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2章 吸血鬼の屋敷②

 室内の豪華さといい、今のサンドイッチや紅茶といい、物凄いところに来てしまったのだと夕花は改めて思った。夕花としては自分が場違いな気がしてしまう。


「あの、白夜様は、今どちらに……」

「ご主人は出かけています。夕食前には戻られるはずです。うーん、夕花様、退屈ですよね。そうだ、屋敷を案内しますね」


 亘理は表情をコロコロと変えながら、そう提案する。


「わ、亘理さんは」

「亘理で結構ですよ。さん付けなんて滅相もない。それで言うと、ご主人には様よりさん付けくらいがいいかもしれません。夕花様はご主人の花嫁ですから」

「あう……」


 夕花は小さく呻いた。

 そもそも夕花に花嫁という実感はない。自分がここにいることさえ、まるで夢みたいに感じているのだから。


「えっと、亘理くん、と呼ぶのはどうかしら。さすがに、呼び捨ては……ちょっと」


 夕花がそう提案すると、亘理はニコッと人好きのする笑みを浮かべる。


「もちろん構いませんよ」


 亘理がいてよかったと、夕花は慣れない屋敷で初めてホッとした。


「それじゃ、屋敷内をご案内します」


 亘理は先導して歩き出した。


「まず、この屋敷があるのは下香墨です。夕花様が寝ている間に車で運びました」

「く、車があるんですか……⁉︎」


 自家用車は外つ国からの輸入品だ。この国にはまだごくわずかなお金持ちの家にしかないと聞く。何度か上山手区で走っているのを見たことがあったが、神楽家は所有していなかった。


「下香墨は都の端の方ですし、徒歩だと上山手まで行くとなると、一時間以上はかかりますからね。僕の足だともっとかかると思います。飛ぶと早いんですけどねえ」


 亘理は手際よく屋敷の中を案内してくれた。

 廊下の一番奥が今いた居間だ。同じくらい広い食堂に隣接している。台所も洋風で、見たことがない調理器具がたくさん置いてあった。

 廊下の扉のうち、一つは玄関ホールに面した扉だった。玄関の脇には小さな応接間と階段がある。

 見上げるほど大きな玄関扉を開けると、屋敷の前は舗装されていて、広場状になっている。車があると言っていたから、おそらく屋敷の玄関前まで乗り付けられるようになっているのだろう。もこもこした形の植木も邪魔にならない位置に並んでいる。

 両開きの門も立派である。数歩、外に出て振り返ると、視界に入りきらないほど大きな屋敷なのだと遅ればせながら理解できた。左右対称で、二階建ての建物のようだ。壁面は黒っぽい煉瓦で、窓枠は白い。室内も広く部屋数がたくさんあったので納得ではあるが、その立派な佇まいに、夕花は思わず息を呑む。

 廊下に戻り、亘理は居間から一番遠い部屋を指差した。


「夕花様のお部屋はそちらです」


 そこはさっき夕花が寝ていた部屋だった。


「好きに使ってくださいね。必要なものがあれば言ってください。あと、お掃除で僕が入ることもありますので、どうかご勘弁を。触られたくないものがあれば教えてくださいね。触らないよう気をつけますから」

「他のお部屋は?」


 廊下にはまだまだ扉がある。


「居間のすぐ横の部屋が僕の部屋です。何か用事があれば遠慮なくどうぞ。白夜様の部屋は二階です」


 どうやら白夜の部屋とは別れているようだ。花嫁ということで同じ部屋になるのではと思っていたが、違うらしい。


「他は全部空き部屋です。一応客間ということで家具は置いてますけど、泊まりに来る人も滅多にいませんからね」


 そういえば、さっきから亘理以外、どこにも人の気配がなかったと気が付く。


「あの、白夜さんのご家族や、他の使用人の方は」

「この屋敷に住んでいるのはご主人と僕だけです。あ、夕花様も入れて、これからは三人ですね」


 夕花は目を見開いた。


「さ、三人だけ? この屋敷の家事は、亘理くんが全部しているってこと?」

「そうですよー。ご主人と二人だけだったので大した労力ではありませんし。まあ、三人でもそこまで変わらないでしょう。僕、家事が得意なんですよ」


 二階建てで、一階だけでも居間を含めて六部屋ある。二階を含めたら相当な広さだろう。掃除だけでも大変そうで夕花は目を丸くした。


 そして気付いたのだが、どの部屋も全ての窓にカーテンがぴったりと隙間なく閉められていて外が見えない。今は昼過ぎで、外は晴れていたから、カーテンを開ければじゅうぶんに明るいだろう。室内は煌々と照らされていたがカーテンを開けてしまえば照明はいらないのではないだろうか。


