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転生聖女は自殺なされました!  作者: はるじおん
3/3

『第3証言者』


聖女が所属していた、魔王討伐パーティーの1人。

名は、シルキー。

家名は存在しない。乳白色の長髪に、緑色の瞳。かなり小柄な体型である。人界おいては珍しいエルフ族であり、背中から等身の3分の2程度の羽が生えている。

奴隷商人に飼われていたところを、勇者に助けられ、討伐パーティーに加入。以降、献身的にに勇者を支えるようになる。




※以下は、彼女との問答の記録である。



えっと…。は、はじめまして。こんにちは。遠路はるばる、こんな場所にまで御足労い頂き、ありがとうございます。

どうぞ、こちらに座ってください…と言っても、藁を重ねただけなんですが。座り心地悪かったらごめんなさい。


えっと、自己紹介がまだでしたね。

わたしはシルキー。皆様が持っているような家名はありません。エルフだし、元奴隷ですから。

シルキーという名も、実は勇者様からいただいた名前なんです。そんな大層な名前似合わないって言ったんですけど、押し切られちゃって。


ああ、ごめんなさい。わたしの話ばっかり…。

えっと、あなたはミスズさんについて聞きに来たんですよね?

…なぜ知ってる?えっと、オゼワールさんから文が届いたんです。ミカエルさんにも送ったそうなんですが、彼は、その…。数日前に亡くなってしまったので。

ですので、まぁ…はい。大方の事情は把握してします。

わたしが知っていることならなんでもお話しますよ。


《問・ミスズついて》


ミスズさんは、一言で言うなら…とてもいい人、でした。


人界って、ほとんどの種族が人間なんです。だからそれ以外のエルフとかドワーフとかは、結構肩身の狭い思いをしていました。

国王陛下が発布した人界禁忌規定にも、人間の保護は明文されていましたが、それ以外の種族については何も書かれていなかった。わたしたちは、人による保護を受けられなかったのです。


ですから奴隷狩りや、非人道的な人体実験が当たり前のように行われていました。わたしたちは人でない。まるで家畜のような扱いを受けていたのです。

わたしも、例に漏れず奴隷でした。

足には足枷を、首には鋼鉄でできた首枷をつけられ、引っ張られ引きずられ、好き勝手弄ばれる日々。

わたしの飼い主だった人は、わたしを地面に投げつけ、言いました。

「お前は俺の奴隷だ。俺を見下げるな、同じ目線に立つな。常に俺より下にいろ。そうやって、一生這いつくばってな。」


そうか。エルフに生まれ、奴隷となった今、わたしに自由はない。一生この男に虐げられ、最後は無惨な死を遂げるしかないのだろう。

…当時のわたしは、本気でそう思っていました。悲観的過ぎると思いますか?結果的に見れば、もう少し希望を持っても良かったのかもしれません。でもそんなこと考えられないくらい、当時のわたしは絶望していたのです。


勇者様に、解放されるまでは。


わたしが街で鎖に繋がれていた姿を、たまたま勇者様が目撃されたそうです。すぐさまわたしの飼い主と勇者様の話し合いが行われ、わたしは身に余る大金と引き替えに自由を得ました。


初めて勇者様とお話した時、勇者様はわたしを見下ろし、頭を撫でてくれました。

「もう大丈夫だよ。」

その一言でわたしの中の何かが決壊し、大泣きしてしまったことを覚えています。


何か一つでもいい。勇者様に恩返しがしたい。


その一心で、わたしは勇者様の旅に同行したい旨を伝えました。勇者様はすぐに頷いてくださり、魔法使い様も戦士様も、迷いながらも渋々承諾してくれました。

唯一聖女様は強く反対されておりましたが、最終的には勇者様の熱意に押し切られる結果となりました。一悶着ありましたが、こうしてわたしのパーティー参加が決まったのです。


わたしの身体は、エルフの中でも小柄な方です。

ただでさえ小柄なエルフの中でも小さいのだから、人間である皆さんと比べるとその差は歴然。皆さんの腰ほどしかない体でお供をするので、必然的に皆さんから見下される形になります。もちろん、勇者様も例外ではありませんでした。


