第17話:リディア・ルシフォードへ捧ぐ
ボクはリディアを救えなかった。
『エテルナ,僕の初めての友達…』
ボクが地獄で初めて出来たお友達。
『ボクは…君の友達…だけど…』
ボクの中でリディアの存在が大きくなっていたんだ。
『ボクは…君を…女として…愛してる…』
リディアに逢いたい。
そういえば,ここはいったい。
空気が薄い。
確かブライトン家は巨大化したリディアに壊されたんだ。
ここはブライトン家の瓦礫の下。
地響きがしてくる。
リディアが暴れてるんだろうか。
もう誰もリディアを止めれない。
このまま地獄は滅びてしまうのか。
ルシフォード家。
レイラ。
サーシャ。
ボクの新しい家族。
何もかもが消えてしまうんだろうか。
リディアの手によって。
「ぐおおおおおおおっ!」
リディアの咆吼によって大地が震えている。
ボクの体に瓦礫の破片が打ち付けてくる。
ボクはこのままここで倒れているだけなのか。
何も出来ないまま地獄が滅びるのを眺めてしまうだけなのか。
瓦礫に埋もれているから出られない。
せめて,音とかを出してボクがいることを誰かに伝わったら。
音。
ボクは自分の背中に付けているハープに気づく。
『これが貴方の最高の武器。貴方の想いをリディアに届けるのよ…』
レイラが言ってた。
このハープでリディアに想いを届けることを。
『綺麗な曲…』
きっかけはこのハープだった。
『もっと聴かせて…,君の曲を…』
レイラの言いつけを破って奏でたハープ。
『早く僕に聴かせて…,君の曲を…』
これでリディアに出会うことが出来たんだ。
『君の曲を聴いていると寂しくない…』
リディアはボクが奏でるハープを気に入ってくれた。
『エテルナ…お願いがあるんだけど…いい?』
ボクもリディアにハープを聴かせるのが嬉しかった。
『また,君のハープを…聴かせてくれる?』
何だか分かった気がした。
『ありがとう,愛してる,エテルナ…』
ボクはリディアを愛してるんだ。
ボクの中に流れていた旋律は完成される。
ボクの久々の新曲だ。
作曲家は自分の作った曲を恩人や偉い人に捧げていたらしい。
ボクの作った曲はこの世界で一番大好きな人。
リディア・ルシフォードに捧げるんだ。
「エ」
「テ」
「ル」
「ナ」
聞こえる。
リディアの声が聞こえる。
まだリディアは心を保っているんだ。
「エ」
「テ」
「ル」
「ナ」
リディアがボクを呼んでる。
ボクはハープを握りしめて立ち上がる。
瓦礫に閉じこめられても立つことはできた。
ハープを奏でることができる。
ボクの想いを。
リディアに届けるんだ。
「エ」
「テ」
「ル」
「ナ」
リディア。
ボクの。
想いを。
届けてみせる。
そして。
ボクは奏でた。
ボクの想いを乗せて。
リディアの元へ。
瓦礫から世界全てに響かせるように。
どこまでも。
彼方に。
「エ…………テ…………ル…………ナ」
リディアを愛してる。
「エ……テ……ル……ナ」
ボクの全てを。
「エ…テ…ル…ナ」
リディア・ルシフォードへ捧ぐ。
「エテルナ!」
ボクの全身が冷たくて柔らかいものに包まれる。
この感触には覚えがあった。
この匂いには覚えがあった。
「エテルナ!エテルナ!エテルナっ!」
巨大化したリディアの手に抱きしめられてるんだ。
「馬鹿な!有り得ない!何故,私の制御から逃れれるんだ!」
アディエルの驚愕とした声が響き渡る。
「何故だ!何故なのだ!私は認めないぞ!」
「僕が食べたのが,エテルナの血肉だったから…」
「何だと?」
「エテルナの血肉を通して,エテルナの想いが僕に伝わった…だから,僕は…僕でいられた…」