「どうして全部の部屋でカーテンを閉めているの?」

「僕たち吸血鬼は太陽の光に弱いからです。と言っても物語のように光を浴びても灰になったりはしませんよ。曇った日や、夕方など日差しが弱まっている時は問題ないのですが、強い直射日光で立ちくらみや眩暈を起こす方がいます。太陽の光への弱さもそれぞれですね。僕はちょっと眩しいのが苦手という程度で、昼間でも問題なく外に出られます。ご主人は帽子を被っていれば平気、というくらいです。なので真昼間はカーテンを閉めて照明を使う方が、眩しすぎなくていいんですよ」

「そうだったのね」


 その言葉に夕花は少し前のことを思い出していた。白夜は突然代書屋の前で倒れたのだが、その直前に急に明るくなって日差しが出ていたのだ。おそらく、あの時はそれが原因で倒れたのだろう。


「亘理くんも吸血鬼なのよね。私、吸血鬼のことってよく知らなくて。あ、これは亘理くんに聞いても大丈夫かしら」

「ええ、それくらいなら。じゃあ、ちょっとお話ししますね。幻羽族の人からはよく誤解されてしまうのですが、僕らも同じ人間です。ただ、異能が使えるってだけですね。幻羽族と呼ばれる人たちだって、幻羽が出せるから『幻羽族』と呼ばれているけれど、人間であることに変わりはないでしょう?」


 夕花は頷いた。

 確かに愛菜たちも幻羽が出せること以外、変わったところはない。羽なしの夕花に至っては、登美のような綾地町の人と同じはずだ。


「どんな異能を持っているかは人によります。僕の場合は変身です。って言っても、あの蝙蝠姿にしかなれませんけどね。でも飛べるから便利なんですよ!」

「──それから、吸血鬼が幻羽族の血を吸って殺してしまうというのも、迷信だ」


 突然、亘理ではない声がして、夕花は飛び上がった。

 振り向けば、玄関扉が開いていた。亘理と話していて白夜が帰ってきた物音にも気付かなかったのだ。


「おかえりなさいませ。ご主人、いきなり話しかけるなんてダメですよ。夕花様が驚いているじゃないですか」

「すまない。話が聞こえてしまったものだから」

「白夜さん……」


 白夜はまた黒いスーツ姿に中折れ帽を目深に被っている。わずかに覗く紅色の瞳にドキッと心臓が跳ねた。

 亘理はさっと白夜の上着を脱がせ、帽子を受け取っている。


「ご主人、早かったですね。夕花様に屋敷の中を案内していたんですよ」

「……ああ。亘理、お茶を淹れてくれ」

「はーい。あ、ちょうどいい時間ですね。おやつにしましょう」


 いつのまにか三時になっていたようだ。

 亘理が行ってしまうと夕花はもじもじと両手を動かす。緊張して白夜を直接見ることができない。

 何を話せばいいのだろう。聞きたいことは山ほどあるのに、あまりに急で頭が真っ白だ。


「亘理と随分仲良くなったんだな」


 紅色の瞳が夕花の方を向く。何故だろう。どことなく不機嫌そうに見える。原因に思い当たらないわけではないが、不機嫌というより、拗ねているようにも見えて夕花は困惑する。

 夕花は小首を傾げ、それからコクンと頷いた。


「は、はい。亘理くんにサンドイッチをいただいて……」


 夕花は言いかけて、首をブンブンと横に振った。


「あ、そうじゃなくて、その……おかえりなさいませ、白夜さん!」


 ようやく言いたかったことを思い出した夕花は背の高い白夜を見上げた。


「改めまして、神楽夕花と申します。これからどうぞよろしくお願いいたします」


 そして深く頭を下げる。

 クスッと笑う声に夕花はおそるおそる顔を上げた。


「君はもう、月森夕花のはずだが」


 白夜の言葉に、夕花はあっと口を押さえた。


「そ、そうでした。失礼しました」


 うっかり過ぎる自分が嫌になる。

 幸いなことに白夜は怒ってはいないようだ。


「しばらくは、神楽夕花と名乗っても構わないよ。急だったし、慣れるまでは婚約者ということにしておこうか」

「はい。白夜さんがそれでいいとおっしゃるのなら」


 白夜は目を柔らかく細めて夕花を見つめている。目と目がパチリと合って恥ずかしい。


「……夕花、抱きしめても構わないだろうか」

「え、あ、はいっ、どうぞ……」


 白夜にそっと抱き寄せられ、腕の中にスッポリと収まる。夕花は顔に熱が集まるのを感じた。おそらく真っ赤になってしまっていることだろう。心臓もバクバクと激しい音を立てていた。


「ようこそ、俺の花嫁」


 夕花はやっとのことで小さく頷いたのだった。


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