表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

機械人間

真夜中、妙な喉の渇きで目が覚めた。枕元のデジタル時計は午前二時を指している。薄ぼんやりとした光を放つ数字を見つめながら、もぞもぞとベッドから抜け出した。夏なのにやけにひんやりとしたフローリングの感触が足の裏に伝わる。

音を立てないように階段を下りると、リビングの明かりがついていた。こんな時間に珍しいな、と思いながら覗き込むと、信じられない光景が目に飛び込んできた。

母と父、そして高校生の兄が、ソファに並んで座っていた。三人とも、いつも見慣れたパジャマ姿だ。だけど、その姿勢が、まるで精密に作られた人形のように完璧に揃っていて、微動だにしない。そして、何よりも異様だったのは、彼らのうなじに、それぞれ延長コードのコンセントが差し込まれていたことだ。

「え……?」

思わず声が出そうになったのを、慌てて手で口を覆って押し殺した。心臓がドクドクと不規則に脈打つ。リビングの薄暗い照明の下、うなじから伸びる黒いコードは、まるで彼らの生命線のように見えた。よく見ると、コンセントが差し込まれている部分の皮膚が、不自然に盛り上がっている。そこから覗くのは、人間の肉ではない、無機質な金属の部品だった。精密に組み合わされた歯車のようなものや、複雑な配線が、脈動する皮膚の下で鈍く光っているように見えた。

呼吸が浅くなる。目の前の光景を理解することができなかった。彼らは眠っているのか、それとも意識があるのか。父の肩が、微かに、規則的に上下しているように見えた。それは呼吸ではない、何か機械的な駆動音のような。母の顔は、いつもと変わらない穏やかな表情をしているのに、その眼は妙に窪んで見えた。兄はヘッドホンをつけたまま、目をつむっている。

恐怖が、全身を硬直させた。一歩も動けない。ただ、その異様な光景を、息をひそめて見つめることしかできなかった。彼らは、人間なのか? 私の家族は、一体いつからこんな姿に?

何分そうしていただろう。永遠にも思える時間が過ぎていった。しかし、彼らがこちらに気づく様子はない。無機質な充電の音が、静かなリビングに響いていた。

私の家族は、一体何なんだろう。

このままリビングにいるのは危険だと、本能が叫んだ。足元を凝視しながら、ゆっくりと、来た道を戻る。一段一段、階段を上がるごとに、心臓の鼓動がますます激しくなる。二階にたどり着き、自室のドアを閉めると、へたり込むように床に座り込んだ。

息を整えながら、先ほどの光景を頭の中で反芻する。うなじに刺さったコンセント。むき出しの機械部品。あれは夢だったのか? 悪夢を見て、それで喉が渇いたのか?

いや、違う。あのコンクリートのひんやりとした感触。リビングの明かり。そして、家族の異様な姿。あまりにも鮮明だ。

翌朝、カーテンの隙間から差し込む光で目を覚ました。寝汗で体がべっとりしている。昨夜の悪夢のような出来事を思い出し、跳ねるようにベッドから飛び起きた。

リビングに降りると、ダイニングテーブルからは香ばしいトーストの匂いが漂ってくる。母がキッチンで朝食の支度をしていて、父は新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。兄はスマホをいじりながら、食パンをかじっていた。いつもの朝の風景だ。何事もなかったかのように、日常がそこにあった。

「あら、花。おはよう。よく眠れた?」

母が優しい声で振り返った。いつもの笑顔だ。昨夜の恐ろしい家族とは、まるで別人だ。しかし、私の心は落ち着かなかった。昨夜の記憶が、まざまざと脳裏に焼き付いている。

私は、恐る恐る家族のうなじに目をやった。父はシャツの襟で隠れている。母は髪をまとめているのでよく見えるはずだ。兄もそうだ。

母のうなじを見た瞬間、私は息をのんだ。そこには、確かにあった。昨夜、コンセントが刺さっていた場所に、薄い線の跡が残っていたのだ。皮膚の色とはわずかに異なる、ほんのわずかな線。髪の毛で隠れるような、注意して見ないと気づかないほどの線だ。だけど、私にははっきりと見えた。まるで、皮膚を縫い合わせたような、あるいは接着したような痕跡。

兄のうなじにも、同様の線がうっすらと見えた。彼は気にすることなく、パンを口に運んでいる。父のうなじは、やはりシャツの襟に隠れていて確認できない。

どうしよう。やっぱり、昨夜のことは夢じゃなかったんだ。うちの家族は、偽物なんだ。ロボット? それとも、サイボーグ?

