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 エリックは絆されつつあった。

 魔女に呪われて以降、完璧な淑女の代名詞である元婚約者を怒らせたトラウマもあり、特に女性を前にしての呪いの発現を何より恐れていた。

 

 しかしソフィアは、お構いなしに話しかけてくる。


 普通の令嬢ならば気分を害するか、心が折れるであろうエリックの完全黙秘を意にも介さない。たまにぽつりと口にした疑問に笑顔で答え、エリックの言葉を辛抱強く待つ姿勢も見せる。

 

 そんな彼女を前に、次第に考えるより前に嘘八百を並べたてる悪癖は鳴りを潜めた。

 その分エリックは、言葉を発することにとても慎重になった。

 どんなに口を開くのが遅くても、例え何も言えなくても、ソフィアはただにこにこと見守っている。


 そもそもソフィアを普通の令嬢と同じように考えていたのが間違いだったのだ。

 王都のご令嬢の趣味といえば多くは刺繍であるし、釣りをする貴族令嬢など聞いたこともない。


 ソフィアは風変わりだが、共に過ごす時間は案外悪いものではない。むしろ飾ることなく接してくるソフィアのそばは、エリック自身も取り繕う必要がなく、居心地がよかった。

 ……昨日、エリックが本音を漏らすまでは。


 正反対な二人がうまくいかないだろう、というのは、紛れもない本心である。しかし言うべきではなかった。エリックのどんな態度にも言葉にも平然としていたソフィアを、考え込むように沈黙させてしまった。



 ここへ来た当初のような不満がすっかりなくなったのは、他ならぬソフィアのお陰だ。

 辺境に来てから、王都にいた時のように息苦しさを感じないのは、自然豊かで澄んだ空気のせいばかりではないだろう。

 厄介者扱いで王都から追い出されたエリックにも、ソフィアをはじめ誰もがとても親切だった。


 ──ほんの一部を除いて。



「オレは軟弱で性格の悪い男が姉様と結婚するなんて、認めないからな!」

「ボクもです! 勝負してください、エリック王子!」


 あの穏やかでおっとりした辺境伯と娘のソフィアを見ているだけに、何故双子がこんな生意気で非常識に育ったのか理解に苦しむ。


 エリックは、ソフィアの弟である双子に絡まれていた。


 どこまでも空が晴れ渡る、気持ちの良い午後だった。新緑が目に眩しく、心地よい風が吹き抜ける。

 辺境伯家の城は王城とは異なり、優美というよりどこか無骨な印象を与えるつくりとなっている。石造りの高い城壁に囲まれ、要塞と呼ぶ方がしっくりくる。その庭は整然と整えられたものではなく、手入れも最低限で自然そのままなのだ。

 穏やかな気候に誘われて、そんな庭へと一人で昼食後に出てみたことが運の尽きだった。

 

 エリックは双子との初対面で、当然にこやかに挨拶をした。……が、つい「うるさくて鬱陶しい。子どもは嫌いだ」と本音が漏れてしまった。

 それ以降、二人にはめちゃくちゃ敵視されている。しかも双子は、なかなかのシスコンだった。


 子ども相手にご機嫌取りをする気にもなれず、エリックは冷めた目で双子を見下ろした。


「お前たちの許可など貰わずとも、僕とソフィアは既に婚約している。そもそも誰に向かってそんな口をきいているのかわかっているのか?」

 

「偉そうな言い方……! 本当に性格悪いな、王子」

 

「偉そうじゃなくて、僕は偉い」

 

「いいから剣を構えてください! この剣、貸してあげますから。勝負しますよ、王子!」

 

「断る」

 

「びびってんのか、王子? オレたちどっちかに剣で勝ったら、姉様の婚約者として認めてやる!」

 

「安心してください。もし負けても、ボクたちが王子を鍛え直してあげますからね!」

 

「僕にメリットがない。勝手に決めるな」


 

 適当にあしらうつもりのエリックだったが、双子はそれはもうしつこかった。我慢強さだけで言ったら、ソフィアと姉弟なのも頷けた。

 

 あまりの執念深さに、エリックは折れた。

 とりあえず一度完膚なきまでに双子を叩きのめせば、二度と突っかかってはこないだろうという算段である。


「仕方がない。相手をしてやる。二人まとめてかかって来い」

「………………はあ!!!?」



 双子はエリックを軟弱だと思い込んでいるようだが、実は剣の嗜みはある。王族であるエリックは、当然のことながら文武共に一流の教育を受けてきた。その上エリックは、大抵のことはそつなくこなす器用さも持ち合わせている。

 剣の腕に関しても、周りが一目置くほどのものだったのだ。同世代の騎士希望の令息と手合わせをしてフルボッコにしてしまい、騎士の道を諦めさせてしまった経験もある。


 ……とはいえ、すぐに伸び悩んで、諦め癖のあるエリックはあっさりと剣を手放した。努力の才能はなかったのだ。

 


「王子、オレたちをなめてると痛い目見るぞ!?」

 

「そうです。ボクたち、入団三年目の辺境騎士と勝負して、勝ったこともあるんですからね!」

 

