第11話:リディアの創造主
今回からシリアス路線に入ろうと思います。いちゃラブを期待していた人がいたらすいません。しかし,愛は共に困難を乗り越えてこそ育まれるものだと思います。
今回はサブタイトルで分かるようにリディアに焦点を当てて物語を進めていきます。いちゃラブは作者の癒しです。だから,それが今後無くなるということは微塵もありません。どうか,長い目で見守って頂けると幸いです。久しぶりのシリアスな話を書きますから果たして…。
とりあえず…。
どうぞ。
リーゼ。
ボクはレイラ達と家族になって過ごすようになったよ。
レイラの家はルシフォード家と言われ,王族の血も引いている地獄切っての大貴族らしい。
その当主がレイラ・ルシフォード。
貴族の称号は大公爵。
役職はガーランド帝国宰相。
ルシフォード家の大黒柱としてボク達家族を養ってくれている凄い女性だ。
ただ,少し怒りっぽいところが玉に瑕だけど。
それでも家族想いの優しい人だ。
妹のサーシャとリディアとは血の繋がりは無いけど,本当の家族のように愛してくれている。
ボクはそんなルシフォード家の一員として迎え入れられたんだ。
この幸せがそのまま続けばいいと思っていた。
だけど,またしてもボクに大いなる試練が下されようとしたんだ。
「私とサーシャは軍事会議のために二日間ほど城に行って来るから,エテルナはリディアと留守番してちょうだい。いい,エテルナ,リディアのことを頼んだわね…ちゅ」
「そうだぜ。お前はリディア姉貴の初めての友達なんだからよ。友達は助け合うものだ。頼んだぜ,エテルナ…ちゅ」
レイラとサーシャはボクの両頬にそれぞれ口づけをして出ていった。
二人とも少し様子が変な感じがした。
何かあったのだろうか。
「エテルナ,今日は君と二人きり…」
悩んでいるボクに無邪気に抱きついてくるリディア。
抱きついてもボクの服はもう溶けない。
レイラが特性の服を編んでくれたんだ。
これで少々リディアに抱きつかれようとも溶けることはないんだ。
「エテルナ,二人で散歩しよう…。君と外に出たい…」
ボクはリディアの手に引かれ,外で散歩することになった。
地獄はボクが想像していたよりも遙かに美しい場所なんだと思う。
目が見えないけど,空気で分かるんだ。
こんなにも空気が美味しいのだから。
「気持ちいいね,エテルナ…」
ボクとリディアは手を繋いで野原で寝転んでいた。
暖かい空気の中,リディアの冷たい手が気持ちよかった。
少しひりひりするけど。
「僕はこうして君と野原で寝転ぶことが出来て嬉しい…」
リディアはしみじみと言い,ボクの手を少し強く握ってくる。
ボクの手がぴりぴりしてくる。
けど,それだけリディアが嬉しいと思う気持ちも伝わってくる。
ボクもリディアの手を強く握り返す。
「僕は君と出会えて良かった…」
ボクは目が見えないけど,リディアが微笑んだように思えた。
散歩から帰り,ボクはリディアにハープを聴かせようと思った。
「早く聴かせて…。君の綺麗な音色を…」
リディアはボクの耳に心地よい美声でおねだりをしてくる。
思えば,ボクがハープを奏でることでリディアと出会うことができた。
酷い目に遭ったけど,地獄で出来た初めてにお友達になれた。
素敵な出会いに感謝して奏でていこう。
ボクの感謝の気持ちがリディアに伝わるように。
ボクはリディアのためにハープを奏でていく。
「やっぱり,君の音色は…綺麗…」
リディアが拍手して喜んでくれた。
何だかとても暖かい気分だった。
リディアはボクを食べようとしてくる怖い部分があるけど。
こうして普通に話して見るととても癒される。
そのときだった。
ふとボクの中で音色が奏でられた。