考えれば考えるほど、頭の中が混乱した。食欲もわかず、トーストを少しだけかじって、無理やり牛乳を胃に流し込んだ。

「ごちそうさま。行ってきます。」

私はほとんど会話をすることなく、家を飛び出した。重い足取りで学校に向かう。通学路には、いつものようにクラスメイトたちが歩いている。みんな、楽しそうに談笑している。だけど、私の目には、彼らがまるで精巧に作られた人形のように見えた。もしかしたら、この世界にいる人間は、私以外みんな、中身が機械なのかもしれない。

そんなことを考えていると、前から歩いてきた友人のミオと目が合った。ミオは満面の笑みで手を振ってくる。

「花! おはよう!」

ミオは明るくて、いつもクラスの中心にいる人気者だ。彼女のうなじには、果たして線があるのだろうか。確かめたい衝動に駆られたが、そんなことをしたら怪しまれる。

「おはよう、ミオ。」

いつも通りの笑顔を返そうとしたが、顔が引きつるのがわかった。

ミオと並んで歩き始めた、その時だった。

「キャー!」

甲高い悲鳴が響き渡った。隣を歩いていたミオが、突然、よろめいたかと思うと、車道に倒れ込んだ。そして、その瞬間、轟音とともに一台のトラックが、ミオの体を巻き込んだ。

「ミオ!」

私は叫んだ。体が震える。何が起きたのか理解するのに数秒かかった。トラックはそのまま走り去っていく。アスファルトの上に、ミオが倒れている。その足が、不自然な方向に折れ曲がっていた。いや、折れ曲がっているだけではない。

ミオの右足が、太もものあたりから千切れて、路上に転がっていた。

吐き気がこみ上げてくる。私は目を背けようとした。しかし、その光景から目が離せなかった。そして、信じられないものを見た。

千切れたミオの足からは、一滴の血も流れていなかった。

アスファルトの上には、血だまり一つない。ただ、千切れた足の断面が、むき出しになっていた。そこには、人間の骨や肉ではなく、複雑に絡み合った金属の配線や、銀色の部品がぎっしりと詰まっていたのだ。まるで、精密に作られた機械人形の内部を覗いているかのようだった。

「あ……」

ミオの口から、か細い声が漏れた。私は恐る恐るミオの方を見た。ミオは、痛がる素振りも見せず、ただ呆然と自分の千切れた足を見つめている。そして、私の目を見て、少しだけ、笑った。

その笑顔は、どこか諦めているような、そして、寂しいような、複雑な表情だった。

ミオは、ゆっくりと、震える手を伸ばした。千切れた足の断面から、小さなネジのような部品を拾い上げた。まるで、それが自分の一部であるかのように、大事そうに握りしめている。

その瞬間、私の頭の中で何かが弾けた。

ミオも、家族も、みんな、人間じゃない。中身は機械だ。私以外の人たちは、みんな、人間じゃないんだ。

そう考えた途端、全身に鳥肌が立った。得体の知れない恐怖が、私を支配する。私は、この世界でたった一人の人間なかもしれない。

逃げなきゃ。ここから、どこか遠くに逃げなきゃ。

私は、ミオを残して、がむしゃらに走り出した。学校とは反対方向へ、ただひたすらに。車のクラクションの音も、周囲の騒音も、何もかもが耳に入らない。ただ、この場所から、この偽物の世界から、逃げ出したかった。

車道の端を走り続けていると、反対車線から猛スピードで走ってくる車があった。私の体は、なぜか動きが鈍かった。避けようとしたが、足が思うように動かない。

次の瞬間、全身に衝撃が走った。

「ぐっ……!」

視界がぐにゃりと歪み、体が宙に投げ出される。アスファルトに叩きつけられ頭を強く打った。

私は、死んだと思った。

だけど、痛みがない。

全身の骨が砕け散ったような衝撃だったはずなのに、痛みを感じない。そして、何よりも、血の匂いがしない。

恐る恐る、体を起こそうとする。左腕が、妙に軽い。感覚がない。

視線を左腕にやった。

私の左腕は、肘から先が、無残にも千切れていた。

アスファルトの上には、私の千切れた腕が転がっている。しかし、そこには、血の一滴も流れていなかった。

腕の断面からは、ミオの足と同じように、複雑に絡み合った配線と、金属の部品が、鈍く光っていた。

ああ。

そうか。

私も、機械だったんだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