⑦ポルックス
「お姉ちゃんとましろまた喧嘩しちゃうかな」アークトゥルスが物騒なことを言い出した。喧嘩というのはじゃれ合いの様なものから刃物を持ち出すものまでいろいろあるが、あの二人の場合もう殺し合いにしか見えなかった。
「もうやらないんじゃないかな多分」俺は額から脂汗を流しながらそう言った。
二人を組ませたのはどっちかを残すと他方が嫉妬してしまうと思ったからだった。アークトゥルスならクールだし安全だ。三人全員で行かせると俺を暗殺しようとする勢力があった時に一人では守り切れないからだった。
「わたしを残したことが最大のミスだったりしてね」アークトゥルスが意味深なことを言う。
ましろがもの凄く嫉妬深いのはアクルックスとのことで分かった。冗談を言ったアークトゥルスにまで睨み掛かったしけっこう見境ない感じだ。
「案外的外れじゃないかもしれないよ」
「ん、どういう意味?」
二人が帰って来るまでお風呂入って来ますと言ってアークトゥルスは返事をせずに行ってしまった。
「ねえねえ、壮太」アークトゥルスが呼んでいる。姉はさん付けだが妹からは呼び捨てにされていた。何か用と言って脱衣場の外まで来ると、一緒に入ろうよと言われたので丁寧にお断わりした。
モテ期、いやあれはからかってるだけでしょうと思いつつ本気だったらまた戦争になると戦慄した。
奥多摩の現場に着いたましろとアクルックスは辺りを見回したが人気はないようだった。大きな穴を見てどうやって出来たものか思案してみたがやはりアンドロイドだと結論づけた。
民家がないことを確認してアクルックスが拳に空気の渦を纏いごくセーブした一撃を大穴の隣に放った。直系約500mの穴が出来たが大穴とそっくりだった。
もし近くにいたら尋問できたが気配はまったく感じなかったので写真を取り帰還することにした。
「もしまた壮太を誘惑したらただじゃ置かないんだからね」
「わたしを殺したら壮太さんも死んじゃうんだよ。わたしはそれでもいいけど」
ましろは壮太が居ない世界なんて考えることが出来ず黙り込んだ。
二人が帰って来たから笑顔で出迎えたが二人の笑顔は張り付いていた。
「お姉ちゃん、ましろお帰り」
風呂から出たアークトゥルスが下着姿だったので慌ててクッションを顔に押し当てた。ましろはすぐに後を追いかけて彼女の部屋に行った。
「アークちゃんもわたしをからかうの」ましろは泣きそうになりながら聞いた。
「ましろは余裕が無さ過ぎて見えてないんじゃないかな。壮太ってましろ以外は見てないよ。たぶん」冷静にアークトゥルスは言った。
図星だったので反省しなきゃと思いながら、おやすみなさいと言ってましろは部屋を出た。
「ほんの少ししか見えなかったからね。白とか」俺は最近いつも謝ったり言い訳してた。
「ごめん壮太」ましろは大粒の涙を流して泣いている。
頭を撫でながらそっとベッドの上でましろを抱いた。
「アンドロイドだけど身体はちゃんと柔らかいんだよ」
俺の手を自分の胸に押し当ててましろが言った。
ずっと触りたかったものだから暫く手を動かさず感触を味わった。
「それではやはりあれはアンドロイドの仕業なんですね谷川さん」社長が乗り出して聞いてきた。二つの写真を見比べ可能性が高いですねと彼は頷いた。
それ以外の可能性は科学班に任せてアンドロイドと結論が付いたら定期的に探索させてみますと伝えた。
マスコミも新たなアンドロイド出現!?という見出しで盛り上がっていた。
ましろ、アクルックス、アークトゥルスは最近、きちんとスタジオで撮影した写真集をそれぞれ出していてかなり売れていた。
「今週もアークトゥルスが一番か」
市庁舎でもそれは売られており売れ行き順がわかるようになっていた。
「お久しぶりですその節は大変ご無礼いたしました」男はそう言って丁寧に礼をした。
アークトゥルスを監禁していた目付きの悪い男だ。
「てっきり警察庁にいらっしゃると思ってたので探しましたよ」軽く礼をしながら言った。
環境対策課配属になりましてご足労お掛けいたしましたといいソファーに案内された。どう見ても検察官なのにこんな地味なところに居るのかはだいたい想像が付く。ここがアンドロイド捜索の中心なのだ。
「一緒に居てどうでしたアークトゥルスは」俺は聞いてみた。
「聞いていた通り従順な方でしたがそれがなにか」不思議な顔で男は聞き返してきた。
アークトゥルスの奴猫被ってたな、と思いつつ話を進めた。
「アンドロイドは従順でも大人しくもないです。最近分かったことですが。以前と同じような気持ちで探索したら東京消し飛びますからご注意ください。本気の忠告です」と本音を吐露した。同行したましろがベロを出している。
「なんとしても味方に引き入れないといけない。俺が三人占有してるから国でも一人所有しようなんて死んでも考えちゃダメだ。三対一の戦いでも起こった時点でハレ―彗星が地球に激突することと同じなんです。なので発見したらまずこのましろにご一報いただけますと幸いです」男は頷きながらそれは確約いたしますと答えた。