「…………何?」


 

 フロスト辺境伯家は、今でこそ王都では田舎貴族と馬鹿にする声も大きいが、その昔、評価は全く正反対だった。

 同盟を結ぶ以前、長く隣国とは戦争状態が続いていた。辺境の地は、隣国の進軍を食い止める要であった。辺境騎士団は国内最強の騎士の集まりだったし、厳しい戦いの中で敵を退け続け、それを指揮した当時のフロスト辺境伯は英雄扱いだったのだ。

 現在でも辺境騎士団といえば、厳しい訓練が行われていると有名であり、王都の騎士団にも勝るとまで言われている。


 子どもと侮っていた双子の思わぬ実力を知り、エリックは怯みそうになったものの、今更発言を撤回するような無様な真似は出来ない。


「いいから僕の気が変わらないうちにかかって来い。それとも、お前たちの方こそ僕が恐いのか? ──……。別に、無理に勝負なんてしなくてもいい。なんならやっぱりやめておこう」


 びびっていると思われたくなくて煽りすぎて、戦いたくないという本心を晒してしまった。

 しかし双子はそれも含めて煽られたと判断し、二人同時に鞘に収まったままの剣を勢いよく振り上げた。




 ────結果、エリックは負けた。


 双子は、将来辺境騎士団に入団すると言うだけの実力があった。一人ずつならば何とかなっただろうが、二人も同時に相手をして、勝てるはずがなかった。


 心底腹の立つドヤ顔を披露する双子を横目に、剣の鞘が当たった腕や足をさすっていると、ソフィアがすっ飛んできた。 


 

「ラルク! クレイ! エリック様に、何をしたのよ……!!」 


 いつもにこにこしているソフィアが、怒っていた。他でもないエリックのために。

 てっきり昨日のエリックの言葉で、落胆させたか嫌われてしまったと思っていたのに。

 

 双子も大好きな姉に詰められ、しどろもどろになっている。


「何って……えっと、しょ、勝負を……」

 

「二人がかりで一人の相手に武器を向け、痛めつけることを勝負と呼ぶ騎士はいないわ。エリック様は王族で、私の大切な婚約者なの。怪我をさせるなんて、許さないわよ!」

 


 ソフィアと共に、叱りつけられ呆然とする双子を放置し屋敷内へ戻る。


 ソフィアはエリックを侍女に任せたりせず、自ら怪我の様子を確認し、痛むところには薬を塗ってくれた。何故こんなにも手際が良いのだろう、というエリックの疑問は、口に出さずとも伝わったようだ。


「ラルクとクレイは毎日のように怪我をするので、こういうことは慣れているんです」

 

 そう言いながら甲斐甲斐しく手当をしてくれるソフィアを見ていたら、聞かずにはいられなかった。


「…………僕は、はじめて会った時からずっと、君に対してとても失礼だった。……それなのに、君は……一体、僕のどこがそんなに気に入って……こんなにも、愛してくれているんだ」

 

「別に愛してないですけど、顔です」


 きっぱりはっきりと即答されたのは、予想と全く異なる答えだった。

  

 ソフィアは他の令嬢と全然違う。エリックの容姿や地位より、上辺ではない本当の中身を知ろうとしてくれていることを感じていたからこそ、エリックは唖然としてソフィアの顔を見つめることしか出来ない。

 そんなエリックに、ソフィアは困ったような顔で笑いかけた。


「エリック様とはまださほどお話していませんので、内面はよく知りません」

 

「…………そ……それは、確かにそうだが」

 

「けれど、エリック様が私に歩み寄ろうとしてくれているのは気付いてます。言いたくもない本音を漏らして、不本意に周囲を傷付け疎まれるのは、誰でも恐ろしいことです。それでもエリック様は、ご自身の気持ちと向き合って言葉を選び、私と話をする努力をしてくれています。エリック様のそんな姿勢はとても誠実で、好ましいと思います」


「…………そうか」

 

「エリック様は、私たちは正反対でうまくいかないと言いましたが、私はそうは思いません。違うところがどんなに多くても、理解し合い、尊重し合うことが出来たならば、きっとうまくいきます。私はエリック様と、そういう関係を築いていきたいです」


 

 そう語るソフィアの顔に浮かぶのは、まるで聖母のように慈悲深い微笑みだった。

 嘘ばかりついて女心を利用し、汚い手段を使うことでしか役に立ってこなかったエリックにとって、ソフィアは眩しすぎた。それこそ、正反対なのだ。己の仄暗い部分を、より色濃く感じるほどに。

 

  

 ソフィアはいつも前向きで、躊躇うことなく正直に気持ちを伝えてくれる。彼女の言葉は、ひねくれたエリックの心にも、まっすぐに届いた。

 エリックはソフィアが思っているほど誠実ではないという自覚がある。それでも、こんな風に思ってくれる彼女とならば、もしかしたらうまくいくのかもしれない。

 

 そう思えるまでに至ったのは、ソフィアがエリックの頑なだった心を、ほんの少しずつ動かしたからだ。

 

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