54話:お嬢様は第2王子の気持ちに気付いたようです
ブリエンド王国第一王子ルキウスとシャーロットの結婚式は、王宮の敷地内にある白亜の大聖堂で執り行われた。
真っ白な詰襟の礼服に数々の勲章と真紅の大綬を掛けて立つルキウスは、短く刈り上げた銀髪が似合う精悍な顔立ちの青年である。
彼の差し伸べた手を取って隣に立つのはシャーロット。こちらも純白のドレスに真紅の大綬を掛けている。ぴっちりと結い上げられた長い髪。薄く繊細なヴェールが上半身を覆い隠している。
大聖堂の祭壇の前に並ぶ二人に祝福の聖句を唱えているのは、このためにハイデルベルド教国の聖都から呼んだ大司教である。真っ白な長い三つ編みを垂らした青年で、その美声は聖堂内に響いて参列者の耳を心地良くくすぐった。
ラシオスの隣に座り、その光景を眺めながら、フィーリアはただ感動していた。結婚式に向け、シャーロットがどれほど努力してきたかを知っているからだ。
普段は笑顔を絶やさない前向きでパワフルな彼女ですら結婚前には落ち込むことがあると零していた。不安を乗り越え、シャーロットは今日という日を無事に迎えることが出来たのだ。それには、夫となるルキウスの支えもあっただろう。
隣を見れば、真剣な眼差しで兄の晴れ姿を見つめるラシオスがいる。王族としての正装姿を見るのは初めてではないが、今日は殊更凛々しく思えた。先日ローガンと手合わせした勇姿を見て以来、フィーリアは彼を意識していた。
貴族学院を卒業したら、今度は自分がラシオスと供にあの祭壇前に立つことになる。
聖句が終わり、誓いの言葉を述べたルキウスとシャーロットが参列者の方に向き直った。二人の幸せそうな笑顔を見て、心の底から祝福の気持ちが湧き上がる。
「フィーリア」
「はい」
割れんばかりの拍手と歓声に紛れそうなくらいの声でラシオスが話し掛けてきた。
「いつか、僕たちもあそこに立つのかな」
その言葉はフィーリアが考えていたことと同じで、思わず顔を向ける。ラシオスもフィーリアの方を向いていた。穏やかな笑みを浮かべている。そんな表情を間近で見たのは初めてかもしれない。
──この方と、あんな風になれるかしら。
今までのことを振り返り、フィーリアは黙り込んだ。
ラシオスは、フィーリアの前ではいつも顰めっ面をしていた。口を開けば嫌味とも取れるような言葉ばかり。関心を持たれていないか嫌われていると思っていた。
でも、拒否されることはなかった。ランチは毎日一緒に食べるし、用意される食材はフィーリアの好物ばかり。月に一度は必ず屋敷に訪れる。記念日や誕生日に贈り物を欠かしたことはない。貰ったプレゼントを数日で紛失しても、あらかじめ分かっていたように代わりの品を持参したり。
ラシオスが体調を崩したのは自分が離れたからか。ローガンに勝負を挑んだのは自分を取り戻すためか。自惚れそうになる度に、期待しては駄目だと自分に言い聞かせてきた。
もし、それが自惚れでないとしたら?
そう思った瞬間、フィーリアは頬が熱くなるのを感じた。化粧をしていなければ、隣に座るラシオスに赤くなった顔を見られてしまうところだった。
「……そうですね、いつか、あんな風に」
いつのまにかラシオスの手がフィーリアの手の上に重ねられていた。その手は微かに震えていて、相当な勇気を振り絞っているのだと分かった。
フィーリアはもう片方の手を乗せ、そっと彼の手を包み込んだ。




