だぜ…」
だそうだ。
悶絶してしまうほど疲れてしまったんだろう。
空気の流れを変わった。
そう遠くない場所に建物がある。
風の流れが物体の位置を示してくれる。
「もうすぐ俺の家に着くぜ!エテルナは俺の家に住むんだ!」
風がかなり大回りに物体を避けて流れていることからかなり大きい家なんだろう。
ボクの世界にあった王様の城ぐらいあるかもしれない。
「けど,姉貴達に見つかったら厄介だな。これほどの上玉,絶対見逃すはずがないからな…」
サーシャに姉がいたんだ。
いったいどんな人なんだろう。
「まあ,何とかなるか!いくら何でも食べられることは無いだろ!さあ,早く行くぜ!エテルナ!」
何か怖いことを言ってた感じがするけど,サーシャの言うとおり何とかなるだろう。
とにかく突き進まないと何も始まらない。
「おう!その意気だぜ!お前乗りがいいな。安心しな!姉貴達からは俺が守ってやるぜ!」
サーシャのお姉さんはどうやら怖いようだ。
調子に乗ったらいけない。
慎重にしておこう。
「へへっ!ここが俺の家だ。地獄の大公爵の居城だからな。俺の側から離れるなよ。お前は極上の餌なんだからな…」
ボクはサーシャの腕にしがみついてついていく。
何だか体中から視線を感じるような。
誰かに遠くから見られているような気がする。
城の中は不自然なほどにボクとサーシャの足音しか響かない。
きっと誰かが見ている。
息を潜めて遠くから覗いてるんだ。
「結構,勘が良いな。おそらく姉貴達の使い魔が俺達を監視してるはずだぜ。獲物を狙うように目をぎらつかせてるはずだ」
あんまり勘が良いのも考えものかもしれない。
世の中には気づかない方が幸せだと誰かから聞いたことがあった。
本当にそうだと思う。
けど,ボクはこれよりももっと気持ち悪いところにいたことあるし,大丈夫だ。
リーゼを背負って血肉の大地を歩き続けたこと。
血肉で作られた椅子に縛られたこと。
体中が血でどろどろになったこと。
攻撃魔法で何度も痛めつけられたこと。
あれに比べたらどうということ無い。
振り返ってみると改めて波瀾万丈な日々を送ったとしみじみと感じた。
ボクはサーシャの腕から離れ,一人で歩く。
「無理しなくて良いぜ!怖いんだろ?」
ボクは平気だ。
これ以上のことはいくらでも経験してきてるんだから。
「お前,まだ子供だろ。いったいどんな人生を生きてきたんだ…」
早く行こう。
ボクの新しい何かが待っているはずだ。
もうボクは怖くない。
「おい!何一人で盛り上がってるんだ!待て,エテルナ!」
道なりに歩いていたら気配を感じた。
空気が重苦しくなった感じだ。
誰かがいる。
ボクは立ち止まる。
「へえ…,なかなか鋭い子じゃない」
声がしてくる。
しかも,ボクの後ろだ。
空気の流れを感じなかった。
瞬間移動か何かをしたんだ。
どんなに高速で動いても風の揺らめきまでは消せないはずだ。
「あら,全然動じない子ね。それに何なのこの上玉は?」
「おい!レイラ姉貴,こいつは俺の獲物だぜ!勝手に手を出すんじゃねえよ!」
レイラ姉貴。
この人がサーシャのお姉さんなんだ。
サーシャと違って普通な女性だ。
「サーシャ,貴方,こんな高位天使をかっぱらってきたの?なかなかやるじゃない。てっきり返り討ちにされて死にかけたのだと思ったわ」
「ぐっ!畜生!返り討ちにされちまったんだよ!それでこいつに助けてもらったんだ!文句あるか!」
サーシャは誰かに返り討ちにされて怪我してたんだ。
「それにこいつはただの人間だぜ!そんでもって俺の獲物だ」
「ふうん,私はレイラ。貴方は誰かしら?」
相手が名乗ったんだ。
こっちも名乗らないと。
ボクはエテルナ。
「ふうん,エテルナって言うんだ。ちょっといいかしら?」
何がいいんだろうか。
ボクの頬に吐息がかかる。
何か生暖かいものが擦り付けられる。
「おい!レイラ姉貴!」
レイラって人に頬を舐められてるんだ。
レイラの舌がボクの頬を上下に何度も往復してる。
「ふふっ,貴方,とっても美味しいわね…」
レイラに舐められた頬が風に当たって冷たかった。
それに背中に悪寒が走る。
獲物に狙われた感じの威圧感っていうものだ。
ボクの頭に何かが回されて何かに押しつけられる。
このゴムの感触はサーシャの胸だ。
「いくらレイラ姉貴でも絶対に渡さねえぞ!」
ボクの頭がゴムの胸にめり込んでいく。
少し苦しい。
「あら?だったらますます欲しくなったわね。だって美味しいんだし…」
レイラは普通の女性だと思った。
けど。
全然とんでもなく怖い女だ。
食べられないように気を付けないといけない。
リーゼ。
ボクはかなり危ない感じの家に住むことになりそうだよ。