それでも、ミスズさんは…。

ミスズさんだけは、わたしと同じ目線に立って、きちんと目を見て話してくれました。


どんな些細な会話も、どうでもいい話も。片膝をつき、お召し物が汚れるのも構わず、わたしに笑いかけてくれた。わたしの短い人生の中で、初めてのことでした。


最初はなぜ、そのような面倒なことをなさるのか理解できませんでした。しかし、とある町に立ち寄った時、ヒントを見つけたのです。

子供と目線を合わせ、かがみながら話をする母親。娘を抱き抱え、視線を交わして通じ合う親子。

なぜ?の答えが、ようやくました。

きっと聖女様は、あの時の母親や、父親と同じくらいわたしのことを考えてくれていたのだと思います。

見下ろすんじゃない。同じ目線で、わたしと同じ景色を見て、同じように対等に接しようとしてくれた。遅まきながら、その事実に気づきました。


なんて、なんてお優しい方だろう。まさに聖女に相応しい人格を備えたお方でした。


《問・聖女と勇者の関係について》


そ、れは…。


…。


その表情をを見るに、知っているのですね。

戦士様…ミカエル様とは、もうお話になられたのですか?


そうだったのですね。


勇者様…カイト様も、ミスズ様も、今はもう亡き人。加えてミカエル様も先日、亡くなってしまった。もはや真実を知るのは、わたしだけですか。

なんと虚しいものでしょう。


ミカエル様にお話を伺ったのたらご存知のはずです。


カイト様は、ミスズ様に無体を強いておりました。


嘘でも誇張でもありません。事実、ミスズ様が行為に本当の意味で同意したことは一度もなかった。嫌がるミスズ様を組み敷いて、カイト様は行為に及ばれたのです。


なぜ知っているのか?


初めて勇者様が罪を犯した日。

わたしは、あの場所にいたからです。


ミカエル様のことですから、行為に及んだのは酒の勢いだと思い込んでいることでしょう。確かに、それも一部あるかもしれません。

しかし、たとえ酔っていなくとも、カイト様は変わらなかったと思います。


大前提として、カイト様は勇者。勇者たるもの、決して悪事に手を染めることなどないと、思い込んでいたのでしょう。

わたしを解放してくださったあの日。

カイト様は真っ直ぐな瞳をしていました。以前の飼い主とは真逆の、正義と優しさを宿した目をしていたのです。

ですから、カイト様の人格もさぞ優れたものだろうと、思ってしまった。その思い込みこそ、最大の間違いだったのです。


一緒に旅を続ければ、否が応でもメンバーの人となりが分かってきます。

オゼワール様は楽観的で女好き。ミカエル様はミスズ様に異様に執着している。ミスズ様は、穏やかでとても優しい方。

カイト様は…恐ろしい人、でした。


普段は見た目通りの、気さくで優しい方です。ですがその優しさは、施しを与えることに対しての優越感からくるもの。加えて、ある程度の利益を見越してのことです。見返りを求めない無垢な優しさとは全く異なります。

身も蓋もない言い方をすれば、カイト様は、自分が満足し、優越感を得る為だけに人助けを行ってました。

その証拠…と言ってはなんですが。彼は自分が興味のないもの、助けても利益がないものを見かけたときは、一切動かなかった。目の前を男奴隷が鎖で繋がれながら通り過ぎた時も、彼は素通りでした。むしろ薄汚いものを見る目で敬遠していたくらいです。

きっとわたしを助けたのは、貴重なエルフ族だったこと、女だったことが大きな要因なのでしょう。


では、わたしが彼に与える利益とはなんだろう。


戦闘における貢献?

エルフ族の仲間というブランド?

旅に同行することがカイト様の利益になりうるか?もちろん答えは否です。

カイト様がわたしに求めていたのは…奴隷を解放してやったという優越感。

それと、わたしの身体でした。


エルフ族と人間の違いはご存知でしょうか。

見た目通り、背中に透明の羽があることは一目瞭然です。羽を使えば、多少なりとも空を飛べることも大きな違いと言えます。あと、体も人間と比べると小柄ですね。

しかし、言ってしまえばそれだけです。人間の基本的な身体構造に羽を加え、多少寿命が短くなる。極端にいえば、それがエルフ族。


わたしが何を言いたいか、お分かりいただけたようですね。


そうです。生殖機能、及び生殖器は人間と何ら変わりないんです。ですから、エルフ族と人間とで、交わることも可能です。

実際に数年前、エルフ族の女性が強姦され、子供を身篭ってしまう痛ましい事件がありました。生まれてきた子供はエルフ族、人間とのハーフ。しかしながら、生後数日で衰弱死してしまったようです。

