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3章 夕花の新たな生活⑦

 パーティーへ行ってからというもの、夕花は悩み、再び俯くことが増えていた。


 白夜と千鶴はお似合いだった。

 夕花は千鶴の存在を意識して、ようやく白夜に惹かれていると気が付いた。

 いや、惹かれているどころではない。夕花は恋をしている。

 はっきりと、白夜への気持ちを自覚していた。


 白夜の存在が、長いこと凍てついていた夕花の心が溶かし、暖かな気持ちを芽生えさせたのだった。

 しかし白夜と千鶴は今も思い合っているのかもしれない。

 そうであれば、この恋心は叶わぬ思いだ。あんな素敵な人に夕花が敵うはずない。

 ではどうすれば──ぐるぐると答えが出ない悩みに、夕花はため息を吐く。


「夕花、どうしたんだい?」


 登美さんが心配そうに尋ねてくれる。

 その言葉にハッと我に返る。

 今は代書屋での仕事中なのだった。


「す、すみません! ちゃんと真面目にやりますから!」


 慌ててそう言うと、登美は苦笑して夕花の背中をバチンと叩いた。


「アンタはいつもちゃーんと真面目にやってくれてるよ! それより、外が妙に騒がしいねえ」

「何かあったのでしょうか……」


 耳を澄ますと、バタバタ人の走る物音や人々の騒めきが聞こえる。夕花はその物音に不安を掻き立てられた。


「号外を配ってるみたいだね。もらってくるから、アンタはここにいなさいよ」


 登美がさっと出て行き、すぐに号外を手にして戻ってきた。まじまじと紙面を見つめ、驚いたような声を上げた。


「あらまあ……」

「何かあったんですか?」

「宮城の宮守様が引退するらしいよ。ご高齢でお力が失われてきたって。そういや、このところ地震が多いものねえ」

「あ、そういえばそうですね」


 覚えている限り、大きな地震が二度もあったのだ。


「宮守様の交代は三十年ぶりだから、前回はアタシもこーんな小さい頃でね。どんな風だったか、全然覚えてないんだよ」


 登美は手で腰の下あたりを指し示しながら言う。夕花に至っては、生まれるよりずっと前のことだ。


「こりゃあ、どうなるかねぇ……」


 夕花も登美の持ってきた号外を覗き込む。

 夕花は幻羽族ながら、登美と知っていることは大差ない。号外にも、幻羽族の中で特に強い力を持つ女性が宮守として宮城に籠り、都と帝を守護しているのだと書かれている。その宮守の役目をしていた方が高齢になり、力を失いかけているのが、このところの地震が頻発していることから発覚したため、近々宮守の交代をするとのことだった。


「特需かなんかで、うちにも仕事がたくさん舞い込んでくれたらいいんだけどねえ」

「そうですね」


 そう頷きあう。号外になるほどの事件であるが、夕花自身には関係がないことだ。

 すぐに夕花たちは仕事に戻った。


 終業の時間になり、片付けをする。


「夕花、言っておいた通り明日は休みだからね。間違えて来るんじゃないよ」

「忘れてませんよ」


 明日は前々から登美に用事が入っていて、代書屋が休みなのだった。定休日以外に登美が店を閉めるのは珍しい。しかし代筆の仕事も、急ぎのものは全て片付けたから問題ないだろう。登美に挨拶をして代書屋から出ると、慎と合流して屋敷に戻ったのだった。




