63話:隣国の王子は男爵令嬢を逃がさない 2
ローガンの身分を理解した瞬間、アウローラの全身の血がザッと引いた。
昨日たまたま知り合ったばかり。少し怖いが話しやすい男性だと思っていた。恥ずかしいところを目撃されているし、勢い余って趣味の恋愛小説について熱く語ってしまった。それでも全く気にすることなく、パーティー会場に居辛いことを理由に同伴を申し出てくれた。
だが、まさか隣国の王子だとは思わなかった。
「アウローラ嬢?」
「ひえっ」
ローガンは動かなくなったアウローラの顔を覗き込んだ。顔色は真っ青で、額には脂汗が浮かんでいる。受け取ったばかりのハンカチを落としそうになっていたので、自分の手を添えてしっかりと持ち直させる。
「あ、あの、私、その」
「うん?」
しどろもどろになり、視線を彷徨わせているアウローラの様子に、ローガンは首を傾げた。
過去、彼の周りにいた貴族の令嬢はみな自己アピールが激しかった。二年前に不幸な事故が連続して起きた後は全員王都から居なくなった。ブリエンド王国に留学してからは婚約者がいる女性しかおらず、ローガンに色目を使う者はいなかった。
故に、青褪められるという経験は初めてだった。
「私、やっぱり帰ります……!」
「待て、アウローラ嬢」
怯えた表情で慌てて立ち去ろうとするアウローラの反応は完全に予想外で、ローガンは焦って手を掴んだ。
アウローラにとって、身分の高い存在は畏れの対象にしかならない。貴族学院を休学した理由もそれだ。王族や高位貴族に関わると怖い目に遭う。単なる誤解で、既にエマリナたちからは謝罪を受けてはいるが積極的に関わりたいとは思えない。
例え今日限りのパートナーだとしても、それが原因で周りから何か言われたら、今度こそ田舎の領地からは二度と出られなくなってしまうだろう。
「は、離してください。私、畏れ多くて」
無理やり振り払うことは出来ない。とにかくローガンに手を離してもらわなくては、控え室から出て行けない。
「……嫌だ」
「え?」
頑なに逃げようとするアウローラの手を引き、自分の正面に立たせる。そして、両手を彼女の肩に置いた。
昨日とは色合いの違うドレス。髪の結い方も変わっている。細かく編み込まれ、後ろ髪は緩く巻かれて下されている。
長く艶やかな栗色の髪。
半泣き状態で潤んだ瞳。
全く媚びないその態度。
それら全てがローガンの心を鷲掴みにした。
「俺は貴女が気に入った。今日だけと言わず、是非パートナーになってほしい」
「む、無理です、無理無理! 身分が釣り合いませんし、昨日お会いしたばかりで」
「では、時間を掛ければ構わないのか?」
「へぁっ!? えーと、そうではなくて」
何とかして諦めてもらおうとするが、彼女の謙虚で控えめな態度と百面相のような豊かな表情全てがローガンのツボだった。言葉を尽くせば尽くすほど好かれてしまうのだが、そうとは知らないアウローラは何度も何度も断り続けた。
不毛なやり取りが数十分続いた。
「では、とりあえず、今日だけパートナーを演じるということでどうだ?」
「は、はい。今日だけ、でしたら」
説得は無理だと悟ったアウローラは、とにかくこの場から解放されたい一心で妥協案を飲んだ。
妥協どころか最初の要求のままであることに、混乱している彼女は気付いていなかった。