曲の構想が思い浮かんだんだ。
リーゼのとき以来だ。
これはリディアのために作られる曲だ。
リーゼに続いて二人目の女性。
ボクが地獄で出来た初めてのお友達。
リディア・ルシフォードに捧げよう。
ボクは初めてリーゼ以外の女性のために曲を作ろうと思った。
ボクとリディアは家の中で静かに過ごしていた。
ボクの膝の上にはリディアの頭が乗せられている。
「すう…すう…」
リディアの寝息が心地よく部屋に響いてくる。
まるで音楽のようだった。
リディアの美声がボクの頭にある旋律を形にしてくれる。
久しぶりに良い曲が作れそうだった。
こんな平和な時がいつまでも続いたらいいのに。
ふと家の周りに複数の足音が聞こえてくる。
レイラとサーシャが帰ってきた。
違う。
この足音は無骨な金属音が伴っている。
これは兵士さんの足音だ。
「準備完了しました!」
何か声が聞こえてくる。
「よしっ!拘束結界を展開しろ!」
「はっ!拘束結界展開!」
突然,体が重くなる。
一体何が起こったんだ。
「く…くるしい…,エテルナ…」
ボクの膝で寝ていたリディアが苦しそうな声を出している。
ボクとリディアは動けない状態になっている。
ひょっとして外にいる人達がやったんだろうか。
動けないボク達に足音が近づいてくる。
無骨な金属音を立てながら。
「久しぶりだな,リディア・ルシフォード…」
リディアの美声に似た声が響く。
「アディエル…ブライトン…博士…」
リディアが声の主の名前を答えた。
知り合いなんだろうか。
「くっくっくっくっ,創造主の名前ぐらいは覚えていてくれたか,リディアよ…」
創造主。
『リディアは天獄戦争と呼ばれる天国と地獄の勢力が争う戦いで活躍した生体兵器。天国を統括していた神を倒すために生み出されたものよ』
確か,リディアは神様を倒すために作られた生体兵器だと言ってた。
だったら,リディアを作った人だということなんだ。
「さあ,その少年と共に来てもらうぞ,来るべき第二次天獄戦争のためにな…」
ボクには分かった。
この声の持ち主はリディアの生みの親で再び兵器として利用するつもりなんだ。
「嫌だ…僕は…もう君の元には…行かない!」
「被造物の分際で創造主に逆らうのか…。おい,お前達…やれ…」
体がさらに重くなってくる。
しかも痛い。
物凄く痛い。
「やめて!エテルナには…僕の…友達には…手を出さないで!」
「おい!貴様!何て言った?友達だと?かつての天獄戦争で地獄を滅ぼしかけた破壊兵器が友達だと?はははははははっ!面白すぎるぞ!リディア!あまり私を笑わせるな…」
ボクの膝に乗せているリディアの頭に何かが掴まれるのを感じる。
「貴様は兵器だ!兵器は黙って戦争に使われる道具であればいいのだ!それが貴様の宿命だ!」
リディアの頭がボクの膝から離れる。
リディアの頭を掴んで持ち上げてるんだ。
「そして,創造主の命令をただ何も言わず従えばいいのだ!リディア!」
「あぐっ!」
アディエルが罵倒する声とリディアの喘ぎ声が響く。
『いい,エテルナ,リディアのことを頼んだわね…』
『お前はリディア姉貴の初めての友達なんだからよ。友達は助け合うものだ。頼んだぜ,エテルナ…』
レイラとサーシャが家を出ていく前に言った言葉を思い出す。
そうだ。
ボクはリディアのお友達。
お友達は助け合うものなんだ。
アディエル。
リディアは兵器じゃない。
ボクの大切なお友達だ。
「エテルナ…」
「ほう,この破壊兵器を友達と呼ぶのか。お前のことは知っているぞ。確か不滅なる神の力を受け継いだ者,神の力の所有者だとな…」
「ぐっ!」
床に湿った音を立てて何かが落ちる音とリディアが呻く声が響く。
