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3章 夕花の新たな生活⑤

「あ、あの……こ、これは何かの間違いで……」


 彼女たちは顔は青いのに脂汗を流しながら、しどろもどろにそう言う。

 白夜はそんな彼女たちににっこりと微笑んだ。端正な顔立ちの白夜の微笑みに、言い訳をしていた口を半開きにして、彼女たちはうっとりと見つめた。


「何が間違いなのですか? 貴方がたの声を聞いた俺のこの耳か、それとも貴方がたの顔を見てどちらの家のご息女か見分けた俺の目がおかしいと? それとも貴方がたは、件のご息女によく似た他人なのでしょうか。そうなると、招待もされていないのに忍び込んだ無関係な方々というわけですか?」


 一瞬で笑みを引っ込めた白夜のその紅色の瞳は、信じられないくらい冷ややかだ。

 彼女たちはブルッと震え上がる。


「そ、そうではなく……あの、も、申し訳ありません!」


 天国から地上に突き落とされたかのような落差を味わったのか、彼女たちは白夜に深く頭を下げる。


「謝るのは俺にではないだろう」


 少し離れて鹿代子のそばにいる夕花が、思わず肩を震わせてしまうほど冷ややかな声である。あたりは水を打ったようにシンと静まり返っていた。白夜はその静寂の中、キッパリと言った。


「夕花は俺の大切な人だ。これ以上くだらないことを言うのなら、次は容赦しない」


 その言葉に、夕花の心臓がドクンと激しく跳ねた。頬が熱くなるのを感じる。


「そうね、陰口を叩きたいなら、わたくしの楽しいパーティーから出ていってちょうだい。不愉快よ。わたくしも貴方たちの顔も素性も覚えたわ」


 おそらくそれは、死刑宣告にも近しい言葉だったのだろう。

 陰口を言った彼女たちの周囲から、無関係な人はさあっと潮が引くように離れていく。しかし、周囲の人々は彼女たちの顔から視線を外さない。今後関わらないように、悪い意味で彼女たちの顔を覚えておこうという意思が感じられた。

 おそらく軽い気持ちで陰口を叩いたのだろうが、彼女たちは大変なことをしでかしたのだと、ようやく察したようだった。


「も、申し訳ありませんでしたっ!」


 彼女たちは今度こそ夕花に向かって頭を下げる。激しく震えながらその場に膝をついた。華やかなドレスや着物が汚れてしまうのも気にした様子はない。口々に謝罪の言葉を言いながら、ボロボロと涙を零していた。


「い、いえ、もういいですから……」


 つい可哀想になり、夕花はそう言った。白夜は彼女たちに向こうに行くように、と手で示す。おそらくそれで白夜の許しが出たと言うことなのだろう。彼女たちは何度も頭を下げてながら、屋敷から出ていった。


「嫌な思いをさせてしまったわね。ごめんなさい、夕花ちゃん」


 鹿代子もそう言い、夕花を抱き寄せる。鹿代子の豊満な胸元にぎゅうっと苦しいほど押し付けられ、夕花は目を白黒させた。


「わたくしへの誕生日プレゼントはどれも嬉しいけれど、夕花ちゃんからのカードには気持ちがこもっていて、とっても嬉しいわ!」

「叔母さん、夕花が潰れてしまうではないですか!」


 白夜が苛立った声で戻ってきて、鹿代子から引き離す。そして取り戻した夕花を抱きしめた。


「もう、オバサンって響きは嫌なのよ。夕花ちゃんは鹿代子って呼んでちょうだいね」

「か、鹿代子さん、白夜さん、あの、わ、私のために怒ってくれて、ありがとうございました……」

「んーもう、なんて可愛いのかしら!」


 鹿代子は白夜から夕花を引き剥がし、さらに夕花の頬にちゅっちゅと音を立ててキスをした。

 夕花はひょええ、と慌てふためき、声も出ない。


「叔母なんだから、叔母さんと呼んでも何の問題もないでしょう! まったくいい年してなんですか。夕花は俺のです!」


 再び白夜に抱え込まれ、また鹿代子に奪われる。


「ちょっと、年のことは言わないでいいでしょうっ!」

「何言ってるんですか、誕生日なんでしょうが」

「誕生日だからよ!」


 二人はまるで子供のように言い争いを始めてしまった。しかし険悪ではなく、いつものことなのか、周囲は微笑ましいものを見る目になり、先程までの剣呑とした雰囲気はすっかり消えていた。


