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 ソフィアが双子を追って、護衛もつけずに城を出たと知らせが入ったのは、辺境伯とエリックが執務室で行方不明事件についての報告を確認している時だった。


 現在町で起きているその事件は、誘拐が疑われていた。

 幼い子どもばかりが何人もいなくなっており、家出とは考えにくい。また、町の子どもたちに話を聞いても、何か隠している様子が見られる。そして町外れの国境近くの森で、不法入国者と思われる怪しい人物までもが目撃されていた。


 そんなタイミングで、ソフィアと双子が出て行ったと耳にしたのだ。

 辺境伯の指示を待たず、エリックは執務室を後にした。


 何故だかとても嫌な予感がした。

 つい先程まで話していた例の森に、向かわずにはいられなかった。



 そして急いで辿り着いた森で目にしたのは、双子を追ってソフィアが木々の間に消えていく姿だった。

 その先には、不法入国者と思われる罪人──もしかしたら、誘拐事件の犯人がいるかもしれないのに、だ。



 三人とエリックの間には、かなりの距離があった。森の奥へ消えた彼女たちを既に見失っており、すぐに追っても簡単に見つかるとも思えない。

 エリックは無理に深追いすることよりも、この辺りを巡回しているはずの騎士たちに知らせることを選んだ。


 けれど──。

 


 三人を見つけたあの時、双子を必要以上に強い口調で責め立てたのは、実のところエリックの八つ当たりだった。


 あの場でのエリックの立ち回りは、文句のつけようがないというのが皆の評価である。しかし、エリックは違う。

 結果的に双子とソフィアは騎士団によってなんとか助け出されたわけだが、双子は怪我を負った。もしあと少し遅ければ、ソフィアも危なかっただろう。


 彼女たちから目を離して助けを呼びに行っている間、エリックは生きた心地がしなかった。

 今こうしている間にも、ソフィアは危ない目にあっているかもしれない。自分も後をつけた方が良かったのではないか。あの先にどんな相手がいようとも、自らの手で取り押さえられるほど、剣の腕に自信があれば──。


 そんなことばかりを考えて自身のことを、婚約者も守れない、敵を前に逃げ出した臆病者だと感じた。


 そんな後ろめたさや苛立ちを、思わず双子にぶつけてしまったのだ。本当に大人げなかった。



 双子はまだ幼く無鉄砲で、生意気な向こう見ずではあるが、常にまっすぐで一生懸命だ。

 厳しく批判したエリックにも、後からきちんと謝罪をしに来た。自分たちに非があると認め、ソフィアはもちろん、辺境伯や辺境騎士団にも謝りに行ったと聞く。


 そんな双子たちを、子どもだからと、もう軽んじることは出来ない。エリックは双子を見込んで頼むことにした──いや、正確には命令した。


「お前たちの剣の特訓に、僕も混ぜろ」


 双子は驚いていたが、随分と嬉しそうに承諾した。そして共に訓練に励むようになった。たまに、先生面をして偉そうに指導をしてくるところは腹が立つが。


 どうにもプライドが高いエリックは、その腹いせのように、双子の無知をことあるごとに馬鹿にしてやった。

 実際、双子は貴族としての教育を満足に受けておらず、年齢の割に全く教養が足りていない。

 

「お前たち、こんなことも知らないのか。五歳児の方が賢いな」


というエリックの煽り文句は、双子の闘争心に火をつけた。負けず嫌いな双子は、真剣に勉強に取り組むようになったらしく、辺境伯とソフィアにいたく感謝された。



 領地経営の補佐も広範囲に及ぶようになり、エリックは順調に辺境の地での信頼を得ていった。

 もちろんソフィアと過ごす時間も大切にしており、会話の量も増えている。二人の仲は、徐々に深まっている、とエリックは思っている。



 

