第13話:リディアとレイラ
ボクは目を覚ます。
体に何かがかけられている。
ボクの服だった。
ボクはあれからリディアに食べられて。
リディアの体の中で眠っていたんだ。
けど,今ボクは外で横たわっていた。
それにリディアはどこにいったんだろうか。
周囲にそれらしき気配が無い。
ボクは一人だ。
リディアはいったいどこに。
『ごめんなさい…』
確か,ボクが眠る前にそう言っていたのが聞こえた。
まさか。
一人で。
アディエルの元に。
行ったのかもしれない。
ボクを巻き込まないために。
『ボクは…君を…女として…愛してる…』
『分かってる。でも…今だけは…』
『今だけは…僕だけの…エテルナに…なって…』
あの時。
リディアはボクに助けを求めていたんだ。
だけど,ボクはリディアの想いに応えれなかった。
ボクはリディアのお友達失格だ。
リディアの気持ちを受け止めて,応えるべきだったんだ。
ボクはリディアがいなくなって初めて自分の気持ちに気づいた。
この気持ちをリディアに伝えないといけない。
だから,リディアを迎えに行くんだ。
例え,どんな困難が待ち受けようとも。
ボク一人では何も出来ない。
ボクに出来ることを全力でやる。
レイラとサーシャに助けを求めるんだ。
ボクは風に辿ってルシフォード家に向かって走っていく。
ボクはルシフォード家に戻ってきた。
焦げ臭い匂いがしてくる。
レイラとサーシャは無事なんだろうか。
「まさか,別荘まで焼け焦げてしまうなんて。最近,ついていないものね…」
「日頃の行いじゃないのか,レイラ姉貴。それよりも危なかったぜ…」
レイラとサーシャの声が聞こえる。
声は元気そうだ。
ボクは声がする方向に駆けつけていく。
「あら,エテルナ!リディアは?リディアはどうしたの?」
「エテルナ!無事だったんか!リディア姉貴がいないみてえだけど…」
ボクは二人に今までの経緯を話した。
「そう,リディアはそんな話を…」
レイラはボクの話を聞いた後,悲しげな感じでいた。
レイラはリディアの素体になったアディエルの妹と並ぶ英雄だったと聞いた。
だったら,レイラはブライトン兄妹について何か知っているかもしれない。
ボクはレイラにブライトン兄妹について聞くことにした。
「ブライトンね…。私にとっては耳が痛い話だわ。けど,話すのが,私の義務でしょうね。貴方はリディアの想い人なのだから…」
ボクはレイラの話をじっと聞くのだった。
「リディア・ブライトンは当時の地獄軍で最高の英雄として称えられていたわ。そして,私は常に彼女の二番目だった。彼女は私の親友であり,好敵手だった…」
アディエルの妹とレイラが親友だったなんて初めて知った。
「当時の私はまだサーシャと同じように攻に焦り,軍のみんなに迷惑をよく掛けていたわ。だって,私は彼女に勝ちたかったから。彼女に認めてもらいたいと思っていたから…」
レイラの口調がだんだんと苦しげなものに変わってきた。
「そんな私が地獄軍を窮地に追いやる羽目になってしまったのよ。攻に焦って敵陣に突入して天国軍の罠にかかってしまった…」
レイラが天国軍の罠にかかり,地獄軍を窮地に追い遣ることになってしまったということだったんだ。
「誰も絶望的になっていたとき,リディアだけは微笑んでいたの…」
『心配しないで。私がみんなを守るから…』
「彼女の笑顔は地獄を照らす太陽だった。私もリディアのように太陽になりたかった。けど,私にはその資格はない。彼女を死地に追い遣ってしまったのだから…」
『レイラ,後のことは頼んだからね…』
「それが私が聞いたリディアの最後の言葉だったわ…」
地面に滴が落ちる音が響く。
レイラは泣いているんだ。
自分の精でリディアが死ぬ原因になってしまったことに対して。
「ブライトン卿は私を憎んでいるでしょうね。そして,私が治める地獄を滅ぼしたいとも思っている…」
レイラはリディアを失って以来別人のように冷静沈着になり,確実に戦果を挙げていったらしい。
けど,来るべき神様との最終決戦の時に悲劇が起こったんだ。
『私は神を!天国を!そして,リディアを見捨てた世界全てを決して許しはしない!だから,全て呑まれ果てるがいい!リディアの怨念によってな!ははははははははっ!』
アディエルが怒りと悲しみの果てに作り出した最終兵器。
死んだ妹と神様の血肉を融合して生み出された究極生命体リディア。
神殺しとして生を受けたリディアが神様と激突して起こった悲劇。
「リディアが暴走して,地獄,天国,両軍に甚大な犠牲が払われたわ。そして,神は姿を消し,天獄戦争が終結した…」
レイラの話が一旦途切れる。