そして,ボクの方に近づいてくる足音。
突然,ボクの胸が何かに貫かれる。
口から熱いものが吐き出されていく。
「エテルナっ!」
ボクが吐いた血の匂いが漂ってくる。
胸が物凄く痛い。
死にそうなほど痛い。
「さすがは不滅なる肉体だ。これで死なないとな…。ふはははははっ!勝てる!これで勝てるぞ!忌まわしき神が作り上げた天国を根こそぎ破壊し尽くしてやれる!はははははははっ!」
アディエルが狂ったように笑い出す。
声はリディアと似ているのにどこまでも濁ったようにボクの耳に響いてくる。
「ははははははっ……ふぅ…。お前の不滅なる力とリディアの神殺しの力が合わされば,神と同等!いや,それ以上の存在となるのだ!さあ,地獄軍の栄光のためにその身を捧げるいい!少年よ!」
嫌だ。
それに少年じゃなくてエテルナだ。
ボクはお前の元なんかにいかない。
それにリディアも同じだ。
リディアをお前に渡さない。
「エテルナ…」
リディアの美声が悲しげに響いてくる。
ボクはリディアの悲しい声は聞きたくない。
だから,リディアを悲しませるお前を絶対に許さない。
「エテルナか,その名を覚えておこう。だが,どうするんだ?お前は指一本動かすことはできない。どうしようもならない!ただ喚くだけだ!例え,私が…」
「あぐっ!」
何かをぶつける鈍い音とリディアの呻く声が交互に何度も聞こえてくる。
アディエルがリディアを殴りつけてるんだ。
「ほら!ほら!ほら!ほら!こんなにも私がお前の友達を痛めつけようとも何も出来ない!無力なのだ!弱者だ!弱者は強者に大人しく従え!」
「ぐふぅ…あぐっ…ああぅ…ぐっ!」
鈍い音とリディアの悲鳴がただボクの耳に重く響く。
アディエルの言うとおりだ。
ボクは何も出来ない。
だけど。
だけど。
ボクは。
屈しない。
リーゼとアスタロトが言ってた。
真の敗北者は自分の剣が折れたことを認めたときだと。
何も出来ないけど。
ボクの剣を。
ボクの心を。
絶対に。
絶対に。
折ったりはしない。
鈍い音が消える。
「気に入らない態度だな。無力な癖に何も諦めていない態度だ。気に入らない…。気に入らない!気に入らないぞ!何だ!その態度は!」
ボクの胸を抉るような衝撃が来る。
息が止まりそうだ。
アディエルがボクを殴ったんだ。
「気に入らない!気に入らない!気に入らない!気に入らない!気に入らない!気に入らない!気に入らない!」
何度も胸に衝撃が来る。
痛いけど,怖くない。
リディアの悲しい声を聞くほうが痛いし,怖いんだ。
「ぐふっ!……お願い!もう止めて!博士…。僕は君の元に…戻るから…だから…」
ふとボクの体を打ち付ける衝撃がリディアの呻き声と共に消えた。
リディアがボクを庇ってくれたんだ。
「くっくっくっ,拘束結界から自力で抜け出すとは,腐っても破壊兵器のようだな…」
「お願い,これ以上もうエテルナに手を出さないで…僕が戻るから…」
駄目だ。
リディアをアディエルの所に行かせたらいけない。
またリディアが独りぼっちになってしまう。
「愚か者め!貴様一人だけでは雑兵にも劣る役立たずの屑だ!」
「がふっ!」
鈍い音とリディアの呻き声が再び響く。
アディエル。
どこまでリディアを傷つければ気が済むんだ。
「そうだな,リディアよ。エテルナに懇願するのだ…。私と共に博士の元に来てくださいとな。貴様とエテルナは友達だろう?友達のいうことは聞いてくれるのではないか?」
リディア。
リディアは無言だった。
ボクも黙ってリディアの言葉を待つ。
「どうした?友達に懇願してみろ。もし,誘えたら貴様等に格別の待遇を計らってやる。さあ,どうする?リディア…」
