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3. 美しき獲物

 薄暗い神殿の中は、光がほとんど届かない。

 松明の火は怪しく揺れ、人々が逃げ惑う叫び声も静まって、ただひんやりとした静寂が残った。

「秘宝の在り処を話せば、楽に死なせてやろう。」

 低く響く声が、ルナの背後でゆっくり囁く。

 心地よく美しくも、それでいて冷酷極まりない声にルナの体が微かに震えた。

 銀色の短剣が首にかかり、薄い切れ傷からは鮮血が細長く流れ落ちている。

 あたりには数々の死体が散らばっており、無残に切り捨てられた神官、神殿を守る衛兵、月神祭の準備を手伝う町の人々が声もなく倒れている。

 深紅の血が神殿の床を濡らし、ルナの白いカフタンを赤く染めて行く。

「軍人様。私は神殿で下働きをする奴隷です。秘宝の在り処など、分かりません。」ルナの声が静かに響く。

 松明の火が揺れ、まるで妖魔の踊りのようだ。

 男の軽い嘲笑が聞こえて、突然、ルナは腕を掴まれ、無理やり体の向きを男に向かわされた。

「中々勇敢だ。ズサの女。」

 頭の上から声が聞こえて、ルナは顔を上げず、俯いたまま繰り返す「軍人様、私はただの卑しい奴隷です。秘宝の在り処など、分かりようもありません。」

「お前は嘘をついている。」

 男はそう言って、ルナの顎を指先で持ち上げ、自分を見るよう命じた。

 松明の火が揺れる中、あまりに美しい男の姿にルナの黒い瞳は微かに震え、深い恐怖に体が凍り付いた。

 彼女を見下ろすのは、まるでアレンのように美しく、そしてアレンとは真逆の容貌をした若い男だった。

 この男はルナの頭二つほどにも背が高く、漆黒の長い黒髪、どこか病的な青白い肌を持ち、彫刻のような繊細な顔立ちは非の打ち所がない。

 深い湖のような青い瞳は神秘的で、氷のように冷たく、濃密な睫毛の陰影は、どこか淫靡な憂いを讃えている。

 そしてこの男は類まれな美貌を持っていながらも、闇夜を支配する王の如く支配的で、誰もが抗えない絶対的な風格があった。

 ルナはこの男を知っている。

 この大陸で、彼を知らない人はいるだろうか。

 この男は砂漠を超えた遥か西側、ベーリング帝国の王子ジークフリート。

 この名を聞けば誰もが震えあがる、数々の国を侵略した征服者、数百万もの住民を殺害した殺戮者、更には、自らの母親と弟を手にかけた悪魔のような男。

 この男はズサの町に攻め入り、強大な癒しのパワーを持つ秘宝を探し求めて、住民を皆殺しにしたのだ。

 胸が張り裂けそうな悲しみに打ち震え、ルナはジークを睨みつけ、涙を貯めた漆黒な瞳に、紫の光が幻想的に揺らめいた。

「ほう」

 ジークは驚いたように目を少し見開き、ルナの顔に触れる。

 長い指がゆっくりとルナの顔に塗られた泥をふき取り、突然、彼女が被っているぼろ布の頭巾を剥ぎ床に投げ捨てた。

 死臭立ち込める神殿の中に、甘い香りが一瞬、ふわりと広がった。

 ルナの長い黒髪は上質なシルクのように流れ落ち、暗闇の中でさえ柔らかな光をまとっているかのように艶やかだ。

「お前は奴隷などではない。」

ジークは微かに口角を上げて冷酷な笑みを見せ、ルナはゾッとして、目を背けようとするが、顎を掴まれ身動きができない。

「お前は、男を悦ばす極上の獲物だ」

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