49話:悲劇の詳細を教えてもらいました 1
「事件は今から二年前、アイデルベルド王国の貴族学院で起きたの」
ミントが過去の出来事を語り始めた。
いつもとは雰囲気が違う。笑顔を絶やさない彼女が見せた暗い表情から話の深刻さが想像出来てしまい、エリルは黙って続きを促した。
***
アイデルベルド王国は豊かな国である。温暖な気候と広大な農地。穀物の輸出で財政は潤い、国民は貧困とは縁遠い暮らしを送っている。
しかし、生活の豊かさが心の豊かさに繋がるとは限らない。どんなに満たされていても、人の欲望に限りはない。
二年前の春。
王都にある貴族学院に一人の王子が入学した。
ローガン・アヴィド・ヴィガンティー。
この国の第一王子であり、次期国王である。
アイデルベルド王国の貴族は親が結婚相手を決めることはない。自由恋愛で相手を探すのが主流となっている。ほとんどの場合は貴族学院に通う三年間で決めてしまう。王族も例外ではない。
豊かな国の次期国王。
ローガンは在校生の令嬢の大半からロックオンされ、入学当日から彼の周りには常に人が絶えなかったという。可愛らしい令嬢たちに囲まれて喜んでいたローガンだったが、彼は愚かではない。それが自分の身分に惹かれて集まっていることにすぐ気付き、次第に令嬢たちを遠去けるようになった。
そんな時に運命の出会いをした。
ローガンを王子と知らないままに交流を重ね、心からの笑みを見せ、何の見返りも求めない少女。
トリスティナ・ファル・シャグラン。
彼女は伯爵家の一人娘だが、非常にマイペースで興味のある事柄にしか関心が向かない。他人と話を合わせるのが苦手なため友達もおらず、いつも教室の片隅で本を読んでいる、物静かな令嬢だ。
取り巻きを撒いて逃げ込んだ先……学院内の図書館の奥にある書庫で二人は偶然出会った。
突然現れたローガンに目もくれず、トリスティナは本を読み続けていたという。彼を探しに他の令嬢たちが来た際にも黙々と本を読み続け、ローガンの存在を隠し通した。その後も度々逃げてくるローガンを匿い、本当に少しずつではあるが、言葉を交わすようになっていった。
ローガンがトリスティナに求婚したのは、最初の出会いから約二ヶ月後。書庫の片隅で少し話すだけだった相手からの突然の求婚に、トリスティナは驚いた。しかし、王宮からの使いがその旨を伝えに屋敷を訪れた時にようやく理解した。
マイペース過ぎて自力で結婚相手を見つけられないのではないかと心配していた両親は、求婚をすぐに受けるべきだと娘に強く勧めた。トリスティナは地位や権力に一切興味はないが、ローガンの人柄には惹かれていた。だから、顔を真っ赤にして告白してきた彼を見て、喜ぶ両親を見て、素直に求婚を受けた。
──受けてしまった。




