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『朗読、プレスマンの山、原文帳の川』

作者: 成城速記部

 ある山里の寺に、和尚と小僧がいました。小僧が、向こうの山に、栗と柿とキノコを取りに行きたいと申しますと、和尚は、向こうの山には山姥がいるから、暗くなる前に帰ってくるなら、とこれを許しましたが、きっと、小僧は、暗くなる前に戻ってこないだろうと思ったので、三枚のお札を渡して、このお札は、仏様のありがたいお札じゃ。一枚投げながら願うと、願ったものが出てくる。何かの役に立つじゃろう。小僧は、三枚のお札を持って、向こうの山へ行きました。

 小僧は、栗も柿もキノコもとり放題にとれますので、楽しくなってしまい、気がついたときには、間もなく日暮れというころでした。普通なら、日が暮れるまでに寺に戻れるはずでしたが、栗も柿もキノコもとり放題にとれましたので、重たくて重たくて、向こうの山を下りる前に、日が暮れてしまったのでした。

 あいにく、月の出ていない夜で、本当の本当に真っ暗で、少しも歩けなくなってしまったそのとき、遠くのほうに小さな明かりが見えました。人家にほかなりません。小僧は、明かりを目指して何とか歩きました。

 家の主は、一人のおばあさんでした。思いがけず日が暮れて、寺に戻ることができません、夜明けまで休ませてください。おお、それはお困りじゃろうて。風呂に入って柔らかくなってゆっくり休むがええ。などという会話があって、小僧は、一晩休ませてもらえることになりました。小僧は、栗と柿とキノコを半分分けて、炊き込み飯をつくってもらい、食べさせてもらいました。栗御飯ときのこ御飯は食べたことがありましたし、栗きのこ御飯も想像がつきましたが、栗柿きのこ御飯は初体験でした。斬新でした。筆舌に尽くしがたい味でしたので、追体験したいなら、実際につくってみるのが一番です。栗、柿、きのこを各二、うるち米を三、もち米三、酒を一、醤油を一、合わせて炊くだけです。

 おなかもくちくなって、小僧は眠ってしまいましたが、夜中に小用がしたくなって起きると、山姥が包丁を研いでいました。もっと早く気がつくべきでした。向こうの山に住んでいるという山姥、ここはその山姥の家だったのです。山姥は、小僧に腰縄をかけて、厠へ行かせてやりました。小僧は、厠へ入りますと、お札を一枚投げて、朗読しろ、と命じますと、お札は、小僧の声で、速記の問題を朗読し始めました。小僧は、腰ひもを外して金隠しにくくりますと、厠の窓から抜け出まして、一目散に駆け出しました。夜中になったら、月が出ていました。これはきっと仏の御加護というやつです。

 山姥は、小僧の声の朗読が聞こえますので、小僧は厠にいるものだと思っていましたが、十分ほどたって、以上です、と言ったきり、何も言わなくなりましたので、ひもを引いてみましたが、確かに感触があります。でも、小僧、まだかえ、と声をかけてみましたが、返事がありません。しばらくすると、さっきと同じ朗読が始まりましたので、これはおかしいと思った山姥は厠に押し入りましたが、小僧はいません。おのれ小僧、逃げおったか。山姥は山で鍛えた足を見せます。

 小僧は、驚きました。おばあさんに見えるのに、むだのない動きで、山姥がぐんぐん間を詰めてくるのです。たまらず小僧は、二枚目のお札を投げます、プレスマン出ろ。たちまち山のようなプレスマンがあらわれました。山姥はプレスマンの山を物ともせず越えることができましたが、プレスマンが落ちているなど、もったいないことこの上ないので、一本一本拾いました。ただしとんでもない速さで。全てのプレスマンを拾うと、再び小僧を追い始めました。

 小僧は驚きました、再び。とんでもない量のプレスマンを担いでいるのに、どんでもない速さで追ってくるのです。小僧は最後のお札を投げました。原文帳、出ろ。たちまち原文帳の川ができました。山姥は、原文帳の川など、物ともせず越えることができましたが、せっかくプレスマンを持っているのに、何も書かないのももったいないので、適当に書きました。ところが、その速いこと速いこと。へたな速記より速いくらいでした。

 ともあれ、山姥がまごまごしているうちに、というか、お札のおかげで、小僧は、寺に戻ることができました。和尚様、戻りました。遅くなりまして申しわけありません。山姥に追われております。間もなくここへ来るでしょう。和尚様の法力でお助けくださいませ。何を言う。わしに法力などないのは、お前も知っているであろう。大丈夫だ、お前は寝床で寝てしまえ。法力よりも年の功じゃ。山姥の一人や二人、何とでもしてやろう。

 小僧は、そう言われましたので、奥で寝てしまいました。寝られませんでしたが。

 和尚さんが、本堂で、御本尊を前にお経を上げておりますと、山姥がやってきました。こりゃ坊主、ここへ小僧が逃げてきたであろう。あれはわしが食うてやろうと追ってきたのじゃ。隠すとお前も食うぞ、と山姥が言うと、はて、わしはここでずっと経を上げておったので、小僧が来たかどうかは知らんが、お前は何者じゃ。仏の前で乱暴は許されんぞ、ととぼけました。山姥が、何の、仏なぞ恐れ入るものか。向山の山姥とは我のことじゃ、と名乗りますと、和尚さんは、何と、こなたが、あの、有名な、何にでも化けられる、方術を使う、足の速い、山姥殿か、と持ち上げます。山姥が、いかにもその山姥じゃ、と乗っかりますと、何と、生きている間に山姥殿に会えようとは。ぜひ変化の術をお見せくだされ、冥土の土産にしたい、その後、小僧がどこへ逃げたかをお教えしよう、と褒めちぎります。いい気になった山姥が、何に化けて欲しい、大蛇か、それとも大入道か、と得意技を披露しようとしますと、和尚さんは、その前にこなたが担いでいるプレスマンを一本貸してくだされ。このプレスマンの芯に化けられますかな、と試すように言いますと、何のたやすいこと、と言って、一瞬でプレスマンの芯に化けました。和尚さんは、これはすごい、と褒めながら、プレスマンに入れ、かちかちしますと、もともと芯が入っていたプレスマンに、二本目の山姥芯を入れてしまいましたので、プレスマンの宿命として、芯が詰まってしまいました。和尚さんは、おや、芯が出なくなってしまった、とわざとらしく言って、少し高いところから、プレスマンを落としました。持ち上げては落とし、持ち上げては落とし、何度も、何度も。

 和尚さんが、プレスマンを分解すると、あわれ山姥は、プレスマンの芯に姿を変えたまま、細かく折れてしまいました。

 九死に一生を得た小僧は、山姥が担いできたプレスマンの一本を持って、お札が出してくれた原文帳を一冊持って、山姥の家の厠でお札が朗読してくれるのを速記して、原文帳を置いてくる、というのを毎日繰り返したところ、原文帳の川がなくなるころには、この国一番の速記者になっていましたとさ。



教訓:和尚さんの行為は、明らかに過剰防衛である。ただし、山姥が人間であるかは何とも言えない。本物のプレスマンの芯だと思った、と言い張れば、器物損壊罪になる可能性もある。

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