第一章1 寝起きの仕事はやりたくない
――夢なら冷めないでくれ。
幸せな夢を見ていた。
自分は所帯を持ち、子供にも恵まれていた。
ありふれた――尊い幸せな家庭。
まるで、戦場での出来事が夢だと錯覚するほどに、幸せだった。
しかし、夢とは残酷にも、蜃気楼のように終わりを迎える。
「起きなさい!」と女性の張り上げる声が響きわたり、彼は机から飛び起きる。
「ん ? 」
目の前に、散らばった書類。
肘の下で軋む、団長室のデスク。
――見覚えのある部屋だ。
ここは、LAS基地の団長室だった。
ブラインドの隙間から、朝日の光が差し込んでくる。
「ほら、朝」
声の方に視線を向けると、
光を含んだキャラメル色なセミロングが揺れていた。
月宮遥
LAS副団長。
彼がLASに入ったばかりの時から、
小競り合いはあれど、背中を預けてきた戦友であり相棒だった。
ブラインドを上げて、彼を起こしてきたのは――
いつも、月宮遥だった。
引き締まった体躯で、黒のジャケットに白いシャツを纏う。
その雰囲気には、凛としつつキリッとした美しさが感じる。
それに比べ、本作の主人公である鶴谷修也は
短髪ではあるが、くせっ毛が酷く。起き上がった時には盛り上がるかのようにボサボサになる。
つり目の鋭い目つきは、寝起きでさらに醜悪に近い印象を与えた。
身長は一七三センチと平均よりやや高め。
ライトグレーのワイシャツがシワだらけで、黒いズボンも折り目ができてよれていた。
飽きるほど繰り返した朝が、また始まった。
アメリカでの襲撃から、三年。
嫌な現実に、戻ってきた。
長時間、座りながら睡眠をしていたから、椅子から立ち上がろうとすると、腰を痛めてしまい机に手を添えて身体を支えた。
「いててて……」
「そんな体勢で寝てるからよ」
「まぁ……そうだな」
「あと、髭すごいからそってきな ? 」
「あぁ、そうする」
鶴谷修也は洗面所に向かい、鏡の前で自分の顔を見ると、まぁ寝起きと目の隈もすごく、無精髭も濃くなるほど伸びきっていた。
「こりゃ、全部剃るか……不潔でしゃーねぇ」
あまりの不潔さで、ため息を零す。
水で洗顔して、近くに置いてあるタオルウォーマーから蒸しタオルを取り出し、すこし肌に触れれるくらいに熱を逃がしてタオルで顔を覆う。
毛穴がゆっくりと緩む感触を確かめるように、しばらく目を閉じる。
顔に掛けてたタオルを片付け、シェービングクリームを泡立てて頬と顎、鼻の下に塗り広げる。
カミソリで、頬や顎下や鼻の下を撫でるように伸びきった髭を剃った。
仕上げにタオルで顔を拭い、団長室へと戻る。
「あら、さっぱりしたわね」
「若返ったろ?」
「えぇ、五年くらい」
「だとしたら、若返りすぎ」
冗談よ、とニヒヒって笑いながら月宮遥は言う。まぁ、これはいつもの光景なため、すんなり鶴谷修也は会話を流す。
デスクに散らばってる書類は、経歴書の束だ。
LASの新しい人材をスカウトするための――
これまで優秀そうな人達に、片っ端から声をかけてきた。
飛び売り業者と同然に、必死にやった。
だが、返ってくる答えは、いつも同じだった。
「NO」。
理解は、してた。
だけど、流石に堪えるものがある。
「そういえば、採用する子決まったの ?」
「あぁ、決めてる。だからその場所まで」
「へ〜、どこなの ?」
「神社まで」
「え ?」
月宮 遥は、思わず面食らう。
LASが採用するのは元軍人や警察、パイロット、諜報員、メカニック――
いずれも戦場に適した人材ばかりだ。
それが、いきなり神社に勤めてる神職 ?
彼は、一体何をしようとしてるのか ?