 そして次の日。

 仕事がない日というのは時間を持て余し気味だ。

 白夜から本を借りてもよかったが、どうしても千鶴の存在が頭をちらつき、白夜の書斎に向かうことはできない。


 ぐずぐずと悩んでいると、コンコンと自室の扉がノックされた。

 亘理だろうか、と思いながら開くと、悩みの種である白夜本人が立っていた。


「びゃ、白夜さん……」

「夕花、今日は休みなんだろう。これから少し遠出をしないか?」


 夕花は白夜の誘いに目を瞬かせた。


「いいんですか?」

「もちろん。朝食を食べたら準備をしよう」


 夕花は頬を染めて頷いた。


 朝食の後、クローゼットから、以前も着た薄紫色のワンピースを取り出す。

 白夜が夕花にこの色が似合うと言ってくれた服だ。白夜はたくさん服を用意してくれたのだが、普段は慣れた着物ばかり着てしまって、洋服の類はほどんど着ていなかった。

 これを着たら白夜はどんな反応をするだろうか、そう考えて頬が熱くなる。心臓がドキドキして、胸を押さえた。

 ハッと我に返り、慌てて準備を済ませて玄関ホールへ向かった。白夜は既に用意を済ませていて、夕花は慌てる。


「お、お待たせしました!」

「いや、慌てなくても大丈夫だ。そのワンピースを着てくれたんだな。よく似合っている」


 言って欲しかった言葉なのに、夕花はカアッと顔が熱くなり、俯いてしまった。


「いってらっしゃいませ」


 亘理がニコニコと送り出してくれる。


「あ、あの……二人きりなんですか」

「ああ。嫌だったか?」


 夕花は首をブンブン横に振った。

 その様子を見て白夜はクスッと笑う。


「じゃあ、行こうか」


 車に乗り、出発する。

 夕花が窓から景色を見ていると、今日は珍しく通行人が多いように伺えた。吸血鬼が多い下香墨の朝はあまり人気がないのが普通なのだ。

 しかも、よくよく見ると衛士の服装で一定間隔を見張るように歩いているようだ。その様子にどこか剣呑とした雰囲気を感じる。


「何か事件でもあったのでしょうか……」

「いや、宮守様が退任するからだろう」

「あ、昨日、綾地町でも号外が配られていました」


 夕花はふと首を傾げた。


「でも宮守って、確か宮城での役職の一つでしたよね。宮城がある上山手ならわかりますけど、どうして下香墨でこんなに警備が重いのでしょう……」

「宮守は幻羽の力で帝を守護しているが、新しい宮守に変わる儀式中だけは帝を守護出来なくなる。つまり狙われやすいんだ。吸血鬼は危険視されているから、俺たちに怪しい動きがないか、ああして見張っているのさ」

「そんな……ひどいです。何もしていないのに疑われているなんて」


 それと同時に、そんなことも知らなかった自分の不勉強ぶりが恥ずかしい。

「まあ、帰化したとはいえ、吸血鬼は外からやってきた存在。宮城のお偉方からすれば外来種と同じようなものだから仕方がないさ。いつ帝の立場が乗っ取られるかと戦々恐々というところなのだろう」

「……私も以前はそうでしたね。すみません……」


 吸血鬼に何かをされたわけではないのに、白夜との縁談でも、勝手な想像をして怯えていたのだ。


「気にするな。裕福な吸血鬼が幻羽族の女性を娶ってしまうから、純粋な幻羽族が少しずつ減っているのも事実なんだ。それに、経済でも吸血鬼はその才覚で牛耳っている。俺だってそうさ。月森の財産は代々の当主が経済界に参入して築いたものだ。貴族階級の幻羽族からすれば、俺たちが目の上のたんこぶなのも当然さ。子供の頃から吸血鬼は恐ろしいと刷り込めば、年頃の女性はなるべく吸血鬼との縁談を避けるようになるだろう?」

「だとしても、誤解していた自分が恥ずかしいです。今は同じ国の人間なんですから。もっと協力しあって生きれたならよかったのに……」

「君は千鶴と同じことを言うんだな。ああ、千鶴というのは──」

「知っています。……白夜さんの前の婚約者の方ですよね。とてもお綺麗で、凛とした方でした」

「叔母のパーティーで少しだけ君と話したと、千鶴から聞いたよ」


 夕花は黙り込んだ。せっかくの二人きりのお出かけで、はしゃいでいた気持ちがしぼんでいく。

 婚約を解消した後も、千鶴、と親しげに呼ぶ仲なのだ。

 やっぱりまだ千鶴さんのことを、と言いかけてぐっと飲み込む。

 黙ってしまった夕花を、随所にいる衛士に怯えてしまったのだと白夜は受け取ったらしい。


「目的地の方向は衛士もいないはずだから、安心してくれ」

「はい……」


 夕花はこっくりと頷いた。


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