ボクを包んでいるリディアの手が小さくなっていくのを感じる。
リディアが元の大きさに戻ってきている。
ボクの血肉がリディアの中で尽きかけているんだ。
「ははははははっ!奇跡だと言いたいのか!奇跡なんぞ信じられるものか!奇跡があればリディアは死ななかったのだ!そうだ!騙されるものか!私は惑わされないぞ!奇跡なんぞ有りはしないのだ!」
アディエルの周囲の空気が凄まじい熱を発して渦巻いている。
「まやかしの奇跡なんぞ私が消し去ってくれるわ!オメガ・ディストラクション!」
瞬時に空気の流れが遮断され,凄まじい激突音が響き渡る。
「馬鹿な…」
リディアが結界を展開して,アディエルが放った攻撃魔法を防いだんだ。
リディアが完全に元の大きさに戻った感じだ。
さっきの結界を使ったことでボクの力を使い果たしたんだ。
「僕は奇跡なんか信じていない。僕はエテルナを信じてる…」
リディアの透き通るような美声が響く。
「まさか…」
アディエルの声が震えてる。
「リディア…なのか…」
アディエルは。
「リディアなのだな!」
リディアを。
「私は…お前のことを…愛してた…」
妹のリディアに重ねているんだ。
「何故…私を…置いて…逝ったのだ…」
アディエルの足音が近づく。
「私が…お前の…代わりに…逝きたかったというのに…」
アディエルがリディアに縋っているんだ。
「応えてくれ…リディア…」
リディアの手がボクから離れて,何かを掴むように動いた感じがした。
「僕は博士の妹じゃない…」
リディアは縋ってくるアディエルを抱きしているんだ。
「けど,何となくだけど…リディアの気持ちが分かる気がする…」
リディアの慈しむような美声がアディエルを包むように響いてる感じがする。
「きっと…博士を…死なせたくなかったから…」
「…っ!」
「地獄とか…戦争とか…そんなこと全然関係無く…博士が…いたからこそ…博士を…愛してたからこそ…代わりに逝ったのだと思う…」
『私は奇跡なんか信じない。私が信じているの兄さんやレイラ,私が大切だと思っている人達だけ。兄さんがいてくれるからこそ,私はどんなに辛くても,苦しくても,戦っていけるのよ…』
「くぅ…ううぅ…ぅぅ…あああああああぁ!」
アディエルの泣き声が響く。
リディアは泣いているアディエルを抱きしめている。
妹が出来なかったことを自分が代わりにしているように。
「リディア姉貴!」
「エテルナ!」
レイラとサーシャが駆けつけてくれた。
「ルシフォード卿,私に死を与えてくれないか…。リディアの想いに気づいてしまい,私の憎しみの炎が燃え尽きてしまったようだ…」
アディエルは覇気が無い声でレイラに断罪を求めていた。
「いいえ,貴方は生きなければいけないわ」
「ふっ,地獄を滅ぼそうとした反逆者に情けをかけるのか?」
「ブライトン博士!」
「バルシア…」
バルシア。
確かサーシャとの一騎打ちで敗れたアディエルの助手を名乗っていた人。
そういえば,声が少し高い。
女の人だったんだ。
「お願いです。死なないでください…。私を…置いていかないで…」
「バルシア…」
バルシアはアディエルのことを愛してるんだ。
「ブライトン卿,置いていかれる者の気持ちは貴方が誰よりも分かっているはずよ。だから,死んで逃げることは許さないわ」
「私如きでは…リディア様の…代わりにはなれません。ですけど,私は…何でも…何でも…いたしますから…。どうか,死なないでください…」
「バルシア…こんな私を…慕っていてくれたのか…。気づいてやれなくて…済まなかった…」