まるで、分からなくなった。
「そういう、遥は誰を採用するんだ ?」
「え?あぁ、そうね。私は元SATの子かな」
「なるほどな、いい線だ」
「てか、鶴谷。そのヨレヨレのスーツで向かうの
?」
「あぁ、そうだが ?」
「他のにしなさい。ほら、二着目あるんでしょ ?それにしな ? 一応団長なんだから」
「大丈夫だと思うんだがな」
鶴谷修也が新しいスーツに着替えるため、月宮遥は先にガレージに向かう。
月宮遥が居ない間に、寄れてくたびれた上着を脱ぎ、新しいスーツを取り出すためにクローゼットの扉開ける。
すると、クローゼットの内側に着いた姿見が、鶴谷修也を写す。
胸から脇腹に掛けて――
爛れた火傷の跡。
縫い合わされたまた残る、いくつもの手術痕。
その姿に、思わず吐き捨てる。
「……気持ち悪いなぁ」
鏡に映る自分から、目を逸らした。
見たくもない現実を、また見せられたのだから。
白いシャツを取り出して、袖を通し。
黒いジャケットも羽織り、月宮遥の後を追うように、ガレージへ向かう。
△▼△▼△▼△
月宮遥の後を追って、基地のガレージに向かった。
だが、そこには彼女の愛車――【ルノー メガーヌRS】の姿が見当たらない。どうやら先に向かったにらしい。
そこで、鶴谷修也は愛車であるGR86を点検してるメカニックに出会った。
「赤羽くん、ハチロクの点検ありがとさん」
「あぁ、ええよええよ。この車は、なんやかんや趣味のひとつだし、構わねぇよ。ただまぁ……大事に扱ってな」
「旧車ほどガタツキ悪くはねぇんだし……まぁ、大事にはするよ」
「ガタツキが悪くなくても大事にしろ」
へいへいと適当に流すような返事をする。
GR86を親切にメンテナンスしてる、身長一七四センチくらいで平均より高め。
濃く暗い緑色のツナギを着て、汗ばんで上だけ脱いで着崩して、黒の半袖シャツを袖に通してた。
頬や手に黒い油粉だらけになって、ストレートパーマな頭髪にも黒い油粉を被っている。
トレードマークを黒のアルミ製フレームの赤のサングラス――
それが、彼のトレードマーク。
赤羽隼人というLASのメカニック。
「今日は、一人でやってるのか?」
「いや、イリーナが手伝ってくれてたんだ」
「んで、イリーナさんは?」
「ほら」
赤羽が、イリーナのいる方向へ指を指す。
すると、ガレージの奥で人型が動いているのが見えた。
ガシャンガシャン ! と機械の騒音が響きわたる。機械音が気になり、鶴谷修也は目線をそちらに向ける。
高さ二メートル半くらいの大きさの人型で、素材そのまんまの色で塗装は施されてない。胴体部分がズッシリとしてて、頭部とくっついてる見た目の型式。
胴体部分のハッチが開き、コクピットから金髪の長髪を結んで団子のようにしている女性が現れる。
コクピット内が着ぐるみのように熱気が篭もるからか、汗が滝のように流れていて、パイロット用の黒のレオタードが汗で染み、蒸れている。
もはや雰囲気が妖艶に感じてしまう美女のイリーナ・ペドロヴィッチ。
しかし、本人は大真面目にテストパイロットとしてパワードスーツを動かしているだけだ。
汗で蒸れたレオタードと、濡れた髪。
それが妙に妖艶を感じてしまうのは本人の無意識によるもので感じてしまう。
――と言うより、朝見るには刺激が強いからだ。
「よぉ、イリーナ。パワードスーツの調子は ? 」
「あぁ、酷いもんだな。ここまで酷いとは思わなかった。しかも、ここまで乗り心地が悪いとはな。暑くて死ぬかと思ったぞЧёртвозьми(ちくしょう)」
「どこを直す ? 」
「まず、死角が出来やすい。後ろを取られると困難だぞ。あと、エアコンとかの空調設備がいる。暑くて叶わん!しかも、この中で熱中症を起こすかと思ったわ!」
「なるほど、改良がいるな」
「あと前だけ守るからいいんだろうけども、手元見えてるぞ ! 」
「そこもね、任せんしゃい」
パワードスーツのコクピットからイリーナ・ペドロヴィッチは、身を滑らせるように降りた。
ズボンを脱ぐような動きで、長く引き締まった脚が露になる。
後ろで団子にまとめていた長い髪を下ろし、グローブを外す、パイロットスーツ代わりのレオタードが汗でピタリと引っ付いて体のラインが丸わかりになっていた。
