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3章 夕花の新たな生活④

「──パーティーですか?」


 また別の日、夕花は白夜に呼ばれ、パーティーがあると聞かされたのだった。


「ああ、近々、俺の叔母の誕生日でね、毎年誕生日パーティーをしているんだよ。一応俺が月森家の当主ということになっているから、顔を出す必要があるんだが。……今年は特に、君を迎えたことで連れてこいとうるさくてね。すまないが一緒に出席してくれないか」


 白夜から親や親戚の話を聞いたのはこれが初めてだった。月森家は吸血鬼の一族の中でも有力な家柄と聞いていたのだが、二十歳といくつかという年齢であろう若い白夜が当主であるのなら、何か事情があるのかもしれないと思い、夕花から聞いたことはなかった。


「あの、私なんかが行ってもいいのでしょうか……」

「当たり前だ。夕花が俺の婚約者だろう」


 白夜は夕花の黒髪を一房摘み、唇を落とした。

 そんな仕草にドキッと鼓動が弾む。


「ドレスを用意しよう。叔母のパーティーは洋風だから、夜の正装用ドレスだな。明日、仕事の帰りに店に寄ろう。慎じゃなくて俺が迎えにいくよ」

「はい」


 そして次の日、夕花は腰が引けるような高級店に連れて行かれ、ドレスを選ばされた。


「一から仕立ててもよかったが、あまり時間がないからな……」


 煌びやかな店でビーズや金刺繍がキラキラ輝くドレスを見続けていたせいだろうか、夕花は目がチカチカし、ろくに返事ができなかった。

 ドレスはとても夕花一人では選べず、店員に似合いそうなドレスを数点まで絞ってもらい、そこからやっと一枚のドレスを選んだのだ。値段を考えるのも恐ろしくて、値札を直視することはできなかった。



 

 そしてパーティー当日、夕花はドレスに着替える。

 温かみのあるピンク色の絹サテン生地に透かし織りを重ね、レースやビーズで飾り付けられたローブデコルテのドレスに、幅広のサッシュでウエストを絞る。ふんわりとした透かし織りが重ねてあるおかげで、夕花の痩せた体が隠され、ドレスの明るい色で顔色もよく見える。ウエストのサッシュも慣れ親しんだ着物を想起させ、ほんの少しだけ緊張を緩和してくれた。それでもガチガチの夕花に、白夜は笑って安心させようとしてくれた。


「そんなに緊張することはない。パーティーだから格好は改まっているが、相手は叔母だ。君を紹介したら早めに帰るつもりだから」

「でもこんなドレスも初めてですし……どう振る舞えばいいか……」


 白夜は夕花の緊張で冷え切った手を取り、温かい手で包み込んでくれた。


「君は基本的な礼儀作法はできているよ。きっと君のお母様が教えてくれたんだね。だから大丈夫。歩く時は俺の腕に手を絡めて。なんなら縋り付いているくらいでもいい。招待客から話しかけられた時はなるべく俺が答えるから心配しないでいい。そもそも返答が難しければ相槌と微笑むだけでなんとかなる」


 そう言われて少し安心した。

 白夜も正装をしている。いつもより丹念に髪を撫で付けてあり、ただでさえ端正な顔立ちなのが、いっそう見目麗しい貴公子のようだった。


 白夜の叔母の屋敷に着く頃には暗くなっていた。吸血鬼の一族は、日の光を苦手とする人が多いため、パーティーも遅い時刻から開始するのが常なのだと白夜が説明をしてくれた。


 車から降りた夕花は口をポカンと開けて見上げた。暗くてもハッキリわかるほどの豪邸だったからだ。


「す、すごいお屋敷ですね……」


 白夜の屋敷もじゅうぶんに大きく立派な建物だと思っていた。しかし、この屋敷はまるで城かと思ってしまうほど大きな洋館である。二階建てで石を嵌め込まれた外壁に、大きな出窓。切妻屋根には天窓まである。バルコニーもあるようだ。


「叔母夫婦は医者をしていてね。優秀な医学生や医療関係者を自宅に住まわせたりしているそうだ。規模が大きい分、使用人も多くなるし、大所帯なんだよ」


 なるほど、と夕花は頷いた。

 それでも城のような豪邸なだけあり、中も別格であった。ホールは広い吹き抜けになっている。既に招待客がたくさんいるようだ。見たところ、色素が薄く、一目で吸血鬼とわかる人から、黒髪黒目で着物姿の幻羽族と思しき人まで様々である。


 それよりも夕花が白夜に伴われて室内に入った瞬間、きゃあっと女性の悲鳴が聞こえたものだから夕花はギョッとしてしまった。正しくは悲鳴というより、歓声に近いものだったのだろう。夕花とそう歳の変わらなそうな乙女たちが、白夜にうっとりとした視線を送っている。


「白夜様……素敵」

「ああ、お目にかかれただけでも光栄だけれど、直接挨拶してもいいのかしら」


 白夜の美貌は、吸血鬼をあんなにも恐れていた愛菜でさえクラッとしてしまうのだ。周囲の女性たちの反応も納得である。しかも、月森家の若き当主であるという。周囲の反応も当然といえた。それどころか若い女性だけでなく、その場の老若男女が白夜に敬意を払うかのように道を譲り、頭を下げている。


