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第1章 ― 魔王、目覚める!




肩にかけた鞄の口から、ネクタイの端がだらしなくはみ出していた。シャツの襟も曲がっている。だが、そんなことはどうでもよかった。

ふらつく足取りで横断歩道を渡っていると、左側から強烈な光が目に飛び込んできた。思わず鞄を持ち上げて目を覆うと、その光の正体がトラックのヘッドライトだと気づいた――が、反応する暇はなかった。

ブレーキ音とクラクション。だが間に合わない。青年の身体は無慈悲にタイヤに呑み込まれた。


視界はぼやけ、痛みすらほとんど感じない。周囲の出来事も掴めない。

――これで終わりか。やっと……。


そのとき、世界を震わせるほどの深く重厚な声が頭の奥に響いた。


「目覚めよ! 目を開け、耳を澄ませ。余の言葉を刻み込め。」


反射的に瞼を開けると、闇の中に浮かぶ一対の紅紫の瞳が現れた。高みから睨み下ろすその存在は、ざっと二十メートルを超える巨躯だろう。

人のものではない、紫の魔力が奔る眼差し。その持ち主が再び語る。


「ついに……目覚めたか。聞け、人の子よ。余はザイラス――魔王の一柱。

この肉体を、お前に譲渡する。名を捨てよ。これからは余の名を背負うのだ。

魔王は死なん。ただ魂は次代へと受け継がれるのみ。

さあ行け。ザイラスとして、新たに生まれよ。」


声とともに、紅紫の瞳も闇へと消えた。


秋山 誠は自分の身体を見下ろそうとした。だが――何も見えない。手を上げた感覚はあるのに、その手は存在しなかった。すべてが、ただ闇に沈んでいる。

目を閉じているのか、開いているのかさえ分からない。いや、そもそも――自分に「目」なんてあったのか?


どれほどの時が経ったか分からない。

だが、心の中に自分の声が戻り始めた瞬間、温もりが全身を包んだ。

反射的に拳を振り抜く――硬質な何かを砕いた。


圧迫感が消え、身体が軽くなる。瞼が自然と開き、そこでようやく理解する。

自分は液体に満ちたカプセルの中、裸のまま立っていたのだ。左拳で容器を打ち破り、外へと飛び出した。


肌は乳のように白く、傷一つない。無駄な脂肪はなく、引き締まった肉体。

腹筋ははっきりと浮かび上がり、決して大柄ではないが、弱々しいと呼べぬ体つきだった。


何が起こっているのか理解できないまま、カプセルの外へ足を踏み出した瞬間――

銀のトレイが床に落ちる音が響いた。


音のした左側へ視線を向けると、四つの目と角を持ち、紫色の肌をしたメイド服姿の少女が立っていた。


そのメイドは震える声で言った。

「魔王ザイラス様! ついにご目覚めになられたのですね!」

そう言って深く頭を垂れる。


ザイラス? そう呼ばれたが……俺の名前は秋山 誠で――


激しい頭痛が襲い、思わず頭を押さえて顔をしかめる。

過去を思い出そうとするほど耳鳴りが響き、視界が揺らいでいった。


追加の命令がなかったため、最初のメイドはなおも頭を下げ続けていたが――

その時、丸い部屋にもう一人のメイドが入ってきた。

彼女は額に一本の赤い角を持ち、緑色の肌をしており、先ほどのメイドより十センチほど背が高かった。


状況を目にした彼女の瞳が大きく見開かれ、驚きの声を上げる。

「ザイラス様!? ご気分が優れないのですか!」


……くそっ。過去を思い出せない……! ああ、頭が……!