戦闘用としてデザインされた物が、汗や蒸れで艶めいていた。
鶴谷修也は思わず、手元で顔を覆うように照れるのを隠す。
イリーナ・ペドロヴィッチは、その様子が気になり首をかしげた。
「ん?どうしたんだ団長 ? 」
「エッッッッッロ(なんでもない)」
「はぁ ? 」
「あぁ !! いや、これは……」
思わず、鶴谷修也は本音と建前のセリフがごっちゃになってしまい慌てると、赤羽はからかうように割って入る。
「わりぃわりぃ、団長はチェリーだから気にすんな」
「そうなのか〜」
「チェリー言うな!あと、チェリーちゃうわ !!」
鶴谷修也は、二八年の人生で一度もモテたこともない。
目つき悪いだけなら、ともかく。
愛想も悪い。
口下手で、人相がチンピラ同然。
当然ながら、異性から距離を置かれてた記憶しかない、春なんてなかった。
それを、思い出して鶴谷修也は胸の奥がキュッと締め付けられるように切なくなり、泣きそうになるのをグッと堪えた。
そこで、赤羽 隼人は割って入るように聞く。
「そういや、団長。誰を採用するんだ?」
「そうそう、気になる」
「ああ、この2人だよ」
写真を見せる。一人目は、丸メガネをつけてて、白髪のミディアムパーマで狐目の橙色の瞳で涼しげな水色の和服を身にまとった好青年。
二人目は、金色と黒色のオッドアイ、暗めの紺色のウルフカットで黒色の革ジャケット。服越しからでも分かる筋肉質な身体の青年。
二人とも見た目では齢二十代半ばくらいの見た目という若手でもあった。赤羽とイリーナは、いい人材を当てたなと感じた。
しかし、赤羽は二人とも同じ日本人にしては特殊な感じがした。見た目もそうだが、服装とかも含めてそう思い、疑問に感じた。
「団長、この新人たちの職業は?」
「一人目は、神社の神主ともう一人はその神社に住む子」
二人は口揃え「は?」となった。とはいえ流石の二人でもなにか理由があるのかと思い聞き出すと、鶴谷修也は去年の世界中で揺れた震度五強でマグニチュード数九.二の大地震があったことを話した。
根拠としては、アルマスが宇宙開発の支援でブラックホールの研究も行っていたことでの噂からだった。
しかし、情報事態の真偽が眉唾なため二人は思わず。鶴谷修也がうまく人材集めも行かないストレスでとうとう頭がおかしくなったのかと思い、赤羽は苦い表情になり、イリーナは手で額を覆う。
「修也、友人としてアドバイスする。あれは、偶然でかい地震だ。アルマスは宇宙開発を考えてるが、ブラックホールに関してはきっとただのデマだ。今日は、休んでてくれ。あとは、遥やカナタさん達に任せてくれ」
「あぁ昨夜、私が振舞ったバラライカを沢山飲ませたから脳が縮んだんだろ、Извини(すまない)」
「おい、俺は至って正常だ !!情報源はある」
「ほぉ、どっからだ ? 団長〜」
「AGNSだ」
「Я понимаю(なるほど)、あの黒い情報しかない。あれね」
「案外あれなら、信じれるだろ?」
「はいはい、アーダンチョウタマノオオセノママニキキマスヨー」
「その、ふざけた発言一生出させないようにしたろうか?」
「ワーパワハラダーコワーイコワーイ」
眉唾な情報ではあるが信じるしかなかった。もう、人材集めするためなら、嘘でも信じようと言うくらいに追い込まれていたから。
長官であるローガン・ブレットは、あの事件以来、行方不明になってしまった。
そして、団長の座に就いていた先輩達も既に失われ、
全ての責任が、鶴谷修也へと重くのしかかっていた。
「とりあえず、行ってくる」
「あぁ、行ってこい。無駄骨じゃない事を祈っておく」
「ありがとよ、赤羽くん」
鶴谷 修也はGR86を乗り込み、目的地である神社へと向かうため、車を発進させる。
鶴谷 修也は知らない。二人が待ってる神社での出会いがきっかけで、LASは触れてはいけない出来事を土足で踏み込んでしまい、波乱万丈の出来事に巻き込まれる事になる。
しかし、その出会いが幸か不幸か、世界大戦で荒れた世界をひっくり返す事にもなる。それは、鶴谷 修也を含めるLASのメンバーも分からない。
そして、それはまた先の話なのである。