 そんな折に、王都より客が訪れた。

 エリックの兄で第一王子、アレクシスである。


 早馬にて連絡はあったものの、数刻後にはエリックと二人で話をさせてほしいとの突然の申し出だった。

 思うところは色々あるエリックだったが、訪ねて来られて追い返すわけにもいかず、応接室にてアレクシスを迎えた。



 久しぶりに会うアレクシスは、相変わらず堂々としている。兄弟でありながらも、王族の威厳とはこういうものか、とエリックはいつも思う。漆黒の髪は国王譲りで、派手なエリックとは正反対である。唯一琥珀色の瞳だけが、全く印象の異なる二人の共通点だ。

 

 アレクシスはまるで自室にいるかのように悠然と腰掛け、エリックへと笑いかけた。


「突然訪ねて来て悪いな。後ほど辺境伯にも直接詫びを入れよう。取り急ぎ、お前と話がしたかったんだ」

「…………ご無沙汰しております、兄上。で、何の用件ですか」


 アレクシスが目を瞬く。

 エリックの、あまりに飾り気のない言葉に驚いているようだった。


 以前のエリックであれば、顔を合わせれば大袈裟に媚びるような台詞ばかりを並べていたのだから、当然の反応である。

 しかし、エリックはアレクシスを全く歓迎していない。なんなら対応するのが面倒くさいと感じている。

 余計なことを言って本音が漏れることを防ぐためには、必要最低限の言葉に留めるのが得策であった。


 そんなエリックの思惑とは裏腹に、アレクシスは面白そうに更に問う。

 

「ここでの生活はどうだ? お前にとっては、相当退屈なんじゃないか?」

 

「……そうでもありません」

 

「そうか、意外だな。ところで、呪いはどうなった?  お前と普通に会話が出来ている気がする」

 

「嘘をついていないだけでしょう」

 

「ああ……そうか。それで俺相手に、そんなにも緊張しているのか。難儀だな」


 アレックスが憐れむようにそう呟く。

 エリックには、目の前の自分の兄が、一体何のためにこんな辺境までやって来たのか、皆目見当もつかない。まさかこんなどうでもいい世間話のためではないだろう。


 

 アレックスは次期国王に相応しい、真面目で実直な人物だ。その反面、少々不器用で潔癖すぎるきらいがある。根回しや情報操作には疎いし、姑息な手段は選びたがらない。


 そのためエリックは、アレクシスの即位後も、彼を支えるべく教育されていたのだ。要するに、汚い仕事はお前がやれ、と。

 

 エリックは自分の役割を正しく理解していた。

 女性に愛嬌を振りまき、時に近過ぎる距離感に、女好きのだらしない男だと噂されようとも、王家のため国のためと受け入れた。

 自分の仕事が、何をしても超えられない優秀な兄を支えていく──。例え悪しき様に言われようとも、その事実を誇りに、やるべきことをやってきたつもりだった。


 だからこそ呪われてから、これまでやってきたことなどまるでなかったかのように手の平を返す仕打ちに、鬱憤が溜まっていた。


 辺境に来る前、別れの挨拶の時間をつくってくれた兄に、自分は何を言っただろうか──と、エリックは思い返す。

 どうにもはっきりと思い出せない。エリックも動揺していたのだ。


 とってつけたように、今後の家族の幸せと王国の繁栄をを願うと挨拶をしたエリックは、それが真っ赤な嘘だったために、呪いが発動して兄に酷いことを言った。


「兄上は自分が完璧なつもりだろうが、肝心なものは何も見えていない」とか、「僕のような王族の恥さらしが王都からいなくなって、せいせいするだろう」とか、そのようなことを言った気がする。


