リリアのわくわく市場調査日記
ケンタさんがリンドブルムに来てから、
私の日常は、少しずつ、
でも確実に変わり始めていた。
あの、ボロ小屋同然だった場所に、
『ドラゴン便』の看板が誇らしげに掲げられて。
そして、瑠璃色の鱗を持つ、
息をのむほど美しいドラゴン・リュウガさんが、
ケンタさんの秘密の相棒として、
大空を自由に駆けていく。
その光景は、
まだリンドブルムのほんの一握りの人しか知らない、
私たちだけの秘密。
でも、私はその最初の目撃者で、
ケンタさんの最初の協力者の一人。
それが、なんだかとても誇らしかった。
「リリアさん、いつもありがとう。
集荷ポイントの管理も、お客さんへの対応も、
本当に助かってるよ」
ある日の午後、
配達から戻ってきたケンタさんが、
いつものように優しい笑顔で私に言った。
リュウガさんは、小屋の裏手の森で、
大きなあくびをしているのが見えた。
なんだか、大きな猫みたいで可愛らしい。
「いえ、私にできることなんて、
これくらいですから。
ケンタさんとリュウガさんこそ、
毎日大変でしょう?」
「はは、まあね。
でも、やりがいはあるよ。
この世界の荷物の流れは、
まだまだ改善できることが山ほどあるって、
毎日実感してるから」
そう言って、ケンタさんは少し遠くを見るような目をした。
その瞳の奥には、きっと、
私には想像もつかないような、
壮大な荷物を運ぶための道筋や仕組みの構想が広がっているのだろう。
ケンタさんの見ている未来を、
私も少しだけ覗いてみたい、なんて思ってしまう。
「そうだ、リリアさん」
ケンタさんが、ふと思い出したように言った。
「もしよかったら、今度、
リンドブルムの中央市場や、
近隣の村の市場の様子を見てきてくれないかな?」
「え?」
「薬屋の娘さんであるリリアさんの視点で、
人々がどんなことに困っているのか、
どんな物が必要とされているのか、
あるいは『もっとこうなれば便利なのに』って思うようなことがないか、
調べてみてくれるとすごく助かるんだ」
「市場調査…ですか?」
聞き慣れない言葉に、私は首を傾げた。
なんだか、難しそう…。
「うん。
例えば、物がどこから来てどこへ行くのか、
その物の動きを『物流』って言うんだけど、
その動きがスムーズじゃないと、
物が手に入りにくかったり、
値段が高くなったりするんだ。
人々が本当に欲しいと思っている物――つまり『求められている物』と、
実際に手に入る物――つまり『届けられる物』の間に、
ズレがないかを知りたいんだよ」
ケンタさんは、難しい言葉を使いながらも、
私に分かるように、
一つ一つ丁寧に説明してくれた。
その真剣な眼差しを見ていると、
私の心も、なんだかドキドキしてくる。
「それに、お客さんが何に満足して、
何に不満を感じるか…
つまり『お客さんの気持ち』を知ることも、
僕たちの『ドラゴン便』をもっと良くするためには
すごく大事なんだ」
「求められている物と、届けられる物…お客さんの気持ち…」
私はケンタさんの言葉を、
そっと胸の中で反芻する。
なんだか、すごく大切なことを教えてもらっている気がした。
ケンタさんの役に立てるなら、やってみたい。
ううん、絶対にやり遂げたい!
「はい!
私でよければ、ぜひ!」
私は、少し上ずった声で答えた。
「ありがとう、リリアさん!
無理のない範囲でお願いね。
リリアさんが見聞きしたこと、感じたことが、
新しいサービスのヒントになるかもしれないから」
ケンタさんの期待のこもった眼差しに、
私の胸は、ちょっぴり、でも確かに高鳴った。
ケンタさんの役に立てる。
そのことが、こんなにも嬉しいなんて。
次の日、私はいつもより少し早く薬屋の店番を終え、
小さな革のポシェットに必要なものを詰めた。
メモ用の羊皮紙の切れ端と、お気に入りの炭筆。
それから、お母さんが作ってくれた干し肉と、
木の実がたくさん入ったパン。
準備は万端だ。
リュウガさんは、ケンタさんと一緒に
早朝から遠方への配達に出かけている。
今日は、私一人での市場調査。
少し緊張するけど、頑張らなくちゃ!
