恐ろしき、夢
夢なので内容は滅茶苦茶です。
『主人公』は、とあるスーパーマーケット……のような建物の中にいる。
恐らくスーパーなのだが、あまりにも雑然としていて、様子がおかしい。
脚立で上の方に登っている主人公が見下ろせば、慌ただしく行き交う人々。
皆焦っているようであった。
どうして主人公は脚立に登っているのか? その答えは目の前の缶詰である。
「……」
棚から、おもむろにフタが開いている缶詰を手に取る。すかさず下にバラ撒く。
下にはゾンビ化した子供たちがいて、大口を開けて食べ物を受け止めた。
そんな行為を済ませて満足がいった主人公は、脚立から下り、遠くの方に目を凝らす。
スーパーの中に寿司屋が存在している。
至極真っ当な光景。
寿司屋から出てきたのは白い服装の板前たち。そう多くはないが。
「……」
あれは、どうやら主人公の仕事仲間のようである。
主人公はこのスーパーで働いているのだ。しかし世界は崩壊しているらしく、今ここは人々の避難所のような扱いになっていた。
普通は客が出入りするであろう出入口は、ガラス張りなのだが外は霧がかかっていて全く見渡すことができない。
恐らくゾンビが徘徊しているのだろう。
「……!」
ピンと閃いた主人公は、今弄っていた棚とは別の商品棚へ向かう。
その高い商品棚には、ずらりと『寿司』たちが並んでいた。
「……っ!」
主人公はそんな巨大な棚に近づき、あろうことかゆっさゆっさと揺らし始めた。
同僚の板前たちの視線を感じる。
とうとう棚は倒れた。轟音とともに寿司たちもグチャグチャに投げ出されて、全てダメになってしまった。
板前たちの方へ振り返る。
怒っている。とても、怒っている。全員揃って主人公を睨んできている。
その目線の冷たさは、まるで包丁で身を切りつけてくるかのように鋭い。
きっと避難してきた人々のために、一生懸命に握ってくれたのだ。
それを主人公は滅茶苦茶にした――ここが彼の運命の分岐点であったとも知らずに。
「……?」
板前たちが踵を返し、寿司屋の中へと戻っていく。恐らく向こう側から鍵を掛けている。
主人公は少し嫌な予感がした。彼らはこのスーパーの従業員なのだ。
スーパーの中を行き交う避難民たちを差し置いて、一体どこへ行く?
大したことは無いだろう、と思われるかもしれないが……
なんと、嫌な予感は的中してしまった。
「え?」
「何?」
「何何?」
避難民たちがざわめく。主人公もまた、辺りを見回すしかなかった。
――煙。
青い煙が天井から『ブシューッ』と、勢い良く噴き出してきたのだ。
それも、ずっと噴射し続けている。止まることがない。
尋常ではない量。フロアは一気に煙で充満してしまうのだが……
「……?」
青い煙とは表現したものの単なる綺麗な青色ではない。
表現方法は難しいのだが、どうにも禍々しいというか、毒々しいというべきか……普通の煙とは何かが違う。
「――ァッ!!」
「!?」
気味の悪いうめき声が、咆哮が、周りから上がり始めた。
見れば、避難民たちが次々と自我を失い、人間とは思えない不気味な挙動になっていく。
間違いない。
ゾンビ化するガスだ……
「っ!! っ!!」
煙で視界も悪い中、パニックが起こり始めるフロアを主人公は駆ける。
寿司屋に近づく。ドアは開かない。
そうか――――わかった。
主人公はわかった。
わかったからこそ、寿司屋から離れてまた走り出す。
振り返った時に眼前に広がっている光景は、最初のパニックからもっと進行した地獄絵図。
ゾンビ化した人々が、鬼ごっこをするには狭すぎるスーパー内で生存者を追い回す。
大規模すぎる鬼ごっこ。鬼の数は現時点で過剰に多く、しかもガスによってどんどん増えていく。
多数で一人の生存者を追いかけ、捕まえてはむしゃむしゃと食い殺す。貪る。
先程も言ったように、逃げ回るには狭すぎるスーパーの中。
どうせ全員がガスでゾンビ化するというのに――感染までが遅いと、早く感染した者たちから無駄に逃げ回らなければならず、捕まれば無駄に痛い思いをして、結局は食い殺されるかゾンビ化する運命なのだ。
「……っ! ……っ!」
走る。走る。主人公は走る。
「っ!!」
「キャアァァァ」
目の前までゾンビが迫ったが、走ってきた生存者の女性が代わりに襲われた。運の悪い人だ。
状況が混沌としすぎていて、自分がもはや何から逃げているのかわからない。
今、前を走っている人。
今、後ろから追いかけてきている人。
今、正面を横切った人。
今、隣を駆け抜けた人。
どれが人間でどれがゾンビなのか、判別できない。
自分も必死に走っているというのに、周りの走っているものが何なのか、検分などしている余裕がない。
止まったら、全方向の内どれかの方向からゾンビに飛びかかられて死ぬだろう。
――主人公はわかっていた。
このガス騒動の犯人は、あの板前たちだ。
つまりは自分の同僚たち。
考えなくたってわかる簡単なことだ。天井からガスを噴射させるなど、設備的にスーパーの関係者でないとできるわけがない。
寿司屋に入って戸締まりをして、安全を確保してから噴射させたというタイミングからしても明らかである。
「っ……! ……っ……!!」
もう息も切れてきたし、荒く息を吸うたびにゾンビ化ガスを肺にたっぷり入れていることを思うと吐きそうだった。
具合が悪くなってきた。何だかダルいし、体が重いし、視界が不明瞭になってきた。足がふらつく。汗がドバドバと止まらない。
あっちこっちで、三体のゾンビに一人の人間という比率で貪っている光景が散見される。
そこからゾンビどもが手を伸ばしてくるのを気合いで躱しつつ、主人公はガラス張りの出入口へ向かう。
辿り着いた。
外がもしゾンビが徘徊する地獄だったとしても、この狭い建物内に広がる大地獄と比べれば、どちらの方がマシかは考えるまでもない。
周囲に無惨に転がる死体など目にも入らない。ドアを開けようとする。
開かな、イ。
ワカッていた。『閉じ込めラれた』と。
「…………」
こんなに死体が転がっていテ、開いてイナい時点でオカシイ。どの生存者たちも、同ジようにして出入口を目指すに決まっテイるのダから。
主人公は、倒れタ。力尽きたのだ。
イヤ?
本当に力尽きたノだろうか?
それすらも……ワカラナカッタ。
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ぼやける視界。
倒れ伏す主人公に、ゾンビたちが大挙して津波のように押し寄せてくる。
不幸なことに、主人公はそのままゾンビ化する……とはいかなかった。
体を食われている。
感覚は薄かったが、自分の腕が引き千切られているのと、血飛沫が見えたような気がした。もちろん自分の血だろうが。
少しして、主人公はゆっくりと立ち上がる。
ゾンビどもは興味を失ったように別の生存者に目をつけていく。
主人公はふらふらと、歩き出した。
恐らく食われかけの体を揺らしながら……
主人公が生前に察したこと。
それは、自分が例の『寿司の棚』を倒して仲間たちの機嫌を損ねなければ――
自分も、彼らと一緒に逃げられたのだろう。
思いつきで妙なイタズラをしてしまったせいで、主人公もガスの対象にされてしまった。
何かの実験なのか、嫌がらせなのか……理由も目的もわからないが。
とにかく、彼は失敗した。それだけは間違いなかった――