カイト様がこの事件を知っていたのか分かりません。ですが、少なくともわたしをそういう目的で使う気はあったということ。


旅のお供をするようになってから数日経ってからでしょうか。


なぜか、宿に泊まると必ずカイト様と同部屋にされるようになりました。資金の面もありますし、最初は気にしていませんでした。ですが、カイト様がわたしを見る視線に、違和感を感じていたのは事実です。ですが、直接何かされた訳でもないのにいちゃもんをつける気にもなれず、現状に甘んじるしかありませんでした。

1ヶ月が経つと、添い寝を要求されるようになりました。もちろん、わたしとて一般の女として良識はありましたので、最初はお断りしました。

しかし、

「どうして断るの?俺がシルキーを自由にしてあげたのに」

と微笑みながら言われてしまえば、それまでの話です。


同じベットに横になり、眠るだけ…ではありません。しばらく経てば、カイト様の固くゴツゴツした手が、服の中に忍び込んでくる。

最初は手を握られ、そこからなぞる様に二の腕へ。表面をを執拗に撫でられ、時に指でつままれる。一通り満足すると腹をゆっくりとまさぐられます。

へそに指を入れられ、縁をなぞられ、脇腹を堪能すると、手は胸にまで上がってくる。


わたしは仰向けに寝転がったまま、動くことができませんでした。棒のように伸びた身体を縮こまらせることも、やめてと声を出すことも、何も。

息を止め、心を殺し、カイト様が眠りにつくまで待つ。それがわたしにできた精一杯の抵抗です。…今考えれば、抵抗とも呼べませんね。


他人から肌に触れられる感触が気持ち悪かった。生温い体温が触れ、荒くなる息遣いが顔にかかる。怖い、おぞましい、逃げ出してしまいたい。あの時の感情を言葉にまとめるなど、到底できません。


本音を直視してしまえば、わたしはこの陵辱に耐えられない。いつかきっと、壊れてしまう。

だから、必死に自分に言い聞かせました。


身体を触られるくらいどうとでもない。

以前の飼い主ならば、鞭を打ち、馬車馬の如くこき使われるのが日常だった。それに比べ、今はどうだ?カイト様に身体を差し出し、満足させることができればそれで終わる。暖かいご飯も、ふかふかのベットだって用意されている。いつ殺されるかと怯えることもない。

それでいい。それだけでいいじゃないか。

ぎゅっと瞼を閉じれば、暗闇だけが映る。わたしが恐れるものは何も見えない。見えないのだから、無いのと同じだ。肌に染み込んでくる別の体温も、きっと無いのだ。


どれだけわたしが悲鳴を呑み込もうと、等しく朝はやってくる。朝になれば、わたしは晴れて開放される。終わりなき労働よりも、終わりがある行為の方が、はるかにましだ。


自分に暗示をかけ、わたしは旅を続けました。


1晩夜を耐え忍ぶ度、わたし中の何かが叫び、暴れる。心の壁を何度も殴りつけ、もう耐えられないと泣きわめく。

少しずつ、けれど確実に。わたしは壊れていく。


そんなわたしに、ミスズ様は気づいていらしたのだと思います。


決して忘れられない、あの日の夜。

魔人討伐後の宴ということもあって、カイト様もかなりお酒を飲んでおられました。もちろん、他のメンバーの皆さんもです。

しかし酔いつぶれほど飲んでいた訳ではなく、ほろ酔い程度だと思われます。先に潰れてしまったオゼワール様とミカエル様を他の方に任せ、わたしたちは先に宿へと戻りました。