 自分の吐いた台詞に愕然とするエリックに対し、アレクシスは落胆の表情を浮かべた。


「お前が汚れ役を買って出て、俺に出来ない仕事をしてくれていることは知っていた。お前が遠く離れた地へ行ってしまうことを、寂しく思っている」



 エリックは恥ずかしさのあまり、二度とアレクシスの顔を見られなかった。

 肝心なものが何も見えていないのは、エリックの方だったのだ。


 周りに控えていた侍女や護衛が、エリックを軽蔑の眼差しで見ていたことだけは、はっきりと覚えている。



 アレクシスは本物の人格者だ。

 エリックは、そんな兄にずっと劣等感を抱いていた。そしてアレクシスを失望させてしまったのも、自分自身の愚かな発言のせいだ。


 アレクシスを前に、嫌な記憶が蘇り、思考は後ろ向きになる。

 エリックは辺境で新たな生活を手に入れつつあるのだ。ここでなら、周囲に受け入れられ、穏やかに暮らしていける気がしていた。

 それなのにこうしてアレクシスと向かい合っていると、自分の愚劣さをまざまざと見せつけられているようで、酷く居心地が悪い。



 落ち着かないエリックとは対照的に、アレクシスはゆったりと足を組み直し、ようやく本題に入る。それは、全く予想外の言葉だった。


「喜べ、エリック。お前に呪いをかけた魔女が見つかった」

  


 切望していた知らせだったはずなのに、すぐには理解が追いつかなかった。


 つまり、エリックの呪いを解くことが出来るということだ。もう慎重に言葉を選ぶことも、本心を知られる恐怖に怯えることもしなくていい。 


 徐々にその事実を噛み締め、じわじわと喜びが胸に湧き上がるのを感じているエリックに、アレクシスは続けた。 


「王都に戻って来い。エリック、お前が必要だ」



 ──幼い頃からずっと比較され、兄に適うものなど何もなかった。その兄が自分を認め、必要としてくれている。


 それはエリックにとって、何にも変え難い喜びであった。


 そして同時に、ソフィアの顔が頭をよぎる。

 ソフィアは、ありのままのエリックを認めてくれた、はじめての人だ。

 王都に戻るということは、フロスト家当主としてこの辺境で暮らすという選択肢を捨てることだ。


 エリックの喉から、絞り出すような声が出た。


「こ……婚約は……、王命だったはずです。僕は、フロスト家の次期当主としてここへ来ました」

 

「確かに王命はそう簡単には覆せない。だが、フロスト家には男子が二人もいるだろう。お前が継ぐ必要はない」


 随分と身勝手な話だ、としか思えなかった。

 

 そんな決断をしたら、ソフィアはまた跡継ぎ問題で、その身の振り方を変えさせられることになる。辺境で暮らすならば最低限で済む社交も、エリックと共に王都に行けば、そうも言っていられない。


 王太子自らここまでわざわざ赴いた。それはとんでもないプレッシャーではあったが、ソフィアを思えば、辺境の地を離れるという決断は出来ない。

 エリックは意を決して口を開いた。


「僕は王都に戻るつもりはありません」


「そうか、残念だな。しかし、呪いを解くためには一度戻れ」


 アレクシスはあっさりとそう言った。

 その返答に、エリックは拍子抜けする。


「……僕の勝手を、許してくださるのですか」

 

「勝手を言っているのはこちらだ。王家の判断は、お前を捨てたも同然だった。望むようにするがいい。陛下は俺が説得しよう」


 やはり、アレクシスは紛れもない人格者だ。自然と頭が下がる。


「魔女を見つけてくださって、感謝します。呪いを解いてもらうかわりに、王都に戻った際、僕に出来ることがあればお手伝いをさせてください」


 

 せめて少しでも借りを返したいという思いで、そう提案した。アレクシスは別段何も求めてはいないのだろうが、それではエリックの気が済まない。そんな気持ちを察したであろうアレクシスが、顎に手を当てた。


「律儀だな。ならば、弟とシェイラ嬢の婚約発表パーティーに、お前も婚約者を伴って出席するのはどうだ。お前が元婚約者を祝ってやれば、円満な婚約解消をアピール出来るだろう」



 当然否とは言えない。

 

 

 しかしエリックはその選択を、後に後悔することになる。


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