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特別棟ってさ

作者: たま




暗い廊下をひとりで歩いている。


行き先は特に決めていないが、おそらく図書室になると思う。放課後のいま、そこ以外の場所は、どこも部活動に勤しむ生徒たちでにぎわっているからだ。

図書室はしずかだ。この学校の図書室は、ずいぶん前に司書を雇わなくなって以来ほとんど機能していない。存在すら知らない生徒もいる始末だという。

だから俺は、ほとんどそこで過ごしている。古い紙の匂いも、嫌いではない。


特別教室のある棟をのたのたと歩いて、やはり俺の足が最終的に目指したのは図書室だった。

今日は何を読むかなあと考えるでもなく考える。忘れられた図書室には滅多に新刊が入らない。だが蔵書は少ないわけではないから、飽きるということもない。


ふと、背後からぱたぱたと足音が近づいてきた。

それとともに微かに鳴る、りん、りん、という音は、センサー式の廊下の蛍光灯が、人通りに反応して次々灯っていく音だ。



「、うわっ」



それが俺の頭の上をも灯したとき、間近で声がした。


振り向くと、目と口を丸く開いた少年と目があった。

さっぱりと短い髪の毛に、日に焼けた顔の色。なにか運動をしているんだろう。

少年は俺をみつめている。俺は足を止め、それを見返した。

どうにも、確かに目が合っているように感じられる。


一瞬後、少年は唐突に、ごめん!と言った。



「俺いまケータイ見ててさ、前全然見てなかったの!だから、えーと、いるの、わかんなくて、びっくりしてうわっとか言っちゃった。ごめん!」



素直そうなアーモンド形の目が、俺を見ている。


実のところ俺はかなり驚いていた。

どうしようかと迷ったが、これだけ目が合っているというのに無視をするのもまずいだろうと思い、とりあえず首を横に振る。

少年、おそらくは運動部所属の生徒だろう彼は、照れ隠しのようにあははと笑ってから、俺の隣に並び、少し高い位置からこちらを覗き込むようにする。



「てかさあ、そのネクタイの色、俺とタメだよね。ちょっと悪いんだけど、聞いていい?俺しばやんに面談で呼ばれてんだけどさ、地歴公民科室ってどこにあるかわかんねーの。教えてくんない?」



良いとも悪いとも言っていないのに、何やら頼み事をされている。初対面の人間に、ずいぶんとコミュニケーション力の高い奴のようだ。


俺はまた迷う。これっていいのかな、と、誰に叱られるでもないのだが悩む。…何というか、常識的に。

しかし結局は頷くと、少年が「ありがとう!」と笑みを浮かべたので、良いことをしたような気になり、少し安堵する。



「いやー助かったわ!いま友達にもLINEして聞いてたんだけど、みんなわかんねーとか言うからかなり途方に暮れてたの!」



この真冬に半袖ハーパンだし、よく筋肉のついた足には何やらゴテゴテとした白い靴下を履いているし、きっとサッカー部なのだろうと俺は検討をつけながら、そうかそうかと少年の話に頷く。らいんというのはよくわからないが。

少年は、ひとつも口を聞かない俺を訝しむ様子もなく、明るく話し続けている。


蛍光灯をりんりんと灯しながら階段を少し上り、廊下を少し歩いて、ある部屋の前で立ち止まる。

頭の真上から蛍光灯に照らされ、少年の足元に真っ黒い影ができた。



「あ、ここ?」



俺が頷くと、表札を確認した少年が、マジだ!と言う。



「いやーほんとありがと!マジ助かった!ありがとね!」



片手でうなじのあたりを掻きやりながら、少年は屈託無く笑った。いちいち明るくて、清々しい男だ。きっとクラスや部では人気者なのだろう。


俺は首を横に振る。どうせ暇だったのだし、たいした距離でもない。

というかむしろ、楽しかったと思う。確かにそうだ。短くはあったが、実に久しぶりに、いい時間を過ごせた。


満足しながら、来た道を戻ろうと一歩踏み出した俺の背に、少年の声がかかる。



「じゃ、またな!『コノセ』!」



しつれいしまーす!と少年が地歴公民科室のドアを元気良く開いたのと、驚いた俺が弾かれたように振り向いたのとは、まったくの同時だった。


少年は俺の視線に気づくことなく、たくましい体躯を室内に滑り込ませた。

ガラガラピシャン、とドアが閉まる。


後に残ったのは、きっとびっくり顔をしているだろう、俺。


なぜ驚いているかというと、あの少年が俺の名前を知っていたからだ。

いや、正確には俺は「おのせ」なのだが、まあ許容範囲である。俺は一言も声を発しなかった。し、あの少年とは今日が初対面だ。なのになぜ?


学校指定の半袖シャツの袖をいじりながら、身体中を見回す。そして気付いた。上履きに、「小野瀬」と名前が書いてあったのだ。

そういえば書いていたのだった、すっかりと忘れていた。少年はこれを見たのだろう。


名前を呼ばれたのは、いつぶりだろう。


誰かと目が合ったのも、ずいぶんと久しぶりだった。最後に話をしたのは、もっと前だ。

やはり、いい時間であった。


俺はゆるむ口を素直に笑みの形にしてやり、今度こそ図書室を目指して歩き出した。

時間切れになったセンサー式の蛍光灯が、ちょうど俺の真上でりん、と明かりを落とした。






(特別棟って、放課後、デるらしいよ)



病没した、学校が好きだから成仏しないタイプのハッピーな幽霊くん。

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