「あー飲みすぎたぁ…。」

と真っ赤になった顔でカイト様はゲップをします。ここまではいつものことで、わたしも慣れておりました。

問題はこれからです。

カイト様のお隣の部屋…ミスズ様のお部屋の電気がついていました。それを横目でちらりと確認し、カイト様はわたしを部屋へと連れ込みます。

きちんと鍵をかけた後。腕を強く引っ張られ、ベットの上に投げ出されました。

「なぁシルキー。そろそろいいよな?」

いいよな?とは何のことなのか。察せないほど、わたしは鈍くはありません。

今までは肌を撫でるだけに留まっていた行為が、先へ進もうとしているのです。それが一体何を意味するのか。理解できたところで、拒絶できる権利などわたしにはない。


はじめに上着が脱がされる。それから身につけていた白のブラウスがビリ、と音をたて破かれました。靴下を乱暴に脱がされ、スカートも呆気なく床へと落ちる。


気づけばわたしが身につけているのは、粗末な下着だけになりました。


ああ、ついにこの時が来てしまった。

覚悟は決まっていたはずなのに、震えが止まりません。恐怖心が喉の奥まで迫り上がって、今にも吐きそうなくらい気持ち悪い。目を閉じて、開けたら朝になっていてくれないだろうか。そんな馬鹿みたいな願望を抱きました。


ゴツゴツした手が胸に触れる。ゆっくりと下着を引っ張って、直接肌に触れようとしてくる。

ゆっくりと、ゆっくりと。まるで愉しむように、わたしの中に入ってくる。


怖い、怖い、気持ち悪い!!!


耐えきれずにぎゅっと目を閉じた瞬間、パチンと部屋の明かりがつきました。


「やめなさい。」

ドアの前に、ミスズ様がいらっしゃいました。

眉間に深く皺を寄せ、汚物を見るかのごとく目でカイト様を睨みつけます。

「ったく…ミスズかよ。今いいとこなんだけど。邪魔しないでくれる?」

カイト様が明らかに不機嫌な様子で舌打ちをします。それでも、ミスズ様は一切怯まずに、真っ直ぐな目で仰いました。

「シルキーが嫌がっていないなら私も止めない。…気づいていないとでも思った?今まであなたがこの子にしてきた仕打ちを。」

「仕打ち?酷い言い方するよなぁ。俺はこいつを助けて、名前までつけたやったんだ。対価を貰うのは当たり前のことだろ?」


お二人の問答はしばらく続きました。

わたしは何も言うことができず、直立の姿勢のまま固まっていました。ミスズ様がチラリとこちらを見て、悲しげに顔を歪めてらっしゃったことは覚えています。

ミスズ様はきつく唇を噛み、大きく深呼吸をしました。

わたしの上に覆いかぶさったカイト様を蹴飛ばし、わたしの手に触れる。と、次の瞬間には、わたしは部屋の外にありました。おそらくですが、ミスズ様が転送魔法で移動させてくださったのだと思います。


そこから先のことは朧気です。

ミスズ様が結界を張られたのでしょう。部屋の中から音は聞こえませんでした。当然窓などある訳もなく、何も知れぬまま時間だけがすぎていく。

ミスズ様が一緒に転送してくださったシーツを体に巻き付けて、わたしは必死に考えました。


ミスズ様は一体どうなってしまわれたのだろう。カイト様は?もし仮に戦闘になってしまったら、ミスズ様に勝機はあるのだろうか。もし、ミスズ様が死んでしまうようなことがあれば、わたしはどうなるのだろう…。いや、さすがのカイト様も仲間を手にかけるようなことはしないはず。

様々な可能性が頭の中を巡って、思考がまとまりません。

せめて中で何が起こっているのか知らなければ。

震える手足を引きずって、何度もドアノブに手をかけました。しかし、ドアを開けることはできなかった。いざ開けようとすると、喉の奥に黒い塊がせりあがってきて、体が動かなくなるのです。唾を飲み込んで必死に誤魔化しても、黒い塊は消えてくれなかった。ミスズ様一大事だというのに、わたしは自分の身を守ることしかできなかった。ミスズ様は、身を呈してわたしをたすけてくれたのに。

結局シーツにくるまったまま動けず、ずっとドアの前に座り込んでいました。


気づけば夜が明け、朝日が射し込みはじめていました。


薄く白み始めた視界に、ようやく朝が来たのかと安堵しました。と同時に、ミスズ様の顔が頭を過ぎります。

ドアノブに手をかければ、結界が解けていることが分かりました。ミスズ様がわざと解いたのか、それとも解けてしまったのか。嫌な汗が背筋を伝っていく感覚に吐き気を催します。しかし、ここから逃げる訳にも、逃げる場所もありません。