リンドブルムの中央市場は、
街の心臓部と言ってもいいほど、
いつも活気に満ち溢れていた。
石畳の広場には、
所狭しと露店が立ち並び、
威勢の良い売り声や、
客たちの賑やかな話し声が、
まるで波のように押し寄せてくる。
色とりどりの野菜や果物。
焼きたてのパンの、香ばしくて甘い匂い。
遠い国から来たらしい、
香辛料の刺激的でエキゾチックな香り。
そして、家畜たちの、ちょっと懐かしい匂い…。
五感を刺激する様々なものが混じり合い、
市場全体が一つの大きな生き物のように、
力強く躍動していた。
「わぁ…!」
普段は薬屋と家の往復がほとんどの私にとって、
市場のこの熱気は、少し圧倒されてしまう。
でも、それと同時に、
胸がわくわくするのを、確かに感じた。
ケンタさんに頼まれた、初めての市場調査。
しっかりやらなくちゃ!
私はまず、薬屋の娘として馴染みのある、
薬草やポーションを扱う露店が並ぶ一角へ向かった。
「こんにちは、マルタさん!
今日も良い薬草がたくさん並んでいますね!」
顔なじみの薬草売りのマルタおばさんに声をかける。
彼女は、ふくよかな体つきに、
いつも人の良さそうな笑顔を浮かべている、
この市場の古株だ。
「あら、リリアちゃんじゃないの。
今日は店番じゃないのかい?
お父さんは元気かい?」
「はい、今日はちょっとお使いで。
父も元気です、ありがとうございます。
マルタさんのところは、
いつも珍しい薬草がありますけど、
仕入れは大変じゃないですか?」
ケンタさんの言葉を思い出し、
それとなく、でも自然な感じで尋ねてみる。
ドキドキする。
マルタさんは、ふぅ、と大きなため息をついた。
その顔には、いつもの笑顔が少しだけ曇っている。
「大変なんてもんじゃないよ、リリアちゃん。
この『月光草』なんて、
隣の隣の山脈まで行かないと採れないんだから。
馬車で往復するだけで何日もかかるし、
途中でゴブリンに襲われる危険だってある。
だから、どうしても値段が高くなっちまうんだよ。
お客さんには申し訳ないんだけどねぇ」
マルタさんが指差した月光草は、
暗闇で淡く光るという、とても珍しい薬草だ。
夜間の作業をする職人さんたちには人気があるけれど、
確かに値段は他の薬草の倍以上した。
私も、お店で扱う時にはいつも値段に驚いてしまう。
「それにね、この『太陽の実』みたいに、
特定の時期にしか採れないものもあるだろ?
遠くの街じゃ高く売れるって聞くんだけど、
ここまで運んでくる間に傷んじまうことも多くてねぇ。
もっと早く、安全に運べたら、
私たちも、お客さんも、みんな助かるんだけど…」
マルタさんの言葉は、
まさにケンタさんが言っていた「荷物の流れの課題」そのものだった。
遠くの物を運ぶ時間と危険。
そして、鮮度が大切な品物の輸送の難しさ。
私は羊皮紙に、
「月光草、運ぶのが大変で高い」
「太陽の実、新鮮さが大事だけど運ぶ間にダメになりやすい」
と、ケンタさんが見ても分かるように、
丁寧に書き留めた。
次に足を運んだのは、
野菜や果物を売る農家の人たちが集まるエリアだ。
色鮮やかな野菜が、まるで宝石みたいに山と積まれ、
見ているだけで心が弾む。
「こんにちは!
このカボチャ、すごく大きいですね!
ツヤツヤしていて、美味しそうです!」
笑顔が素敵な農家のおばさんに話しかけると、
彼女は「あら、薬屋のリリアちゃん!」と
嬉しそうに顔をほころばせた。
「ああ、リリアちゃんかい。
そうだろう? 今年はカボチャが大豊作でねぇ。
嬉しいんだけど、ちと困ってもいるのさ」
「困ってるんですか?
