59話:称賛や功績より大切なものがあるのです
「ラシオス王子を守るためだというのに、貴方がたは誰にも言わずに動いていたのですか!?」
エリルを背後から羽交い締めにしたまま、ヴァインが戸惑ったように尋ねた。腕には力が入ってない。動揺している様子が見て取れた。
「明かしてしまえば大ごとになりますから、出来るだけ内々で済ませようと思いまして」
「エリル殿がそう仰るので、私も主人には詳しく話しておりません」
カラバスの主人であるカリオンは、ミントからの手紙で『ラシオスに危険が迫っている』ことしか知らない。狙っているのが誰なのか、何故それを知ったのかも。『兄様を守って』という命令を下してからはカラバスに全てを任せている。
二人の言葉に、ヴァインは耳を疑った。
一国の王子が狙われているというのに黙って対処するつもりだと言うのだ。つまり、何か成しても誰からも認められず、功績すら残らないということだ。
「まさか、フィーリア嬢にも?」
「ええ。アイデルベルド王国に流れている噂についても、ラシオス様が狙われていることも、お嬢様は一切ご存知ではありません」
「な、何故……」
「ヴァイン様が話して欲しくなさそうでしたので」
確かに、黙っているように圧を掛けた。だが、ヴァインの企みを隠してエリルに何の得があるというのか。周りに全て明かせば、ラシオスの守りは万全に固められ、フィーリアもローガンを警戒して離れただろうに。
理解出来ず、ヴァインは頭を悩ませた。
「元々、私が学院内に忍び込んでいることも内緒なんです。それなのに、色々知ってたらおかしいでしょう? あと、ちょうどその頃ラシオス様にムカついてたので、お嬢様がローガン様を選ぶ可能性をゼロにはしたくなかったんです」
「そんな理由で……」
呆れを通り越し、ヴァインは放心状態に陥った。
こんな馬鹿な話はない。二人は自分の栄誉や名声よりも、主人の平穏な生活を守り、波風を立てないようにすることを優先したというのだ。
「ヴァイン様もそうでしょう?」
「わ、私は……」
「貴方も私利私欲で動いたわけではない。違いますか」
腕の中のエリルに上目遣いに問われ、ヴァインは力なく項垂れた。最早いつもの飄々とした彼ではない。ただの一人の青年として、己と向き合っている。
しばらくの沈黙の後、ヴァインは重い口を開いた。
「貴女のことですから、二年前の事件の詳細も既に調べ上げているのでしょう?」
調べたのはミントである。
「当時、私は陰湿な虐めを受けていたトリスティナ様を守るようローガン様から密かに指示を受けておりました」
ミントから教えてもらった過去の悲劇を思い出し、エリルは黙って彼の言葉を聞いた。カラバスは武器を構え、なにかあればすぐ動ける体勢で控えている。
「気の触れた令嬢が裁ちバサミでトリスティナ様の髪を切った時も、私は現場に居合わせていました。少し離れた場所に居たため髪は間に合いませんでしたが、乱心した令嬢を取り押さえることは出来ました」
「……」
「ハサミを振り回す令嬢をトリスティナ様から遠去けなくては。そうすれば済むと、私は思ってしまったのです」
その後、トリスティナは窓から身を投げた。
「あの時、私は判断を誤りました。先にトリスティナ様を落ち着かせ、安全な場所にお連れしておくべきでした。……私のせいで、ローガン様は最愛の方を失ってしまったのです。それなのに、あの方は私を責めることもなく、未だお側に置いて下さって……ッ!」
もし自分がその場に居たとしたらどうしただろう、とエリルとカラバスは考えた。
どう考えても、凶器を持った危険人物を先に何とかするほうを選ぶだろう。相手が高位貴族の令嬢なら尚更だ。凶行の後に自分自身を傷付ける可能性があるからだ。
ヴァインの選択が間違っていたとは思えない。
しかし、彼はずっと己を責めている。
だからこそ、ローガンのために暴走した。
「もうやめましょうヴァイン様。貴方が手を汚してもローガン様は喜びません」
──誰かに止めてほしかった。
誰かに懺悔を聞いてほしかった。
エリルはエプロンドレスのポケットからハンカチを取り出し、はらはらと涙を流すヴァインの頬をそっと拭う。無愛想な彼女が見せた優しさに、ヴァインは思わず抱き締める腕に力を込め「もう少しだけこのままで」と嘆願した。
願いを聞き入れたエリルは仕方なく腕の中に収まり続けた。しばらくして痺れをきらしたカラバスが二人を引き離しにかかるが、ヴァインはなかなか離れたがらなかった。




