2. 癒しの力
アレンとルナが初めて出会ったオアシスの小川の辺で、夥しい血を流し、アレンは静かに横たわっていた。
微かに開いた緑色の瞳に恐怖はなかった。
しかし生き生きとした優しい光も、消えかかっていた。
カヤ、カイルも傷を覆ったが、アレンが狼と必死に戦ってくれたために、軽傷だった。
岩の裏に隠れていたルカも、カヤ、カイルもアレンの隣で、涙を流していた。
この傷では生きられない。皆、分かっていた。
「アレン、ダメ...死んじゃダメ...」
ルナはアレンの体を腕に抱きかかえて、自分の体温を伝えようする。
彼女の体は激しく震えて、大粒の涙が頬からパタパタと流れ落ちる。
「ルナ...」
アレンは腕をゆっくり上げて、泣きじゃくるルナの頬の涙を拭い、微かに微笑んだ。
「ルナ、無事でよかった。でも...もう守ってあげられなくてごめん....」
アレンの瞳は朦朧として、閉ざされようとしていた。
「アレン...いや...!!」
ルナは赤く血に染まったアレンの体をきつく抱き、叫んだ。そして祈った。
神様...!
どうか、アレンを助けて下さい
どんなことでもします!
私の命を捧げます...だから...アレンを助けて下さい
その時、オアシスの木々が激しく揺れ、突風が吹いた。
吹き上げられた砂の中、ルナの脳裏に記憶が蘇る。
幼い頃、砂嵐の夜。ズサの神殿の神官がこっそり教えてくれた伝説を思い出したのだ。
神の生贄になることを引き換えに、月の女神アリーナが一つだけ、願いを叶えてくれる伝説だ。
だからルナは祈りを捧げた。
「月の女神様。アレンを助けて下さい。お願いします。アレンが助かるのなら、私は神々の生贄になります」
風が一瞬で止まった。
祈りがアリーナに通じたのだろうか。
ルナの額の真ん中がじんわりと、熱くなった。そして額の真ん中に、薄紫色の小さな花びらのような印が浮かみあがる。その花びらから淡い紫色の光が輝き、広がり、アレンの無残な体を包み込んだ。
薄紫色の光がアレンの深く噛みこまれた傷に触れると、血を吐き続ける傷口がみるみると塞がり、治癒された。
更には、ルナの掌が温かくなり、手を翳せば、カヤやカイルの怪我も治癒して行った。
ルナは自分の身に起きたことに吃驚した。そして女神アリーナとの約束は、誰にも言わなかった。
ルカ、カヤ、そしてカイルは神の力がルナに宿ったのだと、喜び合った。
兄として慕っているアレンが生きていてくれることを、喜び合った。
ただ一人だけ、アレンは眉をひそめた。
そして皆に、本日の出来事を口外せぬよう、誓いを立たせた。 ルナには誰にも癒しの力を見せないように約束をさせられた。
「きみに災いを呼び寄せるから、二度と癒しの力を使ってはいけない。」と。
更には「次は僕がまた死にかけても、助けてはダメだ。」と念を押した。
それでも、ルナは祖父を亡くし、アレンの血まみれな姿を目の当たりにしたことから、いつもこっそり、この特別な力を使いこなせるよう練習をしていた。
大切な人を守れるように、いつしかルナは癒しの力を制御でき、全ての病や傷を治癒できるほどに強大になった。
ただ一つ、死人を生き返らせること以外は。
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