2 あの時の君は
異世界ものの方の所為か、だ・である調の安心感が半端じゃないです。
変にです・ます調で書こうとするもんじゃないですね。
今回の登場人物
主人公→心結
幼馴染→碧羽etc.
止め処なく溢れた涙。私は泣き虫だ。自分の感情にも打ち勝てないのに、「碧羽を救う」なんて大口を叩いてごめんなさい。
「本っ当に変わらないな、心結は」
「え?」
碧羽の瞳は、すべてを見透かしているかのように透き通っていて、凛々しい。
「ずっと見てきたから分かるんだ。小学校の時もそうだっただろう」
小学校...ああ、3年生の時のことか。私が夜、不審者に出会ってしまったこと。
街灯の少ない暗い道を通った時に、黒いマスクにサングラス、フードで完全に顔を隠した男が、急に話しかけてきた。何度も断ったのだけれど、終いには無理やり車に乗せられて、連れ去られそうになった。その時にやってきたヒーローが、碧羽だ。
あの時の碧羽は、かっこよかったな。颯爽と現場に駆けつけて、倍くらいの体格差がある大人相手に、果敢に立ち向かって。
...同時にヒヤッともしたけどね。
怖くて悲鳴も上げられなかったのに、逸早く気がついて助けに来てくれた、私のヒーロー。そして初恋の相手。だいぶ拗らせてきたけれども、関係は全く進んでいないけれども、仲は悪くない。はず。
碧羽は、吐息の一つでも、はっきりと音が聞こえてしまうほどの距離に顔を持ってくる。
後退ろうとしたが、後ろは屋上に入ってきた階段をつなぐペントハウスが立っていて、それ以上下がることはできない。
そんな状況で、碧羽ははっきりと口を開く。
「――心結は、SOSのサインが見えづらい」
そんなつもりはなかった。自分では、逃げているつもりだった。それなのに、
「...」
...何も、言い返せない。
いや、自分でも分かっていたのに。この能力の所為で、どうしても、普通に接することができなかった。甘えられなかった。
「自立と、独立の違いって分かる?」
「同意義の言葉じゃないの?」
「全然。独立って辞書を引くと分かるんだけど、助けを借りずに、自分の力だけでなんとかする。そんなニュアンスなんだ。でも、人間って、1人では生きていけないでしょ?」
「うん」
世の中には、スマホなどの電子機器なんかや、医療などの技術を創り出す人がいる。そして、私たちの「生」を支えるために食べるものを生産する人もいるし、それを加工する人もいる。それだけじゃ私たちは手に入れられないから、それを流通させる人もいるし、売る人もいる。私たちって、支えられて生きているんだ。
「反対に、自立を辞書で引くと、なんて載っていると思う?」
「人を頼って生きていく?」
「そこまではいかないけどね。依存はしない。けれど、主体的に行動をして、必要があれば、誰かを頼ることができる。それが自立だよ」
「そうなの...」
学校では、「自立をしろ」と教育されてきた。確かに「自立」の意味なんて考えたこともなかったな。勝手に「独立」と同意義だなんて解釈しちゃって。
今の天気は晴天。私の心が晴れている今では、この天気はよく似合っている。
「だからさ、もっと周りを頼って。根本的な解決にはならなくても、心の支えにはなれるかも知れないから」
そう言って含羞む碧羽は、陽光に輝らされて、神様みたいに見えた。本物の神様は、未来を変えてくれるのかな...
「ありがとう。すこし元気が出た」
「それは良かった。もう一度言うけど、1人で溜め込まないでね?」
念を押された。ふふ。やけに真剣そうな碧羽を見て、自然と笑いが込み上げた。そうだよね。未来がどうであろうと、今から思い詰める必要はない。しばらくは、この心地よい関係に溺れていよう。
********************
――キーンコーンカーンコーン
授業を終える鐘の音が鳴り響く。
「これで授業を終わります。号令」
「気をつけ、礼」
『ありがとうございました』
6限目の数学が終わった。
太陽はやや傾き、影を伸ばしていく。
「ふぁ〜、眠い...」
こうやって、今日も特筆すべき事もない一日は終わりを告げる。
今日は早く帰って寝よう。
スクールバッグを持って、1人、駅へと向かう。佐奈も碧羽も部活があり、一緒には帰れない。私も剣道部に入っていたのだが、練習中に大怪我をし、後遺症が残るという未来を視たので辞めた。
何をやっても平凡な私は、特に誰からも気に留められないので、「一緒に帰ろう」的なことは言われないのである。
駅のホームで電車を待つ。スマホは電池の残量が微妙なので、開けずにしまっておく。風はないのだが、冬だからか、肌寒い...誰かに見られてる?