こんなに立派なカボチャなのに?」
「うん。たくさん採れすぎちまって、
この市場じゃ安くなっちゃってね。
隣町の市場ならもう少し高く売れるって聞くんだけど、
あそこまで、この重いカボチャを運ぶ手間と時間を考えると、
結局儲けが出ないんだよ。
ああ、このカボチャたちが、
空でも飛んで、高く買ってくれる人のところに
ひょいっと届けられたらねぇ…」
おばさんは、大きなカボチャを優しく撫でながら、
冗談めかして、でも少し寂しそうに笑った。
「豊作貧乏」…
ケンタさんがそんな言葉を言っていたのを思い出す。
良いものがたくさんあっても、
それを本当に必要としている人の元へ、
良い時に届けられなければ、
その価値は下がってしまう。
これも、荷物の流れの問題なんだ。
私は「カボチャ、たくさん採れても運ぶのが大変で農家の人が困ってる。もっと色々な場所に売れたらいいのに」とメモした。
市場を歩いていると、ふと、
陶器を売る店の前で、
店主のおじさんが大きなため息をつきながら
頭を抱えているのが目に入った。
いつもは威勢のいいおじさんなのに、どうしたんだろう。
「どうしたんですか、旦那さん?
何かあったんですか?」
「ああ、リリアちゃんか…。
いやね、さっき荷馬車が石畳の段差で大きく揺れて、
積み荷の壺がいくつか割れちまったんだよ。
丁寧に藁で包んで、大事に運んできたつもりだったんだがねぇ…」
店主は、足元に散らばった陶器の破片を、
本当に悲しそうに見つめている。
一つ一つ、心を込めて作られたものだろうに…。
「壊れやすいものは、運ぶのが本当に大変でね。
もっとこう、衝撃を和らげるような、
特別な運び方でもあればいいんだが…。
それか、絶対に揺れない馬車とかね」
おじさんは力なく笑った。
ケンタさんが言っていた「丁寧な荷物の扱い」の重要性を、
改めて実感した。
ただ運ぶだけじゃなく、
荷物を安全に、大切に届けるための工夫。
それも、荷物を運ぶということの大事な要素なんだ。
私は「陶器、割れやすい、包み方や運び方の工夫が必要」と、
少し専門的な言葉も思い出しながら書き加えた。
あっという間にお昼の時間になった。
市場の隅にある、大きな木陰のベンチに座り、
持ってきたパンをかじりながら、
今日の発見を羊皮紙のメモにまとめる。
「月光草は遠くから運ぶのが大変で高い…」
「太陽の実は新鮮さが大事だけど、運ぶ間に傷んでしまう…」
「カボチャはたくさん採れても、運べないと農家の人が困ってしまう…」
「陶器は丁寧に運ばないと割れてしまう…」
一つ一つの困りごとは、
もしかしたら小さなことなのかもしれない。
でも、それが積み重なって、
リンドブルムの人々の生活に、
確かに影響を与えている。
ケンタさんが言っていた「物流は血脈」…荷物の流れは体の血の流れと同じという言葉の意味が、
ほんの少しだけ、分かったような気がした。
この血の流れが、もっともっとスムーズに、
よどみなく流れるようになれば、
きっとみんなの生活は、
もっともっと豊かになるはずだ。
「よし、午後はもう少し足を延ばしてみようかな」
私は残りのパンを頬張り、
ポシェットを肩にかけ直した。
ケンタさんの役に立てるかもしれないと思うと、
なんだか、どこからか新しい力が湧いてくるみたい。
リンドブルム中央市場での調査を終えた私は、
ケンタさんに報告する前に、
もう一ヶ所、足を延ばしてみることにした。
以前、ケンタさんが初めて『ドラゴン便』
(当時はまだ『ケンタ運送』だったけど)の依頼で
薬草を届けた、隣の『せせらぎの村』だ。
あそこなら、リンドブルムとはまた違った発見が
あるかもしれない。
そう思うと、なんだか胸がドキドキしてきた。
幸い、今日はバルガスさんの牧場へ行く日だったので、
ケンタさんとリュウガさんに便乗させてもらうことができた。
もちろん、村の手前の森で降ろしてもらい、
そこからは一人で歩いて向かう。
リュウガさんのことは、まだ絶対に秘密だから。
この秘密を共有していることが、
私とケンタさんの間を、
少しだけ特別なものにしてくれているような気がして、
ちょっぴり嬉しかったりもする。
「リリアさん、本当に一人で大丈夫かい?