「叔母上、四十五歳の誕生日、おめでとうございます。実年齢より外見が随分と若々しくて何よりです」

「んまぁ、嫌味ったらしい甥っ子だこと!」


 そうしている間にも夕花は二人の間でぐるんぐるんと回転させられている。

 とうとう夕花は目をぐるぐるに回した。


「夕花ちゃん!?」

「夕花!」


 眩暈がして、二人の声が遠くに聞こえた。

 目を回した夕花は、気がつくと鹿代子と白夜に連れられて、ソファにもたれるように、ぐったりと座っていた。

 座ったからか、すぐにくらくらとした眩暈はなくなる。


「大丈夫? すぐに気付かなくてごめんなさいね」

「あ、あの、平気です。目を回してしまってすみません……」

「いいえ、いいのよ。無理しない程度にパーティーを楽しんでね」


 鹿代子は去り、他の招待客と談笑を再開していた。


「夕花、水は飲めそうか」


 白夜は夕花に水の入ったグラスを渡してくる。冷たい水を飲み、深呼吸をすると、少し回復した気がしていた。


「白夜さん……すみません……ご迷惑をおかけしてしまって……」

「無理しなくていい。叔母の顔も見たし、立てそうならもう帰ろうか」


 白夜がそう言ってくれたので夕花は頷く。物理的にくるくる回されただけでなく、パーティーの煌びやかさにもずっと目を回してしまいそうな思いだったのだ。慣れない環境で心情的にも疲れていたのだろう。白夜も夕花の疲労を感じたらしく、すぐに帰ることを提案してくれた。


 夕花は陰口を叩かれるだけあって、どんなに綺麗なドレスを着せてもらっても、自分が場違いなせいだという気持ちが心にこびりついていた。

 夕花は羽なしなのだ。幻羽族としては出来損ないで、白夜のそばにいても、何も特別なことはしてあげられない。白夜は夕花をこんなにも大切にしてくれるのに、返すことすらできないのだ。


「それじゃ帰ろう」


 なんとか立ち上がった夕花を、白夜はふらつかないよう支えてくれる。しっかりした腕に触れ、夕花の心臓はまたも騒がしく跳ねている。


「夕花、顔が赤いが大丈夫か?」

「あ、はい、大丈夫です! あの、帰る前にお手洗いに行ってきます!」


 胸のドキドキがなかなか治らない。顔もずっと熱いままだ。


「ああ、出たところで待っているよ」


 夕花は通りかかった洗面所に逃げ込むように向かった。

 洗面所の個室でふうと息を吐くと、心臓のドキドキが少しずつ治っていく。洗面台にある鏡を覗き込んでも、いつも通りの顔色に戻っていた。

 これなら白夜の前に戻れそうだ。


 ホッとして手を洗っていると突然女性たちに囲まれた。

 さっきのことを思い出し、ドキッとしたが、取り囲んだ女性たちはキラキラした目を夕花に向けていた。


「ねえ、貴方は月森様の連れの方でしょう? もしかして婚約者なの?」


 色素の淡い吸血鬼の女性も、幻羽族であろう着物姿の女性もいる。誕生日パーティーに招待された良家の令嬢たちだ。


「ええ、そうですが……」


 さっきのこともあって、夕花はおそるおそる肯定したのだが、女性たちは頬を染め、きゃあきゃあと歓声を上げた。その好意的な反応に夕花は安堵する。


「あの月森家の若き当主を射止めたのはどんな方なのか、わたくしたち気になっていましたの!」

「そうですわ。だって、あの赤坂家の千鶴様とも上手くいかなかった月森様ですものね」

「赤坂……?」


 初めて聞いた名前に夕花はきょとんとした。


「あら、ご存知ありません? 赤坂財閥のご息女である千鶴様ですわ。過去に宮守を何度も輩出したこともある由緒ある家系ですのよ。文武両道、眉目秀麗で素晴らしい方です。あの頃は、月森様と婚約したと聞いて納得していたのですが、何があったのか、突然婚約解消をされたのです」


 ねえ、と彼女たちは頷きあった。その目には好奇の光が灯っている。

 千鶴とはさっきの陰口で出た名前だと思い出す。白夜の元婚約者だったのか。

 夕花は幻羽族として認めてもらえないせいか、父から他家について聞かせてもらったこともない。そのため、幻羽族の一般常識に疎いのだ。


 白夜に婚約者がいたことも知らなかった。考えてみれば、あれほどの家柄で年齢的にも適齢期である白夜なのだから、婚約者がいたとしておかしくはない。普段の厭世的な暮らしから結びついていなかったのだ。


「どうやって月森様を射止めたの?」

「出会いはどこで?」

「貴方はどこの家のご出身? その黒髪、幻羽族よね?」


 矢継ぎ早の質問責めに夕花は答えに窮していた。

 夕花は白夜を射止めたとは思っていない。ただ救われただけなのだ。神楽家についても言っていいものなのか、判断がつかない。しかし夕花は令嬢たちに取り囲まれ、返事をするまで解放されないようだった。

 夕花がまごまごとしていると、凛とした声がした。


「貴方たち、用が済んだのなら、そこをどいてくださらない? 手を洗いたいの」


 夕花を問い詰めていた令嬢たちが、ビクッと肩を震わせた。


「ち、千鶴様!?」

「す、すみませんっ!」

「すぐにどきますので!」


 夕花を取り囲んでいた令嬢たちは慌てて洗面所から出ていく。


「まったく……」


 凛とした綺麗な女性が手を洗いながら呟いた。

 どうやらこの女性が白夜の元婚約者、赤坂千鶴のようだ。

 艶やかな黒髪を大人っぽく結い上げ、上品な色合いの着物姿である。背筋が伸び、顔立ちもさることながら全身がまるで光り輝くように美しいと感じられた。


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