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オース大陸秘匿伝記「因果の円環を閉ざす九人目の狼」  作者: 嵗(sai)
第二部:『箱庭の叙事詩 ― 歴史と魔術の理』

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第10話:オース王国建国と帝国の萌芽

黒鉄歴九二三年(西方歴九一一年)。


東海岸の温暖な気候がもたらす豊かな恵みと、魔族奴隷たちの過酷な酷使によって積み上げられた莫大な富。それらを背景に、大陸の支配権を掌握した有力者たちは、ついに統一国家の樹立を全世界に向けて宣言した。


ここに、「オース王国」が産声を上げたのである。


王国の樹立に伴い、かつての開拓地は王が直接統治する広大な直轄地と、建国の功を立てた六つの大貴族家による分割統治区域へと再編された。その社会構造は、美辞麗句の裏側で、極めて残酷かつ明確な階級制度によって固定化されていた。


●王族・貴族:最初の入植を主導した西方出身の人族冒険者の末裔、およびインデネンシーから渡ってきた狡猾な血族の魔術師たちが、特権階級としての地位を独占した。


●平民:かつて開拓の最前線で共に血を流した獣族の多くは、その強靭な肉体を労働力として重宝されながらも、実質的には二級市民としての差別的な扱いを受ける平民へと甘んじた。


●奴隷:そして、最も忌むべき歴史の転換。かつてこの大陸に「魔術」という希望をもたらし、人類の生存圏を切り拓いたはずの魔族たちが、その魔術の才ゆえに「生ける魔導資源」として最下層の奴隷へと突き落とされたのである。


魔術を産み落とした者が、その魔術によって築かれた王国の鉄鎖に繋がれる。この歴史的皮肉に満ちた社会構造は、王国の完成と同時に強固な「制度」として完成した。


奴隷の身分に甘んじていたリクス・ガイルは、祝杯をあげる支配者たちの喧騒を、貴族の館の地下にある、冷たい鉄格子の窓越しに眺めていた。


彼の背中には、連日の酷使と鞭の跡が刻まれている。だが、彼の瞳に宿る知性の光は、決して濁ってはいなかった。リクスは、自分たちの血筋が受けた屈辱を、そしてすべての被支配種族が強いられている沈黙の悲鳴を、その双肩に一身に背負っていた。


「見ろ。彼らの王国は、我らが流した血の川の上に浮いている。我らが編み出した魔術という柱を盗み、その上に玉座を置いている。……この鉄の王国は、その基盤から腐り果てているのだ」


リクスは奴隷という「不可視の存在」であることを逆手に取り、秘密裏に王国の内部構造を把握し始めた。彼は奴隷監督の冷酷な目を欺きながら、精製所に送られてくるインダス地方出身の魔族たちや、人族の支配に不満を募らせる獣族、差別される従属種族たちと接触を繰り返した。


魔族の魔那マナ適応力は、劣悪な環境に置かれることで、むしろ生存本能と結びつき、異常なまでの深化を遂げていた。蓄積された怒りと憎悪、そして先祖譲りの誇りは、リクスの魔術を、かつての英雄ザル・ガイルをも凌駕する次元へと押し上げたのである。


彼は、もはや呪文の詠唱も、複雑な魔法陣の記述も必要としなかった。ただ呼吸をするように魔那を揺らすだけで、遠く離れた同志の意識に直接語りかける「心話の秘術」を独力で編み出したのだ。


リクスの周囲には、いつしか王国への復讐と「真の平等」を誓う魔族の秘密結社が出来上がっていった。彼らは、自らを「解放の血族」と呼称した。


ある新月の夜。


オース王国の首都、その地下深く。かつて魔那の精製に使われ、現在は放棄されていた広大な秘密の空洞に、数百人の魔族奴隷たちが集結していた。


彼らの眼差しは、長年の酷使と絶望によって光を失いかけていた。しかし、壇上に立ったリクスの言葉が響くたび、その瞳の奥に青白い燐光が灯り始める。


「我らが先祖は、この死の大陸で魔生物の爪から人々を守り、人族に生存の場を与えた!その恩を、彼らはどう返したか!奴隷の枷だ!種族の壁だ!鉄の鎖だ!」


リクスの声は、魔那の微細な振動に乗って、集まった者たちの心臓に直接突き刺さった。


「オース王国は、我らが築いた知恵の土台を盗んだ欺瞞の国である!彼らの王政は、魔族を家畜とし、獣族を卑しめ、血族を傲慢な支配者へと変質させた不浄の制度だ!」


リクスが拳を握りしめると、彼の背後に目に見えぬ魔力の圧力が渦を巻いた。それは既存のどの体系にも属さない、他者の意志を導き、理を塗り替える「支配」と「覚醒」の魔術。


「偽りの王権を、正しき知恵を持つ者の手に取り戻す時が来た!我らが解放される未来において、種族の優劣は存在しない。獣族も、血族も、すべての虐げられた命が、真に公平に陽光を分かち合う世界。それを実現するために、まずはこの腐った支配体制を根底から打ち砕く必要がある!」


彼は奴隷たちの顔を一人一人見つめ、魂を揺さぶるように宣言した。


「故に、我らは戦う!魔族の、そしてこの大陸に生きるすべての命の誇りを示すために!」


「その時、この地はもはや『オース王国』ではない。魔族の叡智と勇気によって統治される、真なる『帝国』へと昇華するだろう!」


地下空洞を埋め尽くした数百の魔族たちが、一斉に立ち上がった。


カチリ、カチリと、重厚な鉄の枷が鳴り響く。その金属音は、王国の盤石な礎を崩し始める最初の地鳴りであった。


リクス・ガイル。


首輪を繋がれた一人の奴隷から、強大なオース王国を瓦解させ、世界にその名を轟かせる「魔族の帝国」の始祖となる男。彼は、自らに課せられた過酷な運命を静かに、そして猛烈な炎と共に受け入れた。


これは、王国の建国によって一度は潰えたかに見えた魔族の誇りが、闇の中で牙を研ぎ澄まし、後に大陸全土を支配する巨大な「帝国」を打ち立てるまでの、血塗られた前日譚の記録である。


地上で王冠を頂く者たちが知らぬ間に、運命の天秤はすでに大きく傾き始めていた。



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