無理しないで、何かあったらすぐにこの笛を鳴らすんだよ」
森の中で、ケンタさんが心配そうに
私に小さな笛を手渡してくれた。
ギドさんが作ってくれた、
リュウガさんを呼ぶための特別な笛だ。
ケンタさんの大きな手が、私の手に触れた時、
ドキッとしてしまったのは、内緒だ。
「はい、大丈夫です!
ありがとうございます、ケンタさん!」
その心遣いが嬉しくて、私は笑顔で頷いた。
ケンタさんは、いつも優しい。
せせらぎの村は、その名の通り、
村の中を美しい小川が流れる、
のどかで小さな村だった。
リンドブルムのような大きな市場はないけれど、
村の広場には数軒の露店が並び、
村人たちがのんびりと買い物を楽しんでいる。
時間がゆっくりと流れているような、
心地よい場所だ。
「こんにちは!
美味しそうな蜂蜜ですね!
キラキラしていて、宝石みたいです!」
私は、琥珀色に輝く蜂蜜を並べていた、
優しそうなおじいさんに話しかけた。
お日様の光を浴びて、本当に綺麗だった。
「おお、嬢ちゃん、リンドブルムから来たのかい?
これは、この村の森で採れた自慢の百花蜜だよ。
リンドブルムの市場じゃ、
なかなかお目にかかれないだろう?
味も香りも、わしの一番の自慢さ」
おじいさんは、試食させてくれた蜂蜜の甘さのように、
にこやかに言った。
本当に濃厚で、色々な花の香りが口いっぱいに広がって、
思わず笑顔になってしまうほど美味しい蜂蜜だった。
「こんなに美味しい蜂蜜、
リンドブルムでも売ったら、
きっとすぐに人気が出るんじゃないですか?」
「はっはっは、そうかねぇ。
リリアちゃんみたいな可愛い子にそう言ってもらえると嬉しいのう。
でも、わしらみたいな年寄りには、
あんな遠くまで、この重い瓶を運ぶのは骨が折れてのぉ。
途中で瓶が割れたりしたら目も当てられんし、
馬車を雇う金も、そうそうあるわけじゃないからのう」
おじいさんは、少し寂しそうに、
でも優しく笑った。
ここにも、荷物を運ぶことの難しさがある。
こんなに素敵なものが、
それを知らない人に届けられないなんて、
やっぱりもったいない。
私は「せせらぎの村、特産蜂蜜、美味、瓶物、運ぶ手段がない、売り手がご高齢」と、
思いつくままにメモを取った。
次に目に留まったのは、
素朴だけど温かみのある木工品を並べたお店だった。
動物をかたどった小さな人形や、
美しい木目の器。
一つ一つ、丁寧に作られているのが伝わってくる。
「これは、この村の木で作っているのかしら?」
店番をしていた、私と同じくらいの歳の若い女性に尋ねると、
彼女は少し顔を赤らめながら、恥ずかしそうに頷いた。
「はい…。
父が趣味で作っているんです。
リンドブルムの商人さんが、
たまに買い付けに来てくれることもあるんですけど、
なかなかたくさんは運べないみたいで…。
本当は、もっとたくさんの人に見てもらえたら、
父も喜ぶと思うんですけど…」
彼女の作る木工品は、
本当に丁寧で、心がこもっているのが伝わってくる。
リンドブルムの大きな市場なら、
もっとたくさんの人の目に触れる機会があるはずなのに。
こんな素敵なものが、
この小さな村だけで埋もれてしまうのは、
本当にもったいないな、と思った。
私は「木工品、高品質、一度に運べる量が少ない、売る場所が限られている」と書き留めた。
村の小さな雑貨屋にも立ち寄ってみた。
そこには、リンドブルムの市場でよく見かける日用品や
食料品が並んでいたが、
どれも値段が少し高い気がした。
これはどうしてなんだろう?