気の所為か。
まだ日の沈んでいないホームには、屋根の吹き抜けから射す光によってくっきりと陰をつけた列車が、風を切りながら停車した。
「電車をお降りの際は、足元にご注意下さい。Please watch your step when you leave the train.」
少数が降りた後、大勢が車両に乗り込む。うう、満員電車って苦手なんだよなぁ。
このぎゅうぎゅう押される感覚がどうにも慣れない。こうやって帰宅するのも2年目だと言うのに。
蒸し暑いし、酸欠か、頭が痛い。
どうし...ひょわっ!
満員電車だし、たまたま当たっただけかも知れないけど...
「ひぇ...」
これは、絶対わざと。痴漢だ。
下半身に触れる手は、完全に、獲物を狙う動きをしている。
でも、怖くて声が出ない...
痴漢なんて、バレないわけがないって思ってた。だけど、実際に遭ってみると、怒りとか、そんな感情よりも、恐怖が勝ってしまう。人間、何をされるか分からない状況ほど、怖いものはないんだ。
誰か、助けて...!
「――すみません。ちょっとお話したいことがあるので、次の駅で降りてもらえませんか?」
痴漢の手が離れたかと思ったら、そんな声が聞こえた。
この声は...
振り返ると、そこには、痴漢の手首を軋むほどに握りしめた、恐ろしく冷たい目をした碧羽が居た。
丁度その時、次の駅へと停車するため、列車はブレーキを踏んだ。
「碧羽、ありがと」
そんな、そっけないお礼しか言えなかったが、本当に感謝している。
ただ、屋上の件からは、ちょっと気まずい。だって、キスでもするかというほど接近した碧羽の顔が脳裏をよぎるから。その距離は僅か十数センチ。小学3年生で恋してから、意図的に碧羽を避けるようになって、あれ程近づいたことはない。今でも、思い出して、心臓がバクバクと鼓動している。
なんだか恥ずかしくなって、ふいっと視線をそらす。すると碧羽は、
「当然だよ。好きな女の子が困ってたら助けたくなるものでしょ?」
さも当たり前かのように、爽やかな笑顔でとんでもない爆弾発言をする。
さーっと頬に紅が射す。同時に、それは「友達として」の好きだと思うようにする。と言っても、両思いだった未来は見えているので、そんなことはないのだろうけれど。
どちらにせよ、浮かれてはいけない。私は結ばれるべき相手ではないのだから。
駅のホームから駅員室へ行くと、駅員さんに痴漢を引き渡し、警察を呼んでもらった。痴漢は逃げる様子もなく、犯行もあらかた白状している。あとは、警察の到着を待つだけだ。
「少なくともこれから、事情聴取何かがあるだろうから、しばらくは帰れないかもね...早く帰りたそうにしていたけど、大事にしちゃってごめん」
「なんで謝るの?私、助けてくれて、本当に嬉しかった。それに、安心した。碧羽は私のヒーローだよ」
碧羽の頬には、ほんのり赤みが射す。ここだけ見たら、ただの可愛い男子高生だ。
でも、本当に大きくなったな...幼稚園に入る前から碧羽のことは知っていたけど、小学校を卒業するくらいまで、身長差はあんまりなかった。それなのに、今の碧羽は私よりも15センチは高くて、体格もガッチリしている。碧羽の背中を見て、「逞しい」と思う日が来るなんて、想像もできかった。
「そう言えば碧羽、部活はどうしたの?」
碧羽の所属するサッカー部は、今日活動があるはず。大きな大会も近いので、何としてでも練習したかったのではないかと思ったのだ。
「実は...怪我しちゃって」
「え、どこを!?」
「左足首を」
そう言って、制服のズボンを捲ると、足首を見せてくれた。
赤く腫れ上がっていて、見るからに痛そうだ。捻挫しているかも知れない。
「碧羽、ちょっと座って」
「良いけど、なにかするの?」
「応急処置を」
捻挫なら、できるだけ早く処置をしておいたほうが、後に響きにくい。
スクールバッグからハンカチを出すと、使いやすい大きさに割く。
お弁当の冷却に使っていた保冷剤を出すと、割いた片方を足に巻き付け、その上に当てる。更にその上からハンカチを重ねて結び、固定する。
捻挫したときはRICEが基本。今の処置で、IとCに当たる「冷やす」「圧迫する」ができる。
「ありがとう、心結」
応急処置を終えたその時。
「警察です。痴漢の現行犯だと聞きましたが、状況を詳しく説明していただけますか?」
「はい」
警察が到着したようだ。
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