第16話:REBIRTH・LYDIA
血を匂いを漂わせるリディア。
「逢いたかった…エテルナ…」
リディアは血まみれになったボクを抱きしめてくる。
「さあ,愛の抱擁を交わすといい。私が仲介人となってやろう…」
「ああ…勿体ない…君の血…綺麗に…舐め取って…あ…げ…る…」
ボクにこびり付いている血がリディアの体によって吸い取られていく。
さらに着ている服もあっという間に溶かしていった。
リディアはもう正気に戻らないのだろうか。
このままボクを食べて,天獄戦争のように全てを呑み込んでしまうのか。
「エテルナ…僕を…受け…入れて…」
もう終わりなんだ。
だったら,ボクは最後までリディアの側にいる。
リディアを独りなんかにはさせない。
ボクはリディアを抱きしめた。
「えっ…エ…テ…ル…ナ…」
リディアの声が戸惑っているように聞こえる。
「どうした,リディア?早く生贄を喰らい尽くせ!」
アディエルもリディアの声に異変を感じたようだ。
リディアに抱きしめられているのにひりひりもしないし,熱も奪われない。
「…ない…」
「何だと?」
「でき…ないよ…」
ボクの頭に滴が落ちたのを感じる。
これは。
リディアの涙だ。
「僕には出来ない…エテルナを…傷つけれない…」
「馬鹿な!まだ神殺しの本能に逆らえるというのか!?」
リディアはまだ墜ちていなかったんだ。
「エテルナ…早く…僕から…離れて!」
リディアがボクを突き飛ばす。
「早く逃げて!」
リディアがボクに逃げるように促してくる。
けど,ボクは逃げるわけにはいかない。
リディアと一緒にルシフォード家に帰ると決めてるんだ。
ボクはリディアの元から離れない。
「エテルナ…」
「おのれ,リディア!私に逆らうというのか!」
アディエルの周囲の空気が熱くなっているのを感じる。
ボクは咄嗟にリディアに所に駆けつけた。
背中に何かが貫いたかのような激痛が走る。
「エテルナっ!」
アディエルがリディアに向かって攻撃魔法を放ってきたんだ。
それをボクがリディアの側にいくことで盾になったんだ。
「忌まわしいものだ!だが,切り札はまだ残されている!」
「いいえ!貴方はもう終わりよ!」
アディエルの言葉を遮るような声が響く。
「レイラか!我が軍はどうした!?」
「周辺貴族様方の協力で鎮圧させてもらったぜ,博士…」
今度はサーシャの声だ。
ボクはリディアの手を引いて,サーシャ達がいる方向へ駆けつけていく。
「お前の目論見が成功すれば,被害が出てしまうということから喜んで協力してくれたぜ!」
「さあ,もう観念しなさい,ブライトン卿」
ボクとリディアはサーシャに引き寄せられる。
アディエルは沈黙したままだ。
これでもう解決だろうと思った。
けど。
「ふははははははっ!観念しろだと?誰に物を言っている?その程度のこと,想定内に過ぎぬわ!」
アディエルは追い詰められているにもかかわらず,余裕そうに笑っていた。
「気でも狂ったの?ブライトン卿」
「私は至って正常だよ,ルシフォード卿。確かにエテルナをリディアに取り込むことは失敗したが,すでにリディアの中には十二分の不滅なる神の血肉が注がれている…」
確かにリディアにはボクの血肉が沢山注がれている。
だから,どうしたのだろうか。
「さらにリディアには創造主の命令に逆らえないように仕込んでいるのだ。だから,リディアよ。全てを解き放つのだ!」
「あぐっ…うう…ああああああ!」
リディアが急に苦しみだした。
「何か様子が変よ!」
「やばい感じがするぜ!」
レイラがボクの手を引き,リディアから離れさせる。
「ああああああ…ぐおおおおおおお!」
リディアの悲鳴が獣の咆吼のように変わっていく。
それに声量が大きくなっている。
巨大化してるんだ。
「この際だ!力尽きるまで何もかもを呑み込んでしまうがいい!」
「ごおおおおおおお!」
アディエルの命令に応えるようにリディアが吠える。
床が揺れている。
「ブライトン家が崩れているのよ!一旦,ここから出るわよ!」
「そうはいかぬぞ!」
熱い何かがこちらに向かってくるのを感じる。
