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と、結局いつもの介抱係だ。
「どうすっかなぁ……」
混んできたお店から出て、とりあえず近くの公園のベンチまで甘野さんを運んだ。
風邪を引いたら大変だから、一応俺のジャケットを掛けている。
一定のリズムで寝息を立て、気持ちよさそうに寝ている甘野さんは一向に起きる気配はなさそうだ。
「甘野さん」
少し体を揺らしても、起きてくれない。少し「ん」と声を出したと思っても、また落ち着いて表情が甘いものに戻る。
家の場所を本人から聞き出すのは無理そうだ。
「甘野さん、すみません……!」
意味のない謝罪をして、甘野さんの鞄から住所か分かるものを探す。入っていたベージュの財布の中に身分証が入っており、住所が分かった。
通りかかったタクシーを止め、また甘野さんを持ち上げ、タクシーに乗せた。
「ここまでお願いします」
運転手に住所を言い、甘野さんの小さな頭を俺の肩に寄せた。
こんなことしても、甘野さんは起きてくれない。
「……はぁ」
隣には、俺のジャケットを羽織り、肩に寄りかかり、無防備に眠る甘野さんがいる。
急展開が、過ぎる。
せめて、もう少し。スピードを落としてくれ。
「鍵は……」
甘野さんの家らしいマンションに着き、鞄から鍵を取り出した。
「823号室……」
勝手に女性の部屋に入るのは気が引ける。ベッドまで運んだら、すぐに出よう。
白で統一されたシンプルな部屋。甘野さんを起こさないよう、最低限の照明だけ付けて、奥の寝室まで運び、ベッドに甘野さんをそっと置いた。
ベッド横の小さいテーブルに、メモを残した。起きて、急に自分の部屋に居たら驚くだろうし。記憶がない可能性も大いにある。
説明を簡潔に書き、俺は部屋を後にした。
甘野さんの家は言っていた通り遠く、自宅に着くまでにだいぶ時間が掛かった。
彼女が酔う前に、プライベートの連絡先を聞いておけば良かったと、また後悔した。
「あ、ジャケット忘れた……」
甘野さんに羽織らせたままなことを思い出したが、まぁ彼女も気付くだろう。月曜日に持ってきてくれることを想定して、特に気にしなかった。
「ん……」
毎朝6時に設定しているアラームで目が覚めた。
いつもカーテンから差し込んでくる日差しが、今日はなかった。
なぜか頭がぼーっとして、ずきずきして、変な感じだ。
「昨日って……」
確か、鬼塚を飲みに誘って、お気に入りのお店に行って、それから……?
そこから……の記憶がない。
お酒、弱いから我慢しようと思ってたのに。格好悪くて言えなかった。
ふと、サイドテーブルに目を向けると、1枚の紙が置いてあった。
『甘野さん、相当酔っていたみたいなので、家まで送りました。勝手に入ってすみません。飲み、とても楽しかったです。誘ってくださってありがとうございました。また月曜日に話しましょう。 鬼塚』
丁寧な字で書かれたその文章。最後には、鬼塚とある。
と、いうことは。
なぜか羽織っている男物の紺色のジャケットの持ち主も、この家のベッドまで運んでくれたのも、このメモを残してくれたのも。
「鬼、塚……?」
顔から火が出そうなくらい、恥ずかしい。部下に酔ったところを見られて、しかも介抱されるなんて。
鬼塚って本当、優しいな。
酔っていて記憶がないから、余計に心配になる。それも含めて、鬼塚は月曜日に話そうと言ってくれているんだ。
「月曜日、目合わせられるかな……」
私の不安は消えないまま、貴重な休日の時間は過ぎていく。
何度記憶を遡っても、誰もあの時の私と鬼塚のことは教えてくれなかった。