第15話:リディアの生贄
ボクは絶対に屈しない。
リディアを取り戻すんだ。
「さて,遊戯とは至極単純なものだ。私とリディアの元に辿り着ければいい。ただ,それだけだ…」
「ダメ!これは…博士の…罠…」
アディエルとリディアの声が交互に響く。
ごめん。
リディア。
ボクは前に進むしかないんだ。
「私とリディアの元に辿り着くまでに百段の階段がある。その階段を見事登り切って見せるがいい…」
「エテルナ,お願い…来ないで…」
ボクは必ずリディアの元に行く。
階段は生臭いような匂いを漂わせてる。
この匂いは。
どこかで嗅いだことがある。
けど,それよりは早く階段を昇り切ることだ先だ。
ボクは階段を一歩踏みしめた。
突然,身を裂くような激痛が全身を苛んでくる。
これは。
いったい。
「ははははははっl神の血肉の階段は如何かな?一歩踏みしめるごとにおおよそ常人には耐え難いほどの激痛に苛まれるのだ!最も,貴様は不滅なる肉体があるから平気だろう?」
「エテルナぁあああ!」
神の。
血肉の。
階段。
この階段はやっぱり血肉で作られていたんだ。
「かつて人間界で神の大審判を引き起こした強国セフィロードが使ったという技術を応用したものだ。ふふっ,貴様には懐かしい感覚だろうな…」
ボクが来ることを見越して作っていたんだ。
「さあ,もう立ち止まることは許さん!貴様は遊戯に参加したのだ!立ち止まったり,倒れたりすればリディアを殺す!」
ボクは激痛に苛む体を引きずるように歩いた。
もう一段踏みしめて新たな激痛に見舞われる。
さっきよりも強い激痛だ。
意識が飛びそうだ。
けど。
まだ。
九十八段残ってる。
後九十八段。
登り切るんだ。
「そうだ,貴様は登り切るのだ。人間界にある聖書では救世主は茨の道を越えることで神となったのだ。貴様が茨の道を乗り越えることでリディアを神へと変えていくのだ!」
ボクの体から血が流れてくる。
階段を昇っていく度に新しい傷が生み出されていく。
もう立ち止まりたい。
けど,ボクは立ち止まるわけにはいかないんだ。
十段目。
「どうした?立ち止まりそうになっているぞ。まだ,後九十段残っているというのにな…」
うるさい。
ボクは必ずお前の元に辿り着いてやるんだ。
「その強がりがどこまで続くのか,見届けさせてもらうか…」
ボクの全身は血にまみれていた。
二十段目。
「なかなかがんばるではないか。常人ではあれば,もうとっくにくたばっているというものを…」
ボクが歩くたびに血の滴る音が聞こえてくる。
ボクは。
なぜ。
ここに。
いるんだろうか。
「エテルナ,どうして…そこまでして…」
リディアが泣いてる声が聞こえてくる。
そうだ。
ボクは。
リディアを。
助けるために来たんだ。
だから。
階段を昇ってるんだ。
三十段目。
体に痛い感覚が無くなってきている。
その代わりに眠くなってきている。
ダメだ。
眠ったら終わりだ。
四十段目。
どこまで昇っていったんだろうか。
どれぐらい時間が経ってるんだろうか。
ボクはただ階段を昇りきってみせる。
その思いだけがボクに残っていた。
五十段目。
「エテルナ…君に…来て欲しくなかった…」
リディア。
「君が…傷つく姿が…見たくなかったのに…」
リディアが泣いている声が聞こえる。
「馬鹿だよ…君は…」
ボクは本当に馬鹿かもしれない。
だって。
リディアを泣かせてしまったのだから。
六十段目。
「ははははははっ!素晴らしいぞ!まさかここまで辿り着くとはな!貴様のお陰でリディアは神へと近づいてきているのだ!」
「うぅ…エテルナ…君を…嫌だ!こんなことを…考えたくない!」
リディアが神に近づいている。
どういうことなんだ。