「壮太、わたしたちのこと怪獣扱いした」ましろがぷんぷん怒っていた。
そうしてれば本当に可愛いんだお前はと思いながら笑顔で歩いた。
公園寄って行こうと言うと嬉しそうに腕を組んで来た。間もなく夕方だから噴水の色が黄金色に染まって見えた。ましろと一緒だから本当に幻想的で綺麗に見えた。
「ちょっと蒼いの出して見て」冗談でましろに言った。
すると蒼い焔を纏った幻想的な少女が夕空の下、噴水をバックに立っていた。見とれていたらましろは元に戻った。写真集の撮影現場は今度ここにしようねと言って公園を歩き家路を急いだ。
あの後ましろと気付いたファンが押し寄せ、サイン攻めに遭ったましろはぐったりしていた。
お疲れ様でしたと言って冷えたコーラを出した。サインと言えば今日は秋葉原でアクルックス、アークトゥルス姉妹は写真集のサイン会をしていた。もう大人気だが常に努力は怠らないようにしないと以前のようなアンチが湧いてしまうからだ。
「四人目はもう山の中に住んでるとしか思えないんだが」ましろに言った。
「そうだね。誰かと一緒だったらあんな穴は作らないよね」
痴情のもつれがなければねと言いかけて慌てて口を閉じた。
普段やることが少ないのでましろは最近料理をよく作る。今夜はキーマカレーを振る舞ってくれるらしい。
なにも出来ず順従な頃のましろを思い出していた。あの頃なら誰にでも付いて行きそうだったが、今はきちんと分別も付くようになってる。呑み込みが早いんだきっと。
「人間の振りしてるつもりがちょっと勘違いしながら暮らしてると思うんで、魚の骨とかあったら報告してね」
三人は納得がいかないと言う顔をしたが、思い当たるところがあるのか誰も反論しなかった。アクルックス&壮太、ましろ&アークトゥルスと二組に分かれて探索作業を開始した。
アクルックスが腕を組もうとするのでこれは仕事だからダメと言い聞かすのがけっこう骨だった。この組み合わせもましろに忍耐力付けさせるためだった。アクルックスにはたまに飛んでもらうので今日はスーツ姿でアンドロイドなのだった。白いスーツが可愛い。
今聞いたばかりだがスーツは裸でも生成できるから私服で来ても良かったそうだ。今まで洗濯してたのはそう言われたからだとアクルックスが言った。とすると全裸でうろうろしてる可能性も...
「えっちな顔してたけどましろのこと考えてた?」
アクルックスが聞いてきたので首を振った。
一緒に歩いていて考えていたのはアクルックスのことを恐怖の大王みたく皆が思ってて、自分もそうだろうと思い込んでいたことだ。
こんなに話が通じる良い子だと知ってたら、すぐに話を聞いてあげたのにと思った。ましろより早く出会っていたら、君と一緒に歩いていた可能性もあったということも想像した。
「あっ、またキス」怖くない顔でアクルックスを睨んだ。なんでこんなに顔が赤くなるんだ俺。分かってます。君のことも好きですアクルックス...
「壮太さんは本当にましろしか見てないの?少しでもわたしのこと好きだと思ったことはないの」アクルックスが泣きながら大声で言った。放ってはおけなくて強く抱きしめた。
「人間の交尾なのそれって」見知らぬ少女から話しかけられた。
というか文の内容がおかしい。アンドロイドだ!
紹介します。アンドロイドのポルックスさんです。ましろとアークトゥルスに紹介した。あの後アクルックスが拳にオーラ纏わせたら、彼女が真似して出来たので確認がとれた。
大穴は狩りの時ちょっと出力を間違えただけだったそう。そうだ、これは今言っておかないと。ポルックスはおそらく天然だからすぐ言う可能性がある。さっきアクルックスを抱きしめたことを内緒にしてとポルックスに言った。
環境整備課の男から電文があり、未確定ですが日本政府が一人のアンドロイドを確保した、という情報が入ったという一報が入った。初めて使った暗号文だった。
ましろたち&ポルックスに緊急警戒態勢に入るように伝えた。平和条約は先の侵攻後結ばれたが実質的には日本は敵国である。一体でも敵対してしまったら戦争状態と言える。
「ましろ、万が一敵対してしまった時に喧嘩をせずなんとかする対処法はあるか」と聞いた。ましろはアクルックスを痴情のもつれから殺し掛けたので余計に深刻な顔をしていた。戦闘民族とも言える彼女たちが今一つ屋根の下に住んでいることのが奇跡だったのだと気が付いた。
ポルックスは人里離れた場所で暮らしていたのでまだ従順なままだが。皆で真剣に対策を講じているのにアークトゥルスだけは呑気にSNSの更新をしていた。
不謹慎なのでやめなさいと叱った。
彼女はやれやれと立ち上がり、俺だけベランダに来るように言ったので付いて行った。
「難しく考えすぎでしょう皆さん。もの凄く簡単な方法があるのに知らない振りですか、モテモテ壮太は」
なんのことだかわからないと正直に答えると、教えてあげますから耳を近づけてくださいと言われ従った。
アークトゥルスは俺の身体に手を回しキスをした。




