57話:本当に来るとは思いませんでした
同時刻、一人の青年が人気のない廊下を歩いていた。
使用人や警備の兵士は披露宴会場である大広間に集中している。普段はなかなか入り込めない王族の居住エリアにもすんなりと侵入することが出来た。
こんなに警備が薄いのは今だけ。
この機会を逃すわけにはいかない。
目的の場所は、ブリエンド王国第二王子の私室である。青年は音も無く鍵を開け、内部に身体を滑り込ませ、後ろ手に扉を閉めた。
「ヴァイン様」
突然奥から声を掛けられた青年ヴァインは思わず後退り、壁に背をつけた。その顔にはいつもの笑みはない。
「何故、貴女がここに」
彼にしては珍しく、驚きの表情を隠しもしない。尋ねられて、声の主……エリルは一歩進み出た。
「何か仕掛けるつもりなら、きっとラシオス様の私室を狙うだろうと思ってお待ちしておりました」
「読まれていましたか」
「……来てほしくありませんでした」
これはエリルの本心だ。
何もせず、アイデルベルド王国に帰ってほしいと願っていた。そうすれば誰も傷付かずに済む。
しかし、ヴァインは来てしまった。
「殿下の幸せの妨げとなる存在は排除しなくてはならない」
「そんなにラシオス様が邪魔ですか」
「ええ。あの方に恨みはありませんが、これも殿下のためです」
気を取り直し、ヴァインはいつもの笑みを顔に張り付け、居室の中央に立つエリルを無視して奥にある扉へと向かった。そして、扉にそっと手を触れる。
「第二王子の『秘密の部屋』については調べがついてます。もし『不幸な事故』に遭っても周りの品が品ですから、詳しい調査は出来ないでしょうし」
今日のために、彼は何度も下調べをしていた。
そして、ラシオスの『秘密の部屋』の存在を知った。警備が出払っているうちに、室内に細工をして事故死を装うつもりなのだろう。
「収められた品々は全てフィーリア嬢のものですか。一年や二年では集められそうにない数ですよねぇ? 学院内では素っ気なく見えましたが、第二王子はかなりフィーリア嬢に執着しておられるようだ」
「……ええ。お嬢様を想うお気持ちの強さだけは誰にも負けていないと思います」
自慢出来ることではない。
フィーリア本人にすら秘密の趣味なのだから。
「とんだ変態ですね」
「否定出来ません」
「それでも彼を守りますか」
「ええ」
「……私に敵うとでも?」
「いいえ」
一対一なら、エリルではヴァインに勝てない。技量も腕力も数段違う。何故なら、エリルは何の訓練も受けていない一介のメイドだからだ。
「私の役目は貴方が凶行に及ぶ前に説得してやめさせること。いま退いていただければ、今回の件は公には致しません」
「今更やめるわけにはいかないんですよ」
「そうですか」
説得されて諦めるくらいなら、危険を侵して忍び込むはずがない。彼はとっくに覚悟を決めている。
「残念です、ヴァイン様」
エプロンドレスをたくし上げ、スカートの中に仕込んでおいた金属製の細長い棍を取り出した。長さはエリルの指先から腕の付け根ほど。その棍の両端を掴み、体の前で真一文字に構える。
「ただの棒切れで私に勝つつもりですか」
秘密の部屋の扉から離れ、ヴァインも胸元から短剣を取り出した。屋内では長剣を振り回すと不利になる。手のひらに収まる程度の小さな剣が彼の武器だ。
真正面からぶつかれば、例えリーチで勝っていてもエリルが負けるのは明白。
「いえ。ですから、今日も応援を呼んでおります」
目の前のエリルに気を取られ過ぎて、ヴァインは気付いていなかった。もう一人の存在に。
「貴方とはちゃんと決着をつけたかった」
「おやおや、これは」
ヴァインの背後、秘密の部屋から現れたのは、カリオンの従者カラバスだった。