「連れの方って……どなた?」

「新しい婚約者じゃないかしら」

「見たことない顔だけれど、どちらの家の方かしら」


 夕花にも視線が送られ、ビクッと肩が震える。


(やっぱり私なんかがこんな場所にいるのはおかしいわよね……)


 冷たい視線というよりは、羨望の眼差しなのだが、夕花はそれに気付かない。


「白夜様にエスコートされて羨ましいわ」

「儚げな雰囲気でお綺麗な方ね」

「白夜様とお似合いだわ」


 そんな声の数々にも、自分に自信のない夕花には、そんな褒め言葉さえも、あくまで白夜の連れにお世辞を言っているのだと思い込んでいた。

 白夜は周囲の歓声にも一切反応しない。屋敷の使用人からは顔を知られているようで、止められることもなく、どんどん屋敷の奥に入っていく。


「ああ、いた。あれが俺の叔母だ」


 人だかりの中心にスラッと背が高い美女がいた。にこやかに周囲と談笑しているが、白夜に気が付き、軽く手を上げる。すると、周囲の人間が白夜のためにさっと場所を譲った。

 夕花はそういった空気感にビクビクしながら、白夜の腕に縋り付き、白夜とともに彼女の前に向かった。


「白夜、来てくれたのね」

「おめでとうございます、叔母上」


 白夜は軽く頭を下げた。

 彼女は叔母と聞いて想像していたよりずっと若々しい。白夜より、せいぜい五歳から十歳くらい上という程度に見える。凛としながらも大人の色気に溢れている。緩やかなウェーブの髪は白夜と同じ金色だ。髪色のせいもあり、どことなく白夜に似ている。なんて綺麗な女性だろう、と夕花は見惚れた。


「その子が夕花ちゃん? 初めまして、白夜の叔母の倉木鹿代子よ。来てくれて嬉しいわ」


 白夜と同じ紅色の瞳を向けられ、夕花は慌てて頭を下げた。


「は、はい。初めまして。神楽夕花と申します! 倉木様、お誕生日おめでとうございます! それから私もお招きくださいまして、ありがとうございます」

「まあ、可愛らしい子」


 鹿代子はニコニコと優しい笑みを夕花に向けた。


「あの、これ、バースデーカードですっ!」


 夕花は鹿代子にバースデーカードを差し出した。

 夕花はどんな相手かもわからず、白夜からプレゼントも必要ないと言われていたので、せめて手書きのバースデーカードを用意していたのだ。

 代書屋でも何度かバースデーカードの注文を受けたことがあった。登美に頼んで綺麗な模様が箔押しされたカードを譲ってもらい、色とりどりのインクで祝いの言葉を記したのだった。


「あらぁ、嬉しいわ。ありがとう!」


 鹿代子は目尻を下げ、にっこり笑って受け取ってくれた。その笑みは偽りではなく本当に喜んでいるのだと感じさせる。夕花は受け取ってもらえてホッと胸を撫で下ろした。そして、こんなにもたくさんの人に祝われている中で、手書きのバースデーカードを心から喜んでくれる鹿代子の人柄に、夕花は好ましいものを感じたのだった。

 と、その時、どこからかクスクスと笑う声が夕花に聞こえてきた。


「何あれ、カード?」

「あんな安そうなものを……ねえ?」

「ええ、ちょっとどうかと思うわ」


 夕花は肩を強張らせた。その嫌味な嘲笑は間違いなく夕花に向けられたものだ。


「それに月森様の連れっていうから期待していたけれど、大したことないじゃない」

「千鶴さんほど素敵な方ならまだしも、あんな地味な感じなのはちょっといただけないわ」

「そうよねぇ」


 突き刺すような言葉の数々に心臓がぎゅうっと締め付けられる。夕花は俯き、絨毯を見つめた。


「す、すみません……」


 自分が笑いものにされて恥ずかしいという気持ちよりも、自分なんかが来てしまったことで白夜や鹿代子にも迷惑がかかってしまった。そんな申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「……夕花、君は何も悪くない。謝るな」


 咄嗟にもう一度すみませんと言いかけたが、夕花はぐっと言葉を飲み込む。


「夕花、少し待っていてくれ。……すみませんが夕花を頼みます」


 白夜は夕花を鹿代子に任せ、先ほどの声がした方に向かう。


 声が聞こえたとはいえ、周囲は人が多い。どこの誰が言ったかなどわかるはずないと夕花は思ったのだが、白夜は迷うことなく数人の女性が集うところへ向かい、足を止めた。そこにいたのは、ドレスや着物姿の、夕花と年頃の近い美しい少女たちだ。


「今話していたのは桜井氏、高塚氏、それから四宮氏のご息女である貴方がたですね」


 彼女たちは、まさか白夜が陰口の声の主を特定しただけでなく、自分たちの氏素性まで知っているのだと気付き、真っ青になるほど血の気が引いていた。


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