メイドは主人のすぐそばまで駆け寄り、何度も名を呼んだが、誠の耳には低い唸り声のような音しか届かなかった。


しかし、過去を考えるのをやめた瞬間――症状はすぐに治まり、誠はびくりと体を震わせて緑色の肌をしたメイドの青い瞳を見返した。


「……な、何だ……?」

そして、その名が自然と口をついた。

「……ブラス。」


ブラスと呼ばれたメイドは、一歩下がると指を組み合わせ、胸の前で祈るように掲げた。

「ようやくお目覚めになられましたね、ザイラス様。お留守の間に色々とございました。どうか、すぐに私とご一緒くださいませ。奥方様もきっとお喜びになります。」


誠は一瞬止まり、思わず問い返す。

「奥方……って?」


メイドのブラスは何事もなかったかのように微笑んで答えた。

「はい! 奥方様――焔華ほのか様のことです、ザイラス様。」


でも、俺の名前は誠だ…


その言葉は頭の中でだけ響いた。だがすぐに状況を受け入れ、ひとまず新しい名前を名乗ることにした。


「それで、何の問題だって言うんだ、ブラス? 今の状況はどうなってる? 最後に覚えてるのは…確か平和だったはずだろ?」


ブラスはため息をつき、首を横に振った。

「ご主人様、それはもうずっと昔のことです。およそ五百年前の話…。その間に我々は多くの領土を失いました。そして今、我らの肥沃な土地を守る最重要の城が包囲され、陥落寸前なのです。」


「まずは着るものを持ってこい。戦況はこの目で確かめる。」

ザイラスはそう言って足早に部屋を出た。

ブラスは慌てて後を追いつつ、紫肌のメイドは黒い衣服を取りに走った。

「ご主人様、このまま城外へ出るのは危険です!」


ザイラスは眉をひそめ、赤い瞳の端で横にいるブラスを一瞥する。

「危険? 俺は魔王だぞ。矢ごときで死ぬわけがないだろ。」


ブラスの瞳が輝き、敵の脅威を“矢ごとき”と切り捨てるその言葉に思わず感嘆する。だが、その体の中にさっき目覚めたばかりの誠は、実のところ何も知らなかった。


紫肌のメイドが持ってきた黒い衣服に袖を通すと、それは着物よりもタイトで、襟にボタンのついた服だった。誠の身体にぴったりと合う。

そして城の一階、外へと続く巨大な銀の門の前に立つと、彼は両手を門に当てた。


すると、その目の前に半透明で赤い背景を持つパネルが浮かび上がった。

ザイラスはそのパネルを見て、思わず目をひそめる。


「俺にしか見えないんだよな? よかった、これで無数のバフをゲットできるはず…!」


【ピコン!】

《王が目覚めた!》

《おめでとうございます! チュートリアルを最短・最高評価でクリアしました。メイドたちはあなたに絶対的な敬意を抱いています。》

《おめでとうございます! 裸のお尻を隠す服を着ました。もう誰もあなたの大事な部分を見ることはありません。》


秋山 誠(心の中):

「……なんだこのパネル? マジで俺しか見えなくて助かったわ。」


【ピコン!】

《おめでとうございます! 初めての命令が下され、即座に実行されました。》

《おめでとうございます! 行動の結果、知力に+2、魅力に+4のボーナスポイントを獲得しました。》

《ステータスポイントを振り分けてください。》


目の前に半透明の赤い背景を持つステータス画面が浮かび上がった。プロフィール欄には自分の名前とレベル1とだけ表示されており、それ以外はポイント数と振り分け可能なステータスしか見えなかった。


秋山 誠(心の中):

「さてと…。知力と魅力は便利だが、もう追加でもらえたしな。耐久とか力に振るのはまだ早い。…おっ、“理解力”? つまり物事を見抜く力か? 面白いな。よし、初期ポイント15全部、理解力にぶち込んでみるか。何か役立つかもな!」


【ピコン!】


ポイントを振り分けた瞬間、目の前の画面はすっと消え、時間が再び動き出した。気づけば彼は、高さおよそ三十メートルもある巨大な扉の前に立っていた。両手を扉にかけ、力を込めて押すと、重厚な金属の扉はギィィィ…と軋みながらゆっくりと開いていく。