空気が遮断され,壁に激突したかのような音が響いてくる。
「帝国宰相である貴様にはここで死んで貰おうか!貴様さえいなくなれば,帝国は満足に機能しなくなるのだからな!」
アディエルが魔法攻撃をこっちに向かって放ってきたんだ。
「野郎!だったら,容赦しねえぞ!」
サーシャのかけ声と共にボクの横で風が凄い勢いで通り過ぎるかのように感じた。
サーシャがアディエルに攻撃をしようと向かっている。
「サーシャ!ブライトン卿に迂闊に手を出したらダメよ!」
「ふっ,愚かな…」
金属音が高々と響いてくる。
「そんな…」
「学者が剣を使えないと思ったのかね?甘いわ!」
金属音と何かが投げ出されるような音が聞こえてくる。
「あぐっ!」
サーシャの呻き声と地面に叩きつけられる音が痛々しく響く。
あの強いサーシャが呆気なくあしらわれるなんて。
「ブライトン卿は戦場にこそ出てなかったけど,武芸百般。妹のリディアに一通りの戦闘技術を叩き込んでいたのよ。純粋な戦闘に置いては妹のリディアよりも上よ…」
そんな。
だったら,アディエルはレイラやサーシャよりも強いということなんだ。
「ぐっ…マジかよ…」
サーシャが苦しげに声を出している。
「言っただろう。戦場では私が支配者だと…。貴様等はここで終わる。そして,地獄も天国も滅ぼされるのだ!貴様等の愛するリディアの手によってな!ふははははははっ!」
「がああああああああ!」
リディアの咆吼と共に空気を裂くような音と激突音が響いてくる。
床に軋む音が駆け抜けていく。
埃や色々な物体が上から落ちている音が聞こえてる。
リディアが暴走したことでブライトン家が崩壊しかかってるんだ。
「さあ,神に,いや,リディアに祈るがいい!今こそ審判の時なのだ!ひゃははははははっ!」
「ぐおおおおおおおっ!」
アディエルの嘲笑とリディアの咆吼が崩壊していくブライトン家で木霊していく。
「それでも私は貴方を止めてみせる!それが親友,リディアとの約束なのだから!ブラッド・クロス!」
「リディア姉貴をお前の好きにさせてたまるか!喰らいやがれ!ダーク・フレア!」
熱い空気が流れてアディエルの方向へと向かっていく。
レイラとサーシャが二人同時に攻撃魔法をアディエルに向かって放ったんだ。
「だから,甘いと言っているだろう!ヘル・プロヴィデンス!」
アディエルから放たれた熱い物がレイラとサーシャが放った魔法攻撃を呑み込んでこちらに迫っていくの感じる。
ボクは全身が焼け付くような痛いを持って弾き飛ばされていく。
一瞬,意識が飛びそうになってしまう。
「きゃあああ!」
「がはぁああ!」
レイラとサーシャの悲鳴が聞こえ,地面に激突する音が響いてくる。
「二人がかりでその程度か,妹一人の方がまだ手応えがあるな…」
「ぐっ…」
「強すぎだぜ…」
レイラとサーシャの二人で相手にしてもアディエルには歯が立たない。
どうすればいいんだ。
「レイラ,貴様が守ってきた地獄は間もなく滅びるのだ。残念だったな,ははははははっ!」
アディエルの周囲の空気が凄まじい熱を帯びてくる。
止めを刺すつもりだ。
「ブライトン卿…」
「一足先に妹の元へ逝くがいい!そして,詫びを入れるのだな!レイラ・ルシフォード!」
「レイラ姉貴を…殺させねえぜ!」
周囲の空気の流れが遮断される。
結界魔法を貼ったんだ。
ボクはサーシャに力を分け与えるために駆けつけようとする。
けど,亀裂が走っている床で足場が悪いため,上手く走れない。
「悪あがきを!死ね!オメガ・ディストラクション!」
激突音と共に硝子が割れる音が響き渡ってくる。
「きゃああああああっ!」
「ああああああああっ!」
レイラとサーシャの悲鳴と共に凄まじい衝撃がボクの体を打ち付けていく。
ボクの足下が崩れていく。
床が崩れたんだ。
「ひゃはははははははははっ!」
アディエルの勝利に浸った笑いが聞こえてくる。
「ぐおおおおおおおおおおお!」
リディアの咆吼も聞こえてくる。
ボクは。
リディアを。
助けれなかったんだ。
ボクは落ちていく。
ボクの意識が消えていく。
ごめん。
リディア。
「エ…テ…ル…ナ…」