最終話:うちのお嬢様が婚約破棄しそうです
「お嬢様、こちらでしたか」
リビング側から扉を開けたのはエリルだった。
仕立て屋が戻ったのを知らせに隣の部屋から来たのだが、室内に二人の姿がなかったので探しに来たのだ。
「エ、エリル、わたくし……」
フィーリアは書斎から飛び出し、エリルに縋りつく。真っ青な顔色と目の前にある飾り棚を見て、エリルは全てを理解した。
「大丈夫ですよ、お嬢様。私が代わりにラシオス様を呼んで参りますからね」
「え、ええ」
主人を安心させるためニッコリと微笑み、エリルは単身室内に入った。後ろ手に扉を閉めてから奥へとズカズカ踏み込んでいく。
「オイこらクソ王子、何やってんですか」
「はわっ、エリル!? なんでここに」
趣味に没頭していたラシオスは、エリルから声を掛けられるまで全く気付いていなかった。つまり、フィーリアにコレクションを見られたことにも気付いてない。
「お嬢様がこの部屋の存在を知ってしまいましたよ。早く出てきて弁解してください」
「えっ、うそ! どうしよう!」
「私たちが屋敷に帰るまで我慢していれば良いのに」
「だって!」
ラシオスの収集癖は彼の従者と側近以外には秘密である。故に、給仕係も知らない。放っておけばフィーリアの使用済みのティーカップやスプーン、ナプキンといったお宝が片付けられてしまうのだ。この機を逃すまいとラシオスが考えるのも仕方のない話だろう。
なんとか上手く言い逃れようと書斎……秘密の部屋を出ると、そこにはフィーリアが待ち構えていた。無表情を通り越して能面のような表情だ。怒りや悲しみ、驚き、怯えといった感情すら感じられない。
一分の隙もない立ち姿に見惚れ、ラシオスは弁解の言葉を口にするのを忘れてしまった。
「──ラシオス様。大変申し訳ないのですけれど、この婚約、なかったことにしてもよろしいでしょうか」
突然の婚約破棄宣言に、今度はラシオスが青褪めた。いつになく狼狽し、フィーリアの足元に縋り付く。
「フィーリア、違うんだ! これは全部誤解で! いや、君の使用済みの品を収集していたのは事実だが、僕はやましいことは一切してない!」
「わたくし、帰らせていただきます」
「フィーリアぁ!!」
婚約者らしくなれた矢先にラシオスの変態が発覚し、フィーリアの心は以前より遠く離れてしまった。
ラシオスがスパルジア侯爵家まで追い掛け、積年の愛を語り、謝罪し、その気持ちを認めてもらうまで、かなりの時間を要した。
数日間に及ぶ謝罪と泣き落としの末、ようやくフィーリアが折れた。
「分かりました。では、あの品々は処分してくださいますね?」
「ウッ……」
ラシオスのコレクションであるフィーリアの使用済みの品々は、いわば彼の心の支えであった。離れている時間の寂しさを埋めてくれた宝物だ。本人からの指示とはいえ、手放すのは惜しい。
しかし、ここで頷かなければフィーリア自身が離れていってしまう。ラシオスは断腸の思いで秘密の部屋のコレクション処分を決断した。
「でも、ラシオス様がそこまでわたくしのことを想って下さっていたとは知りませんでした。これからは物ではなく、わたくしが側におります。それでよろしいですか?」
「フィーリア……!!」
変態の収集癖にはドン引きしたが、アレも一種の愛情表現である。自分には全く関心がないと思っていた婚約者が、実は何年にも渡ってたくさんの品々を集めるほど執着していたと知り、フィーリアは少し嬉しく思っていた。
無事に仲直りしたラシオスとフィーリアを見て、ミントは苦笑いを浮かべながら隣に立つ同僚を肘で小突いた。気を利かせて二人きりにしてやろう、という合図だ。こっそりと部屋を出て、前室の脇にある使用人控え室へと戻る。
「丸く収まって良かったわね~」
「ええ、一時はどうなることかと思いました」
「ラシオス様、ホントにコレクション棄てるのかしら」
「そこはちゃんとやらないと、次に見つかったら今度こそお嬢様から愛想を尽かされてしまいます」
「今回許されたのが奇跡よねぇ」
「クソ王子は詰めが甘いんですよ」
「あっ、今クソ王子って言った!?」
「言ってません」
腐っても王子である。王族をこんな風に呼んでいると知られれば、普通は不敬罪で縛り首だ。しかし、ラシオスはエリルの厳しい言葉の裏にある親愛の情を汲み取り、一切を不問にしている。
「どうしようもない方ですけど、お嬢様の大事な婚約者ですからね」
「そうねえ、どうしようもないけどね~」
そう言いながら、エリルとミントは笑い合った。
『うちのお嬢様が婚約者の第2王子から溺愛されているのに真実の愛を求めて婚約破棄しそうです。』 完
おまけの小話が2話あります




