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 甘野さんは、いつも出勤時間が早い。家が遠いから、多分相当早く家を出ているのだろう。

 金曜日のことを話すなら、人のいないところの方が良いと思って、俺もいつもより時間を早め、家を出た。

 この時間帯の電車は、少し空いていたので座ることができた。

 甘野さんの乗る電車は分かるけど、時間は分からない。ここでずっと待っていても、すれ違う可能性がある。会社の前で、待っておこうかな。

 そう思って、会社まで向かった。

「……! 鬼塚っ」

 俺の名前を呼ぶ女性がいた。

「甘野さん」

 どうやら、俺のことを待っていたらしい。

 普通の声量で話ができる距離まで近づいた時、甘野さんは深々と頭を下げた。

「本当に、ごめん……迷惑かけて……!」

 甘野さんは、全然頭を上げようとしてくれない。まぁ、恥ずかしいんだろうな。

「大丈夫ですよ。メモにも書きましたけど、楽しかったのは本当です。良かったら、また誘ってください」

 そう言うと、甘野さんは頭を上げ、安堵の表情を浮かべていた。

「本当? ……あと、これ。ジャケット、ありがとう」

 綺麗な紙袋に入っていた。それに、洗ってあるし……アイロンまで。

「ありがとうございます、わざわざ……」

 だいぶ、気にしてるのかな。それか、記憶ないとか。

「あの、私あんまり覚えてなくて……なんか変なこと言ってない?」

 上目遣いで、俺を見つめた。

 変なこと……。

「いや、何もないです。普通に仕事の話とかですよ」

 思い出したあの言葉と、少し喜ぶ自分の気持ちを押し殺す。

「本当? 良かったぁ」

 『いつも怒ってごめん』『私のこと嫌い?』……昨日の情景が、脳にチラつく。

 何だ、覚えてないのか。

 残念だと思ってしまった。

 いつもと違う甘野さんが無かったことになってしまうのが、少し嫌だった。

 そんな子供みたいなことを思う自分が恥ずかしくなった。

「えっ、大丈夫よね!?」

 黙って考え込む俺を見て不安になったのか、甘野さんは慌ててそう聞く。

「大丈夫です……」

 甘野さんの不安は消えないようで、まだ疑っている。

 きっと、思い出してしまったら、甘野さんは会社を辞めるレベルで恥ずかしがりそうだ。

 話を逸らすようにして、ずっと言いたかったことを言った。

「あの、プライベートの連絡先教えてくれませんか?」

「もっ、もちろんっ!」

 表情が、一気にぱぁっと明るくなった。

 ご機嫌な甘野さんが出したコードを読み込んで、友達追加する。

「ありがとうございます」

「こちらこそ。……あ、鬼塚って下の名前って栞、だっけ」

 メールの名前を下の名前にしているからだろう。

 そんなに珍しい名前ではないけど……でもなぜか、甘野さんは興味を示している。俺のアイコン画面を眺め、楽しそうだ。

「はい。甘野さんも、下の名前にしてるんですね」

 優輝、と書かれた画面が俺のスマホに映る。

甘野優輝さん。その名前は、甘野さんにとても合っていると思う。

鬼上司ではあるが、部下へのフォローも手厚い。優しくて、仕事ができる。みんなの憧れの的だ。……鬼上司だけど。

「そろそろ、入ろっか」

 スマホをしまい、各々鞄から社員証を出す。

 時間が早いので、廊下には人がほとんどいない。甘野さんはいつもこの時間に来ているから見慣れているんだろうけど、俺からしたら珍しい光景だ。

「私、ちょっと打ち合わせの相談あって……」

「分かりました。また後で」

「うん。今日も頑張ろうね!」

 甘野さんと話して始まる朝は、新鮮だった。

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