「この塩、リンドブルムで買うより少し高いんですね」
思い切って、少し強面の店主に尋ねてみると、
彼は意外にも困ったような顔で言った。
「ああ、仕方ないんだよ、嬢ちゃん。
ここまで運んでくるのに、手間も時間もかかるからねぇ。
リンドブルムの運送ギルドに頼むと、
運賃も馬鹿にならないし、
いつ届くかも分からないときたもんだ。
もっと安く、たくさんの品物を一度に仕入れられたら、
村のみんなも助かるんだが…
そうすりゃ、もう少し安く売ってやれるんだがねぇ」
ここでもまた、荷物の流れの課題だ。
物が届きにくい場所では、
どうしても値段が高くなってしまう。
それは、そこに住む人々の生活に、
直接、重くのしかかってくる。
私は「日用品、値段が高い、運ぶためのお金が高いのが原因」とメモした。
ふと、村の広場の隅で、
数人の子供たちが集まって、
何やら真剣な顔で話し込んでいるのが聞こえた。
何をしているのかな?
「ねえ、リンドブルムには『絵物語の本』が
たくさんあるんだって!」
「えー、いいなぁ!
この村には、おじいちゃんが読んでくれた
古いお話の本しかないもん…」
「いつかリンドブルムに行って、
新しい絵物語の本、いっぱい読んでみたいなあ…」
子供たちの、純粋で切実な会話に、私はハッとした。
そうだ、物だけじゃない。
本や情報だって、荷物の流れが滞れば届きにくくなる。
子供たちの知的好奇心を満たす機会も、
新しい世界に触れる喜びも、
奪われてしまうのかもしれない。
それは、とても悲しいことだ。
せせらぎの村での市場調査は、
リンドブルムとはまた違った、
たくさんの「困りごと」と「あったらいいな」を
私に教えてくれた。
特産品はあるけれど、
それを遠くへ運ぶ手段がない。
必要なものはあるけれど、
手に入れるためには高いお金を払わなければならない。
そして、新しい情報や文化に触れる機会も限られている。
帰り道、再びケンタさんとリュウガさんと合流し、
リンドブルムへの空の旅を共にしながら、
私は今日一日の発見をケンタさんに報告した。
少し緊張したけれど、一生懸命伝えた。
「…というわけで、せせらぎの村の人たちも、
色々なことで困っているみたいなんです。
蜂蜜や木工品はとても素敵なのに、
リンドブルムまで運ぶのが大変で…
子供たちも、新しい本を読みたがっていて…」
私の拙い報告を、
ケンタさんは、うん、うんと、
とても真剣に聞いてくれた。
その優しい眼差しが、なんだかとても嬉しかった。
「なるほどな…。
リリアさんの調査のおかげで、
色々なことが見えてきたよ。
本当にありがとう。
リリアさんは、もう立派な『ドラゴン便』の一員だね」
ケンタさんは、私の頭を優しく撫でてくれた。
その手が、とても大きくて、温かくて、
私はなんだか胸がいっぱいになって、
顔が熱くなってしまうのを感じた。
ケンタさんに褒められると、こんなにも嬉しいんだ…。
「ケンタさん、私、今日、市場を回ってみて思ったんです」
私は、夕焼けの空の色を映して
キラキラと輝くリュウガさんの鱗を見つめながら言った。
この美しい景色を、ケンタさんと一緒に見ていることが、
なんだか不思議で、でもとても幸せだった。
「荷物を運ぶっていうのは、
ただ物を運ぶだけじゃないんですね。
人の想いとか、生活とか、夢とか…
そういう、目には見えない大切なものも
一緒に運んでいるんだなって」
「…ああ、そうかもしれないな」
ケンタさんは、少し驚いたような顔をしたが、
すぐに、いつもの優しい笑顔で頷いてくれた。
その笑顔を見ると、私の心もポカポカと温かくなる。
リンドブルムの街の灯りが、
眼下に広がってきた。
今日の市場調査は、私にとって、
とても大きな、大切な一歩になった気がする。
ケンタさんの役に立てたかもしれないという喜びと、
この世界の荷物の流れについて、
もっともっと知りたいという好奇心。
そして、私も『ドラゴン便』の一員として、
何かできることがあるかもしれないという、
小さな、でも確かな希望。
私のわくわく市場調査日記は、
まだ始まったばかりだ。
これからも、ケンタさんと一緒に、
この世界の新しい可能性を、
たくさんたくさん見つけていきたいな。
そんなことを考えながら、
私はリュウガさんの温かい背中に、
そっと頬を寄せた。
風が、優しく私の髪を撫でていった。