1. 出会い
古の時代、砂漠の小さな町ズサから少し離れたオアシスに、白いカフタンを着た少女が小径を走っていた。
少女の名はルナ。
ルナはズサの人ではない。
彼女は幼い頃に両親を亡くし、祖父の行商隊と一緒に何年もかけて、東の国からこの砂漠にやって来た。
ズサの人々は優しく、蜂蜜色の肌の彼らとは見違う異民族を歓迎してくれた。
そして艶やかな黒髪、象牙色の肌に、漆黒な瞳に時々紫色の光がゆらめくこの美しい少女を、ズサの人々は驚嘆するばかりだった。
ルナの祖父は行商隊なのに、孤立したこの砂漠の街に住み着き、毎月遠く離れた都市に商売をしに行く日々だった。
祖父がいない日は、ルナはいつもオアシスに遊びに行っていた。
今日も小さなスナギツネを追いかけて、オアシスの小径を走っている。
スナギツネはすばっしこく、小川の岸辺で見え隠れするから、ルナは茂みの深みに入った時、「あっ...!」急に足を踏み外して、小川に落ちてしまった。
“助けて…!”
川の水は思ったよりも深く、ルナは両腕をバタつかせて浮かび上がろうとするが、思うようにならない。
ゴク、ゴク、と水を飲んでしまう。
苦しい…息ができない...!
死の影が忍び寄り、体力の奪われたルナが川水に沈みかけた時、誰かが彼女の体を抱きかかえて岸辺に連れで行った。
コンコンと何度も激しい咳をして、ルナは顔を上げると、少し年上の少年がしゃがみ込んで、彼女を心配そうに見つめていた。
ルナは目をこすって、少年をまじまじと眺めては、自分は死んでしまったのかなと思って、顔をつねってみた。
「痛っ…」
ルナは顔をしかめた。
だって、あまりにも綺麗な男の子なのだから。
神殿に祭られる、太陽神の化身かと思ったのだ。
12歳くらいだろうか?男の子の金の髪は砂漠の夕日に照らされ光り輝き、肌は白く、少女のように精緻で美しい顔立ちだが、凛とした力強さもあった。
彼の目は鮮やかで穏やかな緑色で、優しくルナを見つめて、微笑んだ。
「大丈夫?もうすぐ夜だから、家まで送って行くよ。」
これがルナとアレンの出会いだった。
アレンはルナと一緒にズサの町に戻り、それ以来、そこに住みついた。
彼がどこから来たのかは、誰も知らなかった。皆、アレンは砂漠で道に迷った孤児だと思って、ルナの家に住まわせることを受け入れた。
ルナの家は貧しいがとても賑やかで、祖父がおり、行商中に拾った浮浪児だった弟のルカがいて、そして新しく年上のアレンが加わった。
アレンは働き者で頭もよく切れるから、祖父の行商隊の手伝いをし始めてから、商売が繁盛になり、ルナは新しいカフタンを着れるようになった。
そして少し大きめの家に引っ越した時、隣の家のカヤと大親友になった。
カヤは赤毛のお転婆な少女で、兄のカイルと一緒に武芸を学び、いつか砂漠の街を出て、女将軍になることが夢だった。
アレンがやって来た年の冬に、ルナの祖父が行商中に亡くなった。
ルナとルカが風邪を引いてしまい、二人を看病するためにアレンが同行できなかった時のことだった。
祖父は砂嵐に遭い、遺体も見つからなかった。
一家の大黒柱と、行商隊の半分を失ったルナの家には大打撃だった。
「大丈夫。ルナたちは僕が守る」
アレンはルナをぎゅっと抱きしめて、彼女の顔を彼の肩に当てて、涙が乾くまで泣かせた。 そしてまだ8歳のルカも抱き寄せた。
「ずっと、僕が守るから。」
その日からアレンはルナとルカを守って来た。
まだ幼い少年にも拘らず、祖父の行商隊を立て直し、家族を養ってきた。
ラクダに乗って、街の西側のアカシアの木から取れた蜂蜜や、香ばしいナッツ、ルナやルカたちが縫った刺繍付きの手ぬぐいを大きな街に売りに行って、その代わりに貴重な香辛料や流行のファッションを持って帰った。
アレンが帰って来た日は毎回、街中の女が集まって我先にと美しいカフタンやショールを買い求めた。
そして稼いだお金は家の補修や、ルナとルカの生活費に当てて、アレンが使うことはほとんどなかった。
砂嵐の夜、アレンは祖父の死を思い出して泣きじゃくるルナとルカをいつも慰め、涙を拭いあげた。
読み書きのできなかった二人に数か国の言葉や文字を教えた。
皆でオアシスで遊んでいた時、アレンは狼に攻撃されたルナたちを守るために、カイル、カヤと一緒に獣と戦った。
そしてルナを庇うため狼に噛まれて、肩や脇腹を引き裂かれた。
アレンが深手を負い生死をさまよった夜、 ルナの身に異変が起きた。
作品の舞台は架空の大陸、ルナと祖父は私たちの世界でいうアジアからシルクロードを辿って中東に留まり、欧州からやって来たアレンと出会った。