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オース大陸秘匿伝記「因果の円環を閉ざす九人目の狼」  作者: 嵗(sai)


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第3話:情報屋「ZodhiacK」との遭遇

冒険者ギルドの喧騒の中、木製の掲示板に並んだ依頼書を眺めていたルーは、ふと動きを止めた。


(――いかん、これではいけない。本来の目的を見失うところだった)


無意識のうちに「冒険者」としての習性に身を任せていた自分を律し、彼は踵を返した。向かうのは、先ほど手続きを終えたばかりの受付カウンターだ。


書類仕事に戻ろうとしていた受付の女性は、戻ってきたルーに気づいて顔を上げた。


「おや、ルーさん。何かお忘れ物ですか?それとも、もう依頼を決められました?」


「いや、すまない。尋ねたいことがあるんだ」


ルーはカウンターに軽く手を置き、声を低めた。


「実は、ある人物を探している。この街で、特定の個人の行方や情報を得るには、どうすればいいだろうか」


にこやかだった受付の表情が、わずかに引き締まる。


「尋ね人、ですか。……そうですね、もし相手が冒険者であれば、ギルドの登録名簿を照合できますが。一般の方となりますと……」


「一般の女性だ。おそらく、この街のどこかで生活しているはずだ」


「それでしたら、基本的には役場へ行くことになります。ですが、あそこは守秘義務に厳しいですよ?身内の方でもない限り、住居や個人情報を教えることはまずありません」


「身内ではないんだ。ある人から、その女性の安否と行方を調べてほしいと託されていてね」


「うーん、そうなると難しいですね……」


受付の女性は困ったように眉を寄せた。公的な機関が動かない以上、正攻法では限界がある。


「――情報屋は、いないか?」


ルーが短く問うと、受付の女性はさらに怪訝な顔をした。


「……情報屋、ですか?」


「ああ。裏の事情に通じているような、腕の確かなやつだ」


「……」


受付は、ルーの顔をまじまじと見つめた。


鉄級の、登録したての新米冒険者。装備も最低限に見える。だが、その眼光には迷いがなく、立ち居振る舞いには熟練の戦士だけが持つ独特の「静けさ」があった。ただの素人が口にする「情報屋」という言葉の響きとは、重みが違っていた。


「……信頼できる、と言っていいのかは分かりませんが。腕だけは確かな連中ならいます。ですが、彼らの要求する報酬は、新米さんが一生かけて稼ぐような額になることもありますよ?」


「承知している。対価なら支払うつもりだ」


「……分かりました。でしたら、ここを出て右へ三十メートルほど進んでください。細い路地があります。その奥から三番目、『Z』の印が殴り書きされた扉の建物です」


受付は周囲に聞こえないよう、さらに声を潜めて付け加えた。


「繰り返しますが、本当に高いですよ?」


「ありがとう、助かる」


ルーは短く礼を言い、迷いのない足取りでギルドを後にした。


受付の女性は、その背中を不思議そうに見送る。


(……探しものなら、ギルドに『人探しの依頼』を出した方が、よっぽど安上がりでしょうに。あの人、一体何者かしら)


街の喧騒から一本外れた路地は、陽光が遮られ、ひんやりとした空気が滞留していた。


ルーは、教えられた通り「Z」の文字が刻まれた古い建物の前に立っていた。塗装の剥げた錆びた木の扉は、訪れる者を拒むような無愛想な佇まいを見せている。


彼が扉を押し開けると、建付けの悪い蝶番が小さく鳴いた。


室内は薄暗く、外の活気が嘘のような静寂に包まれている。だが、鼻をくすぐったのは、意外にも芳醇で落ち着いた珈琲の香りだった。


「――情報料は、高いですよ?」


部屋の奥から、不意に声が響いた。


まだ幼さの残る、鈴を転がすような少女の声。しかし、その響きには、相手の底を見透かそうとするような鋭い理知が含まれている。姿は見えない。


「承知している」


ルーは視線を動かさず、静かに応じた。


「そうですか。では、何を売り、何を買いに来たのです?」


「人を探している。名前は『オレリア』。おそらく、魔族系の血を引く人族の女性だ」


「……他には?出身、年齢、居住区、以前の職業。何か手がかりは?」


「すまない、それだけだ」


「はあ……?」


呆れたような吐息が暗闇から漏れた。


「それだけで人探し?あなた、正気?生まれた場所も、今の年恰好も分からないの?下手をすれば同姓同名が何人もいるわよ」


「分からない。だが、おそらく現在は十代後半から二十代前半の筈だ」


「…………あなた、情報屋を全知全能の神さまと勘違いしてない?」


「いや、思ってはいないが……」


「その情報だけで見つけろなんて、無理に決まってるでしょ。お引き取りなさい」


にべもない拒絶。ルーは小さく息を吐いた。やはり、この時代での「オレリア」はまだ、歴史の表舞台にも、裏社会のリストにも載っていない存在なのかもしれない。


「……そうか。無理を言った。邪魔をしたな」


ルーは潔く踵を返し、扉に手をかけた。


「――ちょっと、待ちなさいよ!」


鋭い制止の声と共に、部屋の奥のカーテンが跳ね上がった。


そこに立っていたのは、十二、三歳ほどに見える少女だった。仕立ての良い服を纏い、勝ち気そうな瞳でルーを睨みつけている。


「何勝手に出ていこうとしてるのよ!」


「……無理なのだろう?」


「誰も、絶対に無理だとは言ってないでしょ!『無理に決まってる』って言っただけよ!……全く、ちょっと待ってなさいな」


少女は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、パンパンと小さく手を叩いた。


「アビス、ラビリ、来なさい!」


その合図と共に、部屋の奥から二人の男女が音もなく姿を現した。


一人は二十代前半と思われる、冷静な目つきの女性。もう一人は四十代ほどに見える、分厚い胸板を持った寡黙そうな男だ。


「『人調べ』よ。対象は十代後半から二十代前半、魔族系人族の女性。名前はオレリア。至急、この街の全居住区、および出入国記録を洗って」


「「分かりました」」


二人はルーに視線すら向けず、即座に部屋を飛び出していった。その無駄のない動きは、彼らが高度に訓練された工作員であることを物語っている。


少女はルーに向き直ると、顎で椅子を指した。


「当てがないんでしょ?調査が終わるまで、そこで珈琲でも飲んで待ってなさい。……今のはサービスしてあげるわ」


「あ、ああ……ありがとう」


予想外の展開に、ルーはわずかに戸惑いながらも椅子に腰を下ろした。


少女はカップを準備しながら、いたずらっぽく、くすりと笑った。


「その代わり――結果が出たら、きっちり高い報酬をいただくわよ?」


その笑顔は、年相応の可愛らしさと、したたかな情報屋の顔が同居した、不思議な魅力を放っていた。


ルーは漂ってくる珈琲の香りに、わずかな希望を感じていた。


この「Z」の印を冠する組織――のちの時代に影の支配者となる「ゾディアック」の萌芽が、ここにある。オレリアへと続く道は、確かに繋がり始めていた。



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