最大の勇気を振り絞って…。ある種導かれるように、わたしはドアを開きました。


その時見たの光景を、わたしは未だに忘れられません。


脱ぎ散らかされた衣服に囲まれて、ミスズ様がベットに腰掛けていました。


「……シルキー…。」


ミスズ様虚ろな目でわたしを見ます。


ミスズ様の背後にはグオーといびきをかいてカイト様が眠ってらっしゃいました。ミスズ様の姿で隠されていましたが、おそらく下着はつけていなかったと思います。

ミスズ様は白のワンピースを身につけ、呆然と宙を眺めていました。いつものはつらつとした表情は消え失せ、空虚だけがミスズ様を満たしている。

ほとんど裸の2人に、謎の液体で汚れたベット。部屋中に充満する嗅いだことの無い臭い。憔悴しきったミスズ様の表情。


何が起こったのかなど、考えるまでもありません。


わたしはその場で土下座をし、額を床に擦り付けました。


「ミスズ様!お願いですから、このことは誰にも言わないでください…!」


わたしは我が身可愛さに、とんでもないことを口にしました。


あの時のわたしは、おかしくなってしまっていたのです。

わたしの代わりにミスズ様を犠牲にした罪悪感。

わたしでなくてよかったという安堵。

わたしがミスズ様を身代わりにしたと糾弾されることへの、恐怖。

あまりにも浅はかで、自分勝手な生き物。それがわたしなんだと、改めて突きつけられた。


わたしは怖かった。お前のせいでミスズ様がこんな目にあったんだ!と後ろ指をさされながら生きるのが。カイト様という後ろ盾を失って、また奴隷として生きるのが。

すべてが恐ろしく、おぞましく思えてしまった。だからわたしは、ミスズ様のお気持ちを思うことなく、自分勝手な願いを押し付けたのです。


ミスズ様は何も言わず、虚ろな目で言いました。


「分かってるわ。」


静かに部屋をでるミスズ様に声をかけていれば、何か変わっていたのでしょうか。「助けてくれてありがとう」や、「身代わりにしてごめんなさい」とか、言うべきとは山ほどあったのに。愚かにもわたしは、自身の保身を第1に考え、ミスズ様のこ気持ちなど考えもしなかった。

ほんと、最悪ですね、私。

ですが、今更悔やんだところで、わたしにはどうしようもありません。



あんな恐ろしいことがあったのにもかかわらす、ミスズ様は変わらないままでした。


いつもと同じにこやかな笑みを浮かべ、誰にでも平等に接する。まさに聖女となるために生まれてきたようなお人のまま。笑顔という仮面は鉄壁の要塞のように固く、あの時の出来事がわたしの夢物語だったのではと疑うほどでした。


わたしは安堵しました。

ミスズ様はわたしと違って、あれしきのことです挫けたりしないのだ。私と違って強いお方なのだから、きっと大丈夫なんだ。そう自分に言い聞かせ、罪の意識から逃げるように旅を続けました。


しかし、そんなものは所詮幻想です。


ミスズ様は少しづつ、しかし確実に、狂ってしまわれていたのです。


わたしが初めて本当のミスズ様に気づいたのは、旅の最後。

魔王討伐、まさにその時でした。


──────もう、お気づきですか?


そうです。カイト様は、魔王によって殺させたのではありません。


ミスズ様が殺したのです。


正確には、ミスズ様が合図を出して、それに従ったミカエル様がトドメを刺されました。


あの時、ミスズ様が何を思い、何を感じ、なぜそのような行為に及ばれたのか、わたしに予測はできても、理解するのは困難でしょう。ミスズ様の苦悩はミスズ様だけのものであり、赤の他人であるわたしに、分かるはずもありません。


それでも、唯一言えるのなら。


ミスズ様は、わたしたちが思っているほど、完全な人間ではなかった。

笑って、泣いて、傷ついて、喜ぶ。たったそれだけの、普通の女の子でした。


そんな簡単なことにすら気がつくことができなかった。全ては、か弱い少女の悲痛の叫びを見逃してきた…いえ、目を逸らし続けてきた、わたしたちの責任です。


わたしから話せることはこれだけです。


…すみません。今の主人が呼んでいるので、わたしはこれで。


…そんなに憐れまないでください。今は…カイト様に拾われる前のわたしに戻っただけです。元々、勇者パーティの一員なんて、わたしには不相応だったんですよ。奴隷は奴隷らしくこき使われていればいいんです。分不相応に大きなものを求めようとしたから、悲劇が起こった。もうあんな思いはうんざりです。


では、さようなら。



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