その後,レイラは帝国宰相の地位に付き,リディアが守った地獄を治めていくことになったんだ。
リディアとの最後の約束を守るために。
生体兵器として扱われたリディアはレイラが宰相権限で妹としてルシフォード家に迎えた。
二度と兵器として扱われないように。
そして,家族の温もりを教えるために。
一方,アディエルはリディアを暴走させたとはいえ,結果的に戦争を終結させた功績により,何のお咎めも無かったらしい。
「それで,しばらくは何も無かったけど,貴方が来たことでアディエルは再び動き出したのよ。貴方の持つ不滅なる神の力を狙ってね…」
ボクは思い出す。
ボクが初めて,リディアに出会い,食べられてしまったことを。
「貴方を食べて巨大化になったリディアはまさしく天獄戦争で神と戦ったときと同じ姿だったのよ。それでアディエルは再び憎しみの炎を滾らすことになってしまった。今度こそ,全てを滅ぼしてやろうと…」
ボクの精だったんだ。
ボクがレイラの言いつけを守らなかったからリディアが苦しむことになってしまったんだ。
「エテルナ,自分を責めないで…。いずれはこのような事態になることは想定してたわ。それが今になっただけのこと…。」
ボクはレイラの抱きしめられる。
レイラの温もりがボクの不安を消してくれる。
ボクはリディアを必ず助けるんだ。
そして,ボクの中にある想いをリディアにぶつけるんだ。
レイラはボクに何かを渡してきた。
ボクの宝物のハープ。
「これが貴方の最高の武器。貴方の想いをリディアに届けるのよ…ちゅ」
ボクの額にレイラの冷たい唇が触れてきた。
冷たいけど,暖かい感触。
死んだお母さんの口づけに似ていた。
「レイラ姉貴!軍の編成は完了したぜ!いつでも出撃してもいいぜ!」
いつの間にか,周囲に無骨な金属音が伴う足音が無数に響き渡っていた。
「ありがとう,サーシャ,貴方はエテルナの側にいてあげて!無事にリディアの元へと送るのよ!」
「任せとけ!」
いったい何が起こってるんだろう。
ボクには付いていけなかった。
「エテルナ,リディアを取り戻したいんでしょう。だったら,私達でリディアを迎えに行くのよ。そのためにルシフォード家の総力を持ってしてね…」
ルシフォード家の軍隊さんは一糸乱れない足音を響かせている。
「これはリディアを取り戻すための戦いよ!ブライトン家はリディア・ルシフォードを私達家族から奪った。すなわち,これは私達ルシフォード家に対する宣戦布告!」
レイラの言葉が高々に響き渡る。
軍隊さん達の周囲の空気が熱くなってきている。
「これより,リディアを取り戻すため,ブライトン家に突入する!これは宰相としての命令ではない!私個人のお願いよ!だから,嫌ならこの場から去っても構わない。去ったとしても私は責めない。この件が終わった後にルシフォード家に戻ってもかまわない!」
軍隊さんの足音は全然響かない。
それはみんな全員がレイラのお願いを聞いたということだ。
「ありがとう!私は貴方達のような兵士を持てたことを誇りに思う!これより我等ルシフォードは進軍を開始する!」
「「うおおおおおおおおっ!」」
兵士のかけ声が木霊してくる。
みんな,リディアのことが好きなんだ。
だから,家族を取り戻すために戦うんだ。
「エテルナ,必ずリディア姉貴を取り戻そうぜ!」
ボクの隣にはサーシャがいた。
ボクは頷いた。
ボクはリディアと向き合うんだ。
そのためにもリディアを必ず取り戻す。
この先,どんな困難が待ち受けようとも。
「いい覚悟だな。惚れ直したぜ!ちゅうぅぅぅぅ!」
ボクの唇にサーシャの唇が引きちぎるぐらいに強く吸い付いてくる。
かなり痛い。
「ちゅぱ!れろぉ…あむぅ…ちゅるるうっ…ぢゅうぅうううう!」
それにサーシャのとろけてしまうかのような熱い唇でボクの体から力が抜けてくる。
「ちゅぅぅぅぅ…ちゅぽっ!」
ようやくボクの唇が解放される。
「ふぅ…やっぱり戦の前には景気付けの酒に限るな…。エテルナ,お前は必ず俺が守ってやる…ちゅ」
最後にサーシャの唇が軽くボクの唇に触れた。
サーシャの熱い唇が伝わったのかボクの体が熱くなってくる。
ボクはこれからリディアを取り戻すために戦うんだ。
必ず戦いに勝ってリディアと一緒にルシフォード家に帰るんだ。
「目指すはブライトン家!」
レイラのかけ声と共に大地に軍隊さんの足音が盛大に響く。
「さあ,行くぜ!エテルナ!」
ボクはサーシャの手に引かれ,歩み出していく。
ボク達の家族。
リディア。
必ず助け出してみせる。
ボクはハープを握りしめる。
そして,ボクの想いをリディアに伝えるんだ。
ボク達ルシフォード家のリディアを取り戻すための戦いが始まろうとしていた。
「進軍開始せよ!」