砲弾が壁を打ち砕く轟音。

城壁を越えるために掘られた坑道の崩れる音。

頭上から注がれる煮えたぎる油に焼かれ、兵士たちが絶叫する声。


火薬と血と混乱の臭いが充満する――そんな地獄絵図を想像しながら扉を開いた秋山 誠だったが、目にした光景にそのまま固まってしまった。


城門の破れた扉が最初に目に飛び込んできた。

そして、その先には――悪魔の死体でできた山の頂に立つ、重厚な銀の鎧を纏った金髪・青い瞳の若き勇者が見えた。


秋山 誠(心の中):

「マジかよ……本当にマジか?! 今まで無意味だと思っていた物理ステータスが役に立つなんて誰が予想したよ! これからどうすればいいんだ? なんで城を包囲してる軍隊はいないんだ? なんで一人だけなんだ? しかも……悪魔王を倒す王道パターンの勇者っぽいじゃないか。金髪の欧州風イケメンで筋肉ムキムキ、自信満々とか……くそっ、これで終わりか……!」


城の入り口は十数段の階段ほど高く、勇者より上の位置に立っていたが、勇者もまた小さく見えた。

秋山 誠(心の中):

「ちょ、なんでこんなに小さいんだ?」


目を細めて勇者を観察する。

左手を挙げ、指差して質問する。

「お前……幼少期、健康に恵まれない育ち方をしたのか? それとも遺伝か?」


勇者は眉をひそめ、歯を食いしばり、復讐心に燃える瞳で悪魔王ザイラスを睨む。


「最初に扉を開けた時はやっと臆病さを捨てたと思ったのに……今度は俺が弱くて頼りないって言いたいのか? 身長たった三メートルだからって得意にならないでくれ、ザイラス! 俺の仕事が終われば、お前には切断された手足しか残らない!」


秋山 誠(心の中):

「な、なに?! 三メートル!? そんなにでかいのか、俺……! 前世の記憶はないけど、ヨーロッパ人を見て背を伸ばしたいなって思ってた気はする。待て! ヨーロッパ人って何だ? 誰だそれ? まあいい、重要じゃない。とにかく、勇者をなんとか落ち着かせないとな…」



ザイラスは冷ややかに言った。「お前はもう十分に手にしたのではないか、勇者よ。さあ帰って、大切な者たちと穏やかな日々を過ごせばよいものを。何ゆえまだ戦い続ける?」


勇者は重い足取りで階段を登り始めた。踏み出すたびに周囲に死を撒き散らすかのようだ。視線は常に魔王の首へと向き、ザイラスを断つ光景が頭中を満たしている。心臓は早鐘のように打ち、身体は力に満ちあふれていた。


「お前は……数十年前に全てを奪った。妻を斬り、娘を攫い、醜い魔物どもの子を産ませた。お前を……お前を必ず――殺してやる。絶対に成し遂げてやる。」


(ちくしょう。前の奴、どれだけクソみたいな目に遭ってたんだよ。だが、俺はあいつとは違う──そうなのか? これを説明すれば殺されるのをやめてくれるのか?)


ザイラスは落ち着いて答えた。「憤怒は理解する、勇者よ。しかし我を討っても、失ったものは戻らぬ。抵抗すらしない者を斬ることで、彼らは救われるとお前は本気で思うのか?」


勇者の顔に大きく不気味な笑みが浮かぶ。

「魔王の一柱が滅びれば、神は討伐者に一つの願いを与えるのだ。どんな願いでもな。だから黙れ、そしてくたばれ、ザイラス……」


(もしこれがシナリオなら、どうやら俺は死ねってことらしいな。前世で知らずにコスミックな存在を怒らせたのか?)


ザイラスはため息をつくと、素手のまま立ち尽くした。勇者は飛びかかり、掲げた剣を高く振り上げて、魔王の胸へと斜めに振り下ろした。


「くそ……!」


勇者は目を閉じ、最後の痛みに備えた──が、それは来ない。来るはずの最期が、なぜか訪れない。待てども、期待した苦痛は来なかった。


(もしかして……)


目を開けると、再び視界に状況ウィンドウが浮かんだ。


【ピコン!】

[チュートリアルモード起動。戦闘システムを学習しますか?]