「ふふっ,この階段は全てリディアに直結している。つまり,貴様が階段で流す血はリディアに全て捧げられているのだよ。ははははははっ!まさに神の復活のために捧げられている生贄だ!」
ボクは。
リディアのための。
生贄。
「僕が…僕で…なくなる…助け…て…エテルナ…嫌…いやぁああああ!」
「さあ,立ち止まるか?今ならまだ不完全だ。だが,不完全なリディアなど用済みだ。即座に廃棄処分にするがね…。さて,どうする?」
ここで突き進めば。
リディアは神となって,天獄戦争の悲劇の再来を呼び起こしてしまうことになる。
ここで立ち止まれば。
リディアは廃棄処分にされてしまう。
「僕は…廃棄処分になっていいから!立ち止まって…エテルナ…」
ボクは何を迷っていたんだろう。
答えは決まっていた。
突き進むんだ。
「エテルナ…止まって!このままだと…君を…ああぅ…君を…愛し…てるのに…」
リディアの美声がボクに耳に響いてくる。
これだけはリディアのおねだりでも聞けない。
ボクは必ずリディアの所に行くと決めたんだから。
リディアの匂いが近づいてきた。
血の匂いもしてくる。
ボクの血を階段を通して吸ったからだろうか。
もうすぐだ。
後。
三十段。
七十段目。
「私が妹を素体として理由は二つある。一つは妹の体にはある神の血肉が一番濃いかったこと。そして,もう一つは…」
アディエルが何かを話してる。
けど。
ボクに感じるのは意識を奪い去ろうとしてくる苦痛だけ。
「妹と似せて作ることで私の中にある憎しみの炎を絶やさないためだ!」
「あうぅ…ぐぅ…ああぁ…エテ…ルナ…」
ボクは。
まだ。
昇り。
続けるんだ。
例え。
どんなに。
なろうと。
八十段目。
「さあ,後二十段だ。これでリディアは完全となる。ここまで昇ったのだ。最後まで来るがいい…」
「エテルナ…来ない…来て…」
リディアから漂ってくる血の匂いが濃くなっている。
「嫌だ!僕は…こんな…」
リディアが苦しそうだ。
「僕は…君を…愛して…食べたくて…」
「ふははははははっ!エテルナ!さあ,早く来るのだ!リディアが涎を垂らして貴様を待っているぞ!はははははははっ!」
リディアの様子がおかしい感じがした。
「君を…血が…呑みた…嫌…僕は…君を…友達…愛して…食べたい…吸いたい…来ないで…」
「リディアは神殺しとしての本能に目覚めようとしている!もうすぐだ!もうすぐ神殺しが誕生するのだ!ははははははっ!」
ボクの血肉がリディアを惑わしているんだ。
けど,ボクは立ち止まることができない。
ボクが昇らないとリディアが廃棄処分されてしまうから。
だから,昇っていくしかないんだ。
九十段目。
「ねえ…エテルナ…早く…来て…」
リディアが。
ボクを。
誘っている。
「神は生贄を求めているぞ。ふふっ,貴様の血肉を貪りたいと欲してるのだ。ははははははははっ!」
「ねえ…早く…僕は…君を…愛してる…食べ尽くしたいぐらいに…」
ボクが。
リディアを。
壊してしまった。
「エテルナ,君の血が…肉が…骨が…全てが…愛おしいよ…」
リディア。
ボクはそれでも。
階段を昇っていく。
例え,リディアが変わっても。
ボクの想いは。
変わらない。
「エテルナ…僕を…抱きしめて…愛して…君を…吸い尽くしてあげたい…」
「神殺しの誕生の時だ…。ふっふっふっふっ…はははははっ…ひゃはははははははっ!」
リディアは。
ボクの。
九十五段目。
「さあ,来るのだ!」
九十六段目。
「君を…抱きしめたい…」
九十七段目。
「神の糧になるがいい!はははははははっ!」
九十九段目。
「君が…欲しい…」
リディア。
「君の…全てを…喰らいたい…」
ボクは変わらない。
「エ…テ…ル…ナ…」
リディアは。
「あ…い…し…て…る…」
ボクの大切な人。
そして。
百段目。
「審判の時だ…」