ボクはリディアが何を言っても受け入れる。
受け入れて,それから考える。
ボクはリディアの友達なんだ。
「駄目…」
「何だと?」
「駄目…。エテルナは誘えない。エテルナは僕の友達。怖い思いをさせたくない。友達を僕のように辛い目に遭わせたくない。だから,誘えない…」
リディアはアディエルに申し出を断った。
リディアはボクを巻き込まないためにアディエルの誘惑をはね除けたんだ。
「やれやれ,少しでも温情を見せれば,これか…。ならば,強引にでも来てもらうことになるぞ!」
ボクとリディアを囲むように複数の足音が響く。
「エテルナに…手を出させない…」
リディアがボクを庇うように抱きしめてくる。
「ふふっ,その生意気な態度,すぐに修正してやろう…」
「修正されるのは貴方の方よ。ブライトン卿」
「この声は…」
この声は。
レイラだ。
「ほう,これはこれはガーランド帝国宰相閣下ではありませんか。御加減は如何です?あの拘束魔法を破るには骨が折れると思いますからね…」
「ええ,最悪の気分だわ。戦争推進派筆頭にして兵器開発部門統括のアディエル・ブライトン博士。こんなことをして,ただで済むと思っているのかしら?」
レイラとアディエルの間で空気の流れが渦巻くのを感じた。
二人は知り合いのような感じだ。
「ただでは済むとは思って無いとも。だが,宰相閣下のやり方は手緩い。こうしている間でも天国軍は地獄を侵略するために軍を編成していると思うがね…」
「それは貴方だけの見解にしか過ぎないわ。天国は神を失ってから無用な争いを避けるようにしているのよ。貴方はそれを壊そうとしているだけ…」
レイラは戦争しない考えで,アディエルは戦争したい考えで対立してるんだ。
ボクはレイラの考えに賛成だ。
戦争は悲惨なものだし,リディアを戦争の道具に使おうとしているし。
「ふん,今に分かるさ。さあ,宰相よ。私の作品を返してもらうか。貴方もいい加減に兵器と一緒に家族ごっこするのはやめたらどうだね…」
「ごっこではないわ。リディアは私の家族。だから,貴方には渡さない。お引き取りを願えるかしら…」
ガラスが割れる音がする。
その瞬間,ボクの体が動くようになってきた。
「拘束結界は破ったわ。エテルナ,リディアを連れてここから逃げて!」
ボクは頷き,リディアの手を掴んで立ち上がる。
「私と戦うのか?ふふっ,政治では貴方が支配者だが,戦場では私が支配者だ。お前達,やれ!」
ボクとリディアを囲んでくるように複数の足音が近づいてくる。
「そうはさせねえぜ!」
「ぐはぁ!」
「ごほっ!」
兵士さんの呻き声と共にまた聞き覚えがある声が響いてくる。
「遅いわよ,サーシャ」
サーシャが来てくれたんだ。
「かかれっ!」
鈍い音や血が飛び散るような生々しい音が飛び交ってくる。
「ここは俺達に任せて早く行け!出来るだけ遠くに逃げろ!エテルナ!リディア姉貴!」
サーシャの呼びかけに応えて,ボクはリディアの手を引っ張って家から飛び出る。
レイラとサーシャのことは心配だったけど,ボクの出来ることはリディアと一緒に出来るだけ遠くに逃げることだ。
リディアはボクに手を引かれるままに走っている。
「エテルナ…」
リディアの美声が心配を帯びた弱々しい感じにボクの耳に響く。
綺麗な声なだけに痛々しい感じがしてくる。
とにかく,音がしない場所に行こう。
ボクとリディアはルシフォード家を後にして,ひたすら走っていく。
ルシフォード家。
ボクの新しい居場所。
レイラ。
サーシャ。
どうか無事でいて。
ボクとリディアは必ずこの場所に戻ってくる。
ボクとリディアの逃亡生活が始まるのだった。
次回はエテルナとリディアの愛の逃避行です。