「何だよ、今これが出てくるってどういう意味だ? 知ったところで何になるんだよ。ま、いいや。拒否でいいや。」と心の中でつぶやき、画面の「いいえ」に触れると新しいウィンドウが開いた。


【ピコン!】

[秋山 誠の性格分析が完了しました。魔王の力と肉体が再調整されます。]


「え? 体が変わるのかよ……なんでだ? まさか――」


瞳が大きく見開かれ、顔色が引きつって、乾いた淋しい表情を浮かべる。


「主人公がバフ一発で無敵になって窮地を脱する瞬間を、俺の手で台無しにしちまったか」

指の腹でこぼれた一粒の涙をぬぐい、しみじみと笑った。

「俺は、この死に値するんだな」


時間が再び流れ、剣の一閃は魔王の上を過ぎ去り、勇者は跳び上がって斬り上げた勢いで城内へと突入していった。


勇者は背を魔王に向けたまま、ふと横目で振り返ると――そこにいたのは十七歳ほどの白い肌、まっすぐな黒髪の少年の姿だった。


「子供の格好に化けるなんて……殺さないようにって、どこまで卑劣な真似をするつもりだ、ザイラス!」と勇者は怒りを露わにした。


身長が一メートル七十だと気づくのに、誠はさほど時間を要しなかった。服のサイズが縮んだことなど気にも留めない。


「正直に言えば、これは俺の—」


勇者は唾を飛ばしながら叫び、剣を槍のように投げつけた。


「黙れ!」


ザイラスは体を左に傾けて攻撃をかわそうとしたが、すでに遅いことに気づいた。しかし突然、城の扉が轟音とともに閉まると、勇者の剣は二つの扉の間に挟まって止まった。


頬を冷たい汗が伝い、立ち上がると心臓の激しい鼓動を深呼吸で落ち着かせようとした。


もし扉が閉まっていなかったら、確実に死んでいた……。これまで知力と魅力ポイントが役立った気配はない。でも……この「理解力」ステータスが本当に大問題だ。せっかく振ったのに、何の役に立つか分からない。くそ……。さて、どうする? 前世では魔王として楽に暮らし、ハーレムを築くつもりだったはずだ。分からないが、死にたくないからここから逃げるのが最善だ。さて、どこに逃げる?


魔王は振り返り、階段を降りると背後からの強風で髪が前に流された。さらに、30メートルの高さにある二重扉の上を飛び越え、城壁に激突した。肩越しに振り返ると、息を吐き白い蒸気を上げる勇者の輝く青い瞳が目に入った。


「お前を殺さずにはいられん……」


魔王の肩が落ち、運命をやむを得ず受け入れた。


俺を二度も殺すためにここまで必死な奴がいるなら、全員と握手したい。頼むから消えて、社交を楽しんでくれ! こんな人生、ありえない……


勇者は勢いよく前に跳び、拳を全力で振り下ろした。


時間が再び止まったが、今度はパネルが一瞬遅れて現れた。


【ピコン!】

[理解成功! 勇者アレックスの能力ステータスをコピーしました。]

[理解成功! 勇者アレックスの行動パターンをコピーしました。]

[理解成功! 勇者アレックスの記憶コピーに必要な条件が整いました。]

[続行するには「OK」ボタンを押してください。]



ザイラスはにやりと笑い、「OK」ボタンを押した。興奮で心臓が飛び出しそうなほど鼓動が早くなる。


ついに……俺の妄想を彩っていた世界に、本当に足を踏み入れたってことか……。前世の記憶がないのは、やっぱりもどかしいな。あ、そういえば……俺、前世では女だった可能性ってあるのか? もしそうなら、この世界で女と一緒にいたらレズってことになるのか? ああ……頭がこんがらがってきた。とにかく、今は楽しむしかないな。

皆さんの意見は私にとって大切です。キャラクターの心の声をどのように表現すれば、より分かりやすく伝わるでしょうか?かっこ内に入れるべきでしょうか、それとも会話の前に心の声であることを示すべきでしょうか?それとも別の段落に書くだけで十分でしょうか?アドバイスいただけると幸いです。よりぶっ飛んだシーンもお楽しみに。

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