アディエルとバルシアの啜り泣く声が聞こえてくる。
「後は私が全部引き受ける。これは貸しではないわ。私がそうしたいだけなのだから…」
「心より…感謝する,ルシフォード卿…」
アディエルが憑き物が落ちたかのような声でレイラの感謝を述べていた。
その声はリディアの美声によく似ていた。
リディアの素体となった妹の双子の兄なのだから当然なんだろう。
これがアディエルの本来の声かもしれないとボクは思った。
ふとボクの手が冷たくて柔らかいものに包まれる。
「エテルナ…」
リディアがボクの手を握ってくれてるんだ。
「君の歌声,本当に…嬉しかった…」
リディアがボクの手を引いて抱きしめてくる。
「君の…想いが…僕を…暗闇から…救ってくれたんだ。ありがとう…本当にありがとう…」
ボクも今回のことで自分の本当の気持ちに気づいたんだ。
「エテルナ?」
ボクもリディアのことを愛している。
ずっと一緒にいて欲しい。
「エテルナっ!」
リディアは感極まった声を出してボクの体を抱き上げてくる。
「ちゅ!ちゅぱ!うれひい…あむぅ…ちゅう!ちゅば!あいひてる!ちゅうぅぅぅ!」
ボクの顔に痛いほど何度も吸い付いてくるリディアの唇。
リディアがやっといつもの調子に戻ったんだとしみじみと思った。
ボクはリディアの熱烈な口づけを受けていった。
「へっ,熱いねえ。俺も頑張ったというのにね…」
サーシャのふて腐れた声が聞こえてくる。
「これは後で是が非でもご褒美を貰わねえとな…。覚悟しとけよ,エテルナ…」
ボクはとりあえず,聞き流すことにした。
「サーシャ,もう少し我慢しなさい。これから忙しくなるのよ。この戦いの処理とかね…。当分は禁欲生活を実施しなさい。私もつき合ってあげるわ」
「そんなことにつき合って貰いたくねえぜ!嫌だ!俺はエテルナの精気を腹一杯喰いていぜ!」
「黙りなさい,サーシャ!私だってエテルナの生き血を存分に吸い尽くしたいわよ!けど,今は我慢しなさい…。リディアが帰ってきてくれたのだから…」
「そうだな…。今は負けといてやるか…。家族が戻ってきてくれたんだからな…」
レイラとサーシャの声が遠ざかっていく。
「ちゅ!ちゅ!ちゅうぅぅ!ちゅぱ!ちゅるるるっ!」
リディアの口づけの嵐はまだ続いていた。
それどころか顔の熱が吸い取られていってる。
リディアは嬉しさのあまり,ボクの血をいつの間にか吸い取ってきてるんだ。
「ぢゅぱ!ぢゅぱ!ぢゅぱ!ぢゅぱ!ぢゅぱ!」
ひょっとしたらまた神殺しの本能に目覚めているかもしれない。
ボクはちょっと恐くなってきてしまった。
「ちゅぱっ!ふぅ…ごめんね。嬉しくてつい…。けど,僕,本当に嬉しいよ…嬉しすぎて…夢だと…思ってしまいそうで…」
リディアは弱々しくボクに抱きついてくる。
これは夢ではないんだ。
そういう想いを込めてボクはリディアの体を抱きしめ返す。
リディアの抱きしめる力が強くなってくるのを感じる。
「本当に…夢じゃないんだね…ちゅ」
リディアはボクの顔を持ち上げて軽く触れるだけの口づけを交わしてきた。
「ねえ,あの時の音色。もう一度聴かせてくれる…」
ボクはリディアの体から離れて,ハープを取り出す。
この曲はリディアのために作った曲だ。
リディアが望めば,いくらでも聴かせるよ。
「嬉しい…。君の想いをもう一度…感じさせて…」
ボクは瓦礫の山の上でハープを奏で始める。
ハープの音色はボクとリディアを包み込んでいく。
二人が寄り添え合えるように優しく。
ボクとリディアの世界を作り出していく。
「愛してる…エテルナ…」
次